㉖蛟(みずち)
和尚は、間一髪で避けた。
正確には、着ている裃が先に逃げた。
問答無用で体が引っ張られていなければ、矢がぶっ刺さっていたところである。
キエエエエ~ッ
大蛇が、怪鳥のような叫び声を上げる。
ちさとの放った矢は、変化した荒魂の眉間を正確に射ていた。
巨大な頭である。刺さった矢が、爪楊枝にしか見えない。
それでも、シルキングによる攻撃である。
効いている様子だ。
なるほど。ちさとは、和尚を盾にして、先制攻撃を仕掛けたわけだ。
荒魂だって、仲間に向かって矢を放つなんて思わなかっただろう。
「文句言ってやりましょう!」
ぷんすか、ゼロちゃんが息巻く。
「いや、それどころじゃねえ!」
今度は和尚が先に逃げた。
びゃん! びゃん! びゃん!
ちさとの矢が、何本も至近距離を掠めていく。
連射だ。敵にも味方にも容赦がない。
ライダースーツを着たアテナ神が、そこにいた。
ただし、黒髪を結い上げた、和製の女神だ。
背丈よりも長い和弓を構え、矢を番えて放つ。
いつのまにか装着している保護の手袋も、全てがシルキングの作り出した装備だ。
キエエエエ~ッ
大蛇は、長い体を振りたくった。
機敏な動きだ。矢が、ことごとく躱される。
「ちっ」
ちさとが、短く舌打ちした。
外れて落ちた矢が、腰に付けた矢のホルダー、「箙」に自動で戻って行く。
シルキングだからできる芸当だ。
「俺達も行くぜ、ゼロちゃんよ!」
「もちろんです、和尚!」
逃げてばかりでは、採掘はできない。
しゅるっ
着ている裃から、白い縄が生えた。
今日は、特別に太い。
和尚は、右手に握ると、大蛇に急速接近した。
弓矢と違って、獲物に近づかないと使えないのが難点だ。
「お~らよっとお!」
掛け声と共に、ぐるぐると大蛇の胴を周回する。
シルキングの縄は、何重にも太い胴体に巻き付いた。
ぎゅうううっ
純白の縄が、独りでに締まった。
これも、シルキングこその攻撃だ。
キエエエエ~ッ
大蛇が身悶える。縛られて、苦し気だ。
ばしゃばしゃ、川全体が激しく波立つ。
水に浸かった下半身は見えない。だが、この様子では、相当な長さなのが伺える。
「蛟、だわ……」
ちさとが、矢を番えながら呟く。
河川に纏わる、神話上の大蛇。
荒ぶり、人に害をなした末に、英傑に討伐されてしまう。そんな伝承が、幾通りも残っている、古来の化け物。
その姿を象ったのね。
「うおっ?!」
和尚が目を剥いた。
すっぽん
縄が、闇雲に頭を振りたくられた拍子に抜けてしまったのだ。
ぬる ぬる ぬる……
見れば、どす黒い鱗から、どろりとした粘液が染み出ていた。
締め付けられて凹んでしまった部分を、分厚く覆っていく。
保護だろうか。なるほど、潤滑剤にもなってしまったわけだ。
まずいな。こいつは手ごわいぞ。
「和尚、縛り方を変えましょう! 単純だと解かれちゃいます」
「おうよ!」
0号機が出せる武器は、縄だけだ。
ショボいのは否めない。
そもそも試作機なのである。
だが、それで諦める和尚ではなかった。
今では下火になった武術のひとつ、捕縄術を修めたのである。
「まさか、こいつが売れるとは思わなかった」
しきりにボヤきつつ、師匠探しに奔走してくれた、狛ケン役人様のお陰だ。
今度は、技の限りを尽くして縄を掛けた。
大蛇が、時代劇の罪人みたいに拘束される。
くねくね
大蛇が悶えた。
すっぽ抜ける。
「くっそ~。今度は十文字縄いくぞ!」
「はい、和尚!」
もはやエンドレスになった。
だが、ちさと&2号機コンビは、頼れる仲間であった。
すぐさま状況を呑み込んで、連携し出したのだ。
和尚の縄で縛られ、動きが制限された瞬間を狙って、矢を連射する。
的中率が、格段に上がった。
キエエエエ~ッ
「効いてる! ちさと、頭を狙って、もう一射!」
ライダースーツから、ニゴちゃんの声が飛ぶ。
その時だった。
ぐわあっと、大蛇が鎌首をもたげた。
一瞬で距離が縮まる。
あっと思った時には、ちさとの目の前に、蛇の顎があった。
喉の奥が見通せる。
ということは。
まさに食いちぎられようとしている!
「ちさと、逃げろ!」
和尚の叫び声が、至近距離から聞こえた。
輪にしたシルキングの縄を蛟の顎に引っかけ、死に物狂いで引っ張っているのだ。
蛟の意図を察知し、電光石火でやってのけた和尚である。並みの度胸ではない。
あがあっ
蛇の口が、開いたまま止まっている。
ちさとは、物も言わずに横に飛び退った。
蛇の頭が、すぐそこにある。
まん丸の目に、手が届く。
今だ!
「カイコン!」
★ ★ ★ ★
読んで下さって、有難うございました。
毎週土曜日に投稿していきます。
どうぞ来週もご覧下さいませ。
【次回予告】
㉗蛟
㉘蛟




