⑨せんり
絶対に採掘師になってやる。
マイナスからのスタートだ。
まずは300万円。父が払ってくれたシルキングの残金を、きちんと返す。
でないと、自分の気が済まない。
金に困っている家ではない。
空穂家は、地元では知られた名家だ。
田舎の、ちょっとした金持ち。
当主の父は、そう卑下するが、親戚連中の鼻息は荒い。
江戸まで遡れるお家柄なんだから。
そうそう、この辺りじゃ一番の家さ。
なにも女中上がりを嫁にしなくたって、相応しい娘さんは山ほどいたんだ。
父は、そんな嫌味を耳にしても、泰然としていた。
あいつらの言うことは、気にしなくていい。
そして、自分の妻に対しても、同じ言葉を繰り返した。
「私は自分の意思で、あなたと結婚した。親戚連中は、思い通りの縁組が通らなくて、面白くなかっただけだ」
世紀の大恋愛だったそうである。
当時の父母を知る人間は、みんな口を揃えて言う。
息子の自分から見ても、当然だと思う。
母は、ただ美人なだけじゃない。容姿に奢ることなく、控え目で、でも芯は強い女性だ。
二親とも早くに亡くした母は、診療所で下働きをしながら、夜間学校に通っていたそうである。
受診しに来た父が、その裏表のない働きに目を止めたのが、きっかけだったとか。
優しい、完璧な母さん……。
なのに、自分らなんかを産んだせいで、どれだけ肩身の狭い思いをしたことだろう。
オレが、産まれてこなければよかったんだ。
小さな頃から、ずっとそう思ってた。
その方が、母さんは幸せだったんじゃないかな。
成長するにつれて、囁かれる陰口をより理解できるようになると。ますます、その思いは大きくなっていった。
裕福な家。理解のある父。優しい母。円満な家庭。
でも、悲しみは消せない。
自分が産まれなければよかったんだ。暗い思いも、どんどん身の内に膨れ上がっていく。
あの夜。
夢を見た。
中学校に上がった頃から、幾度か見ていた類の夢だ。
たわいない、「男」の見る夢。
こんなの嫌だな。そう思っていても、夢の中の自分は止まらない。
はっと気づいた。抱きしめようとしている相手の顔に。
母さん? いや、違う! 違う!!
体の奥から、勝手に熱情が迸った。
その直後。
ぽん!
音が、頭の上あたりで聞こえた気がした。
夢だと思っていた。
だが、悪夢は目覚めた後から始まったのだ。
使用人の口から、離れに住む祖母に伝わるのは、早かった。
親戚連中は、用も無いのに頻繁に訪れる。
身内に広まったのも、あっという間だった。
そして、自分の発症は、格好の攻撃材料となってしまったのだ。もとから蔑まれている、母に対しての。
畜生腹の子だからネコ耳になったんだろうさ!
ぐるるる……っ
祖母の言葉を思い出した瞬間、無意識に喉元で唸り声を上げていた。
え?
なんだ、この声、まるで猫じゃないか。
あせって、辺りを見渡した。
よかった。墓地には誰もいない。
いや、いた。
白い仔猫だ。
お墓の前に、ちんまりと座っている。
いつの間に?
ちりん
すると、自分のネコ耳に付いた勾玉イヤリングが、勝手に外れた。
小さな白猫に向かって、ふわりと飛んでいく。
仔猫が、薄茶色の瞳で、自分を見つめている。
知ってる。この目……自分と同じ色の目。
ぱちり
飛んで行った勾玉が、仔猫の片目に嵌まった。
不思議なこと尽くめだ。
大きさも形も、仔猫の目に合わせて縮んでいる。
片目が茶色、片目が白金の仔猫は、こちらをじいっと凝視している……。
そうか。これが、そうなのか。
今、身に付けているのは、全てシルキングだ。
喪服に靴、黒い帽子。
そして、墓前だから帽子は脱いだ。
隠れていたネコ耳が、あらわになった。
そこに、無意識に自分が鳴いて「魂振り」してしまった。
だからだ。条件が揃ったんだ。
試してみるか。
でも、武器は、まだ顕現できない。
これから講習を受けて会得するのだ。
じゃあ、こうしてみよう。駄目で元々だ。
手に持っていた帽子を、仔猫に差し出した。
両手で捧げて揺らし、中に入るよう促す。
ぴょん
大人しく、白猫は黒い帽子の中に納まった。
やっぱり分かってるのか、お前は……。
帽子ごと抱きしめた。
それから、「その言葉」を贈った。
「カイコン」
すると。
さあっと、胸元から風が立ち上った。
膨らんでいた帽子が、みるみる萎んでいく。
ぺしゃんこになったところで、風は止んだ。
やったか?
帽子の中を覗き込む。
金色のコインが一枚、中に残されていた。
エネルギーチップだ。
思わず呼びかけていた。
「千里……?」
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