なんか変なもの見ちゃった
なんとかつづきました
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「……き……ずきー……ねぇ葉月!」
「えっ……?」
「急にそっぽ向いて廊下の外見つめて何よ?というかすごい汗じゃない。大丈夫?」
心配そうな響子の声でふと我に返る。
気がつくと彼女は席を立ち、俺の顔を覗き込んでいた。
「体調悪かったなら早く言いなさいよ……。あぁ、だからママさん呼んでたのね……。保健室、まだ先生いるかわからないけど行く?」
「いや……大丈夫……」
そう響子に取り繕う間にもビリビリと予感は続いてる。
まだ彼女の肩越しに見えるのだ、黒いナニカが。
黒いナニカにいまだ動きは見えず、様子から伺うと響子にアレは見えていない。しかし彼女に対しても害を加えてこないという保証もない。
「……響子、帰ろう」
二人分のカバンをひっつかみ、彼女の返答を待たずに全力で駆け出す。もちろん、黒いナニカが陣取っていない教室の前の扉から。
「えっ?!ちょっと葉月!待ちなさいよ!」
あわてて俺の後に続く響子の声。
とにかく最短で学校から出なければ。3年生の教室からは裏門のほうが近いが、裏門はこの時間だとすでに施錠されているはず。少し遠回りになるが正門から出るしか無い。
――ひたり――ひたり。
俺と響子の2人分がバタバタと廊下を駆ける足音とは対象に、ゆっくりと裸足で硬い地面を踏みしめるような音。間違いなく黒いナニカはついてきている。
走っているようには聞こえない。歩くようなペースの足音だというのに一向に離れる様子もない。後ろを振り返りたくない。
追いつかれたくない一心で全力で蹴り出す脚に、制服のスカートがバタバタとまとわりついて非常に鬱陶しい。
「葉月!さっきからどうしたの?調子悪そうだったけど急に走り出して、アンタ大丈夫なの?!」
「ハァっ……ふぅっ……大丈夫!ちょっと、色々あって!」
「すごい息も切れてるじゃない。ママさんが迎えに来るまで待ってたほうがいいんじゃないの?」
「ちがっ……全力で走ったらっ……はっ……息くらい切れるっだろっ……!」
「えっ?葉月これで全力なの……?アンタもうちょっと運動したほうがいいわよ……?あ、よくわかんないけどひとまずカバンは持ってあげるから」
「うるっ……さいっ!」
並走する響子は全く息が切れる様子もない。状況が理解できていない彼女は俺の運動不足を本気で心配してきているが、元来彼女は部活以前に体育祭のリレー競技などで活躍する類の体力おばけだった節もある。俺に体力がないことは認めるが、基準のおかしな物差しで比較をしないでほしい。カバンはありがたく渡しておいた。
下駄箱で靴を履き替えようとする響子を無理やり引っ張り、上履きのまま正門に向けて駆け出す。
校舎から正門までの一本道は木々が植えられており、入学の季節は桜が咲いて見事な景色が広がるものだが、今に至ってはこの距離が非常に苛立たしい。足音はまだ聞こえる。
「あ!あの正門の外に立ってる人、葉月のママさんじゃない?」
響子の声で向かう先に目を向けると、正門の外に人が立っている。俺と大して変わらない背丈で長いブロンドの髪。間違いなく俺の母だ。迎えに来るのが遅いと愚痴りたいところでもあるが、このまま校舎を出た後どうするか全くもって考えていなかったのもあり、非常によいタイミングでもある。
母はスマートフォンをいじっている様子であったが、響子の声に気づいたのかこちらに向き直り大きく手を降っている。
「急ぎっ……!家まで……!早くっ!」
走り過ぎて血のような味が口の中に広がる中、母に向けて出しうる限りの大声で叫んだ。
母も状況をつかめていないのか、俺の必死な声を受けて少し小首をかしげるものの、その直後にはキッと真剣な表情を浮かべ、腕を軽く左右に2、3度振り前に腕を差し伸ばす。
俺は響子の腕を掴み、前に伸ばした母の手に触れた瞬間、不意に、ぐらりと視界が揺れ。直後に視界が真っ暗になった。
視界がパッと明るくなると、そこは見慣れた空間だった。地面にへたり込む俺の脚には冷たいフローリングの感触。我が家のリビングである。
当然足音も聞こえないし、あの嫌な予感も消えている。助かったのだ。
「はーちゃんおかえり~、響子ちゃんもいらっしゃ~い」
「えっ?お邪魔します!……っていうか、なになに!何がおきたの!?なんで葉月のうちにいるワケ?!」
「急いで家にってはーちゃんが言ってたから急いだのよ~。あ、ジュース持って来るわね~」
「あっ……はい……ありがとうございます……?」
呑気に挨拶をする母の声と、完全に状況が飲み込めてない響子。
俺はといえばまだ肩を震わせ荒い息のまま地面にへたり込んでいる。
そんな俺等を尻目に母はぽんと両手を合わせて飲み物を取りにキッチンへ向かってしまった。
「えっと……あたし、とりあえず玄関に上履きおいてくるわね。葉月、動けなさそうだからアンタの靴も持って行くわ」
俺は荒い深呼吸を続けながら響子の提案に頷き、履いていた上履きを渡した。
靴を脱ぐ手もプルプルと震えているのを感じる。…流石に少しは体力をつけたほうがいいかもしれない。
母と響子と俺の3人で食卓を囲み、無言でジュースをすすっている。
全力で走り続けて乾ききった喉に、キンキンに冷えた甘酸っぱいオレンジジュースが染み渡る。
俺がジュースを一気に飲み干すと母はニコニコとおかわりを注ぎ込んでくる。
響子は俺の母におかわりを勧められおずおずと受け取る。響子といえばソワソワとした様子で、先ほどの出来事について話を聞きたいのであろう、俺と母の顔をチラチラと交互に伺っている。
……まぁ、色々と聞きたいことがあるのはわかるが。
俺も正直なところどう説明……いや、はぐらかしたらいいか悩んでいる。緊急事態だったとはいえなんの説明もせず引っ張ってきてしまったし、響子からしたら意味もわからず走らされて、挙げ句気づけば急に俺の家にいる。何度か自宅に招いているのでその点は問題がないが、緊急事態だったとはいえ何しろ移動した手段が手段だ。俺も必死だったとはいえ早計だったかもしれない。逃げずとも母なら対処できたかもしれないからだ。
「あ……あのー……ちょっと、聞いていいですか……?」
「は~い、なにかしら~?」
どうしたものかとオレンジジュースが注がれたグラスに口をつけコクリコクリと喉を鳴らしていると、響子がおずおずと母に向けて声をあげた。母も呑気な返事をする。
「ええと……あたしたち学校にいましたよね……?その後気づいたら葉月……えっと、相模さんちに居て……あたしたち、どうやってここまで来たのかなって……」
ぽつぽつと思い出すように響子は語る。それをにこやかにうなづきながら聞く母。適当なところで口を挟んで少し無理があってもごまかそう、そう言い訳を考えていると。
「ああ、あれね~。まだはーちゃんは話してなかったのかしら~?急いでたみたいだから魔法で帰って来ちゃったのよ~」
「え……魔法……?それってあの、映画とかゲームとかでよく出てくるあの魔法……なんですか……?」
「そうよ~、その魔法よ~。うち、魔女の家系なのよ~」
あっさりと言ってのけた母の言葉に俺は頭を抱えた。響子はぽかんとした表情を浮かべている。
どうしてくれよう、この状況。
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ところで創作活動ってちょっと気恥ずかしくない?