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ふさわしい条件 3 【最終話】

最終話です。

またしても偶然が重なり、フォルクハルトとクロイツが不在となった。

女性だけで食卓を囲み黙々と食事を終えた後、ナプキンで口元を拭ってからゲオルギーネが口を開いた。


「レオノーラ、明日はお義父上を晩餐に招く予定だったね」

「そうですね」

「最近お義父上もお年だ。以前より覇気が薄くなっているような気がするのだ」

「そうですか……心配ですね」

「だろう?義父上にはまだまだご健在で頂きたい―――そこでだ」


ゲオルギーネは言葉を切ると、身を乗り出した。


「晩餐では特別に新鮮な料理で義父上をもてなしたいと思うのだ」

「はぁ、なるほど」


レオノーラは神妙な顔で頷いた。

ゲオルギーネはそんな彼女を見て満足そうに頷き、さっそく本題に入る事にした。


「と言う訳で一緒に狩りに行かないか?」

「今からですか?」

「いや、もう罠は掛けた。それとは別に明日の朝一でカモを仕留めるつもりだ」

「早朝ですか……私、学院の水やりがあるのですが」


レオノーラが思案気に言った。


「何刻からだ?」

「七の刻から学院の部員と行ってます」


ゲオルギーネは大きく頷いた。そして部下の配置転換をするような物言いでバッサリと言い放った。


「じゃあ護衛を一人レオノーラの代わりに向かわせておこう。レオノーラは部員に一言申し送りをしておけ。明日は授業はあるのか?」

「いえ、明日は研究のとりまとめ作業だけです。夕方に園芸部に顔を出す予定ですが」

「じゃあ夕方まで時間があるな……よしっでは解散!明日は二の刻に厩に集合だ」

「え!二の刻ですか」


ほとんど深夜だ。ゲオルギーネは馬で一番近い猟場までひとっ走りし、日が昇ると同時に沼地で眠るカモを仕留めようと決めていた。それから罠を確認して掛かった獲物を確保する。できればその場で解体したいと考えていた。


「乗馬できる服で降りて来いよ」

「あっ……はい!」


レオノーラは慌てて従兄に出す手紙を手配した。

最近領地経営に熱意を持つ子息が若干入部し、園芸や農業にまるで興味の無い従兄を強制的に作業に従事させる日数も減少した。

しかし明日はちょうど従兄の担当日の筈だった。察しの良い彼なら初見の護衛にも上手く指示を出して作業を進める事も可能だろう。


ちなみに結婚後クロイツは配置換えにより業務量が増え、園芸部に顔を出す事は無くなった。


ゲオルギーネの提案は唐突だったが、レオノーラも最近野草収集のフィールドワークに出掛けていなかったから、渡りに船だった。一番近い猟場のある山にはいまだレオノーラは足を踏み入れていなかったので、ゲオルギーネが猟をしている間野草採取に専念しようと算段し始めた。







翌日の午後、宿直から戻ったクロイツは出迎えたアクスに晩餐の準備の進捗状況を尋ねた。

するとアクスが言い難そうに控えめな表現でゲオルギーネからの横槍について進言した。


「実は奥様からメインディッシュの材料を用意するから、帰るまで手を付けなくて良いと指示がありまして……」

「では手を付けていないのか?」

「いえ、以前もそのような事があった時、結局獲物が手に入らずメインディッシュが無いまま晩餐を進めた経験がありまして―――カスパル様が大変ご立腹だったので、一応当初のメニューも下拵えを済ませております」


流石は長年バルツァー家の一切を取り仕切っている家令だけある。

変わり者の侯爵夫人の突飛な行動にも動じず、次善の策を講じているアクスにクロイツは感心した。


「気を使わせてすまないな。―――では、母上は猟場か」

「はい、予定では既に戻っている刻限なのですが―――」


クロイツは眉を顰めた。ゲオルギーネは常に護衛を伴っている。何かあれば護衛からも知らせがある筈だ。


「何か知らせはあるのか?」

「いえ……それに……」


アクスは一層言い辛そうに声音を落とした。いつも落ち着きを忘れない家令には珍しい事だ。


「そう言えばレオノーラは学院だったな。園芸部の活動を終えてから戻るのであれば、準備を考えると晩餐まで時間が無い。迎えの御者に帰り時間を促すよう伝えた方が良いな」

「クロイツ様、奥様は若奥様も猟場へ伴われたようです」


クロイツは暫し固まった。


「なっ……まさか、何故……」

「奥様は『嫁と語らうため』だと、おっしゃっておりましたが……」

「―――」


クロイツは絶句した。


「―――護衛は……イグナーツからは連絡は無いのか」


イグナーツは、ゲオルギーネの生家からずっと影のように付き添っている護衛だった。ある意味このバルツァー家の屋敷内でゲオルギーネを操縦できる数少ない存在だ。


「彼はちょうど本日休日なのです。代わりにフーベルトが奥様に付き従っている筈です」

「イグナーツを呼べ。今すぐにだ」

「ハッ」


アクスは頭を下げて直ぐにその場を辞した。


クロイツは着替えもせずそのまま厩に向かった。

厩の中で呑気に馬の首を撫でていた男が振り向いて、クロイツを認めるなり膝をついた。


「レオナに付けている護衛からは連絡は入っているか」

「先ほど新しい物が届きました」


クロイツはレオノーラに密かに護衛を付けている。

それは単にクロイツが彼女の身を案じて、と言う理由からのものでもあるが、同時に王国秘匿事項にあたる情報を記憶しているレオノーラを、企みから守ると言う意味もあった。彼女がそういう存在であるという事実は一部の人間以外知らされてはいないが―――万一と言う事もある。護衛を付ける事、彼女を守り抜き国外に流出させない事がレオノーラと婚姻を結ぶ時に王家から突き付けられた条件でもあったのだ。


よく慣れた鷹の脚に括りつけた小さな管に仕込まれた紙片には「ゲ負傷。レ無事。捜索求む」と端的に記されていた。


とにかく二人の命は無事なようだ。


「そのまま護衛を続け、もし万一の事があるようなら正体を晒す事も辞さぬから救出せよと伝えろ。こちらはイグナーツが着き次第救助に向かう。安全が確保されているならばそのまま見守るように」

「御意」


短く応えると、男は暗闇に溶けるように姿を消した。

クロイツは屋敷に戻りすぐに出られるよう身軽な装束に着替える事にした。








着替えを終えてエントランスに取って返すと、大柄な壮年の男がアクスに伴われ現れた。


「イグナーツ、休みにすまない」

「いえ、こちらこそ。こんな時に申し訳ありません。ゲオルギーネ様が……?」

「どうやらレオナを連れて猟場に出掛けたまま帰ってこないらしい。フーベルトが護衛に付いているようだが連絡が無いので困っている」

「フーベルトは何をしているんだ、全く。失礼、ちょっと宿直室の日誌を確認して参ります、行き先について何かヒントがあるかもしれない」


イグナーツはゲオルギーネが幼い頃からの護衛を務めている。彼女は幼い頃からやんちゃなお転婆娘だったそうで、何か問題を起こすたびに彼が尻拭いをしてきたらしい。彼は少し思案気にそう言って宿直室へ下がって行った。




「何を騒いでおる」




そこへ威厳めかした声が掛かった。


「お祖父じい様」

「クロイツ、はて私はお邪魔だったかな?」


惚けた様子で聞くカスパルに、クロイツは内心舌打ちをした。

しかし態度には表さず、慇懃に答えた。


「いえ、ようこそお越しくださいました。ですが少々立て込んでおりまして―――お茶をお出ししますので応接室でお待ちいただけないでしょうか」

「何があった」


ギロリとにらまれ、クロイツは瞬時に諦めた。カスパルの視線には「決して誤魔化されないぞ」と言うメッセージが込められていた。


溜息を吐いて腰に手を当てる。


「母上が―――レオナを連れて狩りに向かったそうです」

「今ごろか?」

「いえ、早朝に立ったのだと思います。けれど予定の刻限になっても戻らず―――」

「―――侯爵夫人になっても全く自分の立場を分かっておらぬのだな、あの女は。嘆かわしい事だ。それでアヤツらは何処にいるのだ?」

「一番近い猟場だそうです。これから迎えに行こうと思っています」

「……」


カスパルは少し押し黙った。

暫し視線を彷徨わせてから、クロイツを見て尋ねた。


「……無事なのか?」

「おそらく。そう思っていますが」

「……そうか、族に襲われたのでは無いだろうな?」

「母上が大人しくやられるとは思いませんが」

「……どんなに強い剣豪でも、隙を突かれれば脆い。ましてやあの変わり者の嫁を庇いながらであれば尚更だ」


クロイツはカスパルが彼女達を心配する素振りを見せた事に、少なからず驚いていた。

確かにカスパルの言う事は尤もだった。クロイツはレオノーラに付けている影の護衛からの連絡があったので落ち着いていられるが、それが無い状態であればこのように落ち着いて話ができたかどうかも怪しい。


「護衛も付けておりますので―――ご安心下さい。と言う訳で我々は探索に向かいます。お祖父じい様、暫くの間、応接室でお待ちいただけませんか?」

「私も向かおう」

「は?」

「馬を回せ。私も向かうと言っておるのだ」

「しかし―――」

「手は多い方が良いだろう、晩餐の時間がこれ以上押しては困る」

「―――わかりました。有難うございます」


クロイツは腰を折って、礼を言った。

彼はまさかカスパルが彼女達を探しに行くなどと申し出るとは思っていなかった。

武人として鍛えたカスパルの乗馬の腕は一級品だ。老いたとはいえ、助けになるとしても足手まといになる事は無い。

しかしいつも出来るだけ排除しようとしていた変わり者の『義母娘おやこ』の行方を、一緒に探すなどと言い出すとは。

カスパルの狷介な目元が、意外と真剣に細められるのを見て―――クロイツは彼に何等かの変化があったのかも知れない、そう思ったのだった。


そこへイグナーツが早足で戻って来た。


「何かわかったか?」

「いえ、しかしこれが―――」


イグナーツが手渡したのは簡単な書簡だった。クロイツは手に取って素早く目を通すと、溜息を吐いて眉間に手をやった。

カスパルはクロイツの手からそれを奪うと、目を丸くした。


『イグナーツ お父上のもてなしのため、新鮮な肉を手に入れて帰る。フーベルトは口煩いから、狩猟小屋に置いて行く。遅くなった場合はよろしく頼む ゲオルギーネ』


「じゃあ護衛は付いていないと言う事か……?」

「ハッ、それに私が休んでいるのを分かっていて宿直室に手紙を残しているのは、明らかに発見を遅らせようとしていますね。最初からフーベルトを出し抜くつもりだったのかもしれません」

「全く―――話にならん!」


カスパルは額に血管を浮き上がらせた。

しかしこのような事を何度も経験している面々の間には、怒ると言うより「またか」と言う諦めムードが漂っている。むしろ毎度腹を立てる事ができるカスパルの方が、ゲオルギーネに対して真剣なのかもしれなかった。


「とにかく、行き先は分っているのだから捜索に向かいましょう。お祖父様―――どうされますか?」


改めて参加の意志を確認したクロイツをカスパルは睨みつけた。


「……行くと言っておろうが」


不満げに口をひき結ぶ老人に頷き返し、クロイツは家令に指示を出した。


「分かりました、ご同行お願いします。アクス、父上がそろそろ王宮からお戻りになると思う。詳細を伝えて屋敷で待機していただいてくれ」

「わかりました」

「イグナーツ、他に手の空く者を募って厩に集合だ」

「ハッ」


こうしてゲオルギーネとレオノーラ捜索隊は、一番近い猟場へと馬首を向けて走り出したのだった。







狩猟小屋の扉には鍵が掛かっていた。鍵を開けるとぐったりと座り込むフーボルトが手を縛られた状態で置き去りにされていた。

縄を切って解放すると彼は、ひたすらクロイツとイグナーツに向かって頭を下げた。捜索隊に加え、ゲオルギーネがカモ撃ちによく利用する沼まで馬を走らせ、周辺を捜索する。


「あ、あれは何ですか?」


フーボルトが空を見上げている。

指差す方を見上げると、そこには紙袋のような物がフワフワと浮かんでいた。


「あっちにもあります」


もう一人捜索隊に加わった護衛の男が声を上げた。

それを目を細めて見上げていたクロイツが、新しく浮かび上がって来た紙袋をみとめ声を上げた。


「あっちだ」


捜索隊が辿り着いた先には崖があった。

覗き込むとたき火を囲むようにして座っている二人の人影があった。


「レオノーラ!」


声を張り上げると人影のうち、紙袋を持って作業をしていた小柄なほうが顔を上げた。


「あ!クロイツ様!」


木に凭れ掛かっていた大柄なほうも顔を上げた。


「おお、クロイツか。ロープを持ってたら下ろしてくれ」

「ケガをされているのですか?」

「まあな、足首をちょっと。レオノーラが手当をしてくれたから大丈夫だ」


他の捜索隊を呼び寄せ、ロープを下ろす。

引き揚げると、何故かロープの先には解体済みのイノシシが括られていた。

その後にレオノーラが引き揚げられ、イグノーツが崖下に降りて負傷したゲオルギーネをロープに固定し引き揚げを補助した。




カモが取れずにゲオルギーネが罠を確認していると、子どものイノシシを見つけた。そこへ母親のイノシシが現れ、突撃して来た所を咄嗟に短剣で応戦した。眉間に一撃を加えたが、イノシシの突進は収まらずそのまま崖を転がり落ち、足を痛めてしまった。

レオノーラは野草採取をしていたが、争う音を聞いて駆けつけると崖下にゲオルギーネを発見した。覗き込んだ所で、手元の土が崩れ急な傾斜をゴロゴロと転がり落ちてしまった。

レオノーラが手持ちのものでゲオルギーネの手当を行うと、彼女がイノシシの解体作業を始めたので、レオノーラは観察がてらそれを手伝った。

日も傾いて来て帰宅予定時間が迫って来たので、誰かが探しに来るだろうと考えて、火を起こし、やけどしないようにナイフで削ったフォーク状の木切れで紙袋を支え、火が燃え移らないよう注意しながら温かい空気を入れて空に飛ばした。果たしてクロイツがそれに気づき、レオノーラの居場所を突き止めてくれたのだ。




「とにかく無事で良かった」

「良かった……じゃと……」


クロイツが安堵の溜息を漏らすと、それまで黙々と捜索を手伝い救出作業を手伝っていたカスパルが、口を開いた。


「こぉの、馬鹿嫁どもが!!心配掛けおってぇ!女だてら猟へ繰り出すのも許せんと言うのに、護衛を出し抜くとは何事じゃあ!」


ブルブルと拳を握りしめ、怒り心頭のカスパルに皆は口を噤んだ。

すると空気を読めない嫁その一、ゲオルギーネが細かい修正をする。


「出し抜いたのは私です。レオノーラはフーボルトを私が閉じ込めたと知りませんでしたから、な?」

「あ、はい……お義母様はフーボルトを待機させたとおっしゃって……」

「バカ者っ!護衛を待機させる貴族女性が何処におる!」


(ここに)とは流石にゲオルギーネも口には出さなかった。


「だいたい、護衛が付いていない時に夜盗にでも襲われたらどうするのじゃ!」

「大丈夫です、私が一閃で倒して見せましょう」

「こ……この、大馬鹿者!!その油断が命取りと言う事が判らんのかっ……どんなに腕に覚えがあっても、隙と言うものはできる。お前に何かあったらフォルクハルトがどう思うか?残された人間の事を考えてみろ!お前は侯爵夫人なんだぞ、一体何人の人間がお前が死ぬことで傷つき、迷惑を被るのか肝に銘じろっ……!!」




「お義父上……」




周囲が押し黙る中、ゲオルギーネが感動したように口を開いた。




「良かった、お元気そうですね。最近あまり怒鳴られなくなったので心配していたのです。新鮮な肉を食べて貰って、力を蓄えていただこうと思ったのですが……なあ、レオノーラ」

「あ、はいっ!薬草もたくさん手に入れましたので、お元気になるようお茶と薬湯をご用意します!」

「ハハハ……しかし杞憂であったな、お義父上はまだまだご健在であられるようだよ」

「本当に良かったですね!」





空気を読めない女性二人以外の、その場にいる者全てが沈黙したままカスパルの動向を注視していた。

カスパルは顔を俯かせ拳を握りしめたまま、プルプルと震えていたが……やがて、肩を落として溜息を吐いた。




「……お前らは殺しても死なぬわ……」




そう言って、クルリと体を背けて馬に飛び乗り「先に戻る、一人付いてこい」と言って馬の腹を蹴った。護衛の一人が慌てて馬に乗ってその後を追う。


遠ざかるその背を見ながら、クロイツは少しだけカスパルが気の毒になった。

カスパルは本気で二人の安否を心配していたように思う。

首を振って、小柄な妻を見下ろすとニコリと笑顔を返された。


「怪我は無いか?」

「はい。とても上手に崖を転がったようです、ほら」


両腕をグルグル回し、ピョンと飛び上がるレオノーラを見てクロイツは安堵の溜息を吐いた。そして膝をついて小柄な体を抱きしめる。


「今度から母上が何と言おうと、出掛ける時には事前に俺に相談してくれ。あと学院以外で護衛から離れるな、俺といる時以外は」

「すいません」

「お祖父様の言うとおりだ。何かあったら俺達が悲しむと言う事を自覚してくれ。もうレオナはバルツァー家の一員なのだから」

「……はい……」


影の護衛は常に付けているとは言っても、本人が自覚してくれなければ危険に晒される機会は増える。アンガーマン家と学院に引き籠っていた頃は彼女の顔を知る者も限られていた。バルツァー家に嫁いだ事で彼女の秘密を知らなくとも、手を出して来ようとする輩はいるかもしれない。


クロイツが真剣に言うと、レオノーラも神妙に頷いた。

何割自分の気持ちが伝わっているだろうか……と訝しみながらも、とりあえず今は彼女の無事を喜ぼうとクロイツは思った。






それから屋敷に戻り、フォルクハルトに無事を報告した。心配していた夫に諭されると、ゲオルギーネは肩を落として頷いていた。ゲオルギーネは滅多に怒らない優しい夫が怒ると、大人しくなるのだ。一時の事だが。


少し開始時間が遅れたが晩餐は滞りなく進み、ムッツリと押し黙ったままのカスパルもイノシシ肉をペロリと平らげた。その後供された薬草茶を口にする時は何とも嫌な顔をしていたが、黙って飲み干した。薬草茶の何とも怪しげな香りが室内に漂うと、レオノーラとゲオルギーネ以外のその場の者が全員カスパルに同情の視線を投げ掛けた。




晩餐を終え、疲れたカスパルはすぐに客室で休む事にした。

浴室に案内され、扉の手前でふと『薬湯をご用意します!』と言うレオノーラの言葉を思い出し、ゲンナリした。今度はどんな怪しい草を入れた湯に浸からされるのかと。

薬効で体は元気になっても気持ちが減退するから効果は相殺だろうと―――カスパルは溜息を吐いた。




しかし扉を開けてふんわりと香って来た芳香に、顰めていた眉がふとほどけた。

浴槽に袋に入れて沈められているのは、マグノリアの花びらだった。



白い花弁は妻がよく飾っていた花で―――苦い想い出の中にそっと置き去りにしたあのひとが、よくその木の元で休憩していたものだ。




カスパルは侍女を下がらせて、一人浴槽に浸かり目を閉じた。

柑橘系の爽やかな―――控えめな香り。その香りに包まれている内に昼間馬を走らせた疲れや、久し振りに感情を露わに怒鳴った余韻のためか抗いがたい眠気が襲ってきた。

カスパルは手早く入浴を終え、ベッドに潜り込んだ。




その日夢も見ずに―――彼は穏やかな眠りを得たのだった。






【侯爵家にふさわしい花嫁・完】

最後は嫁連合とカスパルの攻防戦(?)でした。


とりあえずここで一旦完結とします。

お読みいただき、ありがとうございました。

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