第二話 地球の食事はうまいらしい
「……ところで、そなたの名は?」
我が尋ねると、男はビクッと肩を揺らした。
「あ、俺ですか?えっと……山岡です。山岡慎一。大学生です、一応……」
「ヤマオカ・シンイチ、か。ふむ……地球の命名法は、響きにやや抑揚が足りぬな。実用性重視といったところか」
「いや、あの……すみません、普通の名前で」
「別に責めてはおらぬ。我が言いたいのは“お前の名は地味だ”ということだ」
「めちゃくちゃ言ってますよね!?」
我は特に意図なく口にしたのだが、山岡はどうにも繊細なようで、またしてもがっくりと肩を落とした。
「では、我も名乗っておこう」
姿勢を正し、我は静かに名を告げる。
「我が名は──ラグナ=ミルハート。魔術を統べし探求者にして、知の彼方よりこの星へ降り立った者」
「……長い。あと、何か色々肩書き多くないですか」
「名とは本来、背負う者の在り方を示すものだ。我が名には、そういう意味が込められておる」
「そ、そうですか……ラグナ……さん」
「“さん”付けは妙に馴れ馴れしいな。“ラグナ様”でも“先生”でも“殿”でも好きに呼ぶがいい」
「……わかりました、ラグナさんで」
あえてスルーするとは、なかなか胆力のあるやつだ。
少し見直した。
と、その時。
山岡の腹が「ぐぅ」と鳴った。
我と目が合うと、彼は恥ずかしそうに顔を逸らす。
「……さっきから何も食べてなくて……」
「食事か。なるほど、地球人も魔力より物質によって生を保っているのだな」
「何か偉そうに言ってますけど、ラグナさんも食べるんですよね?」
「我か?ああ、そうだな。あまり空腹にはならぬ体質ではあるが──美食は好きだ」
「……なんかムカつく……」
「まあ……とりあえず、何か温めれば食えるものはあると思います」
山岡は立ち上がり、部屋の端にある小さなスペースへ向かった。
その隅に置かれた何やら白い直方体の箱──。
「……む?」
我はその物体に近づき、慎重に手をかざした。
金属製で、外からは何の仕組みも見えない。
にもかかわらず、近づくとほんのわずかに冷気を感じる。
「この箱……温度を保っているのか。魔術を使わずして?」
「これ、冷蔵庫です。電気で動いてるんですよ。中、見ます?」
山岡が扉を開くと、中からひんやりとした空気が漏れた。
内部にはパック飲料なるものや調味料らしきもの、そして何やらカチコチに凍った袋が詰め込まれた引き出しが。
「この下が冷凍庫。凍らせて保存するスペースですね。こっちのピラフとか、グラタンとか、温めたらすぐ食えるやつです」
「……なるほど。物質の熱エネルギーを操作し、腐敗を抑えると。なかなか高度な術理だな」
我は興味深く頷きながら、手近な冷凍ピラフの袋を取り上げた。文字だらけの紙に囲まれているが、中身はそれらしい。
「で、それを“温める”には?」
「電子レンジってのを使います。こっちです」
山岡が指差したのは、さらに小型の白い箱。
魔力の気配は皆無だが、妙に“何かしそうな雰囲気”だけはある。
「これに入れて、時間を設定して……はい。スタート」
電子レンジが稼働すると、内部の皿が回転し始め、やがて低いうなりと共に何やらエネルギー的な振動が感じられた。
「……これは……!?内部の水分を直接活性化させている……!?」
「よくわかりませんが、そんな感じです。たぶん」
「なんという精緻な術具だ……!」
目を輝かせながら、我は箱の前に正座してその様子を見守ること数分。
ピーピーという軽い音が鳴ると、山岡が扉を開け、湯気を立てたピラフを取り出した。
「ほら、完成です。どうぞ。熱いので気をつけて」
「……む」
我は一口、レンゲでそれをすくって口に運んだ。
──数秒の沈黙ののち、我は無言で二口目をすくう。
「……うまいな」
「でしょ。冷凍食品、侮れないんです」
我はさらに数口、無心で口へ運んだあと、ふと顔を上げた。
「これほどの技術が魔法なしに実現されているとは……地球、おそるべしだ」
「いや、別にそんなすごいってほどでも……」
「山岡。そなた、魔法というものは信じておるか?」
「は?いや、今目の前に異世界人がいる時点で、信じざるを得ないっていうか……」
「では──そなたに一つ、見せてやろう」
我は空になりかけた皿の上に手をかざし、指を軽く鳴らした。
その瞬間、皿の上にふわりと光が走り、再び湯気の立つピラフが現れた。
「……え?」
「複製術式。消化前であれば、物質構造と熱量情報を一時的に保持し、再構築が可能となる」
山岡は口を開けたまま、ピラフを凝視していた。
「……ま、待ってください、それ……魔法って……え、本物?」
「本物だ」
「……ずるくないですか、それ!?」
──食後、彼は目を輝かせながら「これ、金儲けに使えませんかね」と言ってきたが、我にとって魔術とはそういうものではない。
その説明は、また後にすることにした。
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