エスティマ滅亡編8【終わり】
【大量虐殺の粛清】いつしか人々の間ではそう呼ばれるようになった。
あれから3日。戦死者17,898、のち騎士780名の尊い命が失われ賊軍の勢いは鎮められた。結局火の海を収めたのは、いつか弟が言っていた夕立ち。
オーガ隊長は立派な最期を遂げ、二回級特進。国王はエスティマが攻められた時、数名の護衛を連れて北門から脱出を図った際、賊軍に命を奪われたとのこと。現在は息子のエドワルドが国家の回復の中心人物として立ち回っている。
またルシアの母と弟はまだ見つかっていない。王宮は半壊。エスティマの国を守っていた東、西、南の壁は壊滅。残った北門も暫く経ってから解体されることが決まった。なんでも、今人々に必要なのは国を囲う防壁ではなく、隣国との協力だからだそうだ。これから先、エスティマは近隣諸国との国交が回復していくだろうと誰かが言った。
賊軍の個々の狙いは金銀財宝で、エスティマにはもうほとんどの金目のものは無くなった。ゼロからのスタート。誰もが予想もしなかった未来。
また、賊軍を束ねていた統率者は王宮の噴水広場で捕縛されたとのこと。
カルネージの粛清後、ふらりと王宮に現れたところを騎士10人掛かりで抑えたそうだ。噂によるとそいつは抵抗を一切しなかったそうなのだが。
これで全てが片付いた訳ではなく、内面的な問題もまだまだ沢山残っている。
母を亡くした身寄りのない子供、一生目が見えなくなった女性、愛人を失った男。何十年たっても消えない傷が誰しも心の何処かに刻まれた。そのうちの一人、ルシア=ロワンダ。彼の家族は未だに見つかっていない。
瓦礫の上に横になって、開けた建物の間から空を見上げる。汚れ一つない、青い画用紙のような。手を上げて、空を掴む。なのになにも届かなくて、掴めなくて。
自分は本当に何にもなくなってしまった。それを何度も確認して、希望を抱いて、現実を知る。
なにをすればいいのか、全く分からなくて。これならいっそ、このまま永遠に眠ってしまった方が楽なのではないかと。生きているのが苦痛に感じたのは初めてだった。
復讐心なんてなくて。
ただ、過去のことを思い返すしかすることがなくて。
今日もまた、目を閉じた。
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目を開けると、もう辺りはかなり明るかった。朝か。もしかしたら、正午を回っているかもしれない。
しかし、今日の目覚めの挨拶は一生のうちでかなり酷いものになった。
「ねえアンタ、臭いよ」
裏路地の瓦礫の上で寝ていたら、知らぬ間に見知らぬ女性が前の樽椅子に脚を組んで座り、こちらを見ていた。
というより睨んでいた。
「暫くシャワーは浴びていない、です」
髪はボロボロでボサボサ、服や身体を含めて至る所に血が付着して固形化していた。背中に関しては、斬り付けられた服の部分が茶色に変色し、最低の応急処置として巻かれた包帯の上にも茶色いシミが浮き出ている。痛い。
「王宮の風呂、自由に使っていいよって現国王さまが言ってたけど?」
少しトゲトゲしい物言いの彼女。しかし、言葉の隅々からは自分とは違う彼女の生き様が感じられる。自由な人。
「あ、後で入ります」
彼女の迫力に気圧されて、言葉が詰まる。最近誰とも話をろくにしていなかったからから、言葉が上手くでてこないのもあるかもしれないが。
「後? 入る気ある?」
「……ありません」
「あっそ、ならそこで腐ってれば」
そう言いながらも、飽きない彼女。じっと此方を睨んで動かない。ほんの少しだけ、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「あ、あの…」
「何?」
貴方は?と聞こうとして押し止まる。多分アンタから名乗れだとか言われそうだったから。そうじゃなくとも、臭いと言ったほどの相手に自己紹介なんてしてくれる訳がない。
こんな乱暴な言葉、初めて使われた。
「何をしていたんですか」
一瞬の沈黙。まさか不味いことを聞いたのだろうか。
しかし、意外にも彼女の次の言葉は優しさを帯びていた。
「別に。アンタにちょっと生き方教えてあげようと思って」
驚いた。死にかけの自分に。そんな奴でも見放さないで助けようとする人がいるのか。
思いもしなかった。
世の中捨てたもんじゃない。
「全てを失ったとしても、命があるでしょ」
彼女は自身の過去を振り返って言っているように見えた。何故かその言葉がすんなり頭に入ってくる。
「アンタこのまま壁の中しか知らずに終わっていいの」
母も、弟ももういない。暖かいあの家は無くなってしまった。弟と約束した晩飯も、もう二度と一緒に食べれない。国も壊滅状態。こんなの、こんなの生きてるほうが地獄じゃないか。
でも、
『壁の中しか知らない』
それは一体どういうことだろう。壁の外には、何かあるのだろうか。
「うみ…海、触ってみたい」
ふと頭に過る小さな好奇心。そうだ、自分は昔海を短で見てみたかったんだ。忘れていた、そんな思い。
ぷっと吹き出す彼女。なにか自分は、変なことでも言っただろうか。
「すぐ叶っちゃうよ。でもそっか。アンタはずっと壁の内側にいたからね」
彼女は少しだけ、優しい顔になった。なんて正直な人なんだろう。
「あとはアンタ次第ってことで」
そう言い残して彼女はこの裏路地から出て行ってしまった。名前も知らない、出会って数分の人なのに。彼女のおかげで白黒だった世界が色を持ち始めた。
西へ行こう。
全てを失ったとしても、命がある。
まだ、生きてる。
まだ、終わりじゃない。
何かしよう。
旅をしよう。