【第11話】風をまとうモフの背に
フサフサ王国の遥か南方、灼熱の砂がすべてを覆う大地に、神話にも語られる不思議な国がある。
その名は──クリンクリン王国。
空を焦がす陽光は金のように輝き、風は絶えず砂を巻き上げる。
この地に生きる民は皆、生まれながらにして螺旋状の毛を授かり、それを誇りとし、神聖なものとして育むという。
王国の中心には、巨大な寝ぐせ状の岩山がそびえ立ち、「神毛の迷宮」と呼ばれる伝説の地が存在するらしい──
語られる伝承によれば、
この地には「三種の神毛」のひとつ、
黄金のうねりを持つ、金の巻毛が眠るという──
だが、いまだかつて……
誰ひとりとして、その神毛を見た者はいない。
「さて、一つ目の神毛『金の巻毛』を求める旅の始まりですな。ちと長旅になりますぞ」
バルフォン老が静かに言った。
このクリンクリン王国、フサフサ王国から歩けば二週間はかかる道のり。
しかも、途中には毛嵐の谷や、静電気の砂丘といった危険地帯も……
カリカリ姫は、全身トゲトゲになる姿を想像してブルッと身震いする。
そのとき、ニャーカス団のオレオ団長が現れた。真っ黒な毛に黄色い瞳を光らせながら……
「皆様ご安心を。猛獣ショーの三匹、
ガオウ、ビャッコ、ミケランジェラをお連れなさい。背に乗って進めば、五日もあれば辿り着けるでしょう。もちろん、無事なら……ですけどニャ〜」
皆で城の広場へ出ると、
オレオ団長がゆっくりと両腕を大きく広げた。
その瞬間──
砂を巻き上げる烈しい風が吹きすさび、次いで、ぴたりと止む。
静寂が訪れ、空気が張りつめる。
「──来い! 我が誇り高き友よ!」
大地が、低く唸った。
耳の奥に響く地鳴りと共に、広場の石畳がわずかに震える。
そして、城門の向こうから現れたのは──
地平線の向こうから、黄金の稲妻が走るかのように、燃える陽光を背に現れた、獅子王『ガオウ』
たてがみは真紅と金に輝き、ひと振りで砂を薙ぎ払う。
その瞳は鋼のように冷たく、しかし仲間には限りなく温かい。
続いて、雪嵐のような白い影が大地を駆け抜ける。
白銀の毛皮を纏う幻獣『ビャッコ』
その足取りは風そのもので、踏み出すたびに砂粒さえ追いつけない。
しなやかな体躯から放たれる気配は、雪嶺の静けさと同じく澄んでいる。
そして最後に現れたのは、漆黒と琥珀の縞模様をまとう影──
流星のような瞬発力を誇る狩人
《ミケランジェラ》
瞳の奥で黄金色の光がきらめき、ただ一度の跳躍で獲物を仕留めると言われている。
ガオウが低く吠える。
ビャッコが静かに首を垂れる。
ミケランジェラが空を仰ぐ。
三匹が並び立つと、空気が震えた。
ただそこにいるだけで、広場全体が神話の舞台へと変わる。
オレオ団長は胸を張り、誇らしげに言い放った。
「──これぞ我が相棒、フサフサ王国が誇る伝説の猛獣たちニャ!」
その迫力に、伯爵も王子も姫も思わず息を呑む。
「さて!」
オレオ団長が手を打ち、空気が一気にほぐれた。
「では、誰がどの子に乗るか、決めようじゃないかニャ!」
モコモコ伯爵のしっぽがスッと静かに立ち上がった瞬間、ガオウのたてがみがふわりと舞い上がった。
「まずは伯爵殿。そなたには王の風格にふさわしいガオウを」
「ふむ、我がしっぽの輝きと互角に渡り合える毛並みだな」
モコモコ伯爵は満足げにうなずく。
ガオウは、静かに頭を下げた。
伯爵が優雅に背に乗り、しっぽが風にたなびいた瞬間、周囲に光が差した。
「クサクサ王子には……うむ、軽やかなビャッコが良いだろう。しなやかな足取りゆえ、移動中に草を愛でる余裕もあるはずニャ」
「君の毛は、朝露の匂いがするね!」
王子はすでに毛皮に顔を埋めていた。
「ビャッコさん、よろしく……」
ビャッコは目を細め、そっと足元の小さな草を守るように歩み出した。
「優しい、この子!植物守ってる…!」
王子が泣きそうになると、ビャッコはそっと頭をすり寄せた。
「カリカリ姫には──ミケランジェラが相性ぴったりだニャ!」
「え!なんかこの子、目がキラッキラしてる☆」
「それは姫が放つカリカリの匂いを嗅ぎつけた証拠ニャ」
「へ〜〜い!!ミケランジェラ!」
姫がミケランジェラに飛び乗ると……
「選んだね、我が芸術旅のパートナーを…!我らは今、カリカリの旋律に導かれる…!」
「いやごめん、ちょっと何言ってるかわかんないけどテンション好き!!」
二人でカリカリの香りを嗅ぎながらスピンジャンプし、砂地に意味不明な模様を刻みつけた。
そんな3組の決定を見ていたツルンポコ&ポコツルンは、取り残されたように立ち尽くす。
「……オレたち、どうするツルン?」
「走るか。気合だポコ!」
「いやいや無理だって!!」
「なぁなぁ団長!オレらも相棒ほしいポコ!!」
「もちろんニャ!ツルンポコ、お前は姫と一緒にミケランジェラに。
ポコツルン、お前は王子とビャッコに乗るがいいニャ!」
「よっしゃー!ミケランジェラ、オレ様と飛ばすポコ!」
「兄ちゃん、ビャッコのほうが速いらしいぞ……へへ、俺の勝ちだツルン!」
「なにぃ!?」
三匹の猛獣と、それぞれの主と、その横にしれっと収まったツルポコ兄弟。
王国広場には、壮大かつ少し不安な旅の始まりの匂いが漂い始めた。
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「さあ、キミたち!この三匹に乗って、灼熱の砂漠を越えるのニャ!寝ぐせ族のもとへ行くのニャ!!」
オレオ団長が両手を広げ、高らかに叫ぶ。
「……ふむ。灼熱の旅に、毛と牙を備えた仲間たち。ようやく我がしっぽも、冒険の風を感じてきたようだ」
モコモコ伯爵は、力強くしっぽを振った。
鐘の音が、遠くの城下に響いていた。
そして旅立ちの朝──
王国中の民たちに見守られながら、クリンクリン王国を目指し、一行はいよいよ出発の時を迎えた!
「では──皆々様の健闘を祈る!!」
オレオ団長の号令とともに、三匹の猛獣が地面を蹴った。
広場に砂埃が舞い上がり、城の門を抜けた瞬間、旅の風が一行を包み込む。
……だが、その足並みは早くも乱れ始めた。
ガオウは威風堂々と真っ直ぐに、ゆったりと歩みを進める。背に乗るモコモコ伯爵は優雅にしっぽを揺らす。
ビャッコは少し歩くとすぐに歩みを止め、風に耳をなびかせ涼しい顔をしている。再び歩き出そうとすると、クサクサ王子が叫ぶ。
「待って!そこのクローバーだけ見せて!すっごくレア種だよ、たぶん」
ミケランジェラは、気まぐれに左右へジグザグ走行、姫とポコツルンは必死でたてがみにしがみつく。
「ねぇ!?今の岩、顔に見えなかった!?」自由奔放に走り回りながら、姫に謎トーク。
カリカリ姫
「落ち着いて!?前向いて!前!!」
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「……にゃっはっは、想像以上にカオスですにゃあ〜」
遠くから双眼鏡で様子を見ていた団長が笑いながら大きな声で叫んだ。
「おーい!二手に分かれるな!分かれるなだニャ〜ッ!」
だが、猛獣たちはまるで聞いていない。
三匹は勝手に速度を上げたり下げたり、時には横並びで張り合い、時には三方向にバラける。
こうして一行は、笑い声と砂埃を巻き上げながら、ゆっくりとクリンクリン王国への長い道を進み始めた。
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しばらく道を進むにつれ、三匹の猛獣たちの足並みは少しずつ揃いはじめた。
最初は振り落とされそうになっていたツルポコ兄弟も、なんとかリズムを掴み、背中の揺れに身を任せられるようになる。
やがて、太陽が傾き、空が茜色に染まりはじめた頃──
「あれ、道の真ん中に、なにか丸いのがいるぞ?」
クサクサ王子が目を細める。
遠くからでも分かる、大きなボールのような影。
ズシ…ズシ…ズシ…
影が近づくにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。
全身を硬い甲羅で覆った巨大なアルマジロ──「マルマルロ」だ。
黒い瞳がきらりと光り、鋭い爪で地面をガリッと掘り返す。
「にゃはは!あんなの敵じゃない!」ポコツルンが持っていた棒を握りしめた。
「いけぇ!猛獣隊!」
ツルンポコも勢いよく号令をかけるが──
「我が一喝でひるませてくれる!」
ガオウの咆哮が響き渡ると、マルマルロはブルッと震え──くるりと丸まり、まるで鉄球のようになった。
ビャッコは空中で身をひねって飛びかかるが、転がるマルマルロに思わずチョイチョイと手が出る。
ミケランジェラに至っては、鼻息を荒くし、サッカー選手のようにマルマルロを高速ドリブルし始めた!
その横でツルポコがマルマルロと仲良くコロコロ遊びだす始末……
「ちょ、戦って!遊んでる場合じゃないって!」
カリカリ姫が必死に叫ぶ。
猛獣たちの予測不能な動きにマルマルロは混乱し、最後には勢い余って森の奥へコロコロ転がっていった。
「……勝った、の……かな?」
クサクサ王子が首をかしげる。
「いや、たぶん……逃げられた?」
カリカリ姫も半信半疑だ。
それでも残ったのは安全な道と、なんとなくの、達成感。
「結果オーライだ!」
モコモコ伯爵が高々と右手を挙げて勝利宣言、再び一行は夕焼けの中を進みはじめた。
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日が暮れる頃、砂漠の風はやや冷たさを帯びていた。
太陽が沈み、空の色が群青に染まる頃──
一行は、小高い砂丘の陰に小さな野営地を作った。
パチパチと薪のはぜる音が、静かな砂漠に心地よく響く。
焚き火の周りには、三匹の猛獣がそれぞれの相棒を包み込むように横たわる。
ガオウの金色のたてがみ、ビャッコの白毛、ミケランジェラの絹毛──
どれも温かく、柔らかい。
星空が果てしなく広がり、風は静かに砂をなでる。
「…こんなに星ってあったんだね」
王子がぽつり。
「カリカリより多いよね…いや、やっぱカリカリのほうが多いか!」
姫が小声で返す。
「ふむ……星々も、我らの旅路を見守っておる。進むべきは、黄金の巻毛が、うにゃ、眠る地……にゃおん……今宵は良き……眠りが……ごろごろごろ……」
いつの間にか、こっそりモコモコ伯爵のしっぽに包まれていたツルポコ兄弟は、ふわふわの海に沈むように、すやすやと眠りに落ちていた。
「ま、まぁ……寝るときぐらいは……OK、なのかな?!」
姫と王子が顔を見合わせて笑う。
風がやさしく砂をなで、
星々がまるで夢のように瞬くその夜。
フサフサな寝床に包まれて、旅人たちは、それぞれの夢を見ながら、静かに眠りについた。




