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約束、その傍らに幸あれ  作者: 入江晶
2. 祭の日
12/12

2-6. 世界を見下ろしながら(4)

 ――あれは何してるの?


 デメットが指差した先では、その連なった光の間で、何か大きな構造物が二つ並んでいた。多くの人々に囲まれながら、一方は棺桶のような巨大な箱に入ったまま運び出され、もう一つは三日月をずんぐりと分厚くしたような形を晒しながら、順番待ちをするように控えていた。


 ――もう使えなくなった材料を、取り替えてるんだと思う。その間は、あの太陽もお休みしなくちゃいけないんだよ。

 ――ふうん……あっちは、ずっと休まないでいてくれるのにねぇ。


 彼女の指と目が、少年の町の上を通って、正面の、遙か彼方の地平線に向けられた。わずかに橙色の混じった青白い炎が、雲と山陰が作る暗幕を、切り裂きつつあった。


 ――あはは、そうだね。やっぱり真似しようとしても、難しいみたいだね……たぶん、何でも。そんなふりをするだけなら、まだ手が届くのかもしれないけど。それでも、散々苦労してやっとそこまでたどり着けるくらいだし、そのままずっと続けなきゃいけないみたいだから。

 ――そんなに……そんなに大変だったら……やっぱり、やめちゃった方がいいんじゃないの? 明かりなんて、あれと、あれで、十分でしょう?


 彼女の指の伸びた先で、地平の向こうから一方がその姿を現しつつあるために、町を満たしていたもう一方が薄まりつつあるのを、少年は見た。しかしたとえそう見えていたとしても、彼には、どんな記憶の中の光景よりも、輝きが増しているように思えた。そしてそれがきっと、直接目にしなくとも向けられているのがはっきりと分かる彼女の指や目によって引き起こされているのだろうということは、ほとんど完全な確信となっていた。


 ――みんながそうやって思えたら、いらなくなるのかもしれないね。まだ、そうなってないだろうから。

 ――そっかぁ……確かに、フェルセが言ってくれた通りだね。

 ――何が?

 ――同じところに戻るのだって、難しいんでしょ? だから、いらなかったときが昔にあったって、そこに簡単には戻れないんだろうなあ、って思って。

 ――きっと、そうなんだろうね。

 ――まあ、私には、もう一回あんなのを作ったり、あんなのがあって当たり前の頃に戻る方が、よっぽど難しい気がするなあ。全然、想像もできないし……今だって、壁の中のことは、そうだけど。

 ――僕にも、君の生活が分からないから……同じだね。

 ――今だけは、どうしてるのかは知ってるのも、同じだよね。


 彼女を見つめ返す少年の顔は微笑んでいた。そして彼女も同じように、あえてそうしようともしないまま、笑っていた。


 ――分かったよ、何を覚えてればいいか……最初から知ってたのかもしれないけど。


 一度言葉を止め、息をついてから、彼女は続けた。


 ――向こう側に、フェルセがいるっていうことだけでいいんだ。それだけあれば、壁があって見えなくても、必要なことは全部、忘れないから。前の時のことも、今日のことも、教えてくれたことも、感じたことも、全部。


 そう告げた彼女の口調は、確信に満ちていた。そして実際にその言葉の通りだった――それを確かめられたのは、彼女自身にとっても、言葉を聞いた隣の少年にとっても、ずっと先のことだったにしろ。

 いつの間にか接し、重ねられていた少年の手の感触は、彼女が想像できなかったほどの熱や存在感を持っていた。それをもう一度認識して、彼女はひどく驚き、そして何より、その感触が自分の顔をひどく熱くしていることに気づいた彼女の、いくらかぎこちなく、しかし自然と、はっきりとした笑顔を瞳に映しながら、少年は頷き、互いの掌を重ね合わせた。その熱に、彼もまた驚かされ、彼女の表情の意味を理解した。

 戸惑いながら、しかし二人はその先にあるものを見つけ出そうとして、文字通り手探りに、互いの指や掌を互いに撫でた。そしてぴったりと重ねられる方法を見つけ、手をしっかりと握りしめる。二人がまっすぐに見つめる先の地平では、薔薇色の指をした暁の女神が、その姿を見せつつあった。


<完>

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