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私の研究を盗んだあなたへ、素人質問で恐縮ですが

「フェリシア・クローラ、今日限りでお前との婚約を破棄させてもらう!」


 夜会の最中、私は婚約者である伯爵家令息ラカン・ヴォルク様からこう言われた。

 精悍な顔立ちで、いつも温かな眼差しを向けてくれていたラカン様の目が、この時は爬虫類のような冷え切った眼をしていた。


「婚約を破棄……いったいなぜでしょう?」


 私はどうにか冷静さを保ち、理由を問う。


「お前のクローラ家は学者の家系で、その功で子爵まで成り上がったんだったな」


「……はい」


 成り上がりという言葉は引っかかったが、その通りといえばその通りだ。

 私の家系は代々“研究”を得手としており、我が家に生まれた者は各々研究テーマを見つけ、それに生涯を費やすことを求められる。

 ご先祖様は力学に関する研究に没頭し、軍の物資運搬に大きく貢献したとのことで、その功で子爵の地位を得たとされる。

 父はもちろん研究者。母もそんな父に惚れた人。私は兄と弟がいる長女なのだけど、兄も弟も私も、すでに自分のテーマを見つけ、それぞれの道を歩んでいる。

 だけど、学者家系の悲しさか、領地経営はあまり上手くなく、私もなんとか家を助けるため、社交界にデビューした。

 おかげでラカン様と知り合い、婚約までたどり着けたのだけど――


「数々の学者を輩出しているといえば聞こえはいいが、要は頭でっかちな一族に過ぎない。お前も所詮は領地経営の素人だ。そんなのと結婚しても俺に利益はないと気づいたのさ」


 頭でっかちな一族――領地経営の素人――

 こうまではっきり言われてしまうと、何も言い返せない。


「しかも、俺はいい相手を見つけてね。こっちに来てくれ」


「はい」


 合図とともに、派手な令嬢がやってきた。ベージュの波打つ長い髪を持ち、フリル付きの桃色のドレスを着飾っている。

 黒髪のボブカットで藤色の瞳、着ているドレスもキャメル色、こんな地味な私とは大違いだ。

 ラカン様はそんな彼女の肩に腕を回す。


「ドルセ男爵家のサレナだ。ドルセ家は商売が達者で、資産はお前の家よりも多い。彼女もこの通り華やかで、しかも商才もある令嬢だ。俺はサレナと婚約することにした」


「……!」


「というわけで、後は分かるな?」


「……はい」


 私は婚約を破棄された。

 ただ、解せないこともあった。

 私との婚約を破棄したいなら、わざわざ夜会でやらずとも、書面でもよかったはず。

 クローラ家にヴォルク家に抗議できるほどの力はない。


 ――その理由は、自宅に戻ったらすぐに分かった。


 自宅に戻ると、部屋を荒らされていた。

 盗まれたのは研究論文と――金庫の中に大切にしまっておいた“レシピ”だった。

 レシピといっても、料理のではない。ある新しい石の生成方法だった。



***



 私の研究テーマは『ルスル石』だった。

 灰色の、王国中にありふれた石で、『ルスル石を蹴ればルスル石に当たる』なんてことわざまであるほど。

 私は幼い頃からこのありふれた石が大好きで、父にこれを研究したいと伝えると――


「やってみなさい、フェリシア。君ならどこにでもあるその石に新たな輝きをもたらせるかもしれない」


 と快く認めてくれた。


 それから私は研究に没頭した。

 ルスル石を真面目に研究する学者なんてこれまで殆どいなかったから、未踏の地を歩くような研究になってしまった。

 だけど、それだけに新しい発見も多く、研究はちっとも苦じゃなかった。


 そして、私はある大発見を成し遂げ、一年ほど前――研究成果を発表した。


 ルスル石は特定の熱、圧力を加え、さらにある種の薬品を混ぜ合わせると、化学反応が起こり、大きく変質することが分かった。

 どこにでもある石が、まるで蒼玉のような輝きを持つ美しい石に生まれ変わる。

 何度も実験をしたけど、再現性もバッチリだった。

 これは新しい宝石になる――と、私はこの石に『ルスルリウム』という名前をつけ、論文を発表した。この発表は国中を騒がせた。

 ただし、発表はあくまで『ルスル石を新たな石“ルスルリウム”にすることができた』という点のみ。

 肝心なルスルリウムを作るためのレシピは、自室の金庫に入れ、他人の目に触れないようにした。


 ラカン様があるパーティーで私に近づいてきたのは、それからまもなくのことだった。

 私はラカン様にもレシピの内容だけは決して明かさなかったけど、自室の金庫に入れてあるということだけは教えてしまった。

 そして、婚約破棄とレシピ盗難が同時に起こる。

 答えは一つしか考えられない。


「ラカン様……ルスルリウムの情報が欲しいがために、私と婚約したのね」


 私は寂しげにつぶやいた。



***



 婚約破棄はされたけど、私の心の傷は少なかった。

 まず、家族がとても優しかったこと。父も母も、兄も弟も、伯爵家との繋がりを作れなかった私を責めることなく、これまで通り接してくれた。


「フェリシア、私の実験に付き合ってくれないか?」

「姉さん、僕の論文を読んでもらいたいんだけど……」


 兄と弟は研究者らしく、「自分の研究に付き合わせて辛い思い出を忘れさせる」という励ましをしてくれた。実に二人らしく、嬉しかった。


 それに、盗難にはあったけど、論文とレシピの内容はきちんと頭の中に残っている。

 すぐに代わりの物を書いて、今度こそ盗まれないように厳重に保管した。

 家族には愛されて、研究にも何の支障もない。

 なのに――心のどこかに穴が空いていた。


 家族でも、研究でも、なぜか埋められない穴が――



***



 一日だけ研究をお休みすることにした。

 少し遠出をして『ティタンの巨岩』を見るためだ。


 ティタンの巨岩は一言でいうと巨大なルスル石。

 プリンのような形状で、高さは成人男性ほどもある。ここまで大きく形成されたルスル石は珍しいので、王国の神話に登場する巨人ティタンの名を冠せられた。

 観光名所としても有名で、巨岩がある岩場には私以外にも十数人の観光客がいた。


 私がここに来たのは、この岩を見ていると気持ちが落ち着くからだ。

 武骨なグレーの巨岩から、雄大な歴史を感じ取ることができる。

 とはいえ、石に興味がない人からすればさほど面白い物ではない。観光客の殆どはせいぜい10分も岩を眺めたら立ち去ってしまう。

 そんな中、私は地面に腰かけて、まるで日光浴でもする心持ちで岩を眺め続けた。


 ふと、私は巨岩の向こう側に男性がいるのに気づいた。

 私と同じように腰をかけて、巨岩を見つめ続けている。

 まるで私みたいな人……。ちょっと嬉しくて、私はフフッと笑ってしまった。


 それから一時間、二時間、あるいはもっと経っただろうか。

 私は男性がいたところを見た。


 ――まだいる。


 自然と腰が上がった。私は男性に近づいていく。

 私は決して社交的な性格ではない。相手が家族であるか、研究の時を除けば「できれば自分からは話しかけたくない」という人間だ。だから向こうから話しかけてくれたラカン様に心惹かれ、研究を盗まれるはめになってしまった。

 そんな私が――


「石、お好きなんですか?」


「うん、好きだよ」


 毛先が繊細で跳ねのある金髪、瞳の色はアクアブルーで、目は少し垂れ気味。淡いグレーのコートを纏い、浮世離れした気配を醸し出す青年だった。

 自由人というのか、放浪者というのか、そんな雰囲気。だけど、確かな気品を漂わせている。

 いや、詮索はやめておこう。私の言いたいことは一つだった。


「石についてお喋りしません?」


「いいよ」


 横に座るよう促してくれたので、私は青年の隣に腰を下ろす。

 予想通り、この人はルスル石に、いや石全般について詳しかった。


「ティタンの巨岩ってずっと見てられますよね!」

「うん、辛いことがあったらよくここに来るんだ」


「アルム石もいいけど、メラン石もいいよね」

「分かります! あの黒光りが癖になりますよね!」


「ストレルマノーレ石を初めて見た時は感動しましたよ! 本当に綺麗で……」

「さすが“天使の贈り物”と言われるだけあるよね」


 夢中になって喋ってしまった。

 家族とも、同じ学者とも、ここまで話が弾んだことはないというぐらい。

 本当に楽しいひと時だった。


 すると、突然こう言われた。


「君はひょっとして……フェリシア・クローラさんかい?」


「……ッ!」


 これまで私たちは一度もお互いに名乗っていない。

 なのに、なぜ分かったんだろう。

 私が狼狽していると、青年は私を安心させるように笑った。


「簡単な推理だよ」


「すいり……」


「若い女性で宝石でもない石についてここまで語れる人はそう多くない。それに、君の所作を見ていると、貴族令嬢としての教育を受けた女性だと分かる。これらを統合すると、かつてルスルリウムについて発表して世間を驚かせたフェリシア嬢なのかなって思ったのさ」


 種を明かされると、なるほどと思う。

 それでもこの人の洞察力や推察力は大したものだ。


「しかし、フェリシア嬢はその後すぐ婚約してしまったと聞いた。なのになぜ、巨岩を一人で見に来たんだい?」


 私が婚約破棄された件までは知らないらしい。

 この人の穏やかな雰囲気も手伝って、旅の恥は搔き捨てとばかりに、私は婚約破棄の件を洗いざらい話してしまった。

 青年は「なるほど、僕にもチャンスが」とつぶやいたような気がした。この時はなんのチャンスか分からなかった。

 そして、懐から一通の封書を取り出した。


「これなんだけど」


「なんですか、これ?」


「ある夜会の招待状」


「ええっ!?」


 中を覗いてみると、ラルグランデ公爵家で開かれる夜会の招待状だった。

 なんでこの人がこんなものを持っているのか。

 いや、それよりも――


「私、こんな大きな夜会出られませんよ! 絶対浮いちゃいますし……」


「フェリシアさん、君もルスル石を研究してるなら『ルスル石を蹴ればルスル石に当たる』を知ってるだろ?」


「それはもちろんです」


 なぜ、そのことわざを持ち出すのか、私には分からなかった。


「これは一般的には“ありふれたこと”という意味とされてるけど、元々はルスル石とルスル石は惹かれ合い、運命的な出会いをする、という意味だったとされてるんだ」


「そうなんですか……」


 言葉の意味が時代とともに移り変わるのは決して珍しいことではない。


「もしかしたら、君もルスル石に当たるかもしれない。それじゃあね」


 青年はそのまま去っていった。

 この時点では、私は青年の名前さえ知らず、私にとって彼は“不思議な雰囲気を持つやけに石に詳しい人”だった。


 ただ、彼のことを想うと、胸の奥がじんわりと温まるのは事実だった。



***



 私は招待を受けることにした。

 彼にどんな意図があるかは分からないけど、少なくとも悪意はない。そんな気がした。


 公爵家の夜会に出向く私に兄は――


「あまり緊張するな。実験室に行く気持ちで行け」


 とあまりアドバイスになっていないアドバイスをくれたし、弟は――


「姉さん、夜会の感想はぜひ論文にして読ませてよ」


 けらけら笑っており、私は「論文にはしたくないなぁ」と苦笑いした。

 二人とも生粋の研究者だから、「夜会ではこうしろ」なんて助言を貰うことはできない。

 だけど、私にはこの兄がいて弟がいる。そのことが心強く、十分力になった。


 ラルグランデ家のお屋敷は大きかった。

 本邸の他にいくつも別邸が並び、夜会はその別邸の一つで行われる。

 これだけ広ければ実験室や資料置き場に困らないなぁ、なんてつい思ってしまう。


 会場もやはり広かった。

 天井には煌びやかなシャンデリア、床はふかふかの絨毯が敷かれ、壁にもいい石が使われている。ついまじまじと眺めてしまう。

 壁をじっと見ていたら、傍にいた人に不審がられたので慌てて見るのをやめた。


 司会の人によって夜会が始まった。

 私からすれば雲の上のような人たちが、着飾って、優雅に談笑している。

 文化――政治――経済――国際情勢――

 会話のレベルは高く、青春を石に捧げてきた私はまるでついていけず、右往左往するしかない。

 私は後悔した。やはりここは私が来るべきところではなかった。

 同時に家族にも申し訳なくなった。仮にもクローラ家の令嬢としてここに来ているのに、何もできない自分が歯がゆかった。

 石しか知らない私に、この輝かしい舞台はあまりにも眩しすぎる。

 私はため息をついて、皿に載せたハムとレタスを黙々と食べるしかなかった。


「それではここでラルグランデ公爵家のご子息の登場です!」


 歓声が沸き、私は顔を上げる。

 自分には関係ないけど、せめて公爵家の人の顔ぐらいは見ておこうと思った。

 すると――


「……え!?」


 私は一瞬目を疑った。

 登場したのはティタンの巨岩で出会った彼だった。

 跳ねのあった髪は整えられ、紺色の礼服に身を包んでいる。

 あの時は世捨て人のような風情すらあったのに、今は誰もが見惚れる立派な貴公子だ。


 私は呆然と彼を見つめる。

 彼は周囲と挨拶を交わしつつ、少しずつ私に近づいてくる。

 少しずつ、少しずつ……。


 距離が近づくにつれ、私の鼓動も速さを増す。

 こんなことは初めてだった。

 そして、ついに手を伸ばせば届く距離まで彼はやってきた。


 私が彼を見つめていると――


「ルーベス・ラルグランデと申します。あなたのお名前を、ぜひあなたの口からお聞きしたい」


 ルーベス、これがこの人の名前……。

 私はなかなか返事をできなかったけど、ルーベス様は急かすことはせず、じっと待っていてくれた。


「私は……私は、フェリシア。フェリシア・クローラです!」


 ルーベス様はにっこり笑む。

 どうしよう。この場で私にできることなんて何もない。

 ダンスもできないし、上流階級ならではのトークもできないし、気のきいた一言を返すこともできない。

 だけど、そんな迷いは杞憂だった。


「石はお好きですか?」


 この問いに私は即答する。


「好きです!」


「では、石についてお話ししませんか?」


「喜んで!」


 私とルーベス様はティタンの巨岩の時と同じように、石トークに花を咲かせた。瞬く間に打ち解けてしまう。


「この会場の壁もいい石使ってますよね」

「うん、一流の石工に依頼したそうだからね」


「ノウム石ってご存じですか?」

「他国で発見された新しい石だろう? もちろん把握してるよ」


「でもやっぱり一番好きな石はルスル石ですね!」

「うん、ルスル石にはありふれているからこその魅力がある」


 ここが夜会だということも忘れて夢中で話してしまった。


「さて、僕はそろそろ挨拶回りに行くとしよう」


「はい、ありがとうございました!」


 さすがにいつまでも私の相手ばかりしていられない。

 だけど、去り際に耳元でささやいた。


「また三日後、ティタンの巨岩で会おう」


「……はい!」


 よかった、今日だけで終わらなかった。

 またルーベス様と石について話せる。私は安堵して、夜会から帰宅した。


 兄と弟はそれぞれ――


「ほう、なかなかいい実験ができたという顔だな」

「ちゃんと論文にしてくれよ、姉さん!」


 と笑いかけてくれた。

 ……論文はちょっと勘弁して欲しいけど。



***



 その後、私はティタンの巨岩でたびたびルーベス様とお会いした。

 ここで会う時のルーベス様は、最初に出会った時のように、淡いグレーのコートを着た自由人のようなスタイル。

 どちらが本当のルーベス様なんだろう。きっとどちらも本物なんだろう。

 時にはラルグランデ家の跡取りとしてまばゆい貴公子を演じ、時には放浪者に扮して石を愛でて巨岩を眺める。そうして心のバランスを保っている。


 ルスル石もそうだ。どこにでもある石だけど、特定の工程を踏めばルスルリウムという輝かしい石になる。ただし、あの研究は今足踏みしてしまっていた。

 私はそのことをルーベス様に話してみる。


「……そうだったのか。なかなか一筋縄ではいかないようだね」


「はい……行き止まりにぶつかってしまったという感じです」


「これ以上の研究には、もっと大掛かりな器材がいるのかもしれないね。だったら僕も研究に協力するよ」


「えっ、でも、悪いですよ!」


「僕もルスル石のさらなる可能性に興味があるからね。ぜひ協力させてくれ」


「……はい!」


 私のルスルリウム研究に頼もしい味方ができた。

 だけど、そんな時だった。

 こんなニュースが飛び込んできた。


『ラカン・ヴォルク氏がルスルリウムの大量生産を行うと発表』


 かつての婚約者ラカン様が、大規模な設備投資を実行し、ルスルリウムの大量生産を開始するという。

 私も会った派手な令嬢サレナ・ドルセも関わっている。

 ルスルリウムによるビジネスが、両家の一大プロジェクトとして始動する。


 気持ちは複雑だった。

 彼が私の研究を盗んだことは明白。その彼が、今私に先んじてルスルリウムを大量生産しようとしている。

 すると、ルーベス様は言った。


「面白い。彼の研究発表を見てやろうじゃないか」


「ルーベス様……」


「君は婚約を破棄される時、領地経営の素人だと言われたのだろう。だったらその素人として僕たちは乗り込もう。素人として、お手並み拝見といこうじゃないか」


 にっこり笑むルーベス様はとても頼もしかった。



***



 ラカン様の発表は、王都の国立ホールで大々的に行われた。

 壇上には凛々しいスーツ姿のラカン様、その横には令嬢サレナが立ち、ルスルリウムの大量生産を盛大に宣言する。


「……というわけで、ヴォルク家とドルセ家共同出資の元、ルスルリウムを大量生産し、市場に流通させることをここに宣言いたします!」


 大歓声が沸く。

 ルスルリウムは従来の宝石とはまた異なる輝きを持つので、次世代の宝石として注目されており、私の発表以降、いつ市場に出て来るか今か今かと待ちわびられている状態だったのだ。

 質疑応答が始まる。


「どのぐらいの儲けを期待されているのですか?」

「サレナ様との出会いは……」

「将来的にはルスルリウムをどうされたいと?」


 ラカン様はその全てによどみなく答えていく。


「儲けというより、この素晴らしい宝石を早く皆様にお届けしたい気持ちが大きいですね」

「サレナとはある夜会で知り合いました。その日のうちに意気投合し……」

「貴族も庶民もルスルリウムによる装飾を楽しめる。そんな世の中にしたいです」


 表情は自信に満ちている。

 失敗など、まるで考えていないのだろう。


 質問も落ち着いた頃、私はそっと手を挙げた。

 すっかりのぼせているラカン様は私に気づかず「そこの方」と掌を向けてきた。

 私は椅子から立ち上がる。

 その瞬間、ラカン様の顔が引きつるのが分かった。


「……!? な、なんで……」


 目を丸くしていた。私の性格からして、まさかこの場に乗り込んでくるとは思わなかったのだろう。

 私はかまわず続ける。


「ルスルリウムの大量生産を始められるということで、まずはおめでとうございます」


「あ、ありがとう……」


 抜け殻のような「ありがとう」だった。驚きや焦りが見え隠れする。

 私は息を吸い、前もって用意していた台詞を紡ぎ始める。


「素人質問で恐縮ですが、ラカン様は独自にルスルリウムの製法を見つけ出し、その大量生産に至ったということですね?」


「そ、そうだよ!」


 本当は私のレシピを盗んだだけである。


「せっかくですので、ルスル石について色々お聞かせ下さい」


「……い、いいだろう」


 私はルスル石の鉱物的特徴や、他の石との違い、ルスルリウム生成に至った経緯などを質問してみた。

 ラカン様は曖昧な返事に逃げるばかり。まるで答えられない。

 ガッカリした。もしラカン様がルスルリウムのレシピ盗難をきっかけに、ルスル石やその他の石に興味を抱き、本気で研究に取り組んでいたとしたら、私はむしろ彼を応援したかもしれない。

 だけど残念ながら、ただの盗人に過ぎなかった。


「……下らない質問ばかりして! なんなんだよ!」


 ついには怒り出す。

 そして、私はいよいよ本題に入る。


「これまた素人質問で恐縮ですが、あなたは少量のルスルリウム生成に成功したとして、その工程をそのまま規模を大きくすれば大量生産できるとお思いですか?」


「え……!?」


「私もルスルリウムの生成に着手しており、ごくわずかな量であれば再現実験も成功しています。生成方法の手順も確立している。しかし一度に多くの量を作ろうとすると、どうしても粗悪な物になってしまうんです。そこを解決しないと、大量生産などとても不可能です。まして市場に流通させるなんて絶対あり得ません」


 ラカン様の顔が「そんなの聞いてないぞ」と言っている。

 おそらく私のレシピを盗んだ後は、「この規模を大きくすれば大量生産できる」と決めつけてしまったのだろう。

 だけど、実態はそう甘くはなかった。

 私のレシピは完全ではなく、あのレシピを元に大量のルスル石を用意し、大規模な生成作業を行ったところで、大量のルスルリウムを作ることはできない。

 私が金庫にレシピを入れていたのも、実はそれが理由だった。

 “機密を絶対守りたいから”というより“世に出すには不完全な物だから”という理由で厳重に保管していた。

 にもかかわらず、ラカン様はそれを盗んで、利用しようと企んでしまった。


「ラカン様? ねえどうしたの、ラカン様? 大丈夫よねえ?」


 隣のサレナが心配するほど、ラカン様は青ざめている。

 そこへ――


「ここにもう一人、素人がいる」


 別の席にいるルーベス様が手を挙げ、立ち上がった。

 今は貴公子としての格好をしている。


「今回の発表を知ってから、君のことを調べた。君はそこにいるフェリシア嬢がルスルリウムを発表した直後、彼女と知り合い、婚約に至ったそうだね?」


 ラカン様は下唇を噛んで答えない。


「その後交際を続けるも、ある夜会で彼女との婚約を破棄した。それからしばらくして、こうして君がルスルリウム大量生産の発表をする。これらの点を結ぶと、君はフェリシア嬢からルスルリウムの研究を手に入れ、その後用済みになった彼女と別れた、としか思えないのだが……」


 ずばり真相を突かれ、ラカン様の顔は真っ赤になる。


「俺は盗んでなんかいないぞ!」


「盗んだなんて一言も言ってないだろう」


「……くっ!」


 顔を歪ませたラカン様の目は、あの時のように爬虫類じみている。

 一方のルーベス様の眼は、まるでそれを空中から喰らう鷹のようだ。

 同じ貴族男子として、あまりにも格が違いすぎる。


「例えばフェリシア嬢から、ルスルリウム生成の肝である生成手順の書いてある書類がしまってある場所を聞き出し、それを部下を使って手に入れさせたとか」


「金庫のことなんか俺は知らねえって!」


「金庫? ほぉ、フェリシア嬢の研究は金庫にしまってあったのか」


「あっ……! いやっ……!」


 ルーベス様の誘導に面白いように引っかかる。もう自白しているようなものだ。


「ラカン様、私の金庫を……?」


 私も何も知らない女を装って聞いてみる。

 すると――


「う、うるさいっ! 俺は何も知らない! 確かにフェリシアとは婚約してたが、領地経営の益にはならないと別れただけだ! ルスルリウムは関係ないッ!」


「そうよぉ、ラカン様には私がいるもの!」サレナも同調する。


「では本当に私の研究とは関係なく、自力でルスルリウムの生成方法を編み出したというんですね?」


「ああ、その通りさ! お前如きの研究なんか必要ないッ!」


「今ここに集まっている大勢の方々に誓えるかい?」ルーベス様が告げる。


「ああ、誓ってやるとも! 要は成功させればいいんだ! 俺は必ずルスルリウムの大量生産を成し遂げて、大儲けしてやる!」


 先ほどの『儲けは求めてない』という発言はどこへやら。

 辺りが騒然とする中、発表会は幕を下ろした。

 もうこの件について、私が何かをする必要はない。私たちは私たち、そして彼らは彼ら、だ。


 それから程なくして――


「フェリシア、僕と婚約して欲しい」


 ルーベス様からの言葉を、私は喜んで受け入れた。

 石という共通の話題があるだけじゃない。いつしか私たちは本気で愛し合っていた。もはや石の話をしなくたって、一緒にいるだけで楽しい。


「実は、君の婚約が解消されていたことを知った時、僕は不謹慎ながら“僕にもチャンスがあるのか”と思ってしまったんだよ」


「ルーベス様ったら……光栄です」


 こんなことまでおっしゃってくれて、私の頬は火照ってしまう。

 この時になって私はようやく、婚約破棄を受けた時に心に空いた穴の正体が分かった。

 あれは――純粋に失恋がショックだったんだ。

 生まれて初めての恋らしい恋は、酷い形で裏切られて、幕を閉じた。

 恋を知らない私は、なんで自分の心に穴が空いたのかすら分からなかった。

 愛する家族でも、夢中になっている研究でも、この穴は埋められなかった。

 だけどようやく、私はこの穴を埋めてもらうことができた。ルーベス様と結ばれるという形で。


 私は研究内容をルーベス様と共有し、ルーベス様もラルグランデ家の力を存分に駆使し、研究を後押しすると約束してくれた。ルスルリウム研究は急速に進んだ。


 一方――ラカン様はというと、やはりルスルリウム量産は大失敗に終わった。

 作る石作る石がどれも劣化ルスルリウムとすら呼べない、輝きもイマイチで、すぐに割れる代物になってしまう。

 量産のために作り上げた施設は全て無駄になり、粗悪品をつかまされた人々からは抗議の声が殺到した。その中にはルスルリウムの美しさに魅せられた高位の貴族や聖職者もいたとされる。

 八方塞がりとなり、ヴォルク伯爵家とドルセ男爵家は揃って、加速度的に没落していくこととなる。


『これは何かの間違いだ! 俺のルスルリウムは完璧なんだ! ちゃんと書いてある通りに作って……!』

『ちょっと! どういうことよ! あんたのせいで何もかもオシマイよぉ!』


 ラカン様とサレナはこんな悲鳴を上げていたとされる。


 そして、私たちはついにルスルリウムの本格量産に成功した。

 私が生み出しルーベス様と育てた石は、蒼く輝く新世代の宝石として、王国の装飾の中心を担っていくこととなる。

 国外からも注文が殺到し、クローラ家とラルグランデ家は大いに潤った。

 実家を助けたかった私としては最高の成果だ。


 だけど、私にとってルスルリウム生成は研究の途上に過ぎない。

 私はもっともっと研究して、ルスル石の更なる可能性や知られざる性質を追い求めたいと思う。

 ルーベス様と一緒に――


 ある日、私たちは夫婦でティタンの巨岩を訪れる。

 この岩を見ていると、私はルーベス様とともにもっと研究を進め、そして両家を発展させてみせる――そんな強い気持ちになれた。


 ふと『ルスル石を蹴ればルスル石に当たる』のことわざを思い出す。

 私というルスル石は研究を盗まれ、婚約を破棄されるという形で蹴られたが、おかげでルーベス様という最高のルスル石に当たることができた。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
> 今回の発表を知ってから、君のことを調べた。 君はそこにいるフェリシア嬢がルスルリウムを発表した直後、彼女と知り合い、婚約に至ったそうだね?」  ラカン様は下唇を噛んで答えない。 「その後交際を…
ルスル石を蹴れば〜 のくだりで出てくるのがロマンチックなアレコレじゃなくて、『スタンド使いは引かれ合う』な3部世代w
理屈としては、「石(石英、ケイ素)からガラスを作る(自然界だと落雷跡や大規模火災跡、あるいは原爆爆心地等の「高温高圧」になった地点にガラス状のものができることがある)」とか、「石炭(炭素)からダイヤモ…
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