エスティマ滅亡編1
東から登る陽と共に、このエスティマの1日が始まる。
城壁に囲まれた大きくもなく小さくもない人口3万程の国。政治や治安は王族を中心に貴族、そして庶民によって支えられ、平和な暮らしを守っていた。人々は、壁の中でこの小さな幸せが長く続くと信じて。
カルネージの粛清(大量虐殺)が起こる、その日まで。
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エスティマの中流貴族、ロワンダ家の嫡子ルシア=ロワンダは今日も朝から剣の稽古に出かけた。
早朝の空気はひんやりとして、肺の奥まで届く。緑の匂いと霜の味が合わさって、どこかくすぐったい。わざわざ早起きをして貴族街の東、エスティマの丘に登った甲斐があった。ほんとうに気持ちがいい。
城壁に囲まれた国の中で、海が見える唯一の場所がここエスティマの丘。国の外に出たことのない自分にとって、壁の向こう側へ出てみることは、昔も今も変わらずの憧れ。
そうこう考えているうちに、陽が海からゆっくりと上がってきた。垣根色に染まる海。海から浜、手前に広がるナバラ草原、そして城壁を経て貧民街、庶民街、貴族の屋根、自分の足元。世界がじわじわと色付いていく。この感覚が堪らなく心地がいい。
朝日を浴びてか、庶民街の方から一声鶏の鳴き声が上がった。それにつられて各畜産業の小屋から鳴き声が連鎖していく。牛、豚、羊そして犬。
その直後、後ろで切り株に座っていた男が、深く息を吸った。
ルシアがこの丘に来ると毎朝決まってある先客がいる。顔ははっきり見たことは無いが、背丈は自分より一回り大きく、二十歳前後もしくは三十路程の男。声はまだ聞いたことがない。男は革のフードを目元が隠れるまで深く被っていた。
二ヶ月ほど前にふらりと現れて、それ以来朝は欠かさずここに居る。
話も交えたことのない仲なのに、どこか馴染みのある不思議な男だった。