第95話 討伐任務と救援と ※ 後半 フォンゾ視点
少し中央大陸の話を追加しました。
休みが明けてすぐのことだった。
私たちは、ハンネス先生に呼び出され、学園長室に招かれた。学園長は私たちを見ると、疲れたような顔で笑いかけた。
「ああ。アメリーちゃん。ごめんね」
「いえ・・・。その、ハンネス先生から聞きましたが、これから討伐任務ですよね? えっと、その前に何か御用ということですか?」
私が聞くと、学園長は困ったような笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね。普通ならすぐにでも討伐に向かってもらうんだけど、あなたたちは一応聞かせておこうかと思って」
学園長はそう言うと、職員に命じて私たち一人ひとりに書類を配らせた。そこに書かれているのは、この国では存在しないはずの魔物たちについての情報だった。
「えっと。これは外国の魔物に関する情報ですよね?」
「そう。昨日の調査で共和国の魔物が見つかったのは知っているわよね? もしかしたら、国外の危険な魔物と出会う可能性がある。だから、あなたたちにこの情報を渡しておこうと思って」
私は学園長の顔を見上げ、再び書類に目を落とした。ヴァルティガーやウェディンゴなど連邦や共和国で暴れている魔物だけでなく、キマイラやヒュドラなど中央大陸で出現する魔物についての情報もあった。
「特に旧帝国領には注意が必要なのよね。昔は帝国からの諜報員がこの国でさんざん悪さをしていたし。一時は落ち着いてきたけど、最近また騒ぎ出したという話も聞く。どうやら北の結界が壊れた情報が浸透したらしいの」
「えっと・・・。帝国って、確か昔に闇魔に滅ぼされたんですよね? そのときに帝位継承者がほとんど死んじゃったとかで、国としては完全に体をなさなくなったとか」
ニナ様が思い出しながら言った。
そうよね。勢力拡大に躍起になった帝国が滅ぼされたせいで、今もあそこは戦乱が続いている。何代か前の帝国皇帝の子孫を担ぎ出したり、新興国が起こったりでややこしいことになっているそうだ。
「確か、今は帝国の後継国を名乗る国が幅を利かせてるんじゃなかったでしたっけ? ワイマール帝国。精霊教の総本山のセント・ソール大聖堂を領地に持ち、そこから認可を受けたとか聞きましたけど」
「いろんな国が林立しているからわけわかんないよね。精霊教って言ってもうちとは関係なさそうだし」
ニナ様と顔を見合わせた。
旧帝国がある中央大陸は、今でも血で血を洗うような戦国時代になっているらしい。それぞれの領の当主が立国して覇を唱えるようになったとか。
「私は認めませんよ。ワイマール帝国なんて。第一、巫女様の存在を認めないあの国に、なんの意味があるっていうんですか!」
鼻息荒く言うメリッサに、ニナ様すらも慌てて汗をぬぐった。精霊教の話は深くしないほうがいいわね。メリッサ様がどのタイミングで怒り出すかわからないわけだし。
焦りだす私たちとは対照的に、学園長はまるで気にしないかのように話を続けた。
「本当ならこの国にちょっかいを出す余裕はないはずなのにね。大陸の国にとってはこの国が目の上のたんこぶというか・・・。いつもは争いばっかりなのに、この国を襲撃するときは一致団結するのよね。もう、本当にめんどくさいんだから」
学園長の目が一瞬厳しく光ったような気がした。見てはいけないものを見たようで、私はあわてて書類に視線を戻してしまう。
「えっと、今は見つかっていないけど、今後はこの魔物と戦う可能性があるということですか?」
「そう。ビューロウでは連邦のヴァルティガーが現れたというし、この間見つかったエキュルイユやウェディンゴは共和国の魔物だしね。帝国の魔物だって現れる可能性があるということよ。1年生の部隊は伝え方を考えないと混乱させちゃうけど、あなたたちならこの情報をうまく使えるでしょう」
学園長の言葉に少し意外な思いがした。人員が足りないと聞いているが、それでも一年生が討伐任務に駆り出されているなんて。まあ、その分護衛は付いていそうだけれど。
「学園の強力な部隊としては、この情報をしっかり頭に入れておくべきということですね。一応は、私たちに学園の模範になれということか」
「星持ちの貴女が学園の模範、というのは少し違うと思うけど、それらの情報を頭の片隅に置いておいてほしいってことよ。この先は、何が起こるのかわからないし」
ため息交じりに話す学園長にきょとんとしてしまう。学園長は疲れたように溜息を吐きながら頬杖をついて私を見上げた。
「じゃあ、そろそろ行きなさい。あなたたちなら心配がないと思うけど、十分に気を付けるのよ」
学園長の激励に、私たちは書類から目を離して頷くのだった。
◆◆◆◆
「フォルカー! 右だ!」
「くぅ! うわああああああ!」
フォルカー様の、焦るような声が聞こえた。彼は驚いてはいたものの、やっとの思いでゴブリンの一撃を止めたようだ。
何とか彼を援護をしたいが、とても駆け寄れそうもない。それほど、私たちが接敵した魔物は多かった。これだけ多くの魔物に囲まれたのは初めてのことかもしれない。
「アクアボール! ウィンド!」
アーダ様から魔法が放たれた。水魔法がゴブリンの頭を破壊し、風魔法がオークの胸を貫いた。ゴブリンとオーク、異なる属性を持つ魔物を、一撃ずつ確実に倒していったのだ。
あれが、アーダ様の得意技だ。
魔力障壁を消す魔法と、相手に痛撃を与える魔法。2属性の異なる魔法を放ったというのに、一部の乱れも見られない。色は決して濃いものではないが、誰にもまねできないくらい、素早く切り替えて魔法を放つことができるのだ。
「ぐおおおおおおおお!」
戦場に響く、オーガの雄たけび。ここが勘所と思ったのか、叫び声を上げながら突進してきた。
猛烈な勢いで近づいてくる魔物を睨み、私は刀を鞘に納めた。
オーガがすさまじい顔で睨むと、私めがけて拳を振り下ろした。私はその一撃を最小限の動きで躱すと、オーガの体を足場にその頭めがけて飛び跳ねた。
「今!」
すれ違いざまに、刀を一閃――。
私の居合は、オーガの首を狙いたがわず斬り飛ばした。
着地すると、素早くオーガを確認した。崩れ落ちていくあいつを見るに、私の秘剣はオーガを倒すことに成功したようね。隙だらけのこの状態なら、火の魔力を使わなくてもオーガを倒すことができるのだ。
「さすがですね! 私も負けていられません!」
ゴブリンに突撃するセブリアン様にも不安は感じなかった。白の、光魔法で強化した彼は、危なげなく魔物を倒してくれることだろう。
倒れ行くゴブリンと、奮起したセブリアン様の声を聞きながら、私は次の獲物へと襲い掛かるのだった。
◆◆◆◆
「魔物の数、全然減らないね。この分だと公開処刑は延期になっちゃうんじゃない?」
あきれたようにつぶやいたのはニナ様だった。
連携して戦うことで魔物をようやく全滅させられたけど、想定以上の魔物の数にみんな顔をしかめていた。
「まあ、闘技場の催しなんか、魔物には関係ありませんからね。以前から魔物の数は増えていたので、討伐任務が多いのは仕方のないことかもしれません」
フォルカー様が息を整えながら、それでも律義に返事をしていた。
いまだに減らない討伐任務。一年生が討伐に参加してくれるようになったそうなのに、こちらの負担は一向に減らない。そればかりか、討伐任務の回数はますます多くなっていた。思うように授業を進められず、先生方が溜息をつくのも何度も見かけた。
「魔物は一掃できたようだな。では、戻るか。任務が終わったからと言って油断するなよ」
ゲラルト先生が話しかけてきた。
今日の引率はゲラルト先生たちで、いつもよりも少し安心して討伐に当たれた。ゲラルト先生って、下級貴族の出身なんだけど、優秀な教師の中でも一二を争うほど頼りになるのよね。危なかったらすぐに助けてくれるし、技術も見事だ。
そんなことを考えながら周りを見渡していると、空に火球が上がっていくのが見えた。
火の玉は空で弾け、大輪の花を咲かせた。討伐にかかわる先生や大学生が常備しているフェウェウェークの魔法ではないだろうか。
「!! 合図があったということか! お前たちは学園に戻れ! 私たちは!」
「先生! あそこにいるのは下級生ですよね? あたしたちも行けます!」
ゲラルト先生は一瞬止まり、私たちを見渡した。ニナ様の言葉を吟味しているようだったが、結論はすぐに出たようだった。
「くっ! 下手に離れるとかえって危険か! いいだろう! ついてこい!」
言うや否や、花火が上がった場所へとすさまじい速さで駆け出していく。私たちはあわてて彼の背中を追った。青い顔をしているフォルカー様は気になったが、私は花火の発生源へと急いだのだった。
※ フォンゾ視点
「どらああああああ!」
サミュエルが槍を突き出すと、ゴブリンがもんどりうって倒れた。
さすがは、槍のメレンドルフの分家筋といったところか。あの一撃が直撃すれば、魔力障壁持ちの魔物と言えひとたまりもないだろう。
「くっ! ここは通さないよ!」
その隣ではテレサがゴブリンを足止めしていた。
彼女は女だてらにクルーゲ流を学ぶ戦士だ。ゴブリンの攻撃を危なげもなく受け止め、その体制を崩すことに成功していた。
その隙を、ロミーは逃がさない。
「ウォーターカッター!」
彼女が放った水の玉がゴブリンをあっさりと貫いていく。さすがは上位クラス。彼女の魔法は、ゴブリンの魔力障壁を容易く貫いていった。3人が連携することで、2体のゴブリンを瞬く間に倒したのだ。
「よし! いいぞ! よくやった!」
担任のオリヴィア先生が手を叩いて喜んだ。
今日は、3度目の討伐任務だった。最初の任務では中位クラスの先輩たちが引率してくれ、その次は3年生の上位クラスの人たち。そして今回は護衛の数は増えたものの単独での任務になった。近くには2年生の、叔母さんやアメリー先輩の隊がいるはずだが、こうして単独で討伐に赴くのは初めてだった。
「いやあ、何とかなりましたね。ですが、すみません。俺ばかりが活躍したみたいで」
「ん? ああ。誰も怪我をしなかったんだから上出来だろう。さすがはサミュエルだな。いい槍さばきだ」
サミュエルの謙遜に、ファビアンが気もそぞろに答えた。サミュエルはムッとしながらも、さらに言葉を続けた。
「三度目の討伐任務ですが、何とかなるものですね。意外と簡単に仕留められました。おっとすみません。私ひとりで魔物を討伐したみたいで。ファビアン様やフォンゾ様をさしおいてしまい」
「気にすることはないさ。命のやり取りなんだ。倒せる奴が倒せばいい」
しつこく言い募るサミュエルを、ファビアンが興味なさそうにあしらっている。あいつ、兄貴に借りたっていう木星の杖って先祖伝来の大杖を持ち出しているのに、まるでサミュエルに取り合ってはいない。
後ろで索敵しているロミーは彼らを気にしているようだが、俺は笑い出しそうになるのを必死でこらえていた。
ロミーは優秀な上位クラスの貴族の中でもひときわ人気のある令嬢だ。東のリューネブルク家の出身だったかな? あの家は歴史も古く、かなり裕福な暮らしをしていると聞いている。サミュエルは彼女に注目してもらおうと、クラス一の爵位を持つファビアンにも勝ると必死で自己主張しているようなのだ。
そんなコントみたいなやり取りをしている俺たちに、担任のオリヴィア先生が声をかけてきた。気のせいか、一瞬悩んだようだったが、すぐに決意したような顔で俺たちに声をかけてきた。
「お前たち! 少しここで待ってろ! 何かあったらすぐに私を呼ぶんだぞ! いいな!」
そう言うと、オリヴィア先生は大学生たちを引き連れてどこかへ出て行った。一応、俺たちを守るように4人の大学生を残していったようだけど、何か見つけたのだろうか。大学生の中には人ほど女生徒がいたが、その人も連れて行ってしまってちょっと寂しく感じるのだが。
◆◆◆◆
最初にそれに気づいたのは、やはりというかファビアンだった。
「みんな。ちょっと集まってくれ。何かがいるような気配がする」
大杖を構え直してファビアンが言うが、サミュエルがあからさまに馬鹿にしたような顔で不平を漏らした。
「何を言うのです。このあたりの魔物は私がもう仕留めてしまったでしょう? 怯えているんですか? ロレーヌ家の出身者が情けない。そうまでして、自分の存在を主張したいとでもいうのですか?」
「先輩方。どうですか? 何かいる気がするのですが」
嘲笑してきたサミュエルを無視するかのように、ファビアンが大学生を呼び掛けた。大学生は少し考えたそぶりを見せた後、すぐに緑の魔力を練り込んだ。
「気のせいだとは思うが、念のため確認してみるか。おい」
「ああ。サッチャー・ナッチ!」
大学生が緑の魔力を四方に展開した。そしてすぐに、北西方向に飛んだ魔力が戻ってきた。魔力を読み取った大学生が青い顔で俺たちに呼びかけた。
「み、みんな! 警戒を! う、うそだろう! いつの間に近づかれたんだ!」
「な、なにを・・・! 敵は倒したはずだろう! なあ! ロミー!」
「え、ええ! 私が確認したときは何もいなかったはず!」
そんなやり取りをしている時だった。大学生の一人が何かに攻撃され、数歩くらい吹き飛ばされた。倒れはしなかったものの、相当に強力な攻撃を受けたように見えた。
「なっ! ば、馬鹿な! 魔物の気配などなかったはず!」
「サミュエル! 急げ! テレサもだ! 敵が来たぞ! 陣を敷け!」
俺は前衛の2人に呼び掛けたが、あいつらはしばし呆然とした様子だった。複数の魔物が突然襲ってきて、それに対処できていないのだ。
その隙を、魔物は逃さない。
前衛の大学生たちを無視するかのように動いたそいつらは、後衛の俺たちに襲い掛かった!
「そんな攻撃くらい!」
ファビアンが攻撃を避けて、魔法で魔物を下がらせた。俺のほうにも魔物が来たが、それを何とか躱して相手との間合いを開けた。この辺りは、叔母さんに教えてもらった防御術が役に立ったということだろう。
でも、問題はロミーだった。
魔物はカバーに入ったテレサを追い抜き、ロミーに肉薄していた。見たことのない、リスのような獣。だがその顔は凶暴で、すさまじい顔でロミーを威嚇していた。
「キューーイヤ!!」
威嚇の声とともに、魔物はロミーに飛び掛かった。
テレサもサミュエルも動けない。大学生たちも、押し寄せた魔物の相手で必死なようだった。
「あ、あああああああ!」
爪の一撃が、ロミーに直撃した。何とか腕で身を守ったようだが血が噴き出ている。涙目になりながら腕を振り回すロミーに、リスのような魔物が大口を開けて飛び掛かってきた!
「くっ! ウインド!」
ファビアンの杖先から飛んだ風魔法が、ロミーを攻撃していたリスを吹き飛ばした。魔物の爪に裂かれ、血にまみれていたロミーだが追撃にさらされることは防げたようだった。
でも、直撃だった。命に別状はないようだが、あれ、大丈夫なのか? かなりの血が流れていた。水魔法では消せないくらい、深い傷に見えたのだ。
「く! エキュルイユだと! しかも、探索に引っかからないくらい隠蔽に優れているなんて! フェウェウェーク!」
大学生が上空に火の玉を飛ばした。火の玉はかなり高度を上げた後、はじけて大輪の花を咲かせた。
残りの大学生たちが素早く俺たちの前に移動した。そしてファビアンは、ロミーをかばうように前に立った。
「テレサ! サミュエル! カバーを! 救援が来るまで耐えるぞ!」
「え・・・。あ・・・」
ファビアンの呼びかけに、しかし2人は動かない。いきなりの襲撃に、怪我を追ってしまったロミー。地面に落ちた血を見て、2人はあからさまに動揺したようだった。
「おら! お前! 実戦経験があるって偉そうに言ってたじゃねえか! 動揺してないで構えろ!」
俺はサミュエルを突き飛ばし、大杖を構えた。正直、近接としての仕事に自信はない。だが、驚いて呆然としているサミュエルたちよりも、叔母さんに回避術を学んだ俺のほうが今は動けるはずだ。
「くそが! 耐えるぞ! オリヴィア先生がすぐに来てくれるはずだ! 先輩たちも近くにいるし、ここから闘技場も近い! じきに救援が来てくれる! それまで耐えるぞ!」
俺は叫んだが、震えている3人を見て舌打ちしたい気分だった。
正直、動揺している3人に期待はできない。顔色が悪かったし、思わぬ苦戦に動揺していたようだった。魔物の数は多く、大学生たちと後衛の俺たちだけで仲間を守れるかどうか・・・。
救援が、早く来てほしい。そう思いながら、俺は魔物たちを睨みつけるのだった。




