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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第5章 星持ち少女と異国の魔物
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第97話  ウェディンゴ討伐 ※ フォンゾ視点

※ フォンゾ視点


 一瞬にして囲まれてしまった。後方からはウェディンゴが、そして目の前にはイナグーシャに率いられた魔物たちが向かってきている。


 魔物に囲まれている状況だったが、援軍もあった。ウェディンゴはゲラルト先生が相対し、イナグーシャにはアメリー先輩が取り付き、ファビアンは魔物たちを抑えている。すぐに先輩の隊の人たちも追いつくだろう。


 なら、俺の役割は? 後ろから迫ってくるウェディンゴの足止めだ。


「くそが! エアスラッシュ!」


 言葉とともに、俺の右手に空気が集まってくる。そして刃のような形を作ると、ウェディンゴめがけて進んでいく!


 完璧なタイミングだった。ゲラルト先生の攻撃に合わせた今なら、たとえ共和国最強クラスの魔物だって、直撃は避けられないはず!


 だが、ウェディンゴは巨体に見合わぬスピードで風の刃を躱していく。そしてあざ笑うかのようにこちらを見て唇を吊り上げるが・・・。


「ぎゃう!?」


 唐突に、ウェディンゴは顔をのけぞらせた。驚いてわずかな気配を頼りにそちらを見ると、左手を上げた叔母が厳しい目で魔物を睨んでいた。


「毛皮か・・・。魔力がなくても、体そのものが固いんだな。筋肉が体を守っているようだし、少し厄介かもな」


 叔母さんはそうつぶやくと、素早くその場から飛びのいた。次の瞬間、それまで叔母さんがいた場所にウェディンゴが勢いよく飛び掛かっていた。


 大量の土煙が巻き起こった。奴の顔が俺を見た気がした瞬間、俺はロミーを抱え素早くその場を後にした。


「え? な、なにが・・・」

「お前も来い! ウェディンゴの狙いは俺たちだ!」


 サミュエルが慌てて俺に続いた。こいつの背中を押し、その場を離れようとした瞬間だった。奴がいつの間にか近づいていて、俺をなぎ倒さんと腕を振りかぶっていた。


「ちぃ! くそが! 叔母さんの次は俺かよ!」


 拳が振り下ろされた。何とか飛びのくが、衝撃波に吹き飛ばされてしまう。なんとか着地して後ろに逃げだすが、背中を追ってくる気配は消えなかった。


 逃げる俺を捕まえようと手を突き出してくるウェディンゴ。その手が俺に届くかと思った瞬間!


「ぎゃう!」


 その額に、またしても風のかたまりが直撃した。叔母さんの風魔法だ。


 叔母さんの魔法はヤツの障壁を打ち破り。奴の顔に当たったはずだった。でも奴は、声こそ上げていたが大きなダメージを受けた様子はなかった。


「だ、駄目だ! 魔力の色が薄すぎてダメージになっていない!」

「しゃべんな! 舌を噛むぞ! 逃げることだけ考えろ!」


 悲鳴のような声を上げるサミュエルを、叱責しながら引っ張っていく。


 叫ぶくらいなら魔法の一撃でもくれてやればいいのに。そしたら少しは見直すことができる。まあ、俺たちごときの魔法ではウェディンゴを傷つけられないという判断かもしれないが。


「げはははははは!」


 ウェディンゴがおぞましい声を上げていた。奴の狙いは、明らかに俺たちだ。野郎、弱いやつから先に仕留めようってのか! まあ確かに、ゲラルト先生や叔母さんと比べると俺たちのほうが倒しやすいのかもしれないが。


「当てられるけどダメージを与えられない叔母さんよりも、魔力の質は高いけど当てられない俺たちを狙ってきたってことか。万が一ってこともあるからな。後衛から倒すのは賢いのかもしれないけどよ!」


 思い切り愚痴を言う俺だったが、ふとウェディンゴを見ると、笑いながら両膝を曲げて体を沈めたのが見えた。


 止まった? いや違う! 足をばねのように縮めているのだ!


「ぎゃははははははは!!!!!」


 目が合った。薄気味悪いほどの、奇妙な笑顔! 足を伸ばしたウェディンゴがすさまじいスピードでこちらに飛び掛かってきた!


 周りの景色が急に緩やかになった気がした。ウェディンゴがゆっくりと、だけど確実に近づいてくるのが見えた。周りの動きも緩やかだ。だがそれは俺も同じで、逃げようとする俺の動きも緩慢だった。俺がその場を移動するよりも、ウェディンゴが近づいて殴りつけるほうが早そうだ。俺は顔をゆがめながら、必死で体を動かそうとしていた。


 奴の拳がゆっくりと俺に迫ってきた。そして、あと少しで俺に当たる瞬間だった。横から風が起こったと思ったら、ウェディンゴが吹き飛んでいった。


「え・・・。あ、先生!」


 先程までウェディンゴがいた場所にゲラルト先生がいて、盾を突き出したまま停止していた。


 周りの動きが急速に戻ってきた。そうか。俺は集中するあまり、時間を遅く感じていたんだな。


「大丈夫か。構えは解くなよ。まだやつを仕留めたわけではない。アーダ君の魔法でも、奴を倒すまでには至らないようだしな」


 呆然とゲラルト先生を見ていたが、あわててウェディンゴの姿を探した。


 奴はすぐに見つかった。ゲラルト先生に突き飛ばされたようだが、すぐに上体を起こし、首を振ってこちらを睨んできた。そしてこちらに向かってゆっくりと体制を整えていった。


「ウインド!」


 奴の頭に、再び土の弾が放たれた。空気の弾はあっさりと奴の魔力障壁を打ち破り、その頭を打ち抜いていく。


 魔力障壁をものともしないそれは、アーダ叔母さんの仕業だった。


「くそっ! 魔力障壁は発動していないのに、それでもダメージがないってかよ! ならこれでどうだ!」


 俺は吐き捨てながら、ウェディンゴめがけて風の刃を放った。しかし奴は余裕の表情で俺の魔法をあっさりと回避した。そして次の瞬間、さっきのようにばねを縮めるかのように足を屈伸させていく。


「ま、またくるのか!?」


 サミュエルが情けない声を上げた。どうやらウェディンゴに恐怖を感じているようだが、弱音を吐くくらいなら魔法の一つでも撃ってくれ!


 ウェディンゴが再び突撃しようとした瞬間だった。


「甘い!」


 ゲラルト先生が突撃しようとしたウェディンゴの出だしを体当たりでつぶした。そしてそのまま連撃を繰り出し、ウェディンゴは傷だらけにしていく。でも、おそらく致命傷にはなっていない。分厚い筋肉と毛皮に阻まれて深手を与えることができないのだ。


「くっ! すまないが、少し時間がかかりそうだ。ウェディンゴから目を離すなよ! ヤツは後衛に狙いを定めている。そちらをターゲットにせんとは限らん! アーダ君。ここは私に任せて、一年生を守って」

「いえ。次で仕留めましょう」


 叔母さんの言葉に全員がぎょっとしてしまう。


「な、何を言っているんだ! 当てられるけど全然ダメージになっていないじゃないか! 弱点属性を使っているのに! あんたじゃ色が薄すぎるんだよ! 時間がかかっても先生に任せておけばいいんだ!」

「アメリーが珍しく苦戦している。セブリアンが助けに行ったようだが、少し精彩を欠いている気がする。こちらに時間をかけるわけにはいかない」


 叔母さんがウェディンゴから目をそらさずに言った。


 俺はあわてて周りの様子を伺った。


 こちらと相対しているウェディンゴ以外にも、大量の魔物が押し寄せていた。ファビアンも、テレサと協力して迫りくる魔物たちを必死で抑えていた。あいつらと大学生たちが何とか他に魔物がこっちに来るのを防いでくれているのだが苦戦が見て取れた。


 そして問題のアメリー先輩だった。


「なっ! アメリー先輩が苦戦している? たかがイナグーシャの一体に? いやイナグーシャは決して侮れる相手じゃないんだけど!」


 あそこのスピードはすさまじい。目にもとまらぬというのはこのことを言うのだろう。だけど、あの星持ちのアメリー先輩が押されているようだ。俺から見てもわかるくらいに精彩を欠いていて、イナグーシャの猛攻に押されている。その証拠に、泥で汚れた先輩に対し、イナグーシャには傷一つない。


 あれでは、叔母さんが焦るのもわかる気がした。


「あんた! 頭おかしいんじゃないか!? あんたの魔法、全然効いていないんだよ! 証拠に、フォンゾ様の攻撃は避けるのに、あんたのは避けもしないじゃないか!」


 怒鳴り声で意識が引き戻された。そちらを見ると、サミュエルが叔母さんに指を突き付けて叫んでいだ。


 どうでもいいけど、その人はベール家の養女で俺の叔母さんだからな? 伯爵家子息のお前が文句を言える身分じゃないんだからな?


 だけど叔母さんはウェディンゴを睨んだまま、静かに俺に語り掛けてきた。


「フォンゾ。魔法使いにとって属性の強弱は重要だ。たとえ資質が低くても弱点属性なら魔力障壁を打ち破れるかもしれないからな。だけど、私たち魔法使いにはもう一つ恐れなければならないものがある。自分の魔力障壁と、同じ属性さ」


 絶句してしまう。


 相手の弱点となる属性を使うのは魔法使いとしての常識だ。現に、叔母さん自身もウェディンゴの土を得意とする風の魔法を使っている。それなのに、叔母さんは同じ属性の魔法にも気をつけろというのか。


 ちょっとだけ目を離して叔母さんを見てしまう。だけどその瞬間、魔物に動きがあった。


「ごおおおおおおおおおおお!」

「ちっ! やはり後衛を狙っているのか! 狡猾な!」


 ウェディンゴはこちらに向かってこようとしているが、ゲラルト先生がそれを許さない。素早く回りこんで見事に足止めしていた。


 てか、この先生、山賊みたいななりなのに本当に優秀だな。うちのテレサや大学生だったらとっくに抜かれてしまっていただろう。


「さて。やるか」


 ゲラルト先生の奮闘を見て、叔母さんが祈るように手を組んだ。


 叔母さんの前に出たのは黄色い魔力の塊だった。色は薄い。俺の魔法や、さっき使っていた魔法よりも透明に近い気がする。


「ふ、ふざけるな!あんな薄い、しかも相手と同じ土魔法でウェディンゴを倒そうとでもいうのかよ!」


 唾を飛ばしながらわめくサミュエルは正直うっとおしいが、気持ちはわからないでもない。あの土の魔力はさっきの風魔法よりも明らかに薄かった。あれでは、ウェディンゴに届かせることすらもできないんじゃないか?


 ゲラルト先生とウェディンゴの戦いは続いていた。ウェディンゴの猛攻をゲラルト先生は剣と盾で巧みに反らしている。一方で、先生の反撃も、致命傷には至らない。ウェディンゴの傷は増えているのに、勢いはむしろ増しているようなのだ。


「ぐおおおおおおおお!」

「はああああああ!」


 ウェディンゴの拳を盾で反らし、反撃の剣で相手を吹き飛ばす。ゲラルト先生のしびれるような剣戟で、ウェディンゴと先生との間に5歩ほどの距離が生まれた。


 その隙を、逃すような叔母さんじゃない。


「シンクロニティ」


 土の魔力が勢いよくウェディンゴに向かっていく。危機感を感じたのか、ウェディンゴは拳で叔母さんの魔力を破壊しようとするが、魔力の弾は途中ですっと横に避け、ウェディンゴのみぞおちあたりに浸透していく。


「が、が・・・う?」


 自分の腹に土の魔力が入っていくのを呆然と見つめたウェディンゴ。しかし、すぐには何も起きない。あいつはほっとした様子だが、すぐに怒りに顔を染めてこちらに突撃してきた。


「ほ、ほら! 色の薄い魔法なんて効果がないんだよ!」

「ま、待て! なんか様子がおかしい!」


 こちらに向かおうとしたウェディンゴが急に立ち止まり、腹を抑えてうずくまる。そして目を見開いて叔母さんを見ると、


「あ・・ああ・・・ああああああああああああ!」


 大口を開けて叫びだした。相対していたゲラルト先生が、武器を構えたまま絶句していた。


 何が起きたかはわからない。だけど、叔母さんの魔法を受けてウェディンゴはあからさまに苦しみだした。


「うわっ! うわっ! うわわわわわああああああああ!」

「残念だが、終わりだ」


 叔母さんが言った瞬間だった。ウェディンゴの腹が風船の膨らみ、そして・・・。


 ぱあああああああああああああん!


 一瞬にして破裂した。


 胴体に大穴をあけられたウェディンゴは茫然と自分の腹を見つめた。口からは大量の血が吹きこぼれている。そして天に向かって手を伸ばし、何かを叫びながら倒れ伏した。


「な・・・。え?」


 サミュエルが呆然とその様子を見ていた。恐るべき脅威が去ったというのに、実感はない。ウェディンゴが倒れたのを目の当たりにしたのに、理解が追い付いていないのだ。


「闇魔法? いやしかし、叔母さんは黄色い魔力を作り出したはずだ」


 俺は今見た光景を消化しようと頭を巡らせた。


「フォンゾ君! 考えるのは後だ! 今は、他の生徒たちを!」


 ゲラルト先生はすぐに近くの魔物に駆け寄っていった。この辺りはさすが学園の教師といったところか。衝撃を受けただろうにいち早く立ち直って生徒たちを守る行動に出ている。


「おっと。確かに考えている暇はないな! サミュエル! 悪いが、ロミーをたのんだぜ! ファビアンを援護しねえと!」

「え・・・。あ、ああ! でも!」


 逡巡するサミュエルには答えず、俺もすぐに仲間たちの元へと駆け寄った。


 すでにゲラルト先生は魔物と切り結んでいるし、叔母さんも近くの魔物を攻撃し始めている。即座に次の行動に移れるのは、経験の差だと思いたい。


「ちきしょう。かなわねえな。教師はともかく、叔母さんとこんなに差があるなんて。でも俺だって!」


 そうして俺も、ファビアンを援護すべく魔物たちめがけて魔法を放つのだった。

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