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1-5. 夕闇

 ――デメット、早く帰ろうよ。もう、暗いよ。


 少年の言葉の通り、夕日は左手の、遙か遠方の山陰にもうほとんど沈みつつあり、ほとんど雲のない空は青黒い。いくつもの星が見えていても明かりには頼りなく、車に取り付けられた明かりも、いくらか前方を照らしているに過ぎなかった。車の立てる音は絶え間なく鳴っていても、少年には、その荒野を覆おうとする闇の空虚さが、ひどく心細く思えた。


 ――もうすぐ着くから。ほら、今から橋を渡るところだよ。


 車輪の接する地面がいくらか滑らかになって、その感触が運転席や荷台、そして彼自身にまで伝わっても、少年の不安は消えなかった。足下に置いた光の筒を、膝を抱えながらじっと見つめ続ける。その明るさがいくらか目減りしていることが、彼にとっては、ひどく重大な心配事になっていた。

 しかしやがて、いくらかの――彼にとってはあまりにも長い――時間が過ぎると、暖気と湿り気、そして鼻をつく臭いが漂う場所に入ったことに気づき、少年はほっとした。たとえ、その空気の味をいつも不快に感じていたとしても、迫る夕闇の前では、はっきりした徴として、心強く思えたのだった。

 臭気の源では、日の落ちた薄暗がりの中で、いくつものずんぐりした影が、時折うなったり、野太く鼻を鳴らしながら、のそのそとその体を揺すっている。そこを行き過ぎ、もう一つの小さな建物の扉の前、明かりに照らされたところで、二人は荷台から木の枝を詰め込んだかごを下ろした。そしてデメットが先に立ち、扉を叩く。


 ――こんばんはぁ! 遅くなってすいませーん!


 彼女が元気よく声をかけると、しばらくして、蝶番に甲高い悲鳴を上げさせながら、口元と顎に髪と同様の灰色のひげを蓄え、額や頬に深いしわがいくつも刻まれた、一人の老人が現れ、にこやかに彼女を出迎える。

 二人が話している間、少年はその脇で、足下のかごと、通ってきた道と、時折低い鳴き声が聞こえてくる大きな建物と、その先に広がる荒野と、今ではもう影でしかない山の姿と、そこに境を接し、橙色から暗い青に、そして闇の黒へと移り変わっていく空に、順番に目を向けていった。そして別の方には、いくつもの明かりが寄り集まり、あるいは並んでいる、彼が帰ることを心待ちにしていた場所があった。それがもう、こうしてすぐ行き着けるのだと実感できて、あるいは、自分やデメットが目指す場所にあるのと同じような明かりに、今こうして照らされた中にいられるからか、さっきまで彼の抱いていた不安は、ずいぶんと和らいでいた。

 集めた枝をかごに入れたまま老人に渡すと、冷たい手触りの、ずんぐりした円筒形の容器を二本受け取る。返礼というわけではないのを、少年は知っていた。この日の特別な贈り物がなくても、立ち寄るたびに渡されていたからだ。そしてその中にたたえられた、真っ白で、なめらかに波打ち、つやと陰影を帯びる乳の味や舌触りも。

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