少年、A。
召還術による魔獣の使役によって発展した世界、オールディバイト。異界から使役する魔獣のランクによって本人の権力が決まると言っても過言ではないほど人々と召還術は馴染んでいた。一の帝国と三の王国、五の属国が人間の関与できるものだ。
オールディバイトは世界の端を「空白」によって囲われている。世界の中心が帝国、絶対君主制の「タティラント帝国」。その外側にある三の王国はそれぞれ研究者・戦士・商人が自治をしている。更にそれを囲む五の属国は、エルフやドワーフのように人間でないが魔獣でもない、いわゆる亜人によって納められ、人間とは付かず離れずといったところだ。
それらの外側にあるのは、契約されていない魔獣や魔王など、人間の敵によってぐるりと囲われている。彼らは普段は侵攻しないと反撃はしないが、一度魔王に使役されると人間を滅ぼそうと戦争をしかけてくる。
最後の戦争から七十年、そろそろ新しい魔王が生まれるのではと、各国は緊張を…「ルークシュア・ブランシャール!こんなところにいたのか、探したぜぇ?」
図書室にて読書に励んでいた少年…線の細い、どちらかと問われるとはっきり女性顔といえる可愛らしい金髪のお坊ちゃんはぎろりと邪魔物…同じクラスのガキ大将を睨み付けた。
サファイアを切り取ったような眼光煌めく瞳は、長いまつげと持ち前の風貌でせいぜいが目線をやったようにしか見えなかったのだが。
少年…ルークシュア・ブランシャールは、帝国の王家の血を引くブランシャール家の末子、現ブランシャール伯爵の第三子である。両親や兄たちを始め、ブランシャール家は代々強力な召還術の使い手として長く帝国に貢献してきた。皇帝陛下の血縁を降嫁されたことも数知れず、帝国三強の貴族として誉れ高い名家である。
末子といえど、召還術を習うための学園に通うルークシュアがこのように他の子供にからかわれる理由はないはずだ。
…普通ならば。
「聞いたぞぉルークシュア、お前また召還に失敗したんだって?ブランシャール家の名が泣くなぁ、卒業試験はどーすんだぁ?」
にやにやと下卑た笑いで貶すガキ大将に、回りの腰巾着どもが同意する。いくら貴族といえど、召還術をまったく使えないルークシュアは、子ども達のいいからかいの種だったのだ。この養成学園では、貴族の子どもを受け入れるかわりに親たちの口出しを腐敗防止との名目で拒んでいる。
つまりルークシュアが自分の親に言いつけても効果のないことを知っているから彼らは絡んで来るのだ。
「お前には関係のないことだ、オスロー。失せろ。」
声変わりもまだなルークシュアの言葉に怯むことなく、言いたいことだけ言って去るガキ大将…オスローの言葉にルークシュアは密かに自分の片手をきつく握っていた。噛み締められた唇から怒りが全て漏れてしまう前に帰ろう…。そう自分を落ち着かせ放課後の図書室を出るも、ルークシュアの顔は晴れなかった。
卒業試験は明日であり、そこですら召還に成功できないと召還師としては認められないのだ。今まで散々召還のテストに失敗する度父や兄に溜め息を吐かれ、母からは小言を貰っていたが、卒業まで出来ないとなると…自分の将来には暗黒しかないのだろう。
ルークシュアは図書室の一部、童話の場所を思い返した。自分だって小さい頃は、召還師になれると疑っていなかった。父や兄や、顔も知らない高名な祖先のように、タティラント帝国に支えるのだと…。
「…よし、合格だ。次!ルークシュア・ブランシャール!」
試験官の合図で試験会場の舞台に進み出たルークシュアに、他の生徒達から失笑がわきあがる。
「…うわ、ほんとに試験受けに来たのね…」
「笑い者になりたいんじゃない?ブランシャール家のくせに…」
『落ちこぼれのルークシュア!』
そうだ、ここで召還できなければ…落ちこぼれの、ルークシュア、と。一生言われ続け、ただの種馬として一生を終えるとルークシュアは理解していた。召還術の使えない男子など、確かにいらないものなのだ。
真っ赤な顔のまま、ルークシュアは悲痛な祈りを込めて呪を紡ぎ始める。
「これは我が血の盟約、異界の魔獣よ、我が身と共にあらんことを…!召還!!」
魔力を込めて発した言葉に、いつものように魔方陣はぴくりともしなかった。
ついに失笑どころか嘲笑を隠さなくなった生徒を注意もせず、深々と溜め息を吐いた試験官にルークシュアの肩が跳ねる。
(嫌だ、僕は…召還師に…)
「ルークシュア・ブランシャール!」
(助け、て…)
「貴殿は規定により魔獣を召還できなかったため、」
(助けて…誰か…声を聞いて!)
「卒業試験を失格、」
(し た が え !)
バシュウッ、という物凄い音と共に魔方陣が歪み、ルークシュアの右手首に光がまとわりつく。試験会場の大広間中に爆風が吹き荒れ、まるで飛ばされそうな風の中、ルークシュアは信じられないような思いで手首をみていた。
何回も他人の召還の中で見ていた光景、召還による使役のしるし。
その記憶以上の魔力の塊が、左腕から光の鎖によって繋がっている先には魔方陣のど真ん中に集約される光があった。
自分の魔力が根こそぎ消えていくのを感じなからも、ルークシュアは涙を流しながら光を見つめていた。初めて、異界の者が自分の声を聞いてくれた。召還できた。
光の塊はやがて徐々に発光をやめ、そこには一人の女が立っていた。見たこともない浅黄色の肌、魔属の者のしるしの黒髪と黒目。顔立ちはぱっとしないが、黒いすべらかな衣服に包まれた肢体は胸部だけ豊かであった。
コーラルピンクの唇を開いた女は、不思議そうに呟いた。
『…なんぞ、これ。』