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短編

童話番人、ぶるぶるオオカミに怒る



「まあぁぁた、お前かぁああッ!」


 よく研がれた大鎌の刃先をぐっと喉元に押し当てると、黒い長毛が切れ床に落ちた。

 その男――いや、この場合はオスと呼ぶべきか。彼の見た目はほとんど狼に近い――は、耳を折り尻尾を丸めてぶるぶると震えながらこちらを見ている。


「ったく毎回毎回毎回毎っ回っ、二度寝の邪魔をしやがって! 

 ボクはなあっ、楽ちんだって聞いていたから【童話世界の番人】になったんだぞ! 予定では毎日ダラダラ寝て過ごすつもりだったっつーのに、お前のせいで連日出動じゃないか!」


「ぼぼぼ僕だってそんな、邪魔するつもりなんて、全然ないんです……。ただ、おうちが分からないだけで……」

「アホかっ、何度も教えたろーが! ドマイナー絵本の住人なんだからそっち界隈行ってこいって地図持たせて入口まで教えたのに、なんでよりによって超メジャーな『赤ずきん』に迷い込んでんだよ!?」

「だ、だってこのお話、狼出てくる……」

「お前みたいなぶるぶるオオカミに『赤ずきん』なんて務まるわけねーだろ! 本物見習え本物!」


 ベッドに座るネグリジェ姿の狼を指すと、


「――まあまあ、落ち着いてください番人さん」


 低く渋い声と共に大きな前足が上がった。


「そうカッカせずとも大丈夫ですよ、だいたいの理由は推測できましたから。

 おそらく彼は迷子ではなく、わざと有名な狼が出てくる童話を渡り歩いていたのではないでしょうか」

「……おい。マジかよ」


 ぎろりと睨むと、迷子オオカミの目がふよふよと泳いだ。


「番人さん。あなたが最初に迷子だった彼を見付けたのは、どの童話でしたか」

「あー、『三匹のこぶた』だ。こいつがぶた達にす巻きにされて煮えたぎった湯に入れられるところだった」

「そうですか。失礼、ちょっと一件」


 赤ずきん狼はレースのナイトキャップから携帯電話を取り出すと、どこかにかけだした。


「……ふむ。やはりそうですか。……ええ、ありがとう。助かりました」


 通話を終えた狼はこちらを見て微笑んだ。


「こぶた達から聞きましたよ。あなたが自分からそうしてほしいと頼んだそうじゃないですか。

 我々の住む童話の世界ではあらすじに従う事が絶対です。キャラクターは秩序を守り、読者に楽しんでもらう事を仕事とし、誇りとしています。

 それを自ら破ろうとは、余程の情熱が無ければできないこと。

 オオカミさん。あなたはわざと有名童話でピンチの状況を作り、番人さんに見付かりやすくしていたのではないですか?」


「……ハァ?」


 オオカミを見れば、震えはいっそう大きくなり、はらはらと涙まで流している始末だった。


「ご、ごめんなさい……! 僕は、僕はどうしても一目、あの、その……」


「――番人さんに会いたかったのでしょう?」


 赤ずきん狼の静かな言葉に、コクコクとオオカミは頷いた。


「ここに、先月号の『月間メルヒェ~ン』があります」


 狼はサイドテーブルに置かれた雑誌の中から一冊を取り上げた。


「特集は【童話世界の秩序を守れ!新人番人ちゃんに迫る】。

 オオカミさん。あなたはこれを読み、番人さんに一目惚れをしたのでしょう?」


 オオカミの毛がぶわあっと逆立ち、床に崩れ落ちると顔を両前足で覆った。


「そ、そうなんですっ! 僕、僕、番人さんの事が好きで好きでたまらなくて、けど、マイナーな絵本に住んでて釣り合わないから……。

 だから、秩序を乱せばきっと会えると思ったんです。

 それで、本当に会えたら、どうしても、もっともっと会いたくなって、迷子になったフリをして……貴女に会いに来ていました」


「――だそうですよ、番人さん」

「な……」


 手が緩み、大鎌が落ちかけた。慌てて掴み直そうとした手を、上から大きな黒い前足が包み込む。


「本物の貴女に会ってからというもの、僕の想いは増すばかりで、胸が苦しくて、切なくて。

 貴女を見るだけで震えてしまうほど大好きなんです。どうか僕とお付き合いしてくれませんか?」


「ちょ……待て!」


 手を引っ張ろうとしても、ぐいぐい顔が近付いてくる。いつもぶるぶる震えていたくせに、よく見れば真顔は結構整って……って、違ーう!


「ボクはオオカミが嫌いなんだってば!」

「おや、それは残念ですね」

「あ、ち、違うんです、コイツがってだけで、あの、決して赤ずきんの狼さんがそうだという意味では――」

「ああ、やはり有名童話のオスが好きなんですね!?

 あの、僕絶対に自分の絵本をメジャーにしてみせますからっ、だから!」

「そういう意味じゃなくて……ッ」


 畜生、勝手に顔が熱くなるのは驚いたからだ。 

 こいつを意識しだしたなんて理由じゃない。


「……おや。オオカミ君、意外と押せばいけるかもしれませんよ」

「ほ、本当ですか? ば、番人さんっっ♡」

「だから違うってばぁ――っ!!」


 大声で叫び、ぶんぶんと大鎌を振り回してみせたところで、にこにこオオカミはもう震えてはくれなかった。



【一次創作文字書きお絵描き60分一本勝負企画】参加作品でした。

『獣人』使用、お題は『大好き』

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 ぶるぶるオオカミさん行け行け!! がばーと押し倒しちゃe!! ナイトキャップ狼さんの上から目線、 あっぱークラスな所作がたまりません☆ ロイヤルミルクティーの薀蓄とか熱く…
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