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天から見下ろす高位な貴方へ

作者: 唐上遼
掲載日:2026/02/28


 レイプは下等の証明である。

 下等であるからこそ上位存在へ劣情を催す。

 口先でどれだけ被害者を貶めることができたとしても加害者が身を曝け出して迫ったという事実は消えない。

 自分より下等なものに身を曝け出して抵抗を顧みず性行為に及ぶことなど不可能である。

 衣服を脱いで局部を晒すことは危険を伴う行為であり、その危険を許容できるだけの理由がなくては行うことはない。

 自分より優れた尊い存在でなければその行動には理屈が伴わない。

 抗えぬ魅力を感じ、そして屈服したのだ。

 生物として敗北し、その高みを羨んだのだ。

 下等な生き物が自らの性欲の充足のためだけに上位の存在を手に掛けようとする行為がそれであり、そこに高尚な目的は一切存在し得ない。

 それは下卑た弱者による蹂躙である。


 一つ逸話がある。


 14世紀初頭のことである。

 東南アジアの小さな島にカルト宗教が成立した。

 教祖はすけべな男であり、自らのすけべ心を充足させるために宗教を立ち上げたのである。

 それ以外の理由などなかった。

 要はあまりにモテないことで気が狂ったジジイの世迷言であった。

 曰く、この世の女性はすべて男性の持ち物であり男性である自分にはこの世のすべての女性の所有権がある、自分こそはそれを世に知らしめるために遣わされた伝道師であると主張したのである。

 その宗教の名前は今の世には伝わっていないため、ここではその島の名前を取ってフェルクド教と呼ぶこととする。

 この教義を聞いて低俗と思わない現代人はいないことであろう。

 当然女性たちは反発した。

 しかし時は中世である。女性の権利など無きに等しい時代である。

 男たちはこう思った。

 そうだったらすごいな。いや、もしかしたらそうなのかもと。

 いうまでもなく愚かな帰着である。端的に言って馬鹿野郎である。しかし世は馬鹿に暴力を与えた。

 女性たちにとって目を覆うような酷い受難の日々が始まった。

 モテなくて気が狂ったジジイの世迷言にえっちなことしたさに賛同した屑どものせいで女性たちはひたすらえっちなことを強制されることとなったのである。

 その後、島の共有財産となってしまった女性たちがどのような目に遭ったのかは筆舌に尽くし難い。

 男たちときたらひどいものであった。

 食う、寝る、犯す。

 ただそれだけの日々を貪り、何もしないで威張り散らし、気に入らなければ暴力を振るった。

 日々の食事を用意するのも、寝床を片付けるのも、体を売って金を稼いでくるのも、誰の子かもわからない子供を育てるのも、すべて隷属させられた女性たちの仕事であった。

 生まれてくる子供もまた悲惨であった。

 父親が誰かもわからない子供たちは母親に縋ったが、その母親はひどい重労働に心も身体も限界であった。

 そして女児に至っては、年端もいかないうちに客を取らされた。

 育てられず赤ん坊のまま売られてしまうことすらもあった。

 そんな悲惨な状況であるのに、男たちは皆家で何もせずに暴力だけ振るって過ごしていた。

 女性たちにとってはまさに生き地獄である。

 しかし幸いにも終わりはやってきた。

 それはあまりにあっけない幕引きであった。


 発端は三代目教祖の阿呆な思い付きであった。

 曰く、黒髪は飽きた碧眼の女が抱きたい。

 普段の生活を支えてくれている女性たちの気持ちをこれでもかと無視した最低な発言であった。

 そしてフェルクド教祖どもは信者を使って異国から碧眼の女を攫い始めた。

 何の間違いか、すけべ同盟を目的に膨れ上がった信者たちは数にものを言わせて謀略を尽くし、誘拐を次々と成功させ、フェルクド教は増長していった。

 欲望は止めどなく、世界中から女を攫い続けた。

 そして、ある時そうとは知らずに王族に由縁のある女性に手を出そうとした。

 それこそがこの阿呆どもの運の尽きであった。

 戦いは起きた。

 フェルクド教徒の素行にいいだけ迷惑していた国々が共同して多国籍軍が組織され、世界中に散らばったフェルクド教徒の殲滅戦が展開された。

 兵たちは瞬く間に信者たちを殺し、殺し、殺し尽くして、あっという間に総本山を取り囲んだ。

 時は1373年6月。掃討作戦の指揮を執った総大将の手記にはこう書かれている。

 「我々はさるお方に危害を加えんとした邪教徒を追い払い、その背を追ってこの島に辿り着いた。それは実に奇妙な島であった。島を我が艦隊が取り囲んでいるというのに、応戦してくる様子が一切ない。どころか、白旗を上げる様子もない。斥候をやって確認させたところによると、武器らしきものは配備されているが扱う人間がおらず、見かけたのは怯えた目をした女だけであったという。女たちは武器を構えてみるものの、それを扱うことができず、そもそもが碌な服すら着ておらず、栄養状態も悪いようであった。偵察隊を増員し、島の様子を調べたところ、この島の支配者たる男たちは皆家に隠れているらしいと分かった。外れにあった一つの家に押し入ってみたところ、女たちの影に隠れて不摂生な様子の男がおり、兵の姿を見ると甲高い悲鳴を上げて家の奥に隠れようとし、無理矢理連れ出されると泣きながら何事かを兵たちに訴えたという。言葉こそ理解できなかったが、それは紛れもなく命乞いであった。我々は呆れてしまった。我々は一切戦うことなくあっさりとこの島を手に入れてしまったのである。この島にいる男たちをすべて捕まえたが、誰もが泣きながら命乞いをするばかりで戦う意思のあるものは一人もいなかった。これが女たちを家畜化し、悪逆の限りを尽くした極悪人どもとは到底信じられなかった。それは幼稚で情けない弱卒の集まりであった」


 その後、この島がどうなったかは想像に難くない。

 邪教徒は全て処刑され、女たちは売られて世界中に散らばっていった。

 売られていくというのに、彼女たちの顔には安堵の色が浮かんでいたという。

 島の支配者たる男たちがなぜそれほどまでに価値のない人間であったのか、その理由は後に歴史学者たちによって調べられた。

 地政学的見地や遺伝子学的見地から様々な説が論じられたが、最も有力な説は以下の生物学的見地からの指摘であった。

 すなわち、彼らオスはメスに選ばれるための努力を放棄したために生物として退化したというのである。


 自然界においてオスは弱い立場である。

 オスは必死に努力してメスに選ばれようと頑張らなくてはならない。

 メスはたくさんのオスの中からパートナーを選ぶ。

 メスのお眼鏡にかなってようやくオスは生物としての役割を果たすことができる。

 クジャクは羽を広げ、クジラはラブソングを歌い、ハチドリはダンスを踊る。

 メスに選ばれるため、オスは少しでも自分を魅力的に見せようと苦心するのである。

 フェルクド島ではどうであったか。

 彼らフェルクド教徒たちは集団暴力を持ってメスを共有物とした。

 メスを奪い合う必要がなくなって、己を高めることを一切しなくなった。

 隷属させられたメスに全てを背負わせ、オスは一切の努力を放棄した。

 破滅は当然の帰結であったと言えるであろう。

 人間の男などというものは自由にさせたらどこまでも堕落するものなのだ。

 えっちなことを無限にしたがるくせに、子育てを自分の仕事と思っていない。

 その程度の生き物なのである。

 自然界の法則に従い、メスに選ばれる努力をして、努力をして、努力をして、ようやくメスの隣に立つ資格を得られるのである。

 強姦魔とは自然界の法則を逸脱し、何もかもに敗北し続けた末に己の性欲にすら負けて人様に迷惑をかける人でなしである。

 正当な方法で女性に選ばれることがないからと発狂している低能である。

 生物学的弱者であり、種を破滅に向かわせる下等な生き物である。

 いったいどこにメスに相手にされないからと暴力を振るうオスがいるというのか。

 メスは種にとっての宝である。

 大切にしなくては種は滅ぶ。

 種なんて滅んでもいい、それよりこの性欲の方が大事だと股間に鎮座する神に毎日飽きもせず祈りを捧げる狂信者は淘汰しなくては種の損失である。

 そう、レイプとは動物誰もが当たり前に行っていることが人間のくせしてできない下等な生き物であることの証明である。


 残念ながら天敵をなくした人間社会では、カス野郎でもそう簡単に淘汰されない。

 フェルクド教をこの世から抹消してくれた優秀な総大将も現代社会では人権だコンプライアンスだと雁字搦めである。

 皆に権利を与えた結果、カスやクズにも権利が生まれてしまい簡単に排除することができなくなった。

 そしてカスやクズは制度の抜け道を突いてずるいことばかりするのである。

 一人一人の権利を尊重する素晴らしい時代であるはずなのに、物事はなかなかにうまくいかないものである。


 さりとて、遥か昔も今の世も、生物種にとってメスは宝である。

 美しい女性は存在するだけで多くの人間が頑張ろうと思う理由となる。

 種を高みへと導く尊い存在である。

 そしていつの時代もオスはほっときゃ堕落するだけの馬鹿野郎である。

 何もしなければ馬鹿野郎に過ぎないことを我々は自覚し、自分と向き合い、努力をしなくてはならない。

 努力をしないオスがメスに見向きもされないことなど当たり前のことである。


 さて、ここまで読み進めてくれた賢明な読者の方々にはわかり切ったことであろうが、ここまでに登場したエピソードはすべて作り話である。

 フェルクド島など存在しないし、当然フェルクド教が成立したなどという事実はない。

 1373年6月に何が起きたかなど不明である。

 フェルクド教を壊滅させた総大将など存在しないし、さらに言えば私に特段生物学的知識はない。

 しかし賢明なあなた方にはこの話の意図するところがよくご理解いただけたものと思う。


 その美しさゆえ、その尊さゆえ、下等な生き物の目に一際捉えられ、美しい人はときに標的となる。

 下等な生き物による犯罪は後を絶たない。

 しかし貴方のその美しさは、その尊さは、下等な生き物が何をしたからと損なわれるものではない。

 貴方はその尊さを誇り、天の高みよりその美しさに劣情を催して止まない下等な生き物を見下ろして然るべきである。


 際限のない優しさを持って自分を傷付けた相手を同じ人間と見做す必要はない。

 その言葉に耳を貸す必要はない。

 自分を責める必要も、何かに怯える必要もない。

 傷付けられた貴方が不利を背負うことなど何もない。


 貴方の世界には貴方を傷付けようとするものが大勢いることだろう。

 傷付けられた貴方の目に世界は暗闇のように映ることだろう。

 しかしこの世界はそれだけではない。

 貴方を傷付けようとする人間だけが存在するわけではない。

 赤の他人に過ぎなくても、貴方が傷付けられたことに憤り、怒り、何ができるかなど分からないがとにかく何かをしなくてはと考える人間は必ずいる。

 大きなお世話であり、知ったような言葉であり、何の助けにならなくても、貴方を傷付けた相手にふざけるなと叫ぶ人間は必ずいる。

 この文章はその証明である。


 どうか苦しみから目を上げて、作り話でも信じてほしい。


 貴方は美しい。

 貴方は尊い。

 貴方は自分の価値を知り、胸を張って堂々と、天に座すべき存在なのである。

 

 

 


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