㊳万里(最終回)
「和尚は気付いてたんだね」
千里が、ぽつりと漏らした。
「……ああ。蛟の腹から出て来たとき、分かったんだ。お前さんの体から、蛟と同じ匂いがした。姿も、ちょっと透けて見えてた」
ネコ耳に宿った、勾玉の力もあるのかもしれない。
エネルギーチップ。荒魂。
要は「人の魂」を捉える感覚だ。
蛟の腹から出た後。それが自分に備わったのを、はっきりと和尚は感じていた。
「そうか。じゃあ、オレの力がもう終わりなのも、分かるよね」
黙って顰めた和尚の目が、返事になっていた。
エネルギーは、有限だ。終わりは、いつか必ず来る。
「フォース、どのくらい残ってる?」
「ほぼゼロです。千里坊ちゃま、楽しゅうございましたよ。私は、あなたが大好きです。気をつけて行ってらっしゃいませ」
身に付けた軍服スーツが、心のこもった言葉を手向ける。
「ありがとう。フォース、弟をよろしくね」
「はい。勿論でございます」
ちさとが、つと近づいた。
何も言わずに、千里に顔を寄せる。
綺麗だな。見惚れていると、柔らかな唇が重なって来た。
なぜか、甘い。感じない筈なのに。
「餞別よ、千里」
ぽやっと見上げる少年に、ちさとは柔らかく笑いかけた。
冷たい唇だった。
感触も、人ではないのが分かった。
まるで、人形にキスしたようだ。
悲しみが襲ってくる。けれど、顔に出したら、だめだ。千里を悲しませてしまう。
和尚が、穏やかに話しかけた。
「お前さん、『チーム千里』に、万里の名前を記入したろ。弟に何かあったらな、俺が力になるから安心しろよ」
「そうね。チームだものね」
ちさとも頷く。
千里は、泣き笑いのような顔で微笑んだ。
しゃにむに、万里が抱き付いてきた。
この世で一番、大事な弟……。
「ありがとな、万里」
「千里……」
見る見るうちに、万里の腕の中で、少年の姿は掻き消えた。
しゅっ
音を立てて、分離していたシルキングが、自分の軍服に戻って来る。
ちゃりん
小さな音を立てて、一枚のコインが地面に落ちた。
エネルギーチップだ。
だが、金色は鈍い。くすんでしまっている。
拾い上げて、万里は乾いた目で見つめた。
終わりだ。
今度こそ、終わりなんだ。
「大丈夫か、万里」
和尚が、気遣わし気に覗き込んで来る。
口を付いた声は、我ながら虚ろに響いた。
「うん。千里が死んじゃった時さ、オレ、たくさん泣いたんだ。だから、もう涙は残ってない」
ラッキーな「おまけ」に当たったようなもんだろ。
あのとき。千里は、そう言ったのだ。
だから楽しもうぜ。それで充分なんだ。
「オレは、もうとっくに一人なんだよ。だから、しっかりしなくちゃいけないんだ。千里は、いつも心配してた」
「ああ、その通りだな」
それ以上、慰めないのが和尚だ。
万里が手に持ったチップに目をやると、唐突に聞いてきた。
「あのさ、そいつに目印書いてもいいか? 他と混じっちまわないようにさ」
万里が、ぼんやりと顔を上げた。
よく分からないけど、とりあえず頷く。
「マジックとか無い?」
「はい、どうぞ、和尚さま」
ぽん、と出て来る。最新機は素晴らしい。
色はくすんでしまっているが、面に浮き出た+と-の記号は、そのままだ。
和尚は、その線に沿って、黒マジックで漢字を描きこんだ。
表に、「千」。
そして、裏に、「里」。
「あのさ、こいつは捨てないで持っててくれよ。そんで、たまには俺にも会わせてくれ。ここに、もう千里がいないのは分かってる。だが、あいつがいた思い出だからな」
それだけ言うと、和尚は背中を向けた。
「じゃあな。あ、俺の宿舎は1号棟だから。なんかあったら、いつでも来いよ」
後ろ姿で上げた腕が、震えていた。声も、隠しようも無く滲んでいる。
ぱっと飛び上がって、トラ猫耳の男は去って行った。
「私の宿舎は、2号棟よ。女性用だから、入って来たら捕まるからね。まず、レターボックスに手紙をちょうだい」
ちさとが、はっきりと伝える。
社交辞令じゃないのが、顔つきからも分かる。
すると、ライダースーツから、ニゴちゃんが得々として言った。
「女装すれば入れるわよ! 万里なら大丈夫!」
フォースまで肯定した。
「了解しました!」
「嫌だよ、そんなの!」
思わず叫ぶ。
にこり、と笑いかけると、黒猫のお姉さんもさっと飛び立った。
女々しさの欠片も無い。惚れ惚れする気風の良さだ。
「よかったですねえ、万里坊ちゃま」
一瞬で軍服スーツを普段着に変えてから、シルキングは感に堪えないように言った。
「お二人とも、実のある、頼りになるお方じゃありませんか。実力も申し分ない。特に和尚さまは、ヤツカを手に入れて、ネコ耳で最強の武力保持者になりました」
最新機のフォースを遥かに超える力を秘めた、神剣なのである。
「そんな方々とチームを組めた。千里坊ちゃまのお陰ですね」
「……本当にそうだね」
万里は、川面を眺めて溜息をついた。
気が緩むと、メソメソしそうになる。
ダメだな、オレは。
ちゃんと前を向いて進まなくちゃ。
思い出した。
幼い頃、自分達双子に父が語った、名前の由来を。
虎は千里行って千里帰る。
だから、お兄ちゃんは「千里」なんだよ。
お兄ちゃんだけ、虎なの。ずるい。
むずかる自分に、父は微笑んだものだ。
万里は、「万里一空」だ。
世界は広いんだ。でも、万里の先まで行ったとしても、必ず一つの空の下にある。
だから、翔けて行きなさい。万里の先まで。
見失ってはいけない。どこにいようとも、自分はこの空の下に生まれた、たった一つの命だということを。
「どちらに行きましょう? 万里坊ちゃま。言われた通り、たまには御実家に寄りましょうか」
フォースが尋ねて来た。
「そうだね。どうしようかな」
手の平のコインを見つめる。
これからも、ずっと一緒だ。
何も変わらない。
千里の思い出を抱えて、オレは一人で翔けていく。
「んじゃ、千が出たら実家。里が出たら、今日は野宿」
ぽーん
コインを放り投げた。ぱしりと右の甲で受けて、左の手の平で押さえる。
その中に、万里の未来がある。
【終わり】
★ ★ ★ ★
最後までお読み下さいまして、有難うございました。
前作の「ダンジョンズA」から引き続き、毎週土曜日に投稿し続けることができました。
改めて感謝申し上げます。
この作品から、AI画像生成によるイラストを付けています。
初挑戦で、そりゃもう大苦戦です。
その顛末を「なろう」でも投稿することに致します。
題して「小説に挿絵を入れたくてAI画像生成を始めたけど、大苦戦している話」です。そのまんまや……
1話目を既に投稿しておりますので、ぜひ読んでみて下さいませ。
AI画像生成の参考にはならないかもですが、大笑いなのは間違いありません……。
そして、次週より続きを投稿していきます。
今後は、毎週土曜日のお昼12:10 の投稿オンリー。
どうぞ引き続きよろしくお願いします!
【次回予告】※土曜日お昼12:10投稿
小説に挿絵を入れたくてAI画像生成を始めたけど、大苦戦している話
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