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夏休み 1日目

ひょえーむずかしい


--------

「……ん゛ー……」

 いつものように気だるい朝、カーテンの隙間からオレンジの朝日が差し込んでいる。

 小さい頃は朝には強かったものだが、いつからか急激に朝に弱くなってしまった。それこそこの身体(女の子)になった頃からかもしれない。

 枕元においたスマホで時刻を確認すると午前5時14分。目覚ましもなく妙な時間に起きてしまったものである。

 今日から夏休み。別段早起きをする必要はないのだが、妙に目が冴えてしまったので起き出すことにする。

 寝起きでぼんやりとしながらもベッドから出ようとすると、ふと足元に響子が転がってることに気がついた。

 そういえば昨晩は泊まっていったんだっけか。うっかり踏みつけるところだった。

 くーくーと小さな寝息を立てている響子は布団を蹴り出して文字通り大の字になって床に転がっており、寝乱れた寝巻きは捲れ上がりおへそがむき出しになっている。

 日頃俺に対して女性の慎みを説いてくる響子だが、意識して注意できる部分でないとはいえ自分も大概だ。

 昨日は流されて一緒に風呂に入ってしまったが、俺としても女の子の無防備な姿はだいぶ目のやり場に困るので、軽く服を整えてやり蹴り飛ばされていた布団をかけなおしてやる。

 響子を起こしてしまわないように静かに部屋を出た。

 せっかくだからココアでも淹れてきてやるか。


「……ふわぁ……。んー……夏休みだー」

「人んちで寝起きの一言がそれか……」

「んー?葉月おはよー」

「おそよう。もう9時前だぞ」

「まだお昼前じゃないの、十分早いわよ―」

 もぞもぞと動き始めた響子はぐっと上体を伸ばしながらむくりと起き出した。日頃部活で朝練なんかもしているはずだが、どうやら予定のない休みの日は相当にだらしない生活を送っているらしい。

 まだ少し眠いのか、あくびをしながら目をこすったりしている。

「とりあえず顔でも洗ってこいよ。ココア淹れてあるから」

「はーい」

 ぺちぺちと素足でフローリングを鳴らしながら洗面所に向かっていくのを見送ると、ポットからマグカップにココアを注いで響子の帰りを待つことにした。


「ただいまー」

「ん。これ」

「ありがと」

 顔を洗って幾分かすっきりとした表情になった響子にココアのカップを渡してやる。

 保温ができるポットとはいえ、こいつが中々起きないもんだから少し冷めてしまったかもしれないが、今は夏場だ。少しぬるいくらいが逆にいいかもしれない。

「おいしー。葉月いいお嫁さんになるわー」

「嫁になんかならん。それに粉を溶くだけでいい嫁さんなんかになれるもんか」

「葉月の愛情が溶け出してるのよ」

「入れてねーし。どっから混入したんだその不純物……」

 響子は布団にぺたりと座り込み、両手でカップを持ってちびちびとココアを飲んでいる。こいつの中では俺が身に覚えのない隠し味を入れたことになっているらしい。

 一服盛ってやればよかったかな……コショウとか。

「そういえばママさんは?」

「母さんは仕事。一応平日だから」

「そっか、今度またお礼言いに来なきゃ」

「テキトーでいいよ、どうせ家も近いんだし」

 お互いの自宅は徒歩数分のド至近距離なので、別にいつでも会いにこれるのだ。それに今更改まって挨拶するような間柄でもない。

 母と響子は随分と気が合うようで、俺の預かり知らぬところでたまに連絡をとっていたりもするらしい。

 昨晩の様子を見ると、隠していた秘密を共有して遠慮がなお無くなったためか、二人して俺をからかいに来る圧が強くなっているように見えるので、ちょっぴり今後が怖くなってくる。

「あっ!てゆーか葉月地味な服に着替えてる!せっかく可愛い格好してたのに!」

「あれは着たくて着てたんじゃないって昨日言っただろ。それに起きたら着替えぐらいするだろ」

「えー?せっかくなんだからたまには可愛い葉月ちゃんを見させてよー。あんた下手したら学校でもジャージばっか着てるんだし」

「やだ。自分で着てくれ」

「自分で着るのも楽しいけどさー、可愛い格好した可愛い子を眺めるのがいいんじゃない」

「俺はそういうの対応してないから他あたってくれ」

 えー、などと不満の声を漏らし頬を膨らませてぶーぶー言ってる響子はひとまず置いておいて、俺は早起きした段階でさっさ普段着のスウェットに着替えていた。流石に一晩だと乾ききっていなくてほんのり湿っていたが、あんなこっ恥ずかしい格好してるより全然マシだ。それにちょっと湿ってるくらいなら体温ですぐに乾く。


 ココアに口をつけながらいつものようにくだらない話をしていると、ちょっぴり眠そうだった響子の調子もぼちぼちといつもの調子に戻ってきたようだ。ココアを飲み干した響子は空になったカップを机の上に置き、床に敷いた布団の上で再びこちらに向き直る。

「葉月さ、夏休みは何するの?」

「んー、別に何も。強いて言えばオープンキャンパスに行くくらいだな。通える範囲で2、3校くらい」

 一応受験生なので、真面目にやることはやるつもりだ。一応将来のことも考えているし、やりたいこと……やらなきゃいけないことだってある。

「えー?遊ばないの?高校最後の夏休みなのに?」

「やることもないし、遊ぶ相手もいねーし」

「あー、葉月お友達いないからねぇ……」

「うっさい」

 響子はわざとらしく口元に手を当ててニヤニヤと笑っていやがる。友達がいないのは事実な上に、いつものやりとりなので別に今更怒るものでもないが。

「あたしはねー、色々やりたいことあるんだー。部活も引退だから空いた時間でバイトしてお金貯めるでしょー?それで海に行ったりお祭り行って花火見たり遊園地行ったり、どっかお泊りに行って肝試しとかもしたい!」

「忙しいんだな、ぜひ頑張ってくれ」

「葉月も一緒にやろうよー!」

「お前他に友達たくさんいるだろ?イベントならみんなと行ったほうが楽しいだろうに」

「やーだー!葉月と一緒がいい!」

 いうが早いか、ベッドに腰掛ける俺の足に抱きついてきた。いつもと少し違った反応に少し面食らう。

 酔っ払ってんのか?ココアにアルコールでも入れてしまっただろうか。いや、俺も飲んだから流石にそんな訳はない。

 俺の太ももに顔までうずめていつまでもひっついていそうな勢いの響子を引っ剥がすと、少しはにかんだような笑顔を浮かべていた。

「響子、なんかキモい」

「あ!ひっどーい!遊ぼって誘ってるだけなのに!」

「あんなぁ、俺みたいな変なのと遊ぶよりもっと普通の友達と遊べばいいだろ。……それに……」

「それに?」

 しばし昨日のことを思い出す。あの嫌な感覚を思い出して身がブルリと震え、思わず視線を落とした。

 昨日の出来事は蓋を開けてみたらなんてことのない出来事だったが、本当に危ないことだって起きるかもしれない。


 魔法というのは、魔法を扱う人間の想像した『イメージ』を、世界を構成しているものに干渉させて、現実を捻じ曲げるものだ。

 魔女などの魔法を扱えるものは微小ながら現実への干渉力を常に放っており、現実の中で更に微小に重い現実の存在になっている。

 簡単に言えば布団の上になにか物を置いたような状態だ。重くなった現実は現実の中でも少しのくぼみを生み出し、同じような性質を持った『ナニカ』が近づいたときに引き寄せてしまう。魔女が僻地に住んでいることが多いのはそのためだ。強い魔法を使える魔女はその分引き寄せてしまうものも多い。そのため妙な存在が少ない僻地に引きこもるのだ。

 幸いにも俺はあまり強く現実に働きかけて干渉できるたぐいの能力ではないため、『ナニカ』を引き寄せてしまう恐れはほとんど無いと聞いている。その上()()としてある程度危機を察知できる状態だ。自分自身では対処が難しくても、人の力を借りれば対処ができるため、通常よりよっぽど安全であると言える。

 しかし、しかしだ。限りなく少ないとはいえゼロではない。母のように自力で対処できるわけでもない。

 だから、俺は。あまり深く人と関わっちゃいけないんだ。


「葉月はさー」

 俺が口ごもり返答できずにいると、響子が俺に先んじて言葉を重ねた。響子の顔を見ると、先程とは打って変わって真剣な面持ちをしている。

「葉月はさ、また危ない思いをさせちゃうとか思ってるんじゃない?図星でしょ」

 考えていたことを見透かされたような発言に、思わず目を丸くする。響子は俺の様子を見て察したようで、小さなため息をついてからそのまま続けた。

「そんなの別に気にしないわよ。だって葉月、悪いことが起きそうなときってわかるんでしょ?それに昨日もちゃんと助けてくれたじゃない」

「……わかるって言っても、はっきりわかるわけじゃない。俺自身が変なもんを引き寄せることもあるかも知れない。いざとなったときに俺一人じゃなんにもできない。本当は、俺となるべく関わらないほうがいい」

「でも今まであたしとつきあってきて、悪いことってなんにも起きてなくない?」

「それは、今の所はそうかもしれないけど……」

「今の所大丈夫なんだったら、ずっと大丈夫かもしれないってことよ?」

 確かに、俺が()()して母に助けを乞うたときも大きな問題が起きたことはない。せいぜい自転車が壊れているのにあとから気づいたことがあるくらいだ。

 楽観的に見ればそうかもしれない。でも、楽観的に見ていいことなのだろうか?

「それに葉月はあたしのことを助けてくれる。だったら何も心配なことはないの。あたしは葉月がいい、葉月じゃないと嫌。だから大丈夫なのよ」

 俺は何も言い返すことはできない。大丈夫かもしれない、危険を呼び寄せて信頼を裏切ってしまうかもしれない、その2つの間でずっと心が揺れ動く。

 ただほんの少し、根拠もなく優しく微笑む親友を見て、揺れる心の振り子が偏り始めてるようにも感じた。

 思えばいつも不安を払ってくれていたのは彼女の言葉だったかもしれない。

 

 「というわけで!遊ぶためにバイトしましょ!二人でバイトするってもうお話もしてて面接決まってるから!また連絡したらすぐに面接の予定入れてくれるって!」

 「……は?」

 悩みや不安感だとか、考えていたことを一気に吹き飛ばされた。一体何してくれてんだこいつは。

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