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俺の目玉はアナログ放送

作者: ト部泰史

 ふと気が付くと、視界の右端に文字が浮かんでいた。何かと思って目を凝らすと『アナログ』と書かれていた。何かの見間違いかと思って目を擦り、瞬きを繰り返し、辺りを見回したが、ずっと同じ位置に『アナログ』と浮かんでいる。いったい何なんだ、これは?

 「アナログ放送症候群ですな。こりゃ」

 「アナ……え?」

 翌日眼科に行った俺は、予想外の診断に混乱した。こんな病名聞いたことも無い。

 

 「アナログ放送症候群。聞いたこと無いですかな?」

 「ええ……まあ」

 「そりゃそうですよ。最近になって発見された病気なんですから」

 「……それで、これはどういう病気なんでしょうか?」

 「まだ詳しいことが解明されてないんですが、少なからず分かってることもあります。まずこの病気を発症すると、視界の右端にアナログと見えるようになるんですよ。あなたは何年か前の、テレビのアナログ放送が終了する時の事を覚えてますか? 右端に『アナログ』と表示されていましたが、あの表示と似ているからこんな名前が付いたんですな。安直なもんです。それでこの初期段階だとアナログと見えるだけで、実生活ではなんの支障もありません。しかしそこから病状が進展すると、視界が悪くなり最終的には失明します」

 

 失明。唐突に突きつけられた事実に、俺は目を瞬く事しか出来なかった。失明したら、目を開けていてもつぶっていても、たいして変わらないんだろうなとなんとなく思った。

 「まあそんな深刻になる必要はございません。幸運なことに治療法は無いわけではありません」

 「え! ほんとですか!」

 「ほんとです。こんな嘘を付く医者はいませんよ」

 失明するという情報ばかりが先行し、勝手に治らないものだと思っていた俺は安堵した。

 「よかった……それで、その治療法ってどういったものなんですか?」

 「この病気がどのような人にかかるのか。まずそれを確認する必要があります。そこでいくつかの質問をさせて頂いてよろしいでしょうか?」

 「ええ。治るのであればなんでもしますよ」

 

 医者はカルテを用意しそこに様々書き込んでいる。ここに書かれた質問事項を聞くらしい。

 「では質問です。あなたはパソコンを使いますか?」

 「いいえ」

 「では携帯電話はお持ちですか?」

 「いいえ。自宅の電話だけです」

 「ならテレビは家にありますか?」

 「いいえ。あのアナログ放送が終わってから買い換えてないので」

 「もしかして電子機器の類は苦手ですか?」

 「はい。そうなんですよ。どうにもパソコンにしても使い方がよくわからなくて」

 医者はカルテになにか書き込むとこちらをむいた。心なしか顔つきが厳しい気がする。

 「やはりそうでしたか。実はこの病気はデジタル機器を使いこなせない人間、まあ失礼を承知で言ってしまえば、アナログな人間に発症する病気なんです。まだ研究途中ですが、デジタル機器に溢れた現代において、それに順応しきれなくなった人間が発症してしまうというのがいまのところ有力な説です。どうやらあのデジタル放送が始まった影響も少なからずあるようです」

 「じゃあ治す方法というのは……」

 「簡単なことです。パソコンを使い、携帯を持ち、テレビを買えばいいだけのことです」


 なんだ。そんなことか……。俺は胸をなでおろした。これで失明の恐れもなくなった。だがふと医者の顔を見るとまだ神妙な顔をしている。

 「まだ、なにかあるんですか?」

 「ええ、もう一つ質問をしておきたいのですが、視界の下にアナログ放送終了まであと何日といったことは表示されてますか?」

 俺は急いで確認した。確かに下のほうを意識すると、『アナログ放送終了まであと十四日』と見える。

 「あと十四日だそうです」

 そう伝えると医者は沈痛そうな顔をした。いったい何があるというのか。

 「大変申し上げにくいんですが、もう今から電子機器を使いだしても手遅れです。あと十四日後にはあなたの目は見えなくなります」

 申し上げにくいというわりには、はっきりと伝えるなと思いつつ、一度は去った失明の恐怖が再訪してきたことを感じた。

 「そんな! なんとかなりませんか? 僕はまだいろんなものが見たいのに」

 「まあ落ち着いてください。最終手段がないわけではありません」

 あるのか。この数分間の気分の上下は心臓に悪い。


 「それで、その最終手段というのは?」

 「まあ、まずはこれを見てください」

 医者はそういいながら引き出しを開け、なにか白くて丸いものを取り出した。一瞬ピンポン玉かと思ったが、違った。それは目玉だった。

 驚いて椅子から転げ落ちそうになったが、よく見たら精巧な作り物だということが見て取れる。視神経のところから導線が飛び出していたからだ。

 「それは一体?」

 「アナログからデジタルへと移行する。これがこの病気を治す一番の方法です。しかしあなたはもう普通の方法では治らない。であれば目玉自体をデジタルに変えればいい。そのためにこの電子義眼が作られたわけです。これを移植すれば理論上は治ります」

 医者は義眼を手の上で転がしながら、俺の目をじっと見つめている。その熱っぽい視線からはなにかいやな雰囲気を感じた。

 「理論上というと? まさかまだ実用されてないんですか?」

 「そうです。理論上ではこれを移植したところでなんの問題もないのですが、どうにもまだ治験してくれる方がいなのでそこで踏みとどまっているのです。なので学会に発表するにあたり、そこだけをクリアしてしまえば富と名声は私の手に入るのですよ。しかし、この病気もまだ発症者も少ない。そのために治験体を探していたところにちょうどあなたが現れた。これ以上にないタイミングです。どうせあなたはあと十四日もすれば失明するんだ。ならそのまえにこの電子義眼を移植させてもらっても別に構わないでしょう? なあにお金の心配はいりません。むしろあげてもいいくらいだ」

 

 医者は途中からどんどんと目の輝きがまし、鼻息も荒くなっていく。もしやこれはマッドサイエンティストの類ではないのか? そう気づいたがもう遅かった。矢継ぎ早に繰り出される言葉に返す言葉もなくなった。もはや断ったほうがひどい目にあうのではないのかと思われるほどの饒舌ぶりに、俺は治験をすることを了承してしまった。



 「それで、経過はどうです?」

 手術から数日後。目の包帯をとってから初めての往診だ。

 「ええ、包帯をとるまでは不安でしたけど、実際手術前と変わりありませんし、前よりも目が見えるようになってます」

医者はうんうんと満足げに頷いている。

 「ズームもできますし、ルーペを使わなくても小さい文字が見えるのは確かに便利なんですが、ただ……」

 「ただ?」

 「視界の端にデータ放送が見えるんですけど……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 途中、てっきり脳みそにチューナー繋いで治すのかと思ってましたw
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