1-4. 道草
――デメット、あの……
走る車の立てる音、そして荷台から規則的に聞こえていた味気ない電子音の連なりに、少年の控えめな声が混じった。今まで走り、前方にも延々と広がる、緩やかに起伏する荒野に目を向けたまま、彼女は答える。
――どうしたー? 何か間違えた?
――ごめん、さっきの、あそこで……
――ああ、別にいいって。アリンも無事だったし。まあ、次にもう一回やったら、本当に知らないけどね。
――うん、もうしない。
――それでよし!
――でも……あの穴って、何だったの?
――私もよくは知らないんだけど、昔はあれに人が乗れる箱を入れて、上げたり下ろしたりしてたんだってさ。ま、今の私たちには使えないし分からないし、ただ危ないだけだね……ああそうそう、私の明かり、持ってっていいよ。私が、なくしちゃったってことにしとくから。
――デメット、怒られない?
――大丈夫大丈夫、気にしなくていいって。
彼女の言葉に、少年の返事はなかった。少年が真面目に仕事に取り組んでいることを示す規則的な音が、その沈黙を背景にして、延々と続いていた。
――アリン、休んでいいよ。別に、ずーっとやんなくても。
――まだやりたいから、やる。
――じゃあ……おやつは? 今日持ってきたの、まだ残ってるでしょ?
――いい。
――なら、お話でもしてあげようか、昔の。
――うん、聞きたい。
――よし。むかしむかし……
声を張り上げて彼女が話し始めると、やがて、車輪の立てる音を背景に、少年の相槌や問いかけ(「それで?」「本当に?」「どうして?」)ばかりが聞こえてくるようになっていく。そして彼女は密かに、そして満足げに微笑んだ。
――で、その大臣は王様に捕まっちゃったわけ。それに、その人だけじゃなくて、大臣の夫婦の一族の男の人も全部ね。
――えぇっ、ひどい!
――本当にね! まあ、昔はそういうこともあったんだよ。とにかく、そうやってみんな捕まったんだけど、大臣の奥さんが一生懸命お願いしたから、王様も心を動かされて、誰か一人を助けてやろう、って言ったの。じゃあ問題だけど、その奥さんは、どの男の人を助けるように言ったか、分かる?
――えーっと……やっぱり、夫の大臣じゃないの?
――残念、外れ。(少年が続けて、息子、父親と外して)答えはね、自分の兄弟なんだって。んじゃ、理由を考えてみてよ。ここで停める理由は、今から説明するから。
そう言ってレバーを引いて車輪を固定し、彼女は運転席から飛び降りた。
――さ、降りて。枝、集めて帰るよ。
――なんで? いつもは、手をつけちゃいけないのに。
空っぽのかごを荷台から下ろす彼女を手伝いながら、少年が不思議そうに言った。そして彼の手を取って降り立たせると、微笑んで、彼女が答える。
――明日からの、お祭りに使うんだよ。
少年には、彼女の発した言葉の響きが、ひどく不思議なものに思えた。自分自身で、息を使わずに口にしてみても、その感触は、なお一層つかみ所もなく思えるだけだった。だから少年には、彼女がなぜこうも嬉しそうに笑っているのかも分からなかった――彼女の背後に広がる、くすんだ緑の葉の茂った小高い丘の存在が、どういう役割を担っているのかも。