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ラクエン  作者: 夜月
穏やかな日々
3/4

慌ただしい日々

りりりりり……


控えめな目覚ましの音で目を覚ます。

使用人は、まだ夜が明け切れてもいない内に起床するのが基本だ。主人よりも後に眠り、主人よりも先に起きる。それが、使用人だ。


「ふぁぁぁ……」


ベットの上で大きく背伸びをし、まだ夢の中から抜け出せていない体に刺激を与えて無理矢理にでも夢の中から出てきてもらう。もう少し布団の中に包まっていたいが、そうもいかない。

(この早起き、まだ慣れませんね…)

このお屋敷、織宮家に雇われてから数か月。執事の方や、先輩の使用人、そして…私の大切な主。桔梗お嬢様から色々な事を教わり仕事には慣れていたものの、この早起きだけはどうしても慣れなかった。

桔梗お嬢様に規則正しく、健康的な生活をしてもらうには私も同じリズムで生活しなくてはならない。だが、今までの自分の生活リズムを変えようとするというのは、なかなかに難しいらしい。

「さて…今日も一日頑張りますか」



♢♢♢♢



「本日は、東条様を主賓としたパーティーが催されます。皆さん、決して粗相の無いようにお願い致しますよ」

厚みのあるファイルを抱えた大和執事は、いつもより緊張感のある声色でそう言った。

毎朝必ず行われる朝礼で、先週パーティーが催されると伝えられてから屋敷内は慌ただしかった。隅々まで清掃したり、何百何千とある食器を全て漂白したり、カーテンの埃落としやカーペットの清掃は本当に大変だった。重労働で数も多く、一つ終わればまたすぐに次の仕事を頼まれて、お嬢様と話すどころかお顔を見るタイミングも少なくて、そりゃあ退屈でしんどい一週間だった。

でも、今日のパーティーでやっとゆっくりお姿を見れるかと思うと、胸が高鳴る!お嬢様のお側でお仕え出来ないと、ここに来た意味がない。それなのに…


「はぁ…お前はいいよなぁ」

「はい?何かいいましたか?」

つい数か月前に入ったばかりの新人、伊吹頼は大和執事の指示を一生懸命にメモしていた。勤勉で真面目で物静かで、何事にも必死に取り組もうとする。見た目はそのまんま穏やかで、たれ目気味の優しい顔立ちをしていて、俺とは真逆の鼻につく奴。このお屋敷にきたのは俺とほんの少ししか変わらないってのに。旦那様は、使用人として新米のこいつを、よりによってお嬢様の側仕えにしてしまった。

「そんなに必死にメモしなくても、どうせお前はお嬢様とずっと一緒にいるんだろ」

「そうですけど…でも、細かいところも把握しておかないと、桔梗お嬢様にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんから。それに、こうやってメモをしておけば、なにか皆さんのお役にも立てるかも」

桔梗お嬢様…お嬢様の側仕えの使用人だけが、お名前を呼ぶことを許されるだなんて。この屋敷の古い仕来りが憎い。

「別に。お前の手助けなんていらねーよ」

ふんっと鼻を鳴らし、ポケットに手を突っ込む。無性にムカムカして、自分勝手に伊吹頼に対して敵対心を持っていた。

「こら!ポケットに手を入れるのではありません!」

ゴンッ

「いって!」

鈍い音と痛みが頭上に落ちた。驚いて顔を上げると、目の前には怖い顔をした大和執事。どうらや、大和執事の持っていた分厚いファイルで殴られたらしい。

「本日は大切なお客様がたくさんいらっしゃるのです。姿勢を正して、しゃきっとしなさい」

「へーい」

「何ですか?その返事は」

「は、はい!」

ファイルをちらちらと見せてくる大和執事。威圧感もすごいが、また殴られるのだけは勘弁してほしいので、ポケットから手を出して見本のような直立で姿勢を正した。

「全く瀬月くんときたら…はぁ。少しは伊吹くんを見習いなさい」

「ぐ…」

今は一番聞きたくない言葉だ。悪態をつきそうになるが、ここはぐっと飲み込む。横目で伊吹を見れば、眉尻を下げて困ったような、居心地が悪そうな顔をしている。

(こんな弱そうで、小心者な奴に側仕えなんて勤まるのかよ)

こみ上げてくる不満を握りつぶすように、俺は拳をきつく握りしめた。


朝礼が済むと、俺はパーティーが行われる会場、講堂の清掃を任された。

学校の講堂と同じくらいか、それより一回り小さいくらいか…なんにせよ、バカでかい事に変わりはない。そんな講堂の床掃除と窓ふきを午前中に終わらせるように言われ、溜息しかでない。しかもメンバーは…

「相葉さん、私が水拭きをしますので、先に箒でゴミを集めてもらえませんか?瀬月さんはちりとりと乾拭きのモップを…」

「あー、わかった」

「なんでお前らとなんだよ!」

よりによってこいつと、ほとんど会話したことのない相葉昴。だいたい、相葉さんは司書だからか知らねぇが、いつも図書室に籠っていて屋敷内で見かけることが少ない。見かけても、相手が無口すぎてほとんど話さないし、辛気臭くて苦手だ。

「頼、お前はお嬢様の世話しなくていーのかよ。相葉さんも、なんでこんなところに居るんだよ」

「桔梗お嬢様は、午前中はピアノのお稽古やお勉強がございますので、私はしばらく時間が空くんです。なので、その間に掃除を手伝ってほしいと大和執事から仰せ使いまして」

「俺も…今日は、パーティーがあるから……本棚整理より、客が来る場所の掃除を…あー、手伝えって、言われてんだ…です」

「そうかよ…」

嫌いな奴と、無口で辛気臭いやつ。相葉さんは俺らより3年くらい先輩だが歳は同じか一個上だったはず。だけど、話したことが全然なくて仲良くなれる気がしない。

「俺だって…掃除より、錬金術の本でも…読んでいたかったさ」

「れ、錬金術…ですか?」

「伊吹、興味あるか?」

錬金術と言う言葉に、興味を示す頼。まだまだおこちゃまだな。だいたい、そんなものいったい何に使うんだか。

「錬金術なんてもんがあるなら、ここの掃除もちゃちゃっと終わらせてくれよ」

「あー、錬金術は…魔法じゃねー…ない、です」

「急にまともな事言ってんじゃねーよ。だいたい、なんだよその変なしゃべり方。気になるんだよ」

口が悪いのかと思えば、一応語尾に敬語を付ける。無理矢理治しているんだろうな。

「口癖、なおすように言われてるから…特に、お嬢様の前ではな…です」

「やっぱりそうかよ。でも、俺らの前ならいーんじゃねぇの?歳だって、変わらないんだろ?」

「で、でも相葉さんは先輩ですよ?むしろ瀬月さんが敬語を使わないと」

3年も先輩とは言え、歳は変わらない。でも、上下関係に厳しいであろうこの屋敷なら気にするだろうか。でも

「それなら、相葉さんが俺らに敬語使わなくていーってことじゃん。俺の事も、直也でいーしよ」

「あー…なら、遠慮なくそうさせてもらう‥‥‥伊吹も、あまり気を遣うな」

「は、はい!ありがとうございます…!」

持っていたモップを握り締め、嬉しそうに眼を輝かせる頼。ここに来て日が浅く、慣れない環境で不安な中やっと他の使用人と打ち解けて気が楽になったような…そんな表情が見て取れた。

「っち……しかたねーなぁ。ほら、俺は何すればいいんだ?」

「で、では、ちりとりと、あ、それからこの乾拭き用のモップをお願いします!」

「へーへー。んじゃ、ちゃっちゃと終わらせようぜ。午前中までにやらなきゃならねーんだろ?」

それぞれ掃除道具を持ち、講堂の隅から床掃除をスタートさせる。三人で分担しながら進めば、早く終わるだろうか。

「はい。私、午後になったら桔梗お嬢様の昼食のお給仕がありますから、そちらに向かわなければなりませんから」

「はぁ!?お前ばっかり、ずりーよ。俺だって、お嬢様の給仕してーのに」

「…伊吹は、お嬢様の専属…、だからな」

「ぐぬぬ…お前は、相葉さんは気にならねーのかよ。3年も側にいたのに、ぽっと出の奴に専属なんて役割取られて、イヤじゃねーのかよ」

箒で床を掃きながら先を行く相葉さんにそう言うが、背中を向けているので表情が分からない。まぁ、いつも無表情だから顔が見えていても感情なんて分からないかもしれないけれど。

「あー…そうだな…俺には、お嬢様の傍で支えるなんて…大層な役…向いてないからな…その点、伊吹は適任だと思うぞ」

「……」

(俺だって、出来なくはねーよ)

「わ、私は適任なのでしょうか」

「俺は世話をするよりも、一人で本を並べたり、

「……ほら、ちりとり」

「へーい」

相葉さんがちりとりに入れていく埃を眺めていると、自分もいつかこうやって掃き捨てられるのではないか。そんな不安にかられた。



♢♢♢♢



「パーティー、どうしても参加しないとダメなの?」

昼食も終わり、衣裳部屋でドレスを選びながら桔梗お嬢様はそう言葉をもらした。

「旦那様が、どうしてもと仰っておりますし。それに、今回の主賓のお客様は織宮家にとって、非常に大切なお客様だと聞いております」

東条家。ここに来て日の浅い自分はまだ詳しくはないが、旦那様の古くからの知り合いで親交も深いと聞いている。

由緒ある財閥の一族で、この織宮家と負けず劣らずの富裕層。今日のパーティーも、東条家を主賓として迎え、数々の企業の社長や会長など高貴な方々をお呼びして親睦を深めるのだとか…

まだ幼い桔梗お嬢様からすれば、大人の事情に巻き込まれているだけだから気が乗らないのも仕方がないのでしょう。

「でも、私にはあまり関係ないわ」

ブティックのようにずらりと並ぶドレスに軽く触れながら、ゆっくりと歩くそのお姿を見ているとよほど参加したくない気持ちが見て取れた。

「それでしたら…ほんの少しお顔を出して、後は…そうですね、お腹が痛いと言って休まれてはいかかでしょうか?」

「頼は、参加しなさいとは言わないのね」

「?はい。桔梗お嬢様のお気持ちが最優先ですから。あ、もしかして…使用人としては間違っていたでしょうか?」

「大和も、宝崎も、みんな必ず参加しなさいって言っていたわ。旦那様の面目が失われるーって」

ぐるぐると歩きながら、ドレスに触れたり髪飾りを手に取ったりそするが、どれも興味がなさそうだ。自分から見れば、レースやフリルにスワロフスキーが贅沢に使われた童話に出てきそうなドレスも、高価な宝石が大胆に使用されているアクセサリーも、どれも見たことがなくて興味深いのに。桔梗お嬢様は、見慣れているからか、このパーティーが嫌なのか、どれにも心は踊らないらしい。

「確かに…主催の旦那様のお嬢様が不在は‥‥みな困ってしまうかもしれませんね。ですが、ご挨拶だけでも済ませれば後は自由にしていいと、私は思いますよ。もし、他の使用人に見つかっても、適当に言い訳しましょう」

「大和とかに見つかったら、きっと逃げられないわ。私が本当に体調が悪いかなんて、顔をみれば分かるもの」

「そうなのですか?」

「今まで、何度もそうやって逃げたから」

どうやら、仮病はすでに何度もしているらしい。それだと、同じ手は使えないかもしれない。本来なら、織宮家の使用人として旦那様の立場の為にも、桔梗お嬢様にはパーティーに最初から最後まで出席してもらわなければいけない。でも、自分は『桔梗お嬢様の使用人』なのだ。

「では…他の使用人に見つからないように、私が連れ出してみせます!」

「え…?」

「あ、いえ…その…」

驚いたように、こちらを振り返る桔梗お嬢様。自分でも、なんてことを言うのだろうと驚いてしまった。

「連れ出して、くれるの…?」

期待するような、不安なような。揺らぐ瞳がこちらを見つめる。でも、その本心は助けてほしそうにも見えて…

「はい…はい…!私は、桔梗お嬢様の側仕えですから!連れ出して、逃げてみせます!」

「ふふ…じゃあ…逃げやすいドレスを一緒に選んでくれる?」

「はい!もちろんです」

ずっと憂いを含んでいたお顔に、光が戻ってくれた。桔梗お嬢様の笑顔は、ここにあるドレスよりも、宝石よりも美しい。スワロフスキーも、宝石も、光がないと輝くことは出来ない。自分が光となって、この輝きを、照らし続けていかなくては。そう、強く決心した。


「では…暗いところでも目立たないように暗めのドレスに致しましょう。装飾も…そうですね。輝きが目立つものは避けて、あ、でも小さいものでしたら私の燕尾服のポケットに隠せると思います。靴も、走れるようにかかとの低いものを…」

百着はありそうなドレスの中から、紺色のドレスを探す。暖色が多いようなので、探している色合いのドレスはすぐに見つかった。

「ネックレスは、シンプルなものでいいかしら?」

「そうですね…あ、でもドレスが大人しい色味ですのでネックレスはこちらの華やかな方がいいかもしれません。ブローチも、取り外しがしやすい物であれば華やかな物の方がよろしいかと」

「でも、目立たない?」

「はい。ですが、一応主催者側の令嬢でいらっしゃいますから。あまり重たい雰囲気にしてしまっては逆に不自然です。それに、このサイズならポケットにの入りますよ。ほら」

そう言って、ネックレスとブローチを燕尾服のポケットに入れる。ポケットは大きめに作られているので、すっぽりと隠れてくれた。それを見て、桔梗お嬢様も安心した笑みを浮かべてくれた。

その後も、紺色のドレスの中からいざという時に走りやすいようにと裾が長すぎず、足を大きく動かしやすいようにAラインに広がる物を選ぶ。靴も、できるだけローヒールの物を選び、逃げ出す気満々のコーディネートが完成した。

「パーティーって、今まで憂鬱だったけれど、今回初めて楽しみだわ」

「桔梗お嬢様、それはパーティーではなく、逃げ出すことが楽しみなのではないですか?」

「ふふ…そうよ」

「まぁ、言い出したのは私ですけど…あ、パーティーまでまだ時間がありますね。私、宝崎さんに頼んで紅茶を淹れてもらってきます」

「ええ。お願いね」

悪戯を企んでいる子供のような瞳で、返事をした。



♢♢♢♢



織宮家の敷地内にある講堂は、父が仕事関係で親睦を深めるために使用している。元々はひいお爺様が、ひいお婆様の為に建てたと聞いている。ひいお婆様は、音楽や舞台が好きだったけれど病で足を悪くしてからは外出があまり出来なくなり、自分が出向かなくても、向こうから来てもらえるように建てたんだとか。

昔は役者や劇団を呼んでコンサートや舞台を開いては知り合いを招いていたようだが、今では父が仕事のコネを広げるためだけに使っている。それが、なんだか寂しかった。

「本日も、たくさんのゲストをお招きしていらっしゃるようですね」

「そうね…あの人たちも、招いているのかしら」

「あの人たち?桔梗お嬢様のご友人などもいらっしゃるのですか?」

「友人…そうね」

友人、と呼べるのだろうか。偶然同じ年で、偶然同じ学校に通い、偶然お互い裕福な家庭に育ち、偶然両親が仕事上交流がある。ただ、それだけの関係。

「一応挨拶、しておこうかしら」

頼に選んでもらった紺色のドレスに身を包み、黒子のような気持でパーティー会場に向かう。頼は、使用人らしく一歩下がってついてくる。まるで、私の影のように。

講堂に向かう途中で、窓から外を覗いてみたら、高級車が次々に敷地内へと入ってくるのが見えた。そして、その車から降りてくる人たちは、私とは違って色鮮やかなドレスに身を纏い、キラキラと輝くアクセサリーを自慢げに自分の身に飾っている。

(まるで、クリスマスツリーだわ)

クリスマスは当分先だが、目が痛くなるような装飾はクリスマスのイルミネーションといい勝負だ。それがなんだかおかしくて、無意識に口角があがってしまう。


誰でも出入り出来るように、講堂の入り口は開けっ放しになっていた。その先のパーティールームは扉が閉まっていたが、当家の使用人が丁寧にお辞儀をして静かに開けてくれた。

重たい扉が開くと、シャンデリアの眩しさに一瞬目を閉じてしまう。いや、もしかしたらみんなが付けているイルミネーションのような装飾品が眩しすぎたせいかもしれない。

「わぁ…賑やかですね…私、このようなパーティーをお目にかかるのは初めてです」

頼は、私とは違って目を見開きながらキョロキョロとあたりを見渡していた。使用人としてもだけれど、もしかしたらパーティーそのものが人生で初めてなのだろう。

「今日もすごい人数ね。たいくつそう」

「これだけたくさんのゲストがいらっしゃっても…ゲストの方のほとんどが旦那様のお呼びした方でしょうから、桔梗お嬢様とお話する方はあまりいらっしゃらないかもしれませんね」

「そうね…いたとしても、いつも同じ人ばかりよ」

そう。どうせ話せる人がいたとしても、偶然が重なっただけの人たちなのだ。

「そんなことより、デザートでももらいに行きましょう。今回はバイキング形式の立食タイプにしているから」

「はい。かしこまりました」


頼を引き連れて、バイキングに向かう。途中、顔見知りのたくさんのゲストとすれ違ったけれど、いつもより控えめなドレスのおかげなのかあまり声をかけてくる人は居なかった。

(まぁ、今回もお父様目当てのお客様ばかりだし、わざわざ私に声をかけてくる人もいないか)

人ごみの中を誰ともぶつからないように進みながら、目的のデザートコーナーを目指す。デザートコーナーが見えてくると、体格のいいパティシエの宝崎奏斗ほうざきかなとが自慢げにデザートの説明をしており、数人の女性が興味深そうに聞いていた。そんなゲストの後ろからひょっこり顔を覗かせると、小さめに作られた可愛いケーキがたくさん並んでいた。

ガトーショコラに、カップケーキ、サイコロの様な小さいサイズのケーキも数種類ある。バイキング用の小さなケーキだけでなく大きなフルーツタルトもあり、そちらは食べやすいように均等にカットされていた。

「たくさんの種類があるのね」

「おぉ!お嬢様!お待ちしておりやしたぜ。何をお取りしやしょう?」

「んー…とりあえず、一つずつちょうだい」

「へい!少々お待ちください」

カチカチとトングを鳴らし、とりわけ用の真っ白なお皿にケーキを乗せていく宝崎。元々小さく作られていたケーキが、宝崎の大きな手と比べるとどんぐりくらいに見えてくる。

「どのケーキも宝石みたいにキレイね」

「へへ、ありがとうございます。でも、お嬢様のお持ちになっている宝石とは比べ物になりませんよ」

「そんなこと無いわ。私は、クローゼットの中の宝石よりもこのケーキの方がいいもの」

私がそう言うと、宝崎は照れたような笑みを浮かべてくれた。

「はい、お待たせしました」

「ありがとう」

取り分けてもらったケーキのお皿を受け取ると同時に

「あら、織宮さんじゃなくって?」

と、後ろから声をかけられた。

自身に満ちた、良く通る高い声。この声は、聞き覚えがある。

千山ちやまさん…このパーティーに来ていたのね」

千山琉莉乃ちやまるりの。偶然が重なった同級生の一人で、大学病院の娘。親同士が交友があるので、よくこうやってパーティーで顔を合わせることがよくある。日頃から学校でも会うのだから、休日くらい顔は見たくないものだ…

千山さんは、淡いピンク色のキラキラと輝くドレスを身にまとっていた。首にも、腕にも指にも、高価な宝石のアクセサリーをしていて、この人も、イルミネーションのようで目が痛い。

「それにしても…ずいぶんと、地味なドレス着ていらっしゃるのね。誰が選んだのかしら」

上から下まで嫌味な視線を這わせる千山さん。この人に会えば絶対に嫌味を言われると思っていたが、予想通りで逆に呆れてしまった。

どう答えようか、いっそのこと無視してしまおうか。そう悩んでいたとき…

「あ、あの…このドレスは私の提案でございまして…」

控えめに、でもはっきりと頼が言葉を発する。そんなな頼を、千山さんはギロリと睨み、私と同じように上から下まで見定めるような視線を向ける。

「燕尾服…あなた、使用人かしら?」

「は、はい。桔梗お嬢様の専属の使用人としてお仕えさせていただいております」

「ふぅん…それならあなた、失礼ではなくって?主人が学友とおしゃべりしているのに口をはさむだなんて」

腕を組み、もともと釣り目な目じりをさらに上げて頼に棘のある言葉を向ける千山さん。

「あ、し、失礼いたしました…」

「いいのよ、頼。このドレス、私は気に入っているから気にしないで」

「まぁ、変わったご趣味ですこと。でも、織宮さんにはその暗いお色がお似合いですわね」

相変わらず、嫌な人。ケーキも受け取ったし、さっさとどこかで食べようか。そう思い、その場を離れようとした時。また一人、別の人物が現れた。

「やあ、織宮さんに千山さん。ご機嫌はいかがかな?」

「と、東条さん!ごきげんよう」

「東条くん…ごきげんよう」

現れたのは、今日の主賓のご子息、東条須久琉とうじょうすぐるくん。高級レストランやバー、数々の飲食店を経営しているグループのオーナーの息子。

私の家系は昔からホテル業や不動産業で財をなしており、その経営しているホテル内に東条グループのレストランやバーを入れているので親同士が事業でかなり親交がある。もちろん、ビジネス的な意味で。

「東条さんもいらしていたのね」

先ほどとはうって変わって、急にしおらしくなる千山さん。千山さんは東条くんに気があるようで、彼の前だけは頬を赤らめておしとやかになる。女の子って、わかりやすい。

「今夜は主賓としてお呼び頂いたからね。織宮さんにご挨拶をしたかったけど、なかなか姿が見えないから心配したよ」

「それはごめんなさい。身支度に時間がかかってしまったの」

それで?と、言いたげな視線を千山さんから向けられるが、気づかないふりをする。

「そうだったんだね。うん。いつもより大人びて見えて素敵だよ」

「それは、ありがとう」

東条くんは、にこりと笑みを向けてくれる。それが気に食わないのか、千山さんは少しわなわなと小刻みに震えている。

「わ、わたくしのドレスはいかかですか?パーティーでもよく目立つように、ラメがたくさん入った布を使わせて作らせたのよ?」

くるり、と一回転しながらドレスを見せる千山さん。360度、どこから見てもキラキラ…ギラギラと輝いていた。まるで、千山さんの方が主役のようだ。

「ああ、とても輝いていて素敵だね。よく似合っているよ」

「うふふ、そうよね。ありがとうございます」

「……」

勝ち誇ったような表情を向けられるが、正直あまり興味がない。だけど、ここで何か言えばまた機嫌を損ねてしまうかもしれない。今日は頼のパーティーデビューでもあるし、あまりもめごとは起こしたくない。

「じゃあ、私はこれで…」

「あ、織宮さんまってくれ。僕の父が会いたがっているんだよ」

「え…?」

そそくさと離れようと思ったが、その企みも虚しく東条くんに呼び止められてしまった。

「なんでも、君のお父様を交えて大切なお話があるとか…」

それは、なんとも面倒な用事だ。わざわざお父様も交えて話すだなんて、いったい何の用事があるのか。でも、ここで逃げてもまた後からチクチク言われるかもしれない。それなら、今のうちに済ませてしまおう。

「分かったわ」

「じゃあ、僕たちはこれで」

「え、と、東条さん!」

千山さんの呼びかけに動じることなく、東条くんは「さぁ」と言って私の肩を抱く。

(ちょっと、なれなれしくて嫌だな…)

ちらりと頼の方を見れば、何か口を出したそうにソワソワしていたが、東条くんの立場を考えてなのか口は出してこなかった。

本当は、今すぐに逃げ出したい。でも、今日逃げても何かしらの理由を付けては私を呼び出すだろう。それなら、今片づけてしまった方が楽なのかもしれない。

(ケーキくらい、ゆっくり食べたいな…)

一体どんな用事かあるか分からないが、頼との脱走作戦を決行することが現実味を帯びてきた。

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