第十六話 心霊の正体
山岡が出て行ったのは、昼を少し回った頃だった。
「じゃ、そろそろバイト行ってきますね。ラグナさんは……大人しく待っててくださいよ?」
「……随分と偉くなったものだな。我に指図とは、百年早いわ!」
口ではそう返したものの、あやつが我をこの地球で受け入れてくれているのは事実。
礼を言う気などさらさらないが、内心、少しは感謝してやっている。
玄関の扉が閉まり、部屋には静寂が戻る。
「ふむ……さて、ようやく一人になれたな」
我は静かに座り直し、目を閉じる。
「始めるとしよう。まずは、この部屋に漂う“声なき者”たちの気配を把握せねば」
意識を集中し、魔力をゆっくりと外へ広げていく。
空気の密度、温度の揺らぎ、魔的波長の干渉──すべてを感じ取る。
視覚ではなく、感覚だ。
魂が空間に染み出すような、その“残り香”を拾っていく。
「……ふむ、八……いや、九か。どいつもこいつも、思念の密度が薄い。だが──」
ひとつ、強烈な存在感を放つものがある。
怒りでも、憎しみでもない。
何かこう……どうしようもなく切実な“願い”のようなものが、そこには宿っていた。
「一体、妙に強い思いを発しているな……どれ、話し相手に任命してやるか」
我は目を開け、軽く指を鳴らす。
「姿を視せよ──《視魂顕現》」
淡い光が部屋の中に広がり、空間に輪郭の曖昧な“ひとだま”たちが現れる。
どれも儚く、揺れていて、今にも風に消え入りそうだった。
しかし、その中で──ひとつだけ明確な形を持つ存在が、ベランダの方角に見えた。
若い女性。
二十歳前後か。
長い髪が揺れ、空をじっと見上げている。
「おい」
返事はない。
こちらに気づいていないようだ。
「おい!貴様に言っている!」
ようやく彼女が顔をこちらに向けた。
目が合った。驚いたように瞬きをして、あたりを見回す。
「えっ、あたし……? 見えてるんですか?どうして……?」
「我が特別だからだ」
思わずドヤ顔になるのを止められなかった。
だが事実だ。
我がこの世界で唯一、死者と真正面から対話できる存在であることに、誇りくらいは持っている。
「へぇ……。あたしのこと見える人、初めてです。っていうか……あなた、人?」
「当然。我が名はラグナ=ミルハート。かの異世界より現れし、真なる魔術師だ」
「異世界……?マジ?」
「マジだ。で、名は?」
「林道舞って言います。……それで、あたしに何か?」
「用があると言えばある。我が少し貴様に興味を持ったのだ。研究対象としてな」
「あぁ……、そういことなら遠慮なく遠慮しときます」
「ちょっと待てい!そう邪険にするな。貴様、何かやり残したことがあるのだろう?我がそれを叶えてやってもよいと言っているのだ」
その言葉に、舞はふと目を伏せた。
彼女の表情に、わずかな迷いが滲む。
「……あたしにとって、悪い話ではないかもだけど……そんなこと、本当にできるんですか?」
「我に出来ぬことなどない。むしろ“できないことを探す方が難しい”くらいだ。」
「うわぁ……自信満々……。でも、まぁ、どうせ暇だし。ちょっと付き合ってあげますよ、おじさん」
それから我は、舞の死の経緯、残した未練、そして彼女自身のことを一つずつ訊ねていった。
彼女は、自分の命を奪われた日──その日から、ずっとこの部屋に縛られていた。
──そして、時は過ぎ、山岡が戻ってきた。
「ただいまー!ラグナさーん、帰ってきましたよー」
「……帰ってきたか」
「……なんです?改まって」
「紹介しよう。こやつの名は舞だ。見ての通り幽霊だ」
「……え〜と、何も見えませんけど?」
「おっと、すまぬ。お主には視えていなかったな」
我は山岡に視覚共有の魔法《視界重奏》を施す。視界が瞬時に切り替わり──
「うっわ!!ビックリしたー!?え!?この人、本当に幽霊!?普通にそこに人がいるんですけど!」
「言ったであろう。心霊の正体を暴いてやると」
「あー……アレ、本気だったんですね……」
「は、初めまして。林道舞っていいます」
「あ、どうも。山岡真一です……」
「かしこまった挨拶はよい!それより我々はこれから重要な話をするのだ。心して聞け」
こうして──我、山岡、そして“林道舞”。
この三人の、少しだけ奇妙な共同生活が、幕を開けることになる。
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