真実は割とくだらないことも多々あって
もう少しかけそう。
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「あー……響子?うちの親冗談が好きで……」
「すっごい!」
「うぇっ!?」
無理にでも話をそらそうとした矢先、喜色を含んだ響子の叫びに思わず言葉を遮られる。
ダイニングテーブルに手をつき椅子を吹き飛ばすように勢いよく立ち上がった響子は、母の方に身を乗り出してなおも早口でまくし立てた。
「魔女ってことは魔法が使えるんですよね!さっきのってワープみたいな魔法なんですか?!」
「そうよ~、遠くまでは難しいけど結構便利なのよ~」
「すごーい!他にはどんなことができるんですか?!」
「得意不得意があるから、お話みたいにいろんなことができるわけでもないのよ~。私は移動の魔法が得意なの~」
「じゃあじゃあ!あたしにもなにかできますか?!」
「そうね~、程度に差はあるけど生まれつきのものもあるから、響子ちゃんが何をできるかはちょっとすぐにはわからないわね~」
「わー、残念……。あっ、でもこういうのって秘密なんですよね……?もしかしてあたし、記憶消されたりしちゃう?!」
「しないわよぉ~。今日日魔法なんて信じてる人いないもの~。お外で話しても信じてもらえないわよ~?よっぽどのことじゃないとそういう処置はされないわ~」
「よかったー!貴重な経験だったから忘れたくなくて!」
俺が口を挟む間もなく、二人でキャイキャイと盛り上がっている。ぐいぐいと質問を重ねる響子に対して、俺が隠しておきたかったことをペラペラと話してしまう母。
話に割り込もうにも響子が前のめりすぎて割り込めないし、もはや隠していたことのほとんどが詳らかにされている。
頭が痛い……。
現実に目を向けたくなく、思わず目を覆う。
「そうそう、はーちゃん。急ぎって言ってたけどどうしたの~?」
「へっ?」
テーブルに肘をつき頭を抱えていると、急に話を振られて思い出した。今日見てしまった、黒いナニカのこと。
吸い込まれるように真っ黒な、こちらを見つめる2つの瞳。心臓を刺すように底冷えするような、耳元に囁かれるおぞましい声。今思い出しても背筋に冷たいものが走る。
響子に聞かせる話ではないとも思ったが、理由も語らずに走らせた理由を俺の横で聞きたそうにしている。
正直なところあまり思い出したくもなく、響子にこの類の話はしたくはない。だが、学校で起こった話である以上、このまま話さないでおくのも彼女のためにならないとも思った。
俺は少しずつ思い出しながら訥々と語り始めた。
嫌な予感がしたこと、響子と話をしていた折に予感が当たり黒いナニカが現れたこと。その影に見つめられ、囁かれ、追われ、逃げた先にちょうど母がいた事。そして今に至るということ。思い出すだけで少なくない不快感を覚えながらも二人に説明をした。
すると、ぽかんとした顔でそこまでを聞き終えた母が急にけらけらと笑い始めた。
俺が実際に体験した深刻な話だというのに、話した内容を真剣に捉えていないような態度を取られて俺は少しムッとした。一体何がおかしいのか。
俺の予感については母も知ってのところで、嫌な予感を覚えたらなるべくその場から動かず自分を呼ぶように言ったのも母の方である。
俺は自分が持ってしまったこの能力は嫌いだが、この予感自体には自分でも一定以上の信頼をおいている。真剣なアドバイスや対処法を教えられるようなことはあれど笑われる筋合いはない。
母はひとしきり笑った後、ごめんね~、などと軽い謝罪を述べた後、俺に向けて語り始めた。
「なにかと思ったら、あのとき後ろに居た黒い人を怖がってたのね~。はーちゃんね、その黒い人って悪い人じゃないわよ~」
「……は?」
「今は一般的にはシャドーピープルさんっていうのかしら~?何か悪いことが起きようとしてるときに、その渦中の人に警告をしに来てくれる人なの~。ただね~、はーちゃんの能力とはすごく相性が良くなくて、それですごく嫌な予感がしちゃったのよ~」
相性が、良くない。たったそれだけの理由?
俺は実際にあの黒いナニカと遭遇したとき、凄まじい悪寒に見舞われたのだ。あれが相性が良くないだけだというのか?
にわかには信じがたく、反論しようとする俺を遮り母は説明を続ける。
「ほら~、ウチの家系って時間に関係する魔法が得意でしょ~?はーちゃんの予感は特にその特徴が強く出てるわね~。それでね、シャドーピープルさんは近い将来の悪い出来事の因果を引き寄せて伝えようとしてくれるの~。でもね、はーちゃんって元々予感でその因果を感じ取れるでしょ~?未来から引き寄せられた【正しくない時間に存在する悪い出来事】の因果に対して、はーちゃんの予感が干渉して強い防衛本能が出ちゃうものなのよ~。アレルギーみたいなものかしら~?」
そんなまさか。あれほどに強く覚えた嫌な予感がアレルギーみたいなもの?
「でもっ!あの黒いナニカは俺を追っかけてきて……!」
「はーちゃんが逃げたから追いかけてきたのよ~。はーちゃんから聞いたお話だと最初は近くに立っていただけで、逃げたら歩いて追いかけてきたんでしょ~?シャドーピープルさんってとても足が速いのよ~。捕まえようと思えば走って捕まえられるでしょ~?」
「それは……」
言われて見れば、確かにそうかもしれない。強烈に嫌な予感がしただけで実際には危害は加えられてないし、追われている間もずっと一定の距離を保ったままだった。
歩くだけで一定の距離を保てるのであれば、追いついて危害を与えることも容易いはず。
「それにね~、シャドーピープルさんってどこにでも現れられるから、その気になればここにも来られるはずなのよ~。はーちゃんに逃げられてしょんぼりしちゃってるのかもしれないわね~」
そう言い、再びけらけらと笑い出す母。
そんなバカな。全くの杞憂だったというのか。それだけのために運動不足の身体に鞭を打ち全力で走って、挙げ句自分が苦心して今まで隠してきたことを響子にバラしてしまうことになったのか。
うなだれて、強く頭を抱える。自分がやらかしてしまったことにもう目も当てられない。
「あのぉ……ママさん。そのシャドーピープルが葉月に話しかけてたってことは、葉月に何か悪いことが起きるってことなんじゃないですか?」
「大丈夫よ~。ほんとに危険な警告だったらちゃんと無理にでも教えてくれるし、はーちゃんは自分の予感で回避できるもの~。はーちゃんも真面目に魔法の練習とか、お勉強をしてればわかったことなのにね~」
だめだ。これでは完全に自分で墓穴を掘り抜いた上で自ら穴に飛び込んだようなものではないか。
テーブルに顔面から上体を投げ出して両方の耳を手で塞いだ。頬が熱い、顔を見られたくない。何も聞きたくない。本当に情けない。
ふと、突っ伏してテーブルに触れるブラウスの胸元に、入れた覚えのない何か薄くて硬いものが入っている事に気がついた。
テーブルに顎を乗せたまま胸ポケットに手をいれると、二つ折りの紙のようなものが入っている。
それを取り出すと母と響子も気がついたようで、俺が二つ折りの紙を広げる様を眺めていた。
広げた紙にはかすれた黒い文字で短い文章が書かれていた。
【こわがらせて ごめんね。けいこくしたかったのは まほうがばれちゃうことです】
一瞬の間をおいて母と響子の割れるような笑い声が自宅のリビングに響いた。
俺は紙を放り投げ、机に再び突っ伏して両耳を塞いだ。もうやだ。
シャドーピープルめ、全部お前のせいだ。
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そろそろもう一度面白い感じの夢を見てネタ補給したいですね。