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彼女、女王様の妹。

「真緒!真緒、いい加減に起きなさいよお!就職が決まったからって、休みの日までゴロゴロしないのぉ!」


「ふあぁ~…はいはい、おねーさま。」



(春眠、暁を覚えず…だったっけ?うん、だって眠いんだもの。仕方がない。)


大学4年の冬休み。美術大学に在籍し、卒業製作も就職活動も終えた彼女…日比谷 真緒(ひびや まお)、は今日も今日とて同居人である姉の雷+足蹴で起こされたのだった。

折角の実家を出る一人暮らしの機会なのだ、伸び伸びと暮らせる…睡眠と絵とご飯を何より愛する真緒にとって至福となるはずだった大学生活は、最初の半年で転がり込んできた4つ上の姉によってあっさりと破壊されたのであった。

さらさらな茶色のゆるふわ巻き髪、ぷっくり唇にぱっちり二重に愛らしい天使のような童顔。更に才色兼備という姉はとんでもなく性格と男ぐせが悪く、真緒の家に転がり込んできた理由も同棲していた彼氏を振って華麗に飛び出してきたかららしい。


「ほらぁ、早く朝ごはん作ってくれなきゃ遅刻しちゃうでしょお!」

今日も姉の猫かぶりっぷりには感動すらできる。例えその童顔に見会わない、男の夢ともいえる脂肪の塊にバリバリ音を立てながらせんべいのカスを落としていたとしても。

姉とは胸のサイズ以外全く似ていない、と評される真緒は、長身に十人並みの容姿だ。むしろこんな記憶に残らない平凡顔では平均以上の胸だけ浮いて見えるので、寧ろ邪魔ですらあるのだ。


「聞いてるのぉ?まーおっ!」

「うぐふっ!」

どげしっ、と隠れ格闘マニアな姉の飛び膝蹴りを背中に受け漸く現実に戻ってきた真緒は、ぶつぶつ文句を呟きながらも生まれてからこのかた刷り込まれてきた序列に習い、女王様の朝食を作り始めるのだった。





自分はやらないくせに口は煩い姉のせい…いや、おかげで真緒の家事能力は大幅に上がっていた。掃除洗濯は主婦レベル、料理にいたってはバイト先の小さな料理屋でたまに厨房を任されるレベルである。

花嫁修業なんてしなくても…とは思うが、それもお姉さまのいう通りに、ってやつだ。


「ほら、できたよー」

和風の軽めの朝食をさっと作り上げテーブルに運ぶと、「おいといてー」と絶賛服選び中の彼女が気のない返事を返した。


「まったくもう、すぐ食べないんだったら急がせないでよね…」

小声で文句を言いながらも真緒も着替えに自室に戻る。どうやら仕事に行く姉は真緒だけ寝ているのが許せないようだから、きっと二度寝は邪魔されるとの判断だった。

適当なストライプのシャツに黒いジーパン、ジャケットを羽織って出てきた真緒に顔をしかめたのは理緒…姉である。


「なぁにぃ、そのかっこ。男みたいだし、メイクぐらいしなさいよお!」

卵かけご飯を食べながら器用に罵倒する理緒に真緒は肩を落とした。

「あのねー、冬休みなんだよ?どこもいかないし、精々コンビニに行くぐらいだから。フル装備なんて肩こっちゃうでしょー。」


貶すだけ貶して気がすんだのか、スーツ姿の理緒は鞄を持ち玄関へと向かっていった。やれやれ、これで今朝の嵐はすんだか。そう安堵した真緒に「いってきます」のかわりに投げつけられたのは、「コンビニ行くならダッツの新製品買っときなさいよぅ!」というパシリの指示だった。



――そんなやりとりを思い出したのは、午後9時である。

「…やっば!姉ちゃんのアイス買ってない!」

ぴろりん、とやる気のない着メロとともに帰宅が遅れるという姉のメールに朝のパシリを思い出した真緒はソファから飛び起きた。

自分のアイスなら明日でもいいが、姉のアイスを忘れるなど恐ろしい。仕返しの要求がいつもとんでもないのだ。真緒は朝の格好にコートとマフラーと手袋を付け足し、ローヒールのショートブーツを履いて寒空の下に飛び出した。


「はー…さっむ!雪かー!」


徒歩五分のコンビニから出てきた真緒は、指定のアイスの入った袋を持ち帰路についた。ひらひらと舞っても積もらずに溶ける雪は、何処か儚さすら感じられる。

街灯が少ないが家まで一直線の小道を進みながらふと空を見上げると、分厚い雲から白い雪が降りてきている。白く曇る息を吐き出し、自分が好きな冬という季節に目を細めた時だ。


――けて…


「…え、?」

子どもの声が聞こえ、真緒は視線を空から降ろす。何処か迷子でもいるのかと見渡すも姿は見えず、はて、と首を傾げた彼女に、声は再び響く。


――はや…た、す…え―――


――従え!


きぃん、と澄んだ音が響き、真緒を中心に歪な魔方陣が発生する。

「は、え?何、ちょっ、」

これは動いていいものか?見たこともない事態に固まった真緒を包むように、次の瞬間魔方陣は押し迫り、包み込み、押し潰して、消えた。



踏まれてみぞれのようになった雪によるぬかるんだ小道には、真緒の持っていたコンビニの袋だけがぽつりと落ちていた。

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