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約束、その傍らに幸あれ  作者: 入江晶
2. 祭の日
11/12

2-5. 世界を見下ろしながら(3)

 ――離れてるから、つながっていられるのかもしれない。戻ってきたいところがあるから。いろんなことがあって、変わっていっても、同じところに戻りたいって思えるし、そう願えるから、さ。

 ――壁の中でも?

 ――うん。僕たちも向こう側で、そういう方法を探してるんだよ。どうすれば、自分たちが区切った線からはみ出さずに、おかしなことにならずに、始めたことを終わらせて、それをまた続けていけるか、って。車輪が回っていくみたいに。

 ――へえーっ……なんか、不思議だなぁ。自分たちで作って、始めちゃってから、そんなやり方を考えなきゃいけないなんて。

 ――考えてなかったものが、壁の外にいっぱいあるんじゃないかな。


 彼女の目から外れた少年の視線に沿って彼女が目を向けた先には、覆う闇がほんの少しだけ薄まりつつある荒野があった。目印あるいは境界となる、ほとんど枯れた川に架かった橋の向こう側、起伏し、山が陰を落とし、そして、今ではいびつな柱か壁でしかないものが立ち並ぶ一角に行き着く。

 彼女には、自分たちの付けた轍がそこから伸びているのを見分けられる気がした。荒野はその先にも周囲にも、延々と広がっている。初めて見下ろしたその光景に、彼女はぞっとするほどだった。それは暗く、そこには、巨大なもの、見知らぬもの、内側や向こう側の窺えないもの、そしてまだ見たことも立ち入ったこともないものが、あまりにもたくさんあった。そしてどれだけのものがそこにあって、どれだけ複雑な模様を呈していても、彼女には、ひたすらに均質で空虚な光景であるように思えた。


 ――確かに。なんにも知らない私たちに、こんなふうに残すなんて、思ってなかったんだろうしねえ。自分たちが作ったら、ずーっと続いて、ずーっとそのまま残っていくって、思ってたのかなあ。

 ――思ってたから、今、こんなふうに残ってるだよ……きっと。じゃなかったら、今の、そのときのことしか考えてなかったのかもね。

 ――そっか。でも、あんなに大きなものとか、わけわかんないくらい手が込んだものを、あんなにたくさん作って、どこか行っちゃうなんて……変なの。

 ――僕たちには、そう見えるのかもね。ずーっと時間が経った後に、見てるから。

 ――あはは、まあ確かに、なんかずるいよね。今の私たちが生活してるとこだって、みんないなくなったら、何なのか分かんないだろうしねぇ。

 ――僕のいる方に比べたら、ずっと分かりやすいと思うよ。今の僕にも、全然分からないから……なんでこんなものがこんなことをできるんだろう、って。


 口を閉じた少年の顔、続けてその視線の向いた先を見た彼女の目に、壁の内側の世界が映った。真っ暗だったその場所は、少年の顔に浮かぶわずかに物憂げな表情がそうであったように、徐々に陰影の模様を帯び、彼女の前に姿を現しつつあった。

 壁に囲まれた中にはいくつもの四角い建物が並び、それは、彼女の住む場所で見られるものとはまるで似ていなかった。もっと背が高く、もっとのっぺりとして、もっと規則的で、もっと密集していた。そしてそんな精密すぎてかえっていびつに見える帯の奥に、さらに巨大な、円形の屋根が横たわっている。それは囲む壁とその内側の建物たちとともに同心円を描き、さながら軸や芯のように真ん中にあったが、その占める領域はあまりにも大きかった。単に空間的な位置としてそうである以上に、この町、壁で区切られた場所の中心にあるのだと、初めて目にしたデメットにもはっきりと分かるほどに。そしてその後方には、眼下のほの明るさよりもずっと明瞭な光が連なっていた。


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