【第6話】受け継がれしモフ
《キャッスル・オブ・フサフサ大広間》
黄金のカーテンがふわっと開くと、そこには――
「お集まりの皆さまッッ!本日は、我らがモコ様、カリカリ姫様、クサクサ王子様のご到着を祝して――!」
\ ドドンッ! /
太鼓の合図とともに、総料理長ミトンが帽子から炎を吹き出しながら登場!
「フサフサしっぽ歓迎会を開催いたしまァす!!フサァァァアァアァアア!!!
(火を吹く)」
ズラリと並ぶ、フサフサ料理の数々。
「まずは前菜!
“モフサラダ・しっぽ巻き仕立て”!
クサクサ王子様の草セレクトで、本日の草は、しっとり青空草でございますッ!!」
「続きましては、王国名物!
“極上ふわふわフサ鶏のまるっと丸焼き~香草モフクラストを添えて~”!
仕上げはわたくしのこの炎ッ!
ファイヤーーッ!!」
\ ボウッッ!! /
(再び炎が上がり、後ろで皿を落とすニャーカス団見習いの悲鳴)
「……あっ、ちょっと焦げましたが!
大丈夫ですッ!!味は保証付き!しっぽで誓います!」
「そして、こちらが本日の目玉、
“トロける毛並みの三段しっぽロースト”!なんとしっぽが3本ある伝説のモンスター「三尾獣」の肉を、部位ごとにロースト、別々に味付けしておりますッ!」
「デザートには!
“星屑モフモフひみつ宝石ゼリー”と、“もっふもふ雲綿パフェ〜夜明けの毛玉仕立て〜”をご用意しております!運が良ければカリカリが当たるとか当たらないとか……」
\ わ〜〜〜〜っ!! /
(ニャーカス団の猫たち、大歓声)
ミトンが鼻息フンフンでキメポーズ。
「では皆さま――たっぷり!もっふり!
ご堪能あれぇぇぇえええッ!!!」
カリカリ姫 (ほおばりながら)
「ん〜〜〜っ!やば、おいしすぎてフサフサになりそう……」
クサクサ王子(葉っぱティーをすすりながら)
「ていうか……ふと、思ったんだけど」
カリカリ姫 (もぐもぐしながら)
「うん?」
クサクサ王子(真剣に)
「……僕たち、なんでここにいるんだろうね。フサフサ王国に呼ばれて、しっぽが光って、気づいたらこうして――宴?」
モコ(水のワイングラスを傾けながら)
「うん……しっぽに導かれた、のかな、
……いや、しっぽが記憶していたのかもしれないね、この出会いを。」
カリカリ姫(真顔で)
「……ちょっと待ってモコ様、それ超イケてるセリフ。いただきます!」
クサクサ王子(笑いながら)
「台詞メモ帳、出すの早っ」
シロ姐(ふっと笑って)
「“しっぽが記憶していた”か……
そうかもね。あんたたちが出会った時、しっぽの泉も、そっと揺れてたわね」
\ ゴンッ!! /
料理皿が勢いよくテーブルに置かれる。
ミトン総料理長(すごい笑顔で)
「おまたせしましたァァア!!“毛並み爆発!三段しっぽロースト”でございますッ!!」
カリカリ姫
「うわっ待って!それ絶対おいしいやつ〜〜!!」
愉快なニャーカス団員のおもてなしで、四人はとても楽しいひとときを過ごした。
―――――
宴のあと、モコとシロ姐が部屋へ戻ろうとしていると、静まり返ったお城の中、
背後から――
「……おや、モコ様、シロ殿。もしよろしければ、少しだけ……お見せしたいものがございます」
バルフォン老がふたりを案内したのは、しばし封印されていた「王と王妃の私室」
城の一角、長く閉ざされていた扉が、きぃ…と音を立てて開く。
老猫の小さな背中を追い、二人は静かに部屋へと足を踏み入れる。
静かにろうそくの灯がゆれる、かつての王の間。
重たい空気。
けれど、不思議なあたたかさ。
壁の正面に、柔らかな月光が差し込んでいた。
その光に照らされていたのは、一枚の、威厳と優美に満ちた肖像画。
そこに描かれていたのは――
若き王とその隣に寄り添う美しい王妃。
その姿に、モコとシロ姐は言葉を失った。
堂々と玉座に座る王の姿は、まるでライオンを思わせる堂々たる風格、茶と黒が織りなすキジトラの毛並みは、夕陽を受けた森のように深く輝き、その瞳は鋭くも、深い慈しみと知恵を湛えていた。
隣には、静かに寄り添う王妃の姿――
淡い金色の被毛に、翡翠のような緑の瞳をもつ気品ある猫。
柔らかな笑みをたたえつつも、その背筋はまっすぐで、王の隣に立つにふさわしい強さを感じさせた。
それは強く、優しく、美しい――この王国を支えた誇り高き王妃の面影。
「……そっくりだと思いませんか。モコ様に……まるで、時を超えて戻ってきたかのよう……」
バルフォン老が静かに呟いた。
「……この部屋は、かつて王と王妃が共に過ごされた場所。王妃様は、若くして病に倒れ、この世界を去られました」
バルフォン老の声は、まるで絹のように静かだった。
「……お二方を初めてお見かけしたあの夜、私は心の奥で、確かな鼓動を感じたのです。まるで、長き眠りから目覚めるような――王国の記憶が、ざわめいたのです。」
老猫の瞳は、柔らかくも鋭い光を宿していた。王と王妃の肖像画の前に立ち、彼は語り続ける。
「この王、そしてその隣に立つ王妃……彼らがこの国を築き、そして、守ってくださいました。そしてその背後には、もうひとつの影がありました。白き影――“白影の護り手”と呼ばれた者が。」
シロ姐が、ぴくりと耳を動かす。
「王が外の戦火へ赴くときも、王妃が病に伏したときも、その影は一歩も引くことなく、王家を守り続けた忠義の者。」
バルフォン老の視線が、まっすぐにシロ姐を見つめる。
「あなたのしなやかな足取り、その気配を読む鋭さ、そして――何よりその魂の在り方が、あの“白影の護り手”によく似ているのです。時を越え、その意志が巡り来たのでしょうか。」
シロ姐はしばし黙っていたが、やがて低く笑った。
「……そりゃあ、荷が重いわね。でも、悪くないよ。モコ坊を護るってのは。」
バルフォン老は、深く頷いた。
「では、王国の記録に、新たな名を刻みましょう。“白影の継ぎ手・シロ”。
フサフサ王国が再び揺らぐとき、貴方のしっぽがそれを支えることを――。」
シロ姐が絵に近づき、そっとその輪郭に手を添える。
モコもまた、どこか胸の奥がざわめくのを感じていた。
ふたりのしっぽが、静かに揺れる。
「時は巡り、季節は変わり――それでも、魂の記憶は消えはしません。
王が待っていたのは、あなた方なのかもしれません。できることなら、会わせてあげたかった……」
バルフォン老の目が一瞬、優しく細まったが、すぐに真剣な眼差しになる。
「モコ様……王国は今、岐路にあります。千年に一度訪れると言われる厄災
“モフ枯れ”の兆しに悩まされているのです。森の精気が弱まり、空気からもフサフサの気が薄れてきております。しっぽに宿るフサ力さえも、次第に痩せていく――これはかつて、王の時代にはなかった異変。
これはあくまでも私の推測ですが……
誰かが、何かが、この王国の“モフの源”に手を伸ばしているのかもしれませぬ……」
モコとシロ姐は思わず顔を見合わせた。
「いずれモコ様が、この国を導く時が来るかもしれません――その時が来るまでは、モフモフ地方領主、"モコモコ伯爵"として、皆と歩んでいただけませんか?爺からのお願いでございます……」
バルフォン老が、深々と頭を下げる。
モコはびっくりして飛び上がった!
「も、モコモコ伯爵??」
モコは目をまん丸にして、バルフォン老を見つめた。
「ぼ、僕が……そんな、立派な名を?」
すると、シロ姐がふっと笑った。
「悪くないじゃないの!モコモコ伯爵。アンタのしっぽにぴったりだわ。」
「で、でも、そんな責任重大なこと……僕、まだ何も知らないのに……!」
モコはしっぽをわたわたと動かし、落ち着かない様子で部屋の中をぐるぐる歩き始めた。
バルフォン老は優しく微笑みながら、ゆっくりと首を横に振る。
「知っているかどうかではないのです。必要なのは、歩もうとするその心。
この王国に“光”が戻りつつある――
私は、そう感じております。」
モコは足を止めた。
王と王妃の肖像画を、まっすぐに見つめる。
静かな夜。
蝋燭の火が、壁に揺れる影を描いた。
「……わかりました。伯爵でも、なんでも、やってみます。できることから、少しずつ。でも……王になるのは、まだ早いです。まずは、みんなと歩きたいんです。」
その言葉に、バルフォン老は深く、ゆっくりと頷く。
「その言葉こそ、王に必要な資質……
モコモコ伯爵――あなたに託したい物があるのです。受け取っていただけますかな?」
モコに渡された、ひとつの桐箱。
そっと開くと、そこには小さな銀の鎖に繋がれた、星のかたちをした青い宝石の首飾りが、月明かりを受けて淡く輝いていた。
「それは、かつて王がいつも身につけておられた首飾りです」
よく見ると、肖像画の王の胸元で、美しく輝いている。
「代々の王にのみ授けられる、星導の首飾り。王妃を亡くされてからも、王はこれを肌身離さず……最後まで、この国の未来を信じておられました」
おそるおそる、その宝石に触れてみるモコ。
すう……っと一瞬、星が微かに光を放ったように見えた。
……気のせい、かな?
モコの胸の奥に、小さな波が立った。
(あたたかい……)
それは不思議な感覚だった。初めて触れるはずのものなのに、なぜか懐かしく、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――ぼくに、託されたもの……?
そんな重さに戸惑いながらも、どこか心の底で、静かにうなずく自分がいた。
バルフォン老は、目を細めて微笑む。
「やはり……あなた様のもとに渡る運命だったのでしょう」
そっと首にかけられた首飾り。
モコは、胸の中にぽっと火が灯るような不思議な感覚を覚えていた。
ぎゅっと、胸元で握りしめる。
僕に、この国を救うことが出来るのだろうか――
――その夜、モコ、いや、モコモコ伯爵のしっぽは、かつてないほどフサフサと、誇らしげに揺れていた。