闇の温もり
A.T.G.C 第十回
ジャンル:その他。 縛りは特に設けていません。ただ、字数を5,000文字ぴたりにしました。そして、『その他』というジャンルについてですが、それ以外の具体的なジャンルのどれにもはまらない、としたつもりです。ただ、『文学』はどうかなあ、というのはありますけど……。恋愛とか、ファンタジーとかホラーにはならない様に、と気をつけたつもりです。(できたかなあ……)
暗くて、静かだ。
けど、夜って訳ではないはず。ただ、私には日の光が見えないだけだ。
私の世界から光と音が失われてから、どのくらいが経つのだろう。決して、こんなことを望んだ訳ではなかった。もう、全てを失ってもかまわない。いえ、いっそ、その方がましだったのに、そう思ったことも確かにあった。
それでも、最初の頃は、光を取り戻す可能性を信じていた。もう一度、この目で周囲を見ることができると、何の疑いも無く信じ様とした。
けど、その希望は、夢は、儚いものだと知った。光も、音も、戻ってくることは無かった。
もう、どちらも、私には取り戻せないのだと、そう感じたとき。
悲しかった。光や音と同時に、夢や希望も失ってしまった。そう思った。暗闇の世界に絶望し、気が狂いそうになったこともあった。全てを失った方が楽だった。そうも思った。けど、私は狂うことはなかった。それが、幸せだったのか、不幸だったのか。 いや、どうだろう?
もしかしたら、私は既に狂っているのかもしれない。
けど、そのことを肯定する人も、否定する人もいない。いても、私には届かない。
だって、私には何かを伝えてもらう方法なんて無いんだから。
ならば、どっちだって同じではないか、私が狂っていようが、狂っていまいが、この、暗く静かな私一人の世界では、私が唯一のスタンダードだ。私と同じなら正気。違うなら狂気。
ならば、私は常に正気だ。
まさかね。ばかばかしい。
まぁ、こんな風に、一歩引いたような感じで私自身のことを考えられるってことは、まだ完全に狂気に落ちた訳じゃないってことだろうか?
だからって、何も変わりはしないけど……。
この世界では一人。こんな私を生かすために、周囲に何人もの人が居て、私の世話をしてくれているのは判る。だからと言って、私は独りだった。だから、私は生きていく意味も、望みも失ったと思っていた。生きていても仕方が無い、と。
そんな風に絶望しかけていた。もしかしたら、もう少しで本当に絶望していたかもしれない。
けど、そんな私を救ってくれた人がいた。
その人は、優しく、力強い温もりで私を包んでくれた。とても安心できる温もりで、その温もりに触れると、包まれると、心の真ん中まで安らぐことができた。私が女であることを、その事実を思い出してしまいそうになる。そんな風に安心してしまう、油断してしまうほどに安らぐことができた。そんな温もりを感じることで、私は生きていくことに希望を持てるようになった。また、次の日もその温もりを感じたい、と。そして、ずっとその温もりと一緒にいたい、そんな夢を持てるようになった。
光と音は失ってしまったけど、夢と希望を取り戻すことができた。
そんな風に私を救ってくれた人。それは、許婚の彼なのだろうか。
残念なことに、その彼が許婚その人なのか、違うのか、いえ、そもそも、男性なのか、実は女性なのか、そんなことも確かめることはできていない。
きっと男性だとは思うけど。でも、確かめることはできてなかった。
でも、そう。実は、私には許婚がいた。
正確には、私自身がその関係を積極的に望んだ訳ではないけど、でも、そうなることを嫌だとは考えなかったし、他の可能性を考えていた訳でもなかった。
とにかく、私にとっても、彼にとっても、そして周囲の誰にとっても、それが一番。そう、当然の選択だった。
十分に納得していたし、許婚の彼との将来に対しての計画も幾つか考えたことはある。そのことについて、彼と話し合ったことだってある。
幼い頃から知ってるけど、彼は優しく、一生をともに歩む人として、何の不安もなかった。
けど、最初から確かな想いがある訳ではなかった。けど、彼と一緒に時間を過ごすことは喜ばしいことだと思えたし、そうした時間を過ごすことで、お互いの時間の重なりを積み重ねることで、想いも確かなものにすることができる。そのことに不安は感じなかった。
ただ、私たちには、その時間が与えられなかった。
戦争が、私たちが一緒にいることを許さなかった。
あぁ、でも、その戦争があったから、彼が戦地に赴くことが決まってしまったから、だから、取り急ぎ、私と彼は婚約だけでもしたのかも知れない。
私を信じて、帰って来れるように。
彼を信じて待てるように。
けど、彼が戦地に赴いてすぐのこと。私は暴漢に襲われ、逃れようとした結果、大怪我をしてしまった。死にはしなかったが、光と音を失ってしまった。その他にも、体中が、もうかなり駄目になってしまった様だった。
こんな私では、もう、彼と一緒に過ごすことはできない。
けど、そんな私のために、彼が帰ってきてくれたのだろうか?
戦争は終わったのだろうか?
私を包む温もりは優しい。彼も確かに優しかった。けど、どちらかと言うと線が細くて、力強い、という感じはあまりなかった。けど、私を絶望から救い上げてくれた温もりはとても力強い温もりだった。あの彼が、戦場を潜り抜けることで、力強さを身に付けて帰って来てくれたのだろうか?
そう考えることには喜びを感じたし、それが正しいはずと思った。
けど、何かが違うと感じた。違和感は言い過ぎだけど、何か腑に落ちない感じがした。どうしてか、この温もりが許婚の彼のものだと、信じることは躊躇われた。
そんな中、思い付いてしまうのは別の可能性だった。
許婚ではない、もう一人の幼馴染。もしかして、あの彼だろうか?
あり得ない。 どう考えても、あの幼馴染の彼が、私を優しく包んでくれるなんて、そんなことを信じることはできなかった。
なのに、なぜか、思い付いてしまったその可能性は、すとんと心の真ん中に落ち着いた。
あ。そうだったんだ、と。
けど、考えれば考えるほど、あり得ない。そうも思った。
まぁ、確かに彼は力強かった。けど、それはどっちかっていうと荒っぽいとか、がさつ、とか、まぁ、よく言って野性味がある。そんな感じだろうか?
そもそも、彼との関係は、男と女を感じる様な関係ではあり得なかった。
彼と過ごした時間、と言うのは、大半は家の外、正確には森の中とか山の中だ。森の中を駆け巡り、その辺の木によじ登り、季節によっては、そこになっている実を捥いでほおばる。枝の上では、どちらがその枝の主になるかを争って、攫み合っての争いもした。
川に出合えば、そこで水を掛け合い、岩の上からどちらがより遠くまで跳べるかを争い、助走を付けての飛込みを競い合ったりもした。
彼が男で私が女。それを私は知ってはいたけれど、そんなことはまるで関係なかった。そして、彼の方はと言えば、私が女だとは気付いてさえいなかった。まぁ、最終的には彼も気付いたけど。その時も「あれ、おまえ女だったんだ」そう言われただけだった。だから、私も「そうだよ。ひどいな」そう返しただけだった。
それからも、彼と私は遊びまわった。まるで何も変わらなかった。水や泥を撥ね、虫を追いかけ、山や森を駆けずり回った。
彼と私が、お互いに異性を感じる。それはあり得ない。そう思った。
それでも、私を救い出した温もりには、その彼の匂いを感じる様な気がしていた。
根拠はないし、確かめることもできない。
ただ、そう感じてしまう。それだけだった。
その温もりが誰のものなのか、しばらくの間は、そのことを思い悩んだ。
けど、ある時、私は気付いた。と言うより投げ出したのかもしれないけど。とにかく、それが誰だとしても、所詮、私には解らない。ならば、それが誰なのかを気にするのは意味が無いではないか、と。
とにかく、その温もりに出会い、私がもう一度生きはじめたってこと。それ以前の私はもう、一度死んだ様なものなのだから、その温もりの主が、以前の私との関係がどうだったのか、それを知ることに意味は無い。
大事なことは、今、その温もりが私にとって失いがたいものだってこと。失わないようにしたいって考えていること。
そう。その人と、時間を積み重ねていきたい。そう思っていた。
だから、私は温もりに触れ、温もりから生きる力をもらうだけでなく、私からも温もりを返したい、私がもらった生きる力を、その温もりの主に返したい。そう思った。
互いに必要とされる関係。そんな関係になりたかった。
そう考え始めたときから、私の世界は広がった様な気がした。
それまで、独りだった。けど、彼、私を救ってくれた温もりで包んでくれた人、その人との繋がりが生まれ、私は独りじゃなくなった。
それだけじゃなかった、今まで、意識してなかったけど、私の周囲で、私が生きることを手伝ってくれている人たち、その人たちからも、私を思う気持ちを感じることができる様になった。
そう。私は周囲の人たちから生きる力をもらっていたけど、私が精一杯生きることで、私が周囲の人たちに生きる力を返すことができていた。そう感じることができる様にさえなった。
それは、家族なのだろうか?
そうであればなお嬉しいけど、重要なことは、今、私の周囲で、私を支えてくれている人たちを、私も支えることができている。そのことだった。
そうやって、いつしか私は生きる力を取り戻し、生きる喜びを感じる様になっていた。
人と生きる。それは素晴らしいことだった。
思考がプラスに転じると、周囲の様々なことが感じられる様になった。
まず、私は日の光を見ることはできなかったけど、日の光の暖かさを感じることができた。そのことに気付いたときは飛び上がりたいほどの喜びを感じた。
私が喜びを感じていること。それは、周囲にも伝わっている様に感じた。
周囲の空気から、周囲の人たちの心が喜んでいることを感じられる様になった。
とりわけ、彼の喜びは、まるで手に取るように感じられた。私が喜んでいると、彼も喜んでくれている様だった。そう。周囲の色々な人たちのことも感じられる様になったけど、それでも、彼が特別であることには変わりはなかった。
そんな彼と出会うことができた。こんなに充実した時間を過ごすことができる。光と音を失う前には想像することすらできなかったけど、彼とのつながりに限りない喜びを感じていた。
そんな彼に、私は特別なものを返したかった。
彼は男。そして私は女。
ならば、どうだろう?
私は、彼の目には女に映っているのだろうか? 女性としての魅力はあるのだろうか?
私には、そういう経験はない。そういうことを、彼に望むのは、彼にとって喜びとなるのだろうか? 私は、彼に触れられたら……。 その、私の体の、そういう部分に触れられて、私はどう感じるのだろう? 私は、そうなることを望んでいるのだろうか?
確かなことは、そのことを考えるだけで鼓動が早くなり、体中が火照ることだった。
見たこともない、誰とも知らない相手に、抱かれたい、そう思うことはふしだらだろうか?
あぁ、言葉にしてしまった。
この思いを、言葉をどう扱えばいいんだろう?
彼に伝えたい?
でも、それは怖い。 けど、この怖さは何だろう? 何が怖いのだろう?
解ってる。
もし、伝えることができたとして、それが彼の望まないことだったら? 伝えたことで、彼が私の前から去ってしまったら? 彼の温もりを失ってしまったら?
それは耐えられない……。
まぁ、どんなに悩んでも、所詮、私が彼に言葉を伝えることはできないのだけど。
けど、結局、そんな悩みは意味を失ってしまった。
それまで何とか生きてきたけど、結局、私の体はもう限界だった。
気がつくと、体を起こすこともできなくなっていた。
それでも、彼は毎日、私の許にやってきてくれた。毎日、私の手に触れてくれた。それだけが、私の生きていく理由だった。けど、どんなに重要な理由があっても、私自身はもう限界を迎えていた。
そしてとうとうその日がやってきた。
もう、私は何も、手すら動かすことができなかった。
しばらく、彼は私の手を握っていたけど、彼が私に重なる気配があった。そして、私の唇に何かが触れた。優しく力強い、少し野性味のある味がした様に思った。
心の中で強く念じた。「あなたは生きて」と。しばらく、何も感じられなかったけど、私の上に何かが零れ落ち、彼がゆっくりと頷くのを感じた。
それが、私が感じた最後のことだった。
でも、それが私の望んでいたことだった。
あぁ、もう一つあった。
次に生まれるとしたら、お姫様の様に柔らかく、光に満ちて微笑み、周囲に生きる力を与えられる、そんな人間になりたい。
それが、ささやかな望みだった。
最初は、複数のジャンルを、具体的には『戦記』と『学園』の組み合わせは? などと考えていましたが、プロットがまとまらず、2~3日前に無理矢理書き始めたお話を、できるだけ、どのジャンルにも偏らないように、と書くことにしました。最後の方で、ちょっと恋愛に傾いてしまったかなあ、とも思いますが、なるべくそうならない様に、としたつもりではあります……。
で、実は、このヒロインの生まれ変わりが『光姫』のつもりです。そのことをラストに強引に書き加えましたけど……。 つまり、『満月』からつらなる巫女の生まれ変わり、というつもりです。このお話の中では、ゼンッゼン関係ない感じですけど……。そういう意味では、サイドストーリ(?)っぽくなってしまいました。