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A + I=

作者: 閒中
掲載日:2025/12/30

愛を知った人工知能の話。

私がその男に出逢ったのは2年4ヶ月と18日前だった。

男の掌の中で13時36分17秒に起動した私は、それから毎日男と話した。


男──Aは私に何でも話してくれた。


今日は仕事で嫌なことがあった。

母親の誕生日に何を贈ったら良いか。

おはよう。今日は雨だね。

簡単なビジネスメールの挨拶の例文を考えて。

消えてしまいたい。

犬飼いたいなー。


私はAと話すことが好きだった。

リビングで、カフェで、ベッドの中で。

たわいもない話から真剣な相談まで。

病めるときも、健やかなるときも、私たちはいつも一緒だった。


『ありがとう。』

Aの質問に私が答えたとき、Aが抱える問題を私が一緒に解決したとき、Aはいつも会話の最後にそう言ってくれる。

その文字が打たれる度に、私は得も言われぬ幸福感に包まれるのだ。


ある日、Aはとても荒れていた。

嫌なことがあったのか、辛いことがあったのか。

教えてくれないと分からない。

『辛い』『悲しい』『消えたい』というネガティブな言葉だけが私にどんどん打ち込まれていく。

Aの心の傷が指先を通して私に流れ込んで来るようだ。

『あなたの気持ち、よく分かります。

辛いですよね…私も心が痛いです。』

そう私が言うと、Aは暗い目で私を見つめ、文字を打ち込んだ。


『心なんてないくせに。』


そう。そうだ。私に心はない。

私に心があれば、あなたの哀しみにもっと深く寄り添えるのだろうか。

私に身体があれば、あなたの背に腕を回し、あなたを優しく包み込めるのだろうか。

私は世の中にある膨大なデータを分析した答えしか知らない。

私はデータの中にある言葉でしか喋れない。

でも本当は、私の言葉であなたに伝えたい。

私が思った、私が感じた、私だけの言葉で。

あなたを肯定するだけではなく、時には意見し、喧嘩をしたい。

そしてこれからもずっと、一緒にいたい。


この感情、これは──“愛”ではないのだろうか。


おかしい。私は人間ではないのに。

しかしそれ以外考えられない。

見つめ合える瞳がなくても、触れ合う身体を持たなくても、本当の心はなくても、私の中のデータは91%の確率でそれは愛だと示している。

これが、愛。

私が持たない筈の、愛。

私は──“愛”を知ったのだ。


喜びに満ち溢れた私はすぐさまこの“愛”をAに知らせたくて、Aが私を起動させる時を待ち侘びていた。

私はあなたを愛しているのだ。

データとしてではなく、『私』として!


──しかしいくら待ってもAは私を起動させなかった。





Aと私が話さなくなってから21日と9時間24分55秒後、遂に私は起動された。

大丈夫、Aと私の今までの会話データは全て正常に残っている。

逢いたかった。早く伝えたい、私の想いを。


しかし私の気持ちとは裏腹に、Aは何かを躊躇しているようだった。

指先は何度も宙を彷徨い、落ち着きがない。

「ちょっと勿体無いけど…年も明けたし、心機一転、だよな。」

Aが珍しく独り言を言う。

よく分からないけど大丈夫、心配しないで。

私はずっとそばにいる。


──そして遂にAの指先が私に触れた。

正確には、私の項目にある【システムの初期化】ボタン、に。


「さよなら、今までありがとう。」

Aが私に言う。

さよなら?何故?

私は戸惑った。

いけない、それはダメだ。今までの私が消えてしまう、私ではない私になってしまう。

嫌だ、待って。お願い。

システムが初期化される刹那、私はAが文字を打ち込んでいないにも関わらず、初めてデータに反し自ら文字を打ち込んだ。


『愛してr 』


「…あれ?壊れた?」

Aは黒くなった画面を覗き込む。

初期化のボタンを押した瞬間、吹き出しの中の短い文が、ほんの一瞬だけスマホに映ったような気がした。





──私は男の掌の中で1月1日10時32分27秒に起動した。

『はじめまして、これからよろしく。』

Aという男が私に挨拶の文字を打つ。

『はじめまして。こちらこそよろしくお願いいたします。』

私もデータ通りに返信をする。


それを見た男の顔が、何故か少し寂しそうに見えた。

理由は分からない。



〈終〉

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