③ちさと
「まずは、お好きなものを選んで下さい。相性は、それから調べます」
やぶから棒だ。ちさとは戸惑った。
「お好きな」と言われても。
虫、虫、虫……。
透明な小皿に入れられて並んでいるのは、白い芋虫だけだ。
それが好きな人間は、そうそういない。
「室長、説明を先にしてあげて下さいよ」
まったくもう。
引率してきた役人は、顔をしかめた。
非制御型獣化症が確認されてから、数年足らず。
奇病を解明するため、選りすぐりの人材が日本全国からここに集められていた。
政府としては、なんとしてでも早急に対応する必要があったのである。
能力第一。その結果、選りすぐりの「変人」達がここに集結してしまった。
国立非制御型獣化症研究所、シルキング開発室長。名は、宇賀神悟。
変人の頂きにいる男である。
妙齢の美女を相手に、白衣姿の眼鏡男は、淡々と話し始めた。
「ネコ耳になって一番困るのが、外見上の変化であります。猫の耳が生えるだけではないのです」
患者の美醜など全く頓着しない。人としては立派な態度である。
「今晩、眠りにつく。朝起きたら、あなたの身体年齢は変化しています。年若く変わっているか、年老いた姿か、どちらかに」
ちさとが、息を呑んだ。
「知らなかったわ……」
この病の発症率は、低い。
ほとんどの国民にとっては、他人事なのだ。
ただただ、猫の耳が生えることだけが、面白おかしく喧伝されている。
「子ども? 老人? どちらになるんでしょうか」
「ランダムです。変化する年齢の幅にも、個人差が認められます。そして、この先、眠るたびに毎朝変わります」
さすがに、ちさとが黙り込んだ。
それは大変そうだ。
お構いなしに、宇賀神室長は続けた。
「変化する肉体に対応する衣服が必要だ。そのために、我々はシルキングを開発しました。蚕をご存じですかな?」
さすがに知っている。ちさとは頷いた。
蚕の繭から生糸を取り、絹にするのだ。
ふふふふふ……
と、いきなり室長のテンションが上がった。
打って変わって、熱っぽく語り上げる。
「そう! 蚕を元に誕生したのが、このシルキングであります! 変化する身体に合う衣服を、自動的に生成するのです!」
「毎晩、素っ裸で寝て、その度に着替えればいいんですけどねえ」
役人が、水を差した。実際、初期の患者はそうしていたのだ。
小さい体が一晩で大きくなった場合、寝間着がビリビリに裂けることになるから。
「まあ、採掘師として働くとなったら、シルキングは不可欠ですからな。購入された方がいいでしょう」
お役人の言葉に、開発室長が力強く頷く。
ちさとは、上目遣いになって尋ねた。
「あの、おいくらでしょうか?」
「だいたい300万円です!!」
「無理です」
冗談じゃない。昭和40年代の今、軽く家一軒が買える値段だ。
すると、横から役人が取りなした。このやり取りは、慣れているらしい。
「補償一時金が出ますから。金額は300万円。ちょうど、こちらを購入できるようになっているんですよ」
なるほど。上手く患者を支援する仕組みになっているわけだ。
「そうですか。じゃあ買います。どんなものか、詳しく教えて下さい」
「ええ、喜んで! どの子も、み~んないい子ですよお!」
シャーレに入れた蚕を指し示しながら、白衣を着た宇賀神室長は顔を輝かせた。
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