第99話 闘技場での出会い
私たちはしゃがみこんでしまっていた。
あたりに散らばるのは、魔物たちの死骸。ファビアン様を援護するために戦い始めた私たちだったが、撃退すると同時に疲れ果ててしまったのだ。
私の隣では白い光が放たれていた。ニナ様の光属性を使った回復魔法だ。魔物との戦いで傷ついていた2人の女子生徒を回復しているのだろう。
「一応、最悪の事態は脱したかな。私の腕じゃあ、このくらいがせいぜいだけどね。師匠とか、マリウス様とかあの聖女なら、もう少しなんとかできたはずだけど」
「いえ、助かりました。僕たちの水魔法だと、応急処置をするので精いっぱいでしたから」
ファビアン様が感謝を伝えるように頭を下げた。
「でも、王国の光魔法はやっぱりすごいですね。僕の国では、白の魔力なんて自分以外を傷つけることしかできなかったですから」
「この辺りはへリング家のご先祖様のおかげかな。その方が白の魔力を研究してくれたから水以上の回復を扱えるようになったんだ。まあ、回復にも状態回復にも、それ相応の技術が要求されるんだけどね」
ニナ様が額の汗をぬぐった。
「でも、ちょっと落ち着ける場所で休ませたいな。もっとちゃんとした場所で魔法を掛け直したい。このままじゃ、傷が残っちゃうかもしれないし」
「学園に戻るにしても時間がかかりそうですね。ここからだと闘技場のほうが近いのかな? あそこは怪我をした人が休む部屋もあるでしょうし」
闘技場と聞いて私はためらった。
たしか、今闘技場に詰めているのはユーリヒ公爵の関係者だったはず。そんな人が、私たちの力になってくれるのか。私もそうだけど、下級貴族出身のゲラルト先生はつらい思いをするかもしれない。
「えっと、今闘技場にいるのはユーリヒ公爵の息子さんでしたよね? そんな人が、私たちの力になってくれるのですか?」
「わからないけど、背に腹は代えられないんじゃない? さすがに女の子に傷を残しちゃうのは、ねえ」
私たちがそんな話をしている時だった。こちらに誰かが近寄ってくるのが見えた。最初はゲラルト先生も警戒していたが、駆け寄ってくる影を見て安堵の息を吐いた。
「オリヴィア君」
「ああ! ゲラルト先輩! そうか! 先輩が来てくれたのですね!」
走り寄ってきたのは1年生の担任のオリヴィア先生だった。ゲラルト先生を見て安心したのだろうか。彼女はあからさまにほっとしたような声を上げた。
というか、彼らの姿に驚いた。
オリヴィア先生は一年生の担任を任された教師で、前に見たときは身なりがきちんとしていた気がする。でも今は、服はボロボロで返り血で汚れている。先生についていった女子大生も、鎧のいたるところに傷がついている。
「生徒たちに接触する前に魔物を倒すつもりでしたが、駄目ですね。私たちのほうも思わぬ苦戦を強いられてしまいました」
「そちらのほうも危険な相手だったのか?」
オリヴィア先生はため息交じりに答えた。
「ええ。エキュルイユにツイーロスに・・・。それに、ゴブリンシャーマンまでいたんです。それも、召喚魔法を扱える奴が」
ゴブリンシャーマンと聞いて、私たちは顔を見合わせた。
召喚魔法を使うゴブリンシャーマンによって王都が危機に晒されたのはつい先日のことだった。ハイリー様と一緒に倒したばかりなのに、他の個体がいたということか。
「なんと・・・。それでそいつは?」
「倒しました。でも、オーガとブラッドボーンを召喚されちゃって。護衛の魔物も多かったし、かなり厄介な相手でした。えっと、そちらのほうは?」
おそらくゴブリンシャーマンの戦利品だろう。杖を掲げたオリヴィア先生を見てゲラルト先生は考え込んだ。
「こちらも魔物は多かったな。エキュルイユにイナグーシャに・・・。ウェディンゴまで現れた」
「え? ち、ちょっと待ってください! ウェディンゴまで出たんですか?」
女子大生の一人が先生たちの話に割って入った。オリヴィア先生は眉を顰めたが、ゲラルト先生は真摯な顔で答えていた。
「ああ。エキュルイユに種撃されていたところを襲われてね。後衛ばかりを狙ってきて本当に厄介だった。まあ、アーダ君のおかげで何とか撃退できたが」
「馬鹿な! ウェディンゴを見かけたのはもっと南のはずだ。こんなところまで、あいつが出張ってきたというのですか!」
オリヴィア先生は女子大生を睨むが、ゲラルト先生に向きなおると深々と頭を下げた。
「ウェディンゴを撃退するとは、さすがは先輩です。それも、後衛に犠牲も出さないとは」
「いや。犠牲が出なかったのはアーダ君のおかげだ。だが怪我人が出てしまってね。光魔法で回復はしたものの少し休ませてやりたい。ここからなら闘技場が近いと思う。あそこで少し生徒たちを休ませたいが、少し手を貸してくれるか?」
ゲラルト先生が答えると、オリヴィア先生はあからさまに動揺したようだった。
「し、しかし今の闘技場は」
「女生徒に怪我をさせてしまった。命に別状はないが、傷のない状態にするにはゆっくり休める場所で治療を行う必要があるらしい。闘技場であれば問題がないはずだ。頼めるな」
ゲラルト先生の強い言葉に、オリヴィア先生はあきらめたように頷いたのだった。
◆◆◆◆
「それにしてもすげえや。ウェディンゴを一撃たぁな。闇魔法を使ったわけでもないんでしょう?」
「ん? ああ。そうだな。あれは闇魔法とは違う。まあ、相手を操るような闇魔法でも代用はできるんだが、あれはちょっと違う技術だな」
フォンゾ様の疑問にアーダ様が答えている。その様子からアーダ様がベール家でうまくやっているのが察せられてちょっとほっとしてしまう。
「えっと、ちなみにどうやったんです? いや、秘術みたいなもんだからいえないのは分かるんですが、ヒントだけでも」
「ん? ああ、いいぞ。結構古い技術だから、図書館で専門書を読めばある程度は予想できると思う。まあ、私の場合はバルトルド様の書物から学んだ面もあるんだがな」
そう言えば、アーダ様は一時期ずっとおじい様の資料を読んでいたわよね。もしかしたら、アーダ様はあのよくわからない資料から何かを掴んだのかもしれない。
「あれは、相手の魔力を操って内部から破壊したんだよ。属性と波長を合わせれば、闇魔法を使わなくても一瞬だけ敵の魔力を操ることができるからな。さすがに魔法陣を描かせるのは難しいが、暴走させるだけならなんとかなるんだ」
聞いていた全員が絶句していた。
魔力という者は基本的に使った本人にしか操れないもののはずなのに、アーダ様はこともなげにそう言ったのだ。
「え? 敵の魔力を暴走させる? え? そんなの、できるはずがないっすよね?」
「いや、条件は厳しいができないわけじゃない。魔物は属性が固定されているし、波長も読みやすい。魔力を一瞬だけ操って暴走させるだけならできないこともないんだ。確か、かつて天才と呼ばれた帝国の魔法使いは、人の魔力すらも操ったらしいからな」
いやそれ、帝国でも本物の天才と言われた人のことよね? 確かその人って、あのヨルン・ロレーヌと並び称されるほどの人だったなず。
「ウェディンゴの場合は、魔力がでかいわりに制御は全然だ。あの程度なら、暴走させることくらいは難しくないさ」
「いや無理だから。魔物でも相手の魔力なんて操れないから。闇魔法を使ったと言われたほうがまだ信じられるから」
フォンゾ様が真顔でそう言った。
私も同感だし、確かアーダ様って、ウェディンゴと戦ったのは今日が初めてのはずよね? つまりアーダ様は、初めて会ったにもかかわらず、波長を読み切ったということになる。
「叔母さん・・・。どんだけ制御と目を鍛えてるんすか。そんなのできるなんて教師にもいないんすけど。本当は闇魔法でも使ったんじゃないです?」
「闇魔法で魔物を操るには私ではレベルが足りんよ。おそらく、レベル3。それも、後天的じゃなくて先天的に資質が優れた人しかできないと思う」
フォンゾ様が混乱したような顔をしている。
「えっと。後天的に闇の資質が目覚めるって聞いたことはあるけど、先天的の人と違ったりするんすか?」
「ああ。先天的の資質と後天的のそれでは大きく違うんだ。先天的の奴が本来の資質で、後天的なのは魔力がまじりあったケースだな」
そんな話を聞きながら歩いていると、闘技場の入口が見えてきた。警戒する彼らにゲラルト先生が声をかけ、それに守衛が答えていると、闘技場の奥から数人の男たちが出てきた。
6人の、男たちだった。
雰囲気から察するに、彼らはおそらく貴族ではないだろうか。みんなきれいな鎧と武器を帯びているようだが、どこか雰囲気が軽いというか、高価な装備をまとっているにしては警戒心が足りない気がする。
彼らは軽薄な表情のまま、ゲラルト先生に話しかけた。
「これはこれは。ゲラルト・ドライス様ではないですか。栄えある学園の教師が、こんなところに何の用です?」
「討伐任務の途中で生徒が少し傷を負いまして。少し休ませていただけないかと尋ねてきた次第でございます」
丁寧に答えたゲラルト先生に対し、男たちの態度はちょっと無礼に感じる。あからさまに見下したまま、言葉を続けた。
「ふっ。あなたが率いるということは、生徒たちとはいえ身分が高くはなさそうですね。怪我をするほうが間違っているし、どうせ大した傷でもないでしょう? 過保護なんですよ。休んでいないで、学園にすぐ戻ったほうがいいのでは? なに、学生たちはこれを機に成長してくれますよ」
「少し休めばすぐに発たせていただきます。救護室をお貸しください。馬車が到着しましたらすぐに移動しますので」
頭を下げるゲラルト先生を、男たちは見下すような目で溜息を吐いた。
「しつこいな。たかだか下級貴族ごときが、おとなしく我々に従いたまえ。ここでは我らの研修が行われている。引率に君のようなどうせ、下級貴族の生徒たちだ。私たちのように貴重な属性を持つわけでもないし、とっとと下がれ」
「き、貴様ら! この素晴らしいゲラルト先輩に何たる口を! 貴様らこそ、今まで何の役にも立っていなかっただろうが! 貴様ごときが! 貴様ごときがぁ!」
ぎょっとして振り向くと、オリヴィア先生が目を血走らせて男たちを睨んでいた。いつもは上品な印象があるのに、その変わり様に戸惑ってしまう。
動揺したのは男たちも同じだった。豹変したオリヴィア先生に焦るかのように、必死でなだめだした。
「え? ライニンゲン侯爵令嬢!? あ、あなたがなぜ! あなたに言ったわけではないのです!」
「同じことだ! この人はお前らとは比べられないくらいの人なのだぞ! それを機様ら無役の貴族ごときが!」
すごい形相で食いつくオリヴィア先生に私たちはあっけにとられてしまう。当のゲラルト先生が必死でなだめているのを、聞いているのかいないのか・・・。
「騒がしいな。何事だ」
闘技場の奥から現れたのは、6人の男たちよりも上質の服を着た男だった。身なりからして、かなりの高位貴族。その男は、闘技場の前で騒ぎを起こした私たちを胡散臭そうに見ていたのだ。
「い、いえ! ユーリヒ公爵令息! 違うのです! この者たちが、たかが学生のくせに闘技場の施設を使いたいとのたまいまして!」
その男――ユーリヒ公爵の3男のフロリアン・ユーリヒは、大学生が傷ついた女生徒を運んでいるのを目にした。そして不機嫌そうな声で、私たちに言葉を返したのだった。




