【第1話】まだ静かな、モフの序章
全モフ泣いた!いや、笑った!(壮大なファンタジーになる予定)
俺の名は、シロジ──
いや、ゲホッゲホッ……ウォッホン!
仕切り直しだ。
俺の名は、
シルジーノ・フランボワーズ・ヴォン・ル・チャトリエ七世。
(ちょっとドヤ顔)
かつて異世界に存在した幻の猫王国「グラン・モフモフ王国」では、伝説の貴族猫であった。
界隈では「泣く子も黙る白影の帝王」「白い稲妻」なんて呼ばれたもんさ…
俺の毛並みは、朝露の輝きをそのまま編んだような純白のシルキーコート。
陽の光を浴びれば銀色にきらめき、月の下では青白く光を放った。
だが、最も語り継がれているのは、そのしっぽ──。
「銀嶺のフサ尾」と呼ばれたそのしっぽは太く、ふわりと広がり、世界を優しく包み込むような、まるでしっぽ界の雲海。
一振りすれば風が止まり、二振りすれば音が眠りにつき、時がそっと立ち止まると言われたものだ。
風を読み、空気を操り、影すら撫でるそのモフは、見た者の記憶に永遠に焼きついた……
黒猫「お〜いシロ爺〜!またうっとり顔になってんぞ〜」
シルジーノ「誰がシロ爺じゃ!!」
茶トラ猫「だって3回言ってみろよ!」
黒猫「シルジーノシルジーノ白爺の!」
茶トラ猫「ほらみろ!白爺じゃねぇか」
シルジーノ「……やめろと言っておろうが!シャーーーーッ!!」
黒猫「出た〜、伝説のシャー!がよ」
まあいい。
遥か昔の話だ。
今の若いもんには、わかるまい。
実際のところ、異世界にいたことも、現実なのか夢なのか、自分でもよくわからなくなってる。
すっかり老いぼれたな。
余生はこの世界で、まったりと昼寝をして過ごすと決めたんだ。
ふぅ……
シルジーノは大きな溜息をひとつ、また眠りについた。
次の瞬間、
「なっ……い、痛たたたっ!!」
突然、自慢のしっぽに痛みが走った!
慌てて振り向くと、そこには――
……カミツキガメ!?
いや、カミツキガメの生まれ変わりかと思うほどの食いつきっぷり。
しっぽをくわえて離さない、小さな影。
「カプカプカプ!!!」
見かけねぇ顔だな。
その毛並みは、金と焦げ茶の織りなす美しいキジトラ模様。
口元は白く光り、まるで聖印のよう。
ちょっと大きめの耳がピンと立ち、
まんまるな瞳の奥にはミステリアスなモフオーラが宿っている。
そして何より――
そのしっぽ。
まるで狐のような、いや、綿あめのような奇跡的なフッサフサのモッフモフ!!
風が吹くたび、しっぽの毛先がふわりふわりと舞い、周囲の空気さえ、ちょっと尊くなった気がする。
それはまさに――
シルジーノはふと、背中の毛がざわつくのを感じた。
「お前、もしかして……
“選ばれしモフ”か?」
影の正体、フッサフサのキジトラ子猫は、急にぴた、と動きを止め、まるで王のような目でこちらを見上げてきた。
どこか、遠くから……懐かしい何かが呼んでいるような――
「みゃあ!カプカプカプ!!!」
…な訳ねぇか。気のせいだ。
「俺を呼ぶやつなんて、もういねえよ……」
それにしてもまだ随分小さな子猫だ。
母親とはぐれたのか?
仕方ねぇな……
シルジーノは、その子猫に「モコ」という名前を付けた。
まだ世間知らずで、モフッと無邪気で、あちこち危なっかしいモコに、この世界の生き方――獲物の捕り方や身の隠し方、そしてモフの流儀まで、少しずつ教えた。
――いいか、モコ。美しさだけでは、猫は生きてゆけぬ。モフは試練と共に磨かれるのだ…
「しっぽは高く、しなやかに」
「モフで風を読め」
「モフセンサーを研ぎ澄ませろ」
「モフは武器にも盾にもなる。モフは偽装、モフは魔法、忘れるな!」
いや〜、実に奥深いモフ指南であった。
シルジーノはふと、モコの頭をぺしっと軽く叩いた。
「おまえのモフには貴族の香りがする。気高く、ふわりと、風と踊るような」
モコ:「(ごろごろごろごろ……)」
「モフはおまえのすべてだ。だが、“どう使うか”は、おまえ自身が選ぶこと」
「みゃぅ〜ん?」
モコは不思議そうに、首を傾げた。
―――――
そんなある日。
いつものようにモコが、きらきらモフモフボディでこっちを見て、お尻をフリフリしている。
目が真剣そのもので――
そう、カミツキガメモードである。
どんなに教えても、モコの噛み癖は治らなかった。
どうやらこれは、モコ流の愛情表現らしい。
「まったく…
顔だけはやめてくれよ……」
そう思った瞬間、シルジーノの目の前に、モコの顔がすっと近づいてきた。
吸い込まれそうな丸い瞳、ふわふわのヒゲ、ちょっと湿ったピンクの鼻。
そして――
鼻と鼻が、チョン♫と触れ合ったその瞬間。
モフッ……。
ふたりの世界は、ふわりと浮かび上がった。
空気が柔らかく震え、景色がゆっくりと滲んでいく…
白い光が、風のように、音のように、ふたりを優しく包み込んだ――
「ムキュッ」
少し不安げに、小さく鳴くモコ。
どこか遠くから、優しい声が聞こえる。
よいか、モコ。
これより開かれる扉の先、世界はきっと荒ぶるであろう。
だが忘れるな──
モフあるかぎり、優雅は絶えぬ光のごとく、そなたを照らすであろう。
たとえその身がどこへ迷おうとも…
さあ、この鼻先にて契約を。
我がモフもまた、おぬしと共に在らん。
しっぽを掲げよ、若きモフよ──
これより我ら、風の異界へと旅立つ…
モフの道を、気高く進まんことを──!