②ちさと
この二年間、地獄だった。
母親は、いわゆる日陰の身。裕福な社長様の愛人だった。
自分という子供が出来たものの、女の子だったから、基本ほったらかしで育った。
本家には息子が二人いる。跡目に困ってはいない。
だが、ちさとが成長するにつれて、いい駒に使えると踏んだらしい。
18歳になった時、問答無用で本宅に引き取られた。
そして、怒涛の短期集中花嫁修業が課されたのである。
私は、お母さんみたいにはならない。
幼い頃から、ちさとは心に決めて育った。
男に媚びて生きていくなんて、嫌だわ。
自分の食い扶持は、自分で稼ぐのよ。
ちゃんとした職に就こう。
そう思っていたからこそ、ちさとは勉強に励んだ。
母親譲りの派手やかな容貌に反して、いつでも校内トップ。
その、優秀すぎる成績表が裏目に出た。
倉門家が望んだ短期大学に、試験無しで、あっさりと入学を許可されてしまったのだ。
名の通ったお嬢様学校である。箔をつけるのに打ってつけだ。
かくして、行きたくもない短大に通い、礼儀作法とお稽古ごとを叩き込まれる日々が始まった。
ちさとに選択の自由は無かった。
母親など、嬉し涙を浮かべて、妾宅から追い出したものだ。
確かに、恩はある。
自分の養育費を出してくれたのは、この家の、でっぷり太った鼻持ちならないエリート意識全開の男だ。
だが、ここは、まるで牢獄だ。
感情のままに笑うことすら許されない。
何もかも強制され、馬鹿にされ、毛ほども認められずに、役に立つことだけを望まれる。
見合いの席で、相手方の家族を見たとき、心底ぞっとした。
育ちの良い坊ちゃまが時折自分に向けてくる、欲丸出しの視線。
品定めする、母親の冷たい眼差し。
わざわざ見合いに付いてきた妹君の、これ見よがしな晴れ着姿。
結婚したとして、違う監獄に移るだけなんだわ……。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
震えるほど、そう思った。
自分は何のために、小さい頃から必死に努力してきたんだろう。
席を立って、ここから逃げ出したい。
テーブルの下で、手を握りしめていたとき。
ぽん!
と軽やかな音が、頭上から響いてきたのだ。
あの後の騒動は、本当に可笑しかった。
ずうっと、吹き出さないよう必死に我慢していたのだ。
もう心を抑え込む必要はない。
「あの、ご購入されるシルクイーンを見に行きましょうか」
戻って来た役人が、恐る恐る声を掛けて来た。
大丈夫かな。泣き出しちゃわないかな……。
「はい」
にっこり
嫣然とした笑みを向けられて、中年役人は年甲斐も無く頬を赤らめた。
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