【第3話】カリなる香り、モフの門を開く
遥か東の、空の向こう。
香ばしき風が吹きわたり、黄金色の光が大地を照らす、情熱と灼熱の不思議な国。
――カリカリ王国。
いつも空気には、カリカリの香ばしい香りがふんわりと混ざり合い、大地はふかふかのラグのような穀物の草原。
足を踏みしめるたび、やさしいぬくもりが広がる。。
王国の中心には、カリカリタワーと呼ばれる巨大な塔がそびえ立つ。
その外壁はチキンの香り漂う石でできており、太陽の光に照らされると黄金のようにきらめき、夜になると星屑のようなトッピングが瞬くという。
塔の頂上にあるのは、神聖なる封香の炉
そこでは毎日、様々な香りを詰め込んだ香炉が焚かれ、王国中に香ばしい煙が広がる。それは心を落ち着かせ、災いを遠ざける“癒しの結界”でもあるのだ。
市場では、数百年物の古代カリカリ、月光を浴びて育ったクリスタル・カリカリなど、希少なものが高値で取引され、王国の誇りとして大切にされている。
――そして、王国でもっとも美しく、もっとも香る王宮。
その名も「カリカリ・パレス」
香ばしき王の威厳、優雅なる王妃の知恵、そして姫の気まぐれな情熱が共に息づく、カリカリ王国の中枢にして、黄金にきらめく至宝。
塔は天高くそびえ、風はチキンの香りを運び、その奥深くには、今も封印された“禁断のフレーバー”が、静かに眠っているという……。
窓辺には「香りの鈴」が吊るされ、風が吹くたびにカリッ…という音がやさしく王宮に鳴り響く…
さて、そんな王宮のてっぺん、ラメラメ金箔のドームに、何やら人影が…
キョロキョロあたりを慎重に見回し…
くるくるっと華麗に回転しながら、ラメラメ瓦の屋根を駆けぬけ、ひらりと宙を舞い、香りの風に乗って――
シュタッと見事な着地!
「よ〜しっ、今日もカリカリ日和っ☆」
カリカリ王国が誇る第一王女にして、神話級のカリカリ依存を持つ少女。
その名は――
アルマ・クリスピーナ・デ・カリカリス。
通称、カリカリ姫。
16歳の姫は、太陽のように明るく、自由で、おてんばな女の子。
赤毛がかった明るいオレンジブロンドの髪は、光に当たるとカリカリのようにサクッとした輝きを放つ。
大きな瞳はキャラメル色、ちょっぴりつり目気味で、イタズラっぽい笑みがよく似合う。
背はちょっと小柄で、動きは素早く、まるで猫のようにひらりと跳ねる。
いつも羽織っているのは、裏地に“緊急カリカリポケット”がついた王家特製の赤いマント。
そんな彼女は、幼い頃から香りへの興味が人一倍強く、史上最年少で"封香師"の資格を手に入れた天才少女である。
封香師とは――
古の香を封じる者。
特別な香料と儀式で、記憶や感情など、目に見えないものを香りに封じ込める術師。香りの調合で人の心を癒したり、特定の感情を呼び起こしたり、失われた記憶を一時的に呼び戻すこともできると言われている。
カリカリ姫が持っている魔法の杖は、先端に取り付けられた小さなカリカリ型クリスタルから、時々“おやつ”が出る謎の仕様。(これ、バグじゃなくて仕様だから!とは本人談)
厳格な王と気品あふれる王妃をよそに、姫は毎日こっそり街へと繰り出し、民とふれあい、笑い合い、カリカリを配って歩く。
「おっと、執事のギザ眉おじさんに見つかったら、カリ禁されるからね!風になれ〜〜!」
ふわっと舞う赤いマント。
「今日はとっておきを持ってきたよ!」
元気いっぱいに市場へ駆けてゆく。
今日は、カリカリ姫が特別なレア素材を使って調香した「激レア姫フレーバー」が販売される日なのだ!
「はいっ!本日は〜〜ッ!」
『初恋ミントと涙のツナ節ブレンド!』
――言うが早いか、村人たちがどっと押し寄せてきた。
カリカリ屋『カリっと一粒亭』の前は、あっという間に長蛇の列。
「姫!いつもいつも、楽しみにしておりますっ!」
「先日の『癒しのカリカリチャウダー味』なんだか懐かしい香りに包まれて、心が落ち着きました!」
「えっ!マジ?嬉しい〜〜!また頑張ってレア素材、探してくるね〜♪」
そんなこんなで、今日もまたたく間に完売御礼。
王宮では怒声が響くころだが、カリカリ姫は気にしない。民の笑顔こそが、彼女のごちそうなのだから。
その頃、王宮では――
金と白で彩られた、大理石の玉座の間。
「……またか」
深いため息をついたのは、国王、カリオストロ・ゴルディウス三世・デ・カリカリス。(通称カリ・ゴールド三世)
額にはいつもの通り、カリカリの紋章入りの王冠がピシッと乗っている。
「本日も『姫、街に脱走』の報告が上がっております。しかも本日は“激レアフレーバー”まで販売されたとか……」
ギザ眉の執事長が、書状を手に眉間にしわを寄せる。
「まったく、あの子は……。民と触れ合うのは悪いことではない。だが、もう16歳。そろそろ自覚というものを……」
隣の王妃、シルヴィアーナ・ルミエール・デ・カリカリス(通称カリ・シルビア)は、そっと夫の手に手を重ねて言う。
「陛下、あの子には、あの子の道があるのかもしれませんわ。けれど――婚約のことは、避けては通れませんもの」
政略結婚――
それは、カリカリ王国と隣国モフリア王国との和平を保つための古き契約。
その許婚とは、モフリア王国の第三王子、モフール・グリーニアス・アーボリス六世・デ・モフルビア。(通称モフール殿下)
「あの子は“婚約”という言葉を耳にすると、床に寝転んで『自由を愛してなにが悪いの〜〜!?』と叫びますのよ」
王妃がやや困惑顔で言う。
国王も苦笑いだ。
「わかっておる、あの子は……我らに似ず、情熱と自由のかたまりだ」
「まぁ、誰に似たのでしょうね?」
「……君では?」
「いいえ、あなたです」
…………
しばし、微妙な静寂が流れた。
「モフール殿下は、誠実で優しいお方だと聞く。だが、姫は“香りとカリカリの運命的出会い”以外、受け入れぬと言っておる……。我が娘ながら、まったく手がかかるな」
「でも、そんな姫だからこそ……民からあんなに愛されているのですよ」
玉座の間の大窓から、街の様子が見える。
賑わうカリカリ屋、笑顔の人々。
その真ん中で、太陽のような笑顔を振りまきマントをひるがえす姫の姿。
一瞬、目を細め微笑ましい笑顔になったように見えたカリ・ゴールド三世だったが、慌てて首を横に振る。
「……さて。そろそろ、姫を連れ戻さねばなるまいな」
「また“あの手”を使いますの?」
「もちろん。お仕置きの"カリカリ絶ち”だ」
「まあ……」
――その日の夕暮れ。
カリカリ王国には、妙なうわさが広がっていた。いつもと違う風が、姫の鼻先をかすめる。
「北の森に、珍しい“カリカリ光”が差し込んだらしいぞ」
「あれは不吉の兆しじゃ。前に見たときは、町のカリカリ屋が全部“しっとりタイプ”になったんじゃよ……」
そんな話を聞いたカリカリ姫は、キラリ☆と目を輝かせた。
「しっとりタイプ!?まさか……伝説の香草“ミントティアラ”が、ついに目覚めたってこと!?」
ミントティアラとは、昔々、風の封香師が生み出したと言われる幻のハーブ。
ひとかけら加えるだけで、どんなカリカリも「ふわっ、さくっ、とろ〜ん♪」になるという、奇跡の調合素材である。
その香りは“爽やかミント+華やかバジル+恋の予感”。
もう一度言おう、恋の予感(個人差あり)
しかも、ミントティアラは年に一度、ほんの一瞬だけ、北の「フサリウッドの森」に咲くという噂だ。
──ってことで、姫はさっそく例によってマントの裏に緊急用のカリカリを詰め、執事長の目をかいくぐってフサリウッドの森へ出かけたのであった。
フサリウッドの森は、思っていたよりもモフモフしていた。
空気はしっとり、草むらからは不思議な香りがふわふわと漂い、耳の先がピリッとするような気配さえ感じられた。
「むむっ、この空気……カリカリが湿気る予感……!よし、カリカリ保護結界、展開!」
姫はマントをバサッと翻すと、腰元のカリカリポーチに透明な結界を張った。(本人いわく封香術の応用技)
そして、ミントティアラを求めて奥へ奥へと進んでいく。
──まず最初に出くわしたのは「眠り草の丘」
名の通り、ここに足を踏み入れると眠くなってしまうという伝説の場所である。
姫は一歩踏み入れてすぐ、ふぁ〜っとあくびをした。
「はっ……まさか、これが“草の催眠”!?……いや、昨日夜更かししたせいかな……ふぁ〜っ」
その時、草の中でモゾモゾと何かが動いた。
「どっから来たのさ、赤いマントの子」
現れたのは、モサモサ毛むくじゃらの不思議な猫。顔の半分が葉っぱで覆われ、声はのんびりしていた。
「私は“くさひげ”。この森の香り番。
よそ者には道を教えないことになってるけど……あんた、妙にいい匂いさせてるね?」
「へっへっへ、今朝のカリカリ風呂の効果かな!“ローストチキン香”と“焦がしサバ節ミスト”のダブルでね!」
「なるほど、こだわってるね。……じゃあ、ちょっとだけヒント。
ミントティアラを探すなら、“風のない場所”を探すといいさ。
逆に、風のある場所は、ニセモノの香草が騒いでるだけだよ」
「ニセモノがあるのっ?」
「あるさ。“ミンミンティア”とか、“ミットリアラ”とかね。うっかり使うと、カリカリがネバつくよ」
そんな忠告を受けて、姫は眠り草の丘を抜け、次に「ささやきの谷」へと足を踏み入れる。
草木が風にそよそよ揺れている。
耳を傾けてみると、何かささやいているように聞こえてきた。
「こっちだよ〜、いい香りがあるよ〜」
「あっちに行った方が、もっとカリカリだよ〜」
「あっちは危ないよ〜、そっちに行きなよ〜」
「カリカリ食べたいなぁ〜〜」
「ちょっ、今の最後の声、私の心の声だったかも……!」
姫は両手で耳を押さえつつ、笑いながら谷を走り抜ける。
しばらく走ると、木々のざわめきもなく、空気がぴたりと止まった小さな空き地へたどり着いた。
そこはまるで、時間そのものがゆっくり流れているような場所だった。
姫の鼻先を、ふわりと何かがかすめる。
クンクン…
ミントのような清涼感。バジルのような華やかな香り。そして――恋の予感(しつこいようだが個人差あり)
「……これって……!」
そこには、他の草とは違い、葉先がきらめくように淡い銀緑を帯びた一本の草が、可憐に咲いていた。
花びらの中心には、ほんのりピンクのハート型の模様が……!
「ミントティアラちゃん!!!」
姫は目を輝かせ、両手で香草を包もうとした――そのとき。
「うかつに触っちゃいけないよ!」
不意に背後から声がした。
振り返るとそこにいたのは、フサ毛に包まれた小柄なおばあちゃん猫。
白と緑の混じった毛並みに、ミントの葉を挿した帽子。背中には大きな風呂敷包みを背負っている。
「ひゃっ……!?お、おばあちゃん、猫!?」
「わしはミントばあちゃんじゃ、ただの猫ではない、猫精霊さ。あんたこそ、妙にいい香りさせてるじゃないか。チキン?いぶりがっこ?いや、焦がしサバかねぇ?」
「すごい嗅覚……!てか、あのほら、見て見て!ミントティアラ見つけちゃったの!!」
カリカリ姫は興奮気味に、不思議な草を指差した。
その草はほんのり光を帯び、まるで風の中に生きているようにゆらゆらと揺れている。
「……ふふ。香りが導いたんだね。あんた、“封香師”……いや、それだけじゃない。何かが、目を覚ましかけておる」
「え、なにその意味深!」
ミントばあちゃんはニヤリと笑い、風呂敷から毛玉占いの石を取り出す。
もふもふの前足で石を転がすと、それは静かに、しかし確かな力で輝き始めた。
「フサフサの風が騒いでおるよ……運命の香りが、変わり始めておる…」
その瞬間――。
足元の空気がビリッと震え、空間が“もふっ”と音を立てて裂けた。
「えっ、もふっ!?えええええええ!!?」
開いたのは、モフモフと星の粒が舞う時空の裂け目。
そこから吹いてきたのは、甘くて懐かしい、どこか知らない香りの風。
姫の体がふわりと浮かび、香りの光に包まれていく。
「……これって、異世界……?」
そして――
カリカリ姫は、まるで夢のしっぽを掴むように、“別の世界”へと吸い込まれていった。
「ふふ…モフの風に乗れたようじゃな。
さあ行くがいい、香りに導かれし者たちが――おぬしを待っておるよ……」
どこか遠くから、ミントばあちゃんの声が聞こえた気がした。
その姿が消えたあとも、空間には淡い香りと、ミント色の星たちが、ふわふわと漂っていたという……