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約束、その傍らに幸あれ  作者: 入江晶
2. 祭の日
9/12

2-3. 世界を見下ろしながら(1)

 ――いい場所だね。全部見えるじゃん。


 右手に広がる明かりとざわめきに満ちた町と、左側の完全に暗闇に覆われた海のような場所を交互に見下ろしながら、彼女はつぶやいた。


 ――ここに来れるのは、今日だけだよ。特別な日だからね。


 彼女には、答えた相手がすぐ隣でどんな表情をしているのかも、ほとんど見ることができなかった。しかしその声を聞きさえすれば、何もかも分かる気がした。そして、きっと相手も同じように何も見えていないのだと思いながら、頬が緩むのをはっきりと感じる。


 ――声、少し変わったよね。

 ――変わるよ、他にもいろいろ。君だって、違うところがいっぱいだから。

 ――でも私は、フェルセだってすぐ分かったよ。今日会えるって思ってたし……ていうか、知ってたし。

 ――ありがとう、見つけてくれて。


 気恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなるのを感じながら、デメットは笑った。


 ――だって、待ってたんだから、ずっと……五年もかかるなんて、思わなかったけどさ。

 ――ごめん。本当は、もっと早く開くはずだったみたいなんだけど。

 ――何か事情があったの?

 ――僕には分からないよ、まだ。でも、もうすぐそういうことも勉強できるようになるから、次はもっといろいろ、話したり、説明したりできるかもね。

 ――次……かあ。


 少年の肩にもたれかかると、まるで、預けた体の重みと交換するように、熱が行き交う。それは記憶の中に保存されていた感触とぴったりと重なり、今とその記憶を隔てる時間の存在が、疑わしくすら思えた。


 ――何にも分からないね。向こうの中にいたのにフェルセも知らないって言うし、今は真っ暗で、あっちは何も見えないし。

 ――誰にも分からないんだよ。あっちにいる人も、みんな。僕だけじゃなくて、誰も知らないんだ。

 ――分かるようにならないの?

 ――みんなそうしようとしてるよ。でも、できないんだ。起こってほしいこととか、起こりそうなことだけが起こるようにしようとしても、無理なんだ。精一杯なんだよ、起こっちゃいけないことが起こらないようにしたり、起こりそうもないことが起こらないようにするだけで。

 ――じゃあ、いつも同じことだけにしたいんだ。

 ――それもきちんとできないくらい、難しいんだよ。

 ――そんなの、やめちゃえばいいのに。こっち側で、私たちみたいにしてればいいんじゃないの。


 彼はすぐには答えなかった。そしてデメットには、沈黙と暗闇の向こう側にある彼の表情が手に取るように理解でき、唇を噛んだ。


 ――できないと思う。僕たちは向こうで、残ってるものをずっと見ていなきゃいけないんだから……壁の中で、決して出たりもせずに。君たちが、壁の外に残ってるものを、拾い集めるみたいにね。

 ――じゃあ……フェルセだけ、こっちに来ればいいじゃん。その方がきっと気楽だし、楽しいよ。


 自分を見つめ、ただ沈黙でしか答えなかった少年の瞳が、夕闇の中でほんのりときらめくのが、彼女には見えた気がした。

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