約13尺様
高二の夏休みも半ばを過ぎた頃。父、母、俺の三人は夏休みを利用して父方の祖父母の住む田舎に帰省していた。しかもガッツリ五日間。
両親にとっては久しぶりの、俺にとっては初めての帰省で張り切る祖父母による上げ膳据え膳により、帰省も半ばを迎えた三日目には両親はすっかり骨抜きにされていた。今も真っ昼間から祖父母と一緒に酒飲んでるし。
「都会よりはマシかと思ったら田舎も暑いんだなあ……」
そんな四人を尻目にアイスキャンディーを舐めつつ縁側でくつろぐ俺。
田舎にだってWifiが入るこのご時世。元々インドア派だったこともあり大して不便を感じることもなく快適に過ごしていた。
この調子で五日間何事もなく過ぎていくんだろうなと思いつつボーッとしていたのだが……。
「ん?」
ポ……ポポ……ポシュゥー……キュイーン……
妙な音のする正面の生垣の方へ目を向けると———
「な!?」
二メートルはある生垣の向こうに白い人影が見えた。
しかも見える上半身部分ですら生垣とほぼ同じ長さ。つまりこの人影は四メートルの身長を持っていることになる。いくらなんでもそんな人類が(自分の観測範囲内に)存在する訳が無いと混乱していたが———
「……ん?」
よく見るとそれはずんぐりとした、まるでタコのようなシルエットを持つ白いロボットだった。白一色かと思いきや迷彩のように暗めのラインも入っている。
正体が分かったことで少し安心しつつ何でこんな所にロボットが? と思っていると、ロボットの頭部がグリンとこちらを向いた。ターレットレンズが俺をフォーカスするのを感じる。
「!」
一瞬か数秒か。背筋にゾクリとした感覚が走るのを自覚しつつそのまましばし見合っていたが、頭部を正面に戻すとロボットは何事も無かったかのようにその場を走り去っていった。
「———ってことがあったんだけど、あれ何なの? そういう農業機械?」
その日の夕食時。テーブルを囲みつつ祖父に昼間あった出来事を伝えると祖父の表情が変わった。
「お前、あいつに魅入られたのか! なんてこった……!」
「フォーカスされるのを魅入られるって言うの?」
「おい婆さん、ワシはみんなに連絡してくる! 『隔離』の準備を!」
祖父の急な態度の急変に戸惑っていたが、残された祖母が理由を教えてくれた。
「あれはな、スコタコの雪上戦仕様、通称『約13尺様』と呼ばれる存在じゃ」
「なんて?」
「何せここはギルガメス辺境の村じゃろう? そのせいで昔から廃棄された野良ATが出ることがあってな」
「ここ日本じゃなかったの!? というか何で廃棄されたのに動いてるの!? PR液の補給はどうなってるの!?」
「数々の紛争で使い捨てられるように死んでいった兵士や傭兵たち。晴らされることの無いその怨念が、かろうじて動くATを見つけては動かしているのかもしれんのう」
「そういうスピリチュアルな話で片付けていいことじゃないと思うんだけど?」
「年寄りに電子機器は難しくてのう……」
「いや難しいけども」
そんな話を聞きながら、二階にあるまるで牢獄のようなコンクリート打ちっぱなしの部屋に案内される。洋式トイレと洗面台はあるけど窓は無い。エアコンはあるのが救いだった。
そんな部屋に布団を始め飲み物やお菓子をテキパキと運び込むと、部屋の四隅に大きめの弁当箱ほどの大きさの謎の装置を置いた。
「婆ちゃん、それは?」
「これはジャミング装置じゃ。この部屋は赤外線やX線での探知を遮断する素材で出来ておっての。ここにジャミング装置を置くことで無人ロボットによる探知はほぼ無効化出来るはずじゃ」
「こんな場所用意してあるってことはこういうの割とよくあることなんだ?」
「学校の校庭に犬が迷い込んでくる程度の頻度じゃよ」
「高いのか低いのか分かんないなあ」
矢継ぎ早にもたらされる新情報の数々で逆に冷静になってしまっていた。
「とにかく今晩は絶対にここから出てはいかんぞ。フォーカスされたということはお前がターゲットになったかも知れないということじゃ。アームパンチで肉塊にされてしまうかもしれんからな」
「う、うん……」
「ひょっとしたらパイロット登録されたかもしれんがな。その場合は死ぬまでコックピットに閉じ込められることになるかもしれん」
「そっちの方が怖いよ」
そうして恐怖|(?)の一夜が始まった。
スマホは持ち込んだもののジャミング装置のせいで動画すら見られない……が、DL済みの電子書籍のおかげで暇を潰すのには困らなかった。やっぱりインドア派は得だなあ。
そうこうしている内に23時。じわじわと眠気がやってきた頃———
キュイーン……キュキュキュ……ガシャッ……キュイッ……
防音効果がある上に窓が無いせいでよく聴こえないが間違いない。あいつがいる。あの白い奴が……!
キュイイーーン……キュイキュイッ……ギュインギュイン……
「誘い出すために親しい人の声真似したりはしないんだ。発声機能とか無さそうだしそりゃそうか」
俺がいる確証が持てないのか強硬手段に出るでもなく家の周辺を探っている風なロボットに毒気を抜かれた気分になっていたが、
シュバァーーーン!!
その内に何かの発射音のような一際大きな物音がし、それ以降は物音が途絶えた。
何が起きたのか確認する術がないため、音の出所が気になりつつも俺はそのまま眠りへと落ちて行った。
——— コンコン ———
ノックの音で目を覚ます。スマホを見ると朝の7時を回った頃だった。
誰かを尋ねると爺ちゃんの返答が返ってきた。
「起きとるか? 終わったぞ」
「終わった?」
「ああ。直接見た方が早いじゃろう。今開けるからついておいで」
玄関から爺ちゃんと一緒に外へ出ると、俺のいた部屋の近くの生垣付近にあの白いロボットが停まっていた。思わず身構えたが全く動く気配がなく、よく見るとロボットの胸部付近に数cmの大きな穴が空いていた。
「守衛さんとこの夢露宇くんが仕留めてくれたんじゃよ」
「え、生身で仕留めたの!?」
「猟友会ってすごいのう」
「動物狩る流れでロボットもイケるんだ」
「見ての通りコックピット内には誰もおらんのに動くのは不思議じゃよな。ここを潰せば動きが止まる以上CPUが原因だとは思うのじゃがそれだけでは説明できないことも多い。やはり怨念の仕業なのかもしれんのう……」
「いい感じに〆ようとしてるけど誤魔化されないよ?」
「これから他に同じようなロボットがいないか山狩りをするから、予定より早いがお前たちは帰るといい。こんな目に遭わせてしまってすまなかったなあ」
「危ない目に遭った訳でも無いしそれはいいんだけどさあ……」
こうして俺が体験した恐怖|(?)の一夜は幕を閉じた。
近所の人の出してくれた装甲車に乗せられ、名残惜しそうな爺ちゃん婆ちゃんに見送られつつ、こんな平和そうな村にも過去の戦争や紛争の爪痕は残り続けているということに思いを馳せながら俺たちは村を後にした。
というか終始空気だったけど多分親父はこの辺のこと知ってたよね? なんで教えといてくれなかったの???
大したことじゃないから? そっか(諦観からの受け入れ)。
ともあれ。
今までの認識の根底を揺るがすとんでもない新事実が複数発覚したけど、終わってみればスリリングで楽しい帰省だったと言えなくもない……かな?
また機会があれば来れるといいな。今度はATとかが廃棄されてるらしい場所も見に行ってみたいな。
そういえば爺ちゃん婆ちゃん。特に理由は無いんだけど寡黙で不愛想な若い男を見たら色々気を付けた方が良い気がするな。何となくだけど。