ひとまずおやすみ
生活が虚無なのでぼちぼち書いてます
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ペタペタとわざと威嚇をするようにスリッパを踏み鳴らし、母のいるリビングに向かう。
頬が熱いのは風呂上がりだからというだけではない。今の俺の格好が問題なのだ。
リビングの扉を思い切り開け放つ……とはいえ、扉を叩きつけるように開けてしまっては物にあたっているようで少々自分が情けない。あくまで勢いよく開けるだけに留め、不満を叫ぶ。
「おい母さん!俺の着替え!」
「はーちゃんお風呂あがったのね~。あら、やっぱり似合うじゃない~」
「ちがう!俺が!用意してた!いつもの部屋着はどうした!なんですり替えられてるんだよ!」
「間違えて全部お洗濯に出しちゃったの~ごめんね~?」
キッチンカウンターの向こうでちろりと舌を出してウィンクをする母。歳を考えてほしいものだが、母の外見は俺と並んで歩くと姉妹に間違われる程に若々しく、いたずらっぽい仕草が妙に似合ってしまっているのが無性に腹が立つ。昔、幼心に少しの違和感を覚えて聞いた際に、魔女はほんの少々平均寿命が長いのに加えて日頃のアンチエイジングの成果がでているのよ~、などと自慢気に言っていたのを思い出した。
ちなみに風呂を出た際に洗濯機がゴウンゴウンと無情に回転しているのを見ているので、恐らく洗濯しているのは嘘ではない。嘘なのは故意か否かの部分。
「間違えた訳ないだろ!部屋まで新しい着替え取りに行ったら全部すっからかんだったぞ!」
「そろそろ衣替えの季節かな~って?」
「まだ!夏真っ盛り!」
「そうね~、最近夜も暑いわよね~。はーちゃんの着てるパジャマ、涼しそうだし可愛いしいいじゃないの~」
「よくない!涼しいとかそういう問題じゃないだろ!」
「そうかしら~?本当に似合ってるわよ~?」
確かに涼しいには涼しいかもしれないが、デザインに大いに問題がある。
淡い色使いのパジャマは各所にひらひらとした装飾が施され、丸襟のトップスにはリボンまで添えつけられている。ボトムスも段付きのフリルがあしらわれて裾が広がりふわふわとしたシルエットをしているが、太ももが露出する程度に短いショート丈のパンツになっている。
女の子らしい格好が嫌で自宅ではもっぱら地味なスウェットで過ごしているというのに、こんな格好をさせられてしまっては自宅だと言うのに落ち着けたものではない。
「はーちゃん、せっかくママがお洋服買ってきても全然着てくれないじゃない~。響子ちゃんがお泊りにきてくれたんだから、パジャマパーティーするのに可愛い格好のほうが都合いいでしょ~?」
「なんの都合だ!高校生にもなったら自分で服ぐらい選ぶだろ!」
「ぐすん……はーちゃんが反抗期になっちゃったわ~……」
わざとらしく鼻をすする母。絵面だけを見てしまったらちょっぴり様になってしまっている気がするのが妙に腹立たしい。
「ママさん、お風呂ありがとうございました!着替えもウチからとってきてもらっちゃって助かりましたー」
「あら~、いいのよ響子ちゃん~。お家もすぐ近くだから~。ついでに学校まで靴取りに行っておいたわよ~」
「わぁっ!ありがとうございます!今の時間はもう施錠されてそうですけど、やっぱり魔法で行ったんですか?」
「そうよ~、こういうときに便利なの~」
ぐすぐすと鼻をすすっていたかと思いきや、部屋に入ってきた響子の言葉にパッと表情を切り替えて笑顔で答えている。
畜生、完全に俺で遊んでやがる……。
響子の格好も涼し気な部屋着だが、俺の着ているものと比べるとだいぶラフでおとなしい。動物がプリントされた薄手のシャツにハーフパンツといった出で立ちだ。自分の服がすり替えられてるのに気付いた後、一瞬、彼女の部屋着を強奪して俺が着てしまおうかとも思ったが、友達とはいえ女性の服を身につけることには強い抵抗がある。というかそれ以前の問題で、勝手に人の服を着るのは単純に人として良いことではない。
人の服を勝手にすり替える邪悪がここにいるのだが。
「あら葉月、珍しく可愛い服着てるじゃない」
もはや何を言ってもどうなるものでもないと諦めてどっかりと椅子に座り込んだところで、響子が俺の横の椅子に腰掛けつつ俺の格好に触れてくる。
風呂自体が広くても脱衣室まで広いわけでもないので、一人ずつ脱衣室を使っていた。そのため、響子は先に風呂を出た俺の格好をまだ見ていなかったのだ。
見られたくなかった姿を見られてしまい小さなため息をつく。
「……服、すり替えられた」
「嫌なら他の服着ればいいじゃない」
「多分、全部洗濯機の中かな……」
「あー……アンタ服数着しか持ってないんだっけ……。まぁたまにはいいんじゃない?似合ってるわよ」
状況を察して苦笑いする響子。全く嬉しくないお褒めの言葉は聞かなかったことにしておく。
響子の言う通り俺は服にはとんと興味がなく、1シーズンで数セット程度しか持っていないので全てをぶち込んでも余裕で洗濯機は回ってしまう。
第一、ファッションなんて最低限清潔にしていて、そのうえで着てる本人が不便を感じていなければなんでもいいではないか。
その点で言えば制服にも思うところがある。女子生徒もズボンを選べる学校が増えてきたそうだが、不幸なことにうちの学校はまだ導入されていない。あまりスカート姿で人前に出たくなくて下にジャージを履いていた時期もあったが、なぜか生徒指導を受けてやめるように怒られたこともある。
制服の意義だとか、校則というルールを守る必要性だとか。一理あると思う部分もあれば、なんだか納得できない部分もあったりする。不条理な役割論を押し付けられているような気がして。
しばし響子と雑談をしながら考え事をしていると、母が食卓に食事を運び込んできた。
普段は普通に手で運んでくるというのに、この短距離を魔法で移動させて響子をまた驚かせている。新鮮な反応をもらえるからって楽しみやがって。
響子はといえば「魔女さんなのにめっちゃ和食!」などと一人でツボに入って腹を抱えて笑っていた。
学校で俺の弁当を何度も見てるだろうが。
気疲れして空腹なのは事実なので、俺は味噌汁をすすり食事に手を付け始めた。
「おじゃましまーす」
「ん、そのへんの椅子に座っといて」
「はーい」
食事を終えてしばしの食休みをはさみ、夜も更けてきた頃合いで響子を連れたって俺の部屋へとやってきた。
響子を学習デスクの椅子に座らせ、客間から引っ張り出してきた布団をさっさと敷いてしまい、その布団を使うように彼女へ促して俺はベッドにぽふりと腰を落とす。俺に促されるまま響子もぺたりとふとんに座り込んだ。
「何度か葉月のうちに遊びに来てたけど、あんたのお部屋に入るの初めてよねー」
「まぁな。いつもはリビングで宿題したり遊んだりしてたから」
興味深げにキョロキョロと俺の部屋を見回す響子。
俺の部屋に彼女を上げたことがなかったのは、宿題などを広げるための二人で使えるテーブルなどが置かれていないという理由もあるのだが、一番の理由はやはり女の子を部屋に上げることに少し抵抗があったからだ。
女子としての生活に馴染みつつあるが、それでも男の子として過ごしてきた過去の記憶が、気持ちに少しの気恥ずかしさを与えていた。
とはいえ今日に至っては彼女を部屋に上げるどころか、一段飛びに泊める羽目になってしまった。が、実際に上げることになったところで特にどうということはなかった。これが響子という人物のおかげか、俺の認識が少しずつ変わってきてしまっているのか、その理由は自分でもわからない。
「飾りっ気のない部屋ねー、色味も地味だし。こんなお部屋で息つまらない?」
「別に。机とベッドがあれば暮らせるだろ」
「葉月がこんなお部屋に住んでるって知ったらあんたに夢見てる男子が泣くわよー?あんたピンクのお部屋でぬいぐるみに囲まれて暮らしてる事になってるんだから」
「うえぇ……想像したくねぇ……」
一瞬、真っピンクの部屋で天蓋付きのベッドに腰掛けぬいぐるみを抱えてニコニコしている自分の姿を思い浮かべてしまい、即座にその想像をかき消す。自分がそんなことをしていることを思い浮かべるだけで気色が悪い。
「それにしても本当になにもないお部屋ねー。教科書類と、ちょっとの漫画とゲーム機と、あれはプラモデル?ほんとに男子の部屋みたい」
「……うっさい、もう寝るぞ。電気消すかんな」
「あはは!ごめんごめん。そうね、もう遅いし寝ましょうか」
響子が布団に潜り込んだことを確認して部屋の照明を落とす。自らもベッドに入るが、太ももに布団の冷たい感触を覚えて今の自分の格好を思い出し、今更少し気恥ずかしくなって一気に頭まで布団をかぶる。
なんだかとても疲れた一日だった。結果的には無害だったが恐ろしいものを見てしまい、それから二人で必死に逃げて、今まで隠していた秘密がばれて。起こった出来事自体多くはないが、なんにせよ響子の身に何事もなくてよかった。
……それと、秘密を知られて拒絶されなかったことへの安堵が少し。
目を瞑り呼吸を落ち着けると、徐々にぽつりぽつりと意識が途切れ始めた。布団の中で波に揺られるような心地よさを感じる。
今は、この心地よさに身を任せてしまおう。
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