㉛業火
「ほんとにやったわね」
上空から、ニゴちゃんが感嘆した。
古今東西の英雄にも引けを取らない勇気だ。
いや、ほとんどクソ度胸の類かしら。
シルキング縄は、白く強い光を発していた。
外側からも見て取れる。
まるで、大蛇の体に白い糸が通されていくような有様だ。
その効果なのだろうか。
ざばあっ……
ゆっくりと、川に横たわっていた片割れの体が、浮かび上がってきた。
二股に分かれた胴も、水から出て露わになる。
光る糸が、そこに到着した。
「えっ? 違うわ、和尚。そっちじゃない!」
ちさとが、焦って叫んだ。
シルキングの糸が、尾の方へと向かっていくのだ。
本来の作戦は、違った。
もう一つの首の方へと進む。
そして口から出て、両方の頭をまとめて縛り上げるつもりだったのだ。
「どうしたのかしら……」
シルキングの糸は、どんどん進んで行く。
一方、和尚は作戦どころではなかった。
正気を保っているのすら、難しいくらいだったのである。
辺りが、真紅に染まっていた。
熱い。息苦しい。
炎が、夜の暗闇を塗りつぶして、四方八方から襲い掛かってくる!
ごおおお……っ
轟音が、絶え間なく降り注いでくる。
なんでだ? ここは蛇の体ん中だろ。
見上げると、赤い空に黒い腹を並べて爆撃機が飛んでいく。
気付けば、たまらずに走っていた。
逃げろ。
意識のどこかで、冷静な自分が叱咤している。
しっかりしろ、和尚。
きっと、コインの柱に入って倒れた人たちも、こいつを見たんだ。
これは幻影だ。本物じゃない。
じゃあ、いったいこれは何なんだ……。
心の中で、自分が答えていた。
「東京大空襲」だ。
下町の家並み。赤く染まる空。降り注ぐ爆弾。
逃げ惑う人々。
何人いる?
業火は、見渡す限り町を焼き尽くしている。
ばりばりと轟く爆音に、悲鳴が掻き消される。
およそ千人くらいの犠牲?
そんなわけないだろ。
お地蔵様の当番おばちゃんが言ったことは、正しかったんだ。
どうして、こんな大惨事が正確に伝わってないんだ?
走って走って……。ふと、自分が服を着ていないのに気付いた。
真っ裸で、草履すら履いていない。
辺りは、一面、焼け野原に変わっていた。
誰もいない。
「ゼ……ゼロちゃん?」
きょろきょろ、呼びかける。
ぽつんと、自分の後ろに、小さな芋虫が浮かんでいた。
透明な球体に包まれている。大きなシャボン玉の中に入っているみたいだ。
それが、口を開いた。
「我はゼロちゃんなどではない」
重々しい口調だ。声は同じなのに、いつもの相棒とは言葉遣いからして違う。
「い、いや。名前を付けたのは俺だけどさ」
「我に名前など無い。そして、我は、我一人だけではない。試作の繰り返しで失われた、何匹もの同胞の命が集まっている」
見れば、シャボン玉の中にいる芋虫の姿は、ブルブルと震えていた。
白い輪郭が、幾重にも重なっている。
「犠牲になった命の寄せ集めよ、我は。この荒魂と同じなのだ。どうにかならなかったのか。悔恨の思いが、共鳴してやまぬ……」
和尚は、息を呑んだ。
ゼロちゃんが、探知の性能だけは優れていた理由。
そして、そもそも荒魂とは、何なのか。
なぜ、ネコ耳だけが採掘できるのか。
一気に、腑に落ちた。
そして……。
「お、俺はさ、こんな人生嫌だって、死ぬほど思ったんだ。だから、ネコ耳になっちまったってことか……」
果たして、シルキング試作機は肯定した。
「その通り。肉体の枷を、魂が壊してしまったのだ。それがネコ耳だ」
芋虫を包んだ玉が、虹色に光り出した。
「だからこそ、ネコ耳は魂を呼び覚まし、巡る円の始まりへと返すことができるのだ」
和尚のネコ耳が、ピクンと揺れた。
勾玉のイヤリングも、無くなっている。
「そっか。じゃあさ、俺と一緒に帰ろうぜ。その始まりとやらへ返される時がくるまでさ、俺はゼロちゃんと一緒にいたいよ」
和尚のネコ耳が、光り出した。
正確には、耳の中からだ。
強い、真っ白な光が、豊かに溢れ出てくる。
そして、真っすぐな光の矢となって、迷いなく伸びた。
虹色の光に包まれた芋虫に向かって。
ぱあっっ……
光と光が出会った。
その瞬間、まばゆい閃光が辺りを照らした。
焼野原が、跡形も無く消え失せる。
浮かぶ芋虫が、一瞬で溶けた。
ぶわり!
白い糸の固まりが、和尚の体を覆う。
あっという間に、和尚は再び裃を身に付けていた。
勾玉カイコンもだ。
同時に、右のネコ耳に戻っていた。
でも、こちらは明らかに以前と違う。
一回り以上、大きくなっているではないか。
金の輝きも、段違いに強くなっている。
だが、そんなことには頓着せずに、和尚は満面の笑みを浮かべた。
胸元に浮かんでいる目を見ただけで、分かったのだ。
いつものゼロちゃんだ。
「さあ、尾まで到着しましたよ、和尚」
なるほど。行き止まりになっている。
一見、洞窟のような空間だ。
「あれは……?」
どんつきに、祭壇が設けられていた。
何かが祀られている。
「剣か? えらく変わった形だな」
真っすぐな刀身の左右に、三本づつ枝刃が生えているのだ。
「七支刀、神剣ヤツカだそうです。ここの皆が教えてくれました。さあ、これで脱出しましょう」
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続きを、本日12:10に投稿致します。
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