従者
三題噺もどき―さんびゃくごじゅうさん。
心地の良い秋晴れの日。
ときおり優しく吹く風は少し冷たい。
目の前では、両手に収まるほどの人数だが、それぞれが肩を寄せ合い、顔を寄せ合い、楽し気に会話をしている。
少し暑苦しそうに見えるが、涼しい風が吹いているから平気かもしれない。
「……」
その様を、少し離れた所から見ている。
会話を楽しんでいる人々は、皆が皆煌びやかな格好をしている。
きっと、全部高価で簡単には手に入らないようなものばかりなのだろう。
「……」
離れた所から見ている僕は、いわゆる従者というやつに分類される。
ありがたいことに、この会の主催者の一番近い位置に立つことを許されていたりする。
今は、他者と話をしているから、離れているようにと言われたので、視界に主催者が入る位置に立っている。
「……」
呼ばれるまではここで待機だ。
一応、万が一に動かないといけない身でもあるので、ある程度全体も見渡せる位置にいたりもする。
誰が誰と会話をしていて、誰と誰が食事をしていて、誰と誰が離れていって、誰が1人でいるか。
「……」
もちろん、一番目を配るべきは自分の雇い主である。
―1台のアンティーク調の机に座り、扇子で口元を覆いながら楽し気に会話をしている、1人の女性だ。
主催者である彼女の元には、たくさんの人が次から次へとやってくる。
その中に少しでも不審な人間がいないかを見張るのが一番の役目である。
「……!」
その彼女がこちらへと向けて、ひらりと扇子を振る。
―そろそろ休憩がしたいらしい。主催が引っ込んでいいモノかと何度か淘汰が、主催だから別にいいのだとよく返される。
……おかげで、いいタイミングができたことも事実なので、特に言い返しはしない。
「……失礼…」
彼女の元へと歩を進める。
他の客の邪魔にならないよう気を配りながら、だ。
腕に日傘をかけているので、それがあたりでもしたらことなのだ。
ここに来るような人は、彼女をはじめ、皆が皆してプライドが余計に高い。
少しぶつかれば悲鳴を上げるし、汚れでもしたらヒステリックになる。
……だから嫌いなのだ。
「……お話し中申し訳ありません…」
到着した先では、まだ会話が弾んでいた。
休憩がしたいなら、自分で切っておいて欲しいものだ。
こういう嫌われ役までしなくてはいけなくなる。
……別にいいのだが。この会話の相手に会う事は二度とないし。
「緊急の電話がきておりまして……」
休憩の合図が来たときは、毎度こうして何かしらの文句をつける。
そうでもしないと離してくれない人が多々いるのだから、全く面倒で仕方ない。
一応、そこそこ大きな会社を経営している体はあるので、これで大抵は通る。
こんな時間の無駄を費やしている余裕は金銭的にも時間的にもないのだ。
……他に仕事を押し付けでもしていない限り。しわ寄せが他に行っていない限り。
「……申し訳ありません」
少し不満げな顔をする客人に頭を下げつつ、彼女の手を取る。
本人が休憩を望んでいるのだから、そんな顔をされてもどうにもできない。
……どうせつまらない話を長々としてたのだろう。
「……」
庭から室内へと戻る。
カーテンが閉め切られた室内に入り、ようやく力が抜けたのか。
ふぅと、溜息をつく彼女。
もちろん、室内に入る前に客人への声掛けは忘れていない。
「……」
お茶会もいい加減めんどうよね、金も馬鹿みたいにかかるし―
そういいながら、ひらりと扇子を回す。
……ならばしなければいいものを。無駄なプライドプラを満たすためだけに金を消費して、他人の生活を苦しめるくらいなら。
「……」
何か小言を言いながら、自室へと歩き進める彼女の後ろを静かに歩く。
悟られないよう、頭の中を整理する。そんな能力はないだろうけど。
別に混乱しているわけではない。
……この後すべきことを再度確認していくだけだ。
……胸の内にある憎しみで、己が暴走しないように落ち着かせなくてはいけない。
……両親も兄弟も失くした原因を目の前にして。
「……」
ねぇ、あなたもそう思うでしょう―
そういいながら、扇子を口に当てて、にこりと微笑み振り返る。
……最初から最後まで嫌な笑みだ。
「……えぇ、そうですね」
パン――
「……」
乾いた音が鼓膜を叩く。
同時に、目の間で扇子が舞う。
ジワリと赤が広がっていく。
外にも音が聞こえたのか、騒がしくなり始めた。
「……」
ゆっくりと落ちていく彼女を見やりながら、手に持つそれを静かに胸の内へとしまう。
足音がいくつかこちらへと向かってくる。
さっさと離れるとしよう。
これ以上、ここに居る意味はない。
「……」
最後だと、深々と頭を下げ、先を急ぐ。
彼女の横を通り過ぎ、くるりと角を曲がったあたりで。
後ろから悲鳴が聞こえた。
お題:憎い・扇子・プライド