第四話 地球の清掃術は侮れない
復讐計画がまとまり、魔術の構成もおおよそ固まりつつあった頃。
ふと、我は気づいた。
「……む。ここに長く居るとなると、少し気になるな」
床には脱ぎっぱなしの衣類、隅には埃の層が見え、ゴミ袋は口を縛られないまま壁際に寄せられている。
生活臭と怠惰が、空間に染みついていた。
「この部屋……これから我が過ごすには、ややみすぼらしすぎる」
我がそう呟くと、山岡はピクッと肩を揺らし、気まずそうに目を逸らした。
「……あー、すみません。最近、色々あって……全然片付けてなくて……」
落ち込んだような声と共に、山岡は立ち上がると散らかった床に手を伸ばし始めた。
床に落ちたプリントや空のペットボトルをかき集め、脱いだままのシャツを畳んで押し入れに突っ込む。
「とりあえず……片付けます。異世界から来た人にこの部屋はちょっと、申し訳ないです……」
「うむ。見られたくないのであれば、最初から整えておくべきだったな」
「まったくその通りです……」
我が放った一言に、彼は妙に素直に頷いた。やや気落ちしているようにも見えるが、実直ではある。
しばらくすると、山岡は部屋の隅から何やら黒くてずんぐりした筒状の器具を引っ張り出してきた。
「……これは?」
「掃除機です。まあ、ホコリとか吸い取るやつですね。今からスイッチ入れますよ」
「構わん。やってみよ」
山岡がボタンを押すと、「ブゥゥゥゥン」と鈍い低音とともに機械が唸りを上げた。
蛇腹のホースの先端が床を這い、細かな埃や髪の毛、紙くずが吸い込まれていく。
「……これは、空気を吸い込み、負圧で物体を巻き取る構造か。魔力の収束による“小型真空術式”に近いな。物理の工夫によって、ここまで再現できるとは」
「分析しながら見るのやめてもらえます?」
「いや、我としては興味深いのだ。術式を伴わずしてこれほどの吸引力を得る技術は、地球文化の一端として非常に貴重な研究対象だ」
「貴重扱いされる掃除機って……」
我は掃除機のノズルの先を食い入るように見つめながら、その音と動き、吸引の仕組みをじっと観察していた。
「……もしや、これは“汚れ”という概念に対する文化的なアプローチなのでは?」
「考察が深いけど、要するに“掃除”ってことです」
「なるほど、“清め”だな。ある意味、精神衛生と場の浄化を同時に行う術か。面白い」
魔力を用いず、空気の圧力差によって塵を吸引し、室内を清潔に保つ仕組み。
確かに実用的で、手軽で、効率も悪くない。
──だが。
「ふむ。確かに便利ではある。だが、それゆえに、我としては黙っていられぬな」
「え?」
山岡が掃除機を手に止まったまま、こちらを振り返る。
「つまりこうだ。これは確かに優れた道具だが、術士としては“再現可能かどうか”を試すべき局面だということだ」
我はゆるやかに右手を掲げた。人差し指と中指をそっと擦り合わせ、空気の揺らぎに魔力の糸を混ぜる。
「山岡。そなたの文明に敬意を表しつつ、術の一端を見せてやろう」
「マジですか。こないだの複製魔法の次は、清掃魔法……?」
「術式名──《風界・循還陣》」
空気がわずかに震えた。
部屋の中に存在していた塵や紙屑、衣類の糸くずがふわりと舞い上がる。
それらは音もなく旋回し、ゆるやかな渦を描きながら部屋の中央へと吸い寄せられていく。
「へぇー……なかなか綺麗に集まるもんですね」
「空気の流れを精密に操る術式だ。風の道筋を“円”として組み、周囲の微粒子を中心へ導く。器具を使わず、魔力の流動だけで空間を掃除するには、これが最も理に適っている」
集まった塵は小さな山となり、床の中央に整列して停止した。
我は満足気に頷いたが、山岡はその様子を見ながら言った。
「でもそれ、最終的に手で捨てるんですよね?」
「……その通りだ」
「つまり、ゴミを集めるのは魔法でできても、捨てるのは人力なんですね」
「清掃とは“片づけること”ではない。“整理と把握”だ。回収処理まで望むのは贅沢というものだろう」
「めっちゃカッコよく集めたのに、最後ゴミ拾いは地味ですね」
「……工程に無駄があってこそ、文明は進歩するのだ」
我がやや語気を強めると、山岡は笑って誤魔化しながらゴミ袋を取り出した。
結局その後、集めたゴミは人力で袋に詰めて、ベランダのごみ置き場へ。
だが我にとっては、十分すぎるほど意義ある実験だった。
この世界において、魔法と知恵は確かに交差している。
“掃除”という単純な行為一つとっても、彼らは多様な工夫を持っている。
そこに魔術の可能性がないかと問われれば、我は答えよう──
「ふむ……地球、やはり侮れぬ」
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