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【第7話】目覚めしモフの鼓動

王なき城に三年ぶりの光が灯った――


まばゆい朝露の光が石畳を照らす中、王国の猫たちは、なにかが変わる気配に誘われて……


ひとり、またひとりと、そわそわ、わくわく、しっぽを立てて、キャッスル・オブ・フサフサの前へと集まっていた。


「ほら、見て!お城に光がついてるよ!」


「まさか、ついに新しい王が!?」



無邪気に跳ねるふわふわの子猫たちに、

「こら、押すんじゃない!」と肩をぶつけ合う若猫たち、ふかふかマントを羽織った老猫たちも、杖をポンポン鳴らしながら目を細めていた。


その視線の先には——


三年もの間、ずっと閉ざされていたお城の窓が開き、そこに、たしかに、ほんのりと、あたたかな光が灯っていたのだ。


「こりゃあ…伝説の時代が、また始まるかもしれんぞ……」


年老いた猫がそっと呟くと、誰からともなく、広場に静かなざわめきが広がっていった。


そしてみんなの話題は最近の不安に…


「見ておくれよ?あたしのしっぽ、最近なんだか、ずっとペタンコなのさ……」


「あたしもなの!艷やかな毛並みだけが自慢なのに、最近なんだかパサついちゃって……」


「風もおかしい。いつもは甘い草の匂いがするのに、最近は……毛が逆立つような、冷たい香りがするんだ」


年老いた長毛猫がぽつりと呟く。


「モフ枯れの、前兆じゃな……」


皆がピタリと黙った。


「ワシの若いころ、一度だけあったんじゃよ。あれは……“王のフサフサ”が失われかけた時のことじゃ」


モフ枯れとは――


王国の精霊たちが眠ってしまうこと。

大地は乾き、風は冷え、猫の毛並みからはツヤが消える……

しっぽがしゅんと縮み、体の芯からぬくもりが消えてゆく。


そして最後には、モフそのものがこの国から消える。フサフサも、ぬくもりも……優しさまでも、な……


フサフサの精霊たちがこの国を離れてしまうと、王国がザラザラ無毛の地へと変わってしまうのじゃ……


「まさか、そんな……」


「いや、最近はみんなピリピリしてるよ。猫パンチの喧嘩、増えたし……」


「心が乾いてるのかも……」


ふわふわの子猫

「ねぇママ、なんでお城が光ってるの?」


ママ猫

「きっと何か、いいことが起こるのよ」


老猫

「3年ぶりじゃ…王が旅立ってから、一度も灯らなかったのに…」


商猫

「まさか、新しい王が…?」


若猫

「いや、噂では“新しい伯爵”が目覚めたらしいぞ」


軽くざわめき、希望と不安が交錯する空気。



そのとき――

逆光の中から、モコモコ伯爵の姿が現れる。ふさふさのしっぽ。つぶらな瞳。そしてちょっと猫背な歩き方。


民たちはキャー!と一瞬どよめく。



モコ(心の声)

「えっ……うわあ……めっちゃ見られてる……え、ちょ、どうしよ、足震えてきた……!」


「え、えーと、あの〜……ぼ、ぼ、ぼく、モコ、モコモコ伯爵、です……」



【モコの耳元で、シロ姐が低くキレッキレな声で囁く】


「民たちよ!頭を垂れな、今日が歴史の変わり目だ!」



モコは、ビクッとして慌てて続ける。


「た、たっ…民たち、よ!」

(しっぽがピンと緊張している)



【カリカリ姫が横から小声で】


「モコ〜〜!言い切れてないよぉ〜!かわいいけどぉ〜〜!!」


民たちに向かって、まるでアイドルのように大きく両手を振り挨拶する姫。


クサクサ王子は耳を赤くしながら、一言呟いた。


「……緊張してるモコ……好きかも……

あは、僕もめっちゃ緊張してる……!」



モコは、がんばって宣言した!


「ぼ、ぼくたちは、あの……この国を、救うため……猫神様に会いに行ってきますッ!!!」


最後のほうはちょっと声がひっくり返ってしまった!


民たちは少しだけざわめき、


「……」

「……」

「あれが伯爵か?」

「がんばれ…ちっちゃいの…」


小さな拍手が起こった。

そしてわらわらと「かわいいな」「ちょっと頼りないけどな?」和やかな空気になった。


「伝説の三尾……か……」

腰の曲がった老猫が、そっと呟いた。


---------


さて、王国を救う手がかりを求めて、モコたちは猫神が棲むという祠を目指すことになった。

それは、村の外れ——おすず婆が住む玉響庵の、さらにその奥。


「玉響庵なら私知ってる〜!案内するからついてきてッ!!」

元気にスキップするカリカリ姫のあとを、男子ふたりとお姐が追いかける。


背後からは、ニャーカス団オーケストラの音色。荘厳な弦、しっとりと響くフサンド……それは、四人の門出を祝う祝福の調べだった。


指揮をとるのは、伝説の猫指揮者──

マエストロ・ニャッカート。

長くしなやかな白銀のしっぽが、しずしずと宙を舞い、まるで風をなぞるようにタクトを描いてゆく。


ひと振りで朝のひかりが跳ね、

もうひと振りで花の音が咲いてゆく…


彼の一挙一尾は、まさに魔法!


その後ろで、少数精鋭のニャーカス団は全身全霊の演奏を捧げる。

クラリにゃっとが月をうたい、フサンド(風の笛)が木々の囁きを描き、ニャリンバが土の鼓動を響かせる。


音は風となり、フサフサ王国の空へと舞い上がり、空気を震わせ、花びらを揺らし、聴く者の心を撫でていく──


その音色に、旅立つ四人も、見守る民も、誰もがじーんと胸を熱くしていた……


と、そのとき。


マエストロ・ニャッカートのしっぽが、ぷるぷるぷるっ……


「ぷにゃぁああああ〜〜っっ!!!」


──感極まりすぎて、号泣ッ!!


指揮台の上でくるりと回転し、マントで溢れる涙を拭きながら、

「なんて……尊いのですニャ……!」

泣き崩れるその姿に、団員たちも次々に目頭を押さえる。


クラリにゃっと奏者は、感情の高まりに耐えきれず、口元をぶるぶる震わせながら、クラリにゃっとをぎゅうううっと抱きしめた!


ニャリンバ奏者は、顔を丸ごと楽器に埋めて嗚咽。ウニャッ、ウニャッ!


ニャイオリンの音は途中で止まり、チェロニャの弓がポトリと落ち、打楽器担当のにゃん鼓が「にゃんにゃん……」とリズム外れにすすり泣く。


まさかの、全団員・大泣き!!


そしてついには──

音色、完全沈黙。


「……あいかわらずクセが強いな」

モコは振り返り、そっと呟いた。


しかし彼らの演奏は、音楽以上に、四人の背中をしっかり押してくれたのだった。



気を取り直して、再び前へ進もうとしたそのとき――


バルフォン老が声をかける。


「皆様方!!」


オホン……


…………


「祠はあちらでございます……」


彼が指さしたのは、真逆の方向。


「……えっ?」


全員が固まる。


カリカリ姫は一拍おいて、

「あはっ、あはははは!反対だった?」


シロ姐がクサクサ王子に向かって

「アンタも道を知ってるんじゃないの?」


「ぼ、僕は記憶が無くて、頭がボーッとしてて……」



風に吹かれてしっぽがフサフサ揺れる中、一同はそっとため息をついた。



再び歩きはじめた四人。山道をゆるやかに登りながら、たわいもない会話が続く。


「それにしても、ニャーカス団のオーケストラって……人数少ないのに音がすごいよねぇ」


「うん、まるで、すぐ近くで聴いてるみたいな、迫力のサウンド……」


クサクサ王子がしみじみ呟いた——


ふと、カリカリ姫が足を止める。


「……えっ、ちょっと待って!」


くるっと振り返る。


そこには……


さっき別れたはずのニャーカス団オーケストラが、ちゃっかり全員そろってついてきているではないか!!


いや、オーケストラだけではない、おそらくニャーカス団、全員(笑)


「…………」



みんなが次々と話し始める。


「皆さんの旅が……心配で心配で……」


「居ても立ってもいられず……」


「気がついたら足が勝手に……」


「私たちは運命共同体ですニャ……」


涙ぐむ団員たち。

そう、とにかく涙もろいのだ!



おや、その後ろから、ぽてぽてともう一人の影が……


「お、お待ちくださーい……!」


遅れて追いついてきたのは……

バルフォン老!


「くっ……この老骨が……どこまでついて行けるか分かりませぬが……」


額に汗をかきつつも、背筋はしゃんとしている。


「……来ちゃってるじゃん!!!」


全員が声を揃えてつっこんだ。


「もぅ〜!みんな優しすぎか〜ッ!」


カリカリ姫は、みんなに駆け寄った。


思いがけず、大人数での賑やかな旅路となった。


---------


さて、どのくらい歩いただろうか……


姫と王子には見覚えのある玉響庵が見えてきた。


縁側で、おすず婆が湯気の立つ猫ハッカ茶をすすっている。


「猫神の祠に行きたいとな……?」


おすず婆は、しばし目を閉じた。


「……あの場所はのう、ただ歩けば行けるものではないんじゃ」


四人が顔を見合わせる。


モコは心なしか緊張してしっぽをプルプル震わせ、クサクサ王子は手元の草をぽろりと落とす。カリカリ姫はわくわくしながら、おすず婆の顔を覗き込んでいる。


「昔から伝わっとるんじゃよ。選ばれし者が現れたとき、風が止み、影が揺れる刻、しっぽの道が現れる、とな」


「しっぽの道……?」


「それって、フサ道!? モフ道!? モフウェイ!?」


カリカリ姫の興奮に、婆は笑みをこぼす。


「ま、そんなようなもんじゃ。……ついてくるがよい」



---------


しっぽの道を目指すべく、四人とその他大勢(ニャーカス団員+爺)で進む。



ふと、風が、ぴたりと止んだ――


雲が動きをやめ、草がそよぐのを忘れたように、世界が静かになる。


そのとき。


地面に、一本のフサフサとした光のしっぽが、すーっと描かれた。


一歩踏み出すごとに、ふさふさの光が足元に広がる。


「もしや、会えるかもしれんな……」

おすず婆が、静かに呟いた。


シロ姐が、後ろを歩くバルフォン老にそっと話しかける。


「あんた、ここまでついて来るとは思わなかったよ。腰、もうボロボロじゃないの?」


「こう見えて私は、王に仕えし身……いざという時に尻尾まいて逃げてはたまりません」


「……へぇ。ツンデレじいさん」


「黙らっしゃい」


二人は、ほんの少し微笑み合った。

老猫の足取りは重く、それでも確かだった。


「……この道の先に、祠の入口がある」


おすず婆が静かに言う。


「だが、猫神様に会えるかどうかは……お前さんたち次第じゃよ」


「試されるってこと……ですか?」


「さあな。神のやることにゃ、ワシら下僕にはわからんわい」



一同が到着したのは、岩山の中腹にぽっかり空いた、草と苔に包まれた静寂の空間。森がざわめきを止め、風さえも音を潜めている。


「ここじゃ……」


おすず婆の指が指した先には、何もない岩壁。


……ただの、岩の壁にしか見えない。


カリカリ姫が耳をすませば、遠くのどこかで、風がささやいている気がした。


クサクサ王子が一歩近づくと、草の葉がそっと揺れる。


モコがそっと手を当てた瞬間、苔がうっすらと発光し始めた。


「……扉が、眠っておったのですな。」

バルフォン老がつぶやいた。


そのときだった。


ニャーカス団オーケストラの音色が、ふいに風に乗って届いた。

いつの間にか、岩の上からそっと演奏している。

クラリにゃっと、フサンド、ニャリンバ……

小さな音が、やがて大きなうねりとなって、この岩場の空気を震わせた。


──その音に応えるかのように。


壁に刻まれていた無数の模様が、次々に浮かび上がる。

それは古代猫文字。月のしずく、星の軌道、そしてモフ毛の螺旋。

やわらかい金の光が糸のように流れ、壁一面に広がっていく。


音楽の高まりとともに、模様はまるで命を得たように動き出し、絡まり、揺らめき、重なり合い、やがて一つの巨大な“扉の輪郭”を描き出す。


光の縁がゆっくりと脈打つ。まるで心臓の鼓動のように。


「……あれが、扉……?」


カリカリ姫が思わずつぶやくと、扉はさらに輝きを増し、花びらのような形をした小さな光たちがふわりと浮かび、四人のまわりをくるくると舞いはじめる。


「この祠は……呼ばれた者にしか開かない。その心に、願いと覚悟がある者だけが、猫神と対面できるのじゃ。」


おすず婆が微笑む。


音楽が静かに終わり、世界がまた、しんと静まり返る。


──そして、


「……今、扉が……息をした。」


クサクサ王子の声に、みんなが目を見開く。


次の瞬間、扉の中央に、ふわりと浮かび上がる猫の紋章。


それは――まさしく、猫神の印。


風がそっと吹く。


モコのしっぽがふわりと揺れた。


「これが、運命の……入口?」


彼の瞳に、柔らかくも強い光が灯る。


──扉がゆっくりと、輝きを増していく。


その奥には、何が待っているのか。


それは、誰にもまだ、わからない――



モコは一歩、前に出て、扉を見つめる。


そして静かに、ふさり、と自分のしっぽを振った。


「行こう。ぼくらで確かめに!」




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