閑話 おかあさまと一緒
小話を追加します。
珍しくフォルクハルトが領地へ単身で出張し、クロイツが王宮に宿直している朝。
女性二人で朝食の席についていた時だった。
ゲオルギーネがレオノーラに提案した。
「レオノーラ、今日の仕事は午後からだと言ったね?仕事前に私とちょっと話をしないか。」
「はい、では庭園にお茶を用意して貰いますね?」
「頼む」
ゲオルギーネがこのようにレオノーラを誘う事は滅多に無い。
二人とも多忙で中々顔を合わせる事も無かったから。
今日は爽やかで天気が良い。
きっと庭園にテーブルを出してお茶でもしながら話すのだろう、とレオノーラは考えた。
「そこ、踏み出しが甘いっ」
「は、はい……!」
「はい、上、下、上、横!」
「うっわわわっ……ひぇえ!」
「な、何をやっているんですか……!」
二人がお茶をしていると聞いて、宿直明けのクロイツが庭園に顔を出した。
すると芝の上で剣を振るう男装の母と、フラフラとよろけながらその剣を受け止める小柄な嫁を見つけて思わず怒鳴り声をあげてしまった。
「あっ……く、クロイツさまぁ……ふぅ……お帰りなさいませ~」
「おっクロイツ、お前も一緒にどうだ?」
肩で息をして弱々しく笑う愛しい嫁と、高らかに笑う男装の麗人。
頭が痛くなった。
クロイツは駆け寄って、レオノーラから剣を取り上げる。
「母上、何をなさっておいでですか!レオナがフラフラじゃないですか!」
そしてよろめく妻を支えながらゲオルギーネに抗議した。
「いや、フフフ……ちょっと話し合いをね」
「『果し合い』の間違いじゃないですか!?」
「……上手いコト、言うね。我が息子ながら」
目を吊り上げるクロイツに、ゲオルギーネは優雅に笑った。
「剣を通して話し合うのが、相互理解への一番の近道になると思ってね」
「貴族女性なんだから、普通に腰掛けてお茶を飲みながら話をしてください」
クロイツが静かな怒りを湛えて余裕のゲオルギーネを睨みつけると、彼女は「おお」と今気が付いたように微笑んだ。
「そう言えばまだお茶を飲んでいなかったな。休憩しようか、レオノーラ」
「は…はい~」
レオノーラはクロイツに支えられながら、テーブルまで辿り着き椅子に腰掛けた。
「どうだい、レオノーラ。初めての剣は」
「はい~……やはり見るのと実際やるのとでは、かなり違いますねぇ……はぁ、興味深かったですぅ……ふぅ」
荒い息をしながら、クロイツの心配を余所に笑顔で義母に応えるレオノーラ。
ゲオルギーネは小柄な嫁の笑顔を見ながら、満足そうに頷いたのだった。
その日クロイツの休みに合わせて早めに帰宅したレオノーラだったが、入浴し夜着に着替え床に着いた途端睡魔に捕まってしまった。
彼女の後から夜着に着替えて寝室に入ったクロイツは、ベッドの上で死んだように眠っている妻を発見する事となった。
名前を呼んでも揺すっても愛しい妻は目を覚ます事は無く―――レオノーラは朝まで死んだようにグッスリと眠り続けたのだった。
クロイツは頭を抱えた。
そして勿論、翌朝ゲオルギーネに抗議した。
剣による母子の『話し合い』は今後一切行いませんと念書を書かされた時、ゲオルギーネは頷きながらも頭の中でこう考えていた。
剣が駄目ならじゃあ、次は何でレオノーラと語り合おうか……と。
クロイツが再び頭を抱える事になるのは―――そう遠くは無さそうだ。
バルツァー家、嫁姑の攻防戦?でした。
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