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第九話 魔王、回転する食を知る

大学の講義がすべて終わった頃、我らは校門を抜けて外に出た。

《幻靄の外衣インヴィジア・コート》は、すでに解除済み。

通行人の視線が再び集まるが、我は気にしない。


「ラグナさん、今日はいろいろありがとうございました。……復讐の手伝いまでしてもらって」

「ふん。我にとっては朝飯前──否、“昼飯前”の所業。造作もないわ」

「……言い方だけは完全に魔王なんだよなぁ」

「だが、礼を受けるのは嫌いではない。そなたの言う“ご馳走”とやら、ありがたく受け取っておこう」

「じゃあ、ちょっと歩いた先にある回転寿司でどうです?」

「回転……寿司?」


我はその言葉に、思わず首を傾げた。


辿り着いたのは、明るく清潔感のある店。

入口をくぐると、店内にはベルトのような帯が空間をぐるりと巡っていた。

その帯には──様々な料理が、皿ごと乗せられて回っている。


「……っ、これは……!?」


我は即座に術理を思い浮かべた。


「制御された軌道に食物を乗せ、任意のタイミングで選択可能にする……この“選択的食流環”、見事な術式構造だ!」

「いや、魔法じゃないから。ただの回転寿司だから」

「この構造は“供給の均一化”と“視覚誘導”を両立している。あまつさえ、距離の近い客ほど早く好物を取れるよう設計されている……まさに“競争型選択儀式”!」

「ラグナさん、一旦落ち着いて。人の目、集まってます」

「む、すまん。……つい、興奮してしまった」


席に案内されると、我は早速ベルトの上を流れる皿の数々に目を奪われた。

白と赤の魚、巻かれたもの、玉子、えび、貝──どれも一口大で整っており、食欲をそそる造形美。


「この色彩と構成……料理というより、“美術”だな」

「食ってみればわかりますよ。うまいっすよ、寿司」


我は慎重に一皿を手に取る。

小さなシャリに海老が乗った握り──それをそっと口へ運ぶと──


「……っ!!」


一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

口内で米がほぐれ、えびの旨味が広がる。酸味と甘味と食感が、絶妙な均衡で交わっている。


「これは……我が知るいかなる素材変換術よりも……調和が取れている……!」

「ラグナさん、目見開きすぎてて逆に怖い」


数皿を平らげた後、我はふと目の前にある板状の装置に気づいた。

他の客がそれに触れるたび、何やら画面が切り替わり、寿司の種類や数が表示されている。


「これは……注文用端末か?」

「そうです。流れてないネタはここから追加できるんですよ」

「ふむ……試してみよう」


我は指先で装置に触れる。画面がすっと切り替わり、皿に乗った寿司の写真が並ぶ。

ページをめくるたび、鮮やかな映像と選択肢が次々に現れ──


「……っ、これは……もはや“食の魔導書”!」

「だから違うってば……」

「文字、画像、選択、そして確定……構造がまるで魔術陣の詠唱過程に酷似している。目的の“物”を“言語と意図”で召喚するこの仕組み……!」

「いやだから、召喚じゃなくて注文……」

「山岡、そなたの世界では、“召喚術”をここまで一般化しているのか?!」

「してないです!!」

さらに我の視線は、机の端に据えられた“蛇口”のような装置へと向けられる。

その横には湯呑と、筒に入った粉のようなもの──


「これは……給湯装置……?なぜ食卓に?」

「粉茶を入れて、お湯注いで飲むんですよ。ほら、これ使って」


山岡が抹茶色の粉末を湯呑に入れ、蛇口をひねると、熱い湯が流れ込む。


「……これは“個人用熱水生成器”!?まさか茶までセルフとは……!」


我もすぐに真似て湯を注ぎ、両手で湯呑を包んで鼻を寄せた。


「……香り高い……温かい……そして、どこか懐かしい……」


ひと口、口に含むと、そのまま目を閉じる。


「ふぅ……これは良い……食と熱と香りの儀式だ」

「もはやなんでも儀式って言うのやめません?」


そこからのラグナは、止まらなかった──


エビ、サーモン、炙りマグロ、貝類、巻き寿司、玉子──

流れる寿司は片っ端から手に取り、タッチパネルからも限定メニューや季節ネタを次々に“召喚”。


「この“穴子”という魚……ふわりとして、まるで雲のようだ」

「“いくら”……これは宝石か!?口の中で弾けたぞ!!」

「この“炙り”という概念、地球独自の発想だな。火を直接使うのではなく、香ばしさだけを乗せている……!」


──まさに、感動のオンパレード。

その横で、山岡はひたすら湯呑をすすりながら、冷や汗を流していた。

「……いや、ちょっと待って。ラグナさん、皿……今、何枚?」

「ふむ?確かに数えていなかったな。今ので……たぶん三十枚目ぐらいか?」

「いや、“たぶん”のレベルじゃないんですよ!?その皿、色が違うやつも混ざってるし、値段高いやつも……!」

「山岡。美味いものを前に、値段を気にするとは野暮というものだ」

「俺の財布が気にしてんの!!!」


一通り食べ終えたラグナは、空になった湯呑をテーブルに置き、満足そうに立ち上がった。


「……寿司、大変気に入った。また来よう。いや、必ず来るとしよう」

「もう来ないでください……」


会計時、伝票を見た山岡は顔色を失い、レジの前で一度深呼吸してから、意を決して財布を開いた。


「はい……ありがとうございましたー!」


笑顔の店員とは対照的に、山岡は半泣きだった。


店を出ると、ラグナがふと山岡の様子に気づいた。


「……山岡。そなた、金に困っているのか?」

「え、まあ……そりゃあんなに食べたら……」

「ならば。我の術式で“増やしてやろうか”?」


その一言に、山岡は思わず足を止めた。


「……えっ!? え、それマジで!?すごいっすね魔法って!じゃあ一万円札とか──」


言いかけて、ぴたりと口を止める。

山岡の脳内で“現実”が音速で再生された。

財布に増えた札束。

製造番号が同じ紙幣達。

そして、警察署で「こちらへどうぞ」と言われる自分──。


「……あっ、あああああああっぶねぇ!!!」


山岡は全力で我の口を両手で塞いだ。


「やっぱダメー!!魔法でも警察には勝てねぇー!!」

「ふむ。世界は異なれど、“通貨の神聖性”は共通か。勉強になるな」

「勉強になってる場合じゃないです!!!」

読んでいただきありがとうございます!

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