第94話 ビューロウの武威とファビアンとヘルムートと
温かい日の光が差し込む朝のことだった。
私は学園の剣術道場で案山子と対峙していた。案山子には鉄製の厚い鎧と魔力障壁があって、容易に壊すことはできない。
ビューロウでは、鎧を剣で破壊して武威を見せつけることがある。私も思うところがあって、それにチャレンジしてみることにしたのだ。
「お姉さまは、この道場で鎧を真っ二つにしたと聞いている。力で壊すのではなく、剣の重量で叩き潰すのではなく、斬る。今なら、私だって!」
つぶやいて、左手で鞘を握りしめた。そして、いつでも刀を抜き放てるように右手をそっと柄に添えた。
静寂が、あたりを支配した。見学していたクラスメイトたちが、それぞれ別の顔をしてこちらに見入っている。彼らのそばでゲラルト先生が神妙な顔をして腕を組んでいた。
「アメリー様・・・」
心配そうに見守っているのはグレーテだ。彼女はまるで祈るかのように手を握り締めている。
体の内部に黄色の魔力を行き渡らせ、赤の魔力を刀にまとわりつかせていく。ドミニクとの戦いのときのように、黄色の魔力で体を強化し、赤い魔力を武器にだけ帯びさせることができれば!
カッ! っと目を見開くと同時に、刀を鞘走らせた。
「秘剣! 鴨扇ぎ!」
ガツン!
刀によって案山子が飛ばされ、繰り返し何度も回転していた。
感嘆が漏れた気がした。と、同時に回転のスピードが少しずつ収まり、揺れは徐々に収まっていった。
私はそっと近づいて状態を確認した。
鎧の上半分には赤い大きな裂け目ができていた。確かに私は鎧に大きな傷をつけたが、お姉さまのように真っ二つにすることはできなかった。
「まだまだだな。鎧に傷を与えられたようだが、ダクマー君のように断ち切ることはできなかった。君の赤の魔力で鎧を焼くこともな。これでは闇魔の魔力障壁を壊すことなどできん」
ゲラルト先生が真面目な顔で首を振った。
「原因は、赤い魔力かな。武器にだけ魔力をまとわらせようとしたのだろうが、制御しきれておらん。身体まで行かせないことを意識しすぎて、魔力を弱くしてしまったな」
頷かざるを得なかった。
ドミニクの十字槍を破壊した『鴨扇ぎ』だが、威力としては『鴨走り』にも届かない。ましてや、お姉さまの一撃など・・・。
「で、でもアメリーっちは今の技で魔鉄の武器を壊したんだよ!」
「それは相手が向かってきていたからだろう。おそらく相手も攻撃に移っていたのではないか? カウンター気味にあたったのだろう。相手の力も上乗せされたから魔鉄の武器も破壊できたが、止まっているものが相手になると、な」
ゲラルト先生の言葉に、ニナ様は歯を食いしばった。私はそっと、ニナ様に首を振った。
「先生のおっしゃる通りだと思います。ドミニクと戦った時は相手の魔力もあわさったからこそ焼き尽くすことができましたが、動かない相手にはこの通りです。この技では闇魔はおろか、ヴァルティガーのような魔物にもまだ通じないでしょうね」
刀を鞘に納めながら息を吐いた。あきらかに、私の秘剣は失敗だった。威力が全然足りなかったのだ。
「火の魔力で身体強化すると、どうしても体を傷つけてしまう。だから、武器だけに火の魔力をまとわらせるのが正解だと思ったのですが」
「発想は面白いが、練度が足りん。武器だけに限定して濃い魔力をまとわせるのにはかなりの技術が必要だ。土で身体強化すると同時に違う属性で完璧な武器強化を行うとなると、それこそ年単位で制御を鍛えねばならぬ。ダクマー君やラーレ君並みの詳細な魔力操作が必要なのだよ」
やはり、そうなるのよね。でも、あの2人クラスとなると、相当に難しいのではないか。ダクマーお姉さまは資質の補正がないのに魔力を自在に操れるし、ラーレお姉様に至ってはレベル7という理論上最高峰の資質でも魔力を自在に制御できる。普通に考えたら魔法なんて扱えないはずなのに、今は楽々と魔法を使えるようになっているのだ。
「ははっ! 言われたな! ゲラルト師は学園で一二を争う技師というのに! くくくく! まあ、師に言われたとおりだな。星持ちのお前とは言えな!」
「なんでこんなに偉そうなんですかね。この人は。興味深い技には変わりないでしょうに」
コルネリウス様の嘲笑を聞いて、ため息交じりに首を振ったのはハイリー様だ。彼女のそばで子狸が大口を開けてあくびをしていた。心なしか、コルネリウス様の犬たちがはらはらしているように見える。
「面白い技だと思ったけど、まだ改善の余地があるのね。魔鉄の武器を壊すなんて、相当だと思ったけど」
「まあそうなんだけどね。でも、アメリーは星持ちなのよ。期待されるのは一撃で敵を倒せる決定力。そういう意味では、まだ足りないということかしら。本人も全然納得していないみたいだし」
エーファの言うとおりだった。あれでは、全然足りない。
「でもダメだからね! あの『鴨走り』とかいう技は! 使ったら自分を傷つけちゃうような技、私は認めません!」
ニナ様はまたぷんすか怒っている。
「そうよね。あの技だとネックレスも無駄でしょうし。今の技くらいなら、石をもう少し改良できれば行けそうだけど、肝心の技のほうの威力が足りないとなると、ねえ」
「わざわざ高価な魔道具まで貸してくれたのにすみません」
メリッサ様に頭を下げるが、彼女は気にしないでというように手を振った。
「あの程度の石くらい問題ないのよ。壊しても変わりはあるし、もっと性能が優れたペンダントも用意できるわ。でも、完成したところで威力不足という問題はどうにもできないのよね」
「そうだな。アメリーなら時期に刀だけに魔力をまとわらせることもできるが、全身を火の魔力で覆うほうが強くなると思う。その、努力していることは分かるんだが」
アーダ様の声はもっともだった。たとえ私の魔力制御の腕が上がって、武器に濃い赤の魔力をまとわらせられるようになっても、それでもまだ威力が足りない。
その問題を解決するには、もう一工夫必要なのだ。
「実は、プランはあるんです。あの技の威力というか、ダメージを上げる術は。でも、それをやるには武器だけの外部強化に慣れることが不可欠なんですよね。魔法のほうも練習していますが、そっちのほうはまだまだ・・・」
私はちらりとアーダ様を見て、溜息を吐いた。
アーダ様に協力してもらっているが、魔術のほうもまだ習得できていない。おじい様の知識とアーダ様の技術、それを結集させて開発したが、こちらのほうも完成には至っていないのだ。
「ふむ。改善の計画は既にあるということだな」
「ええ。もっと強い一撃を行うのは可能なはずです。魔力障壁のある鎧を切り裂くことだってできると思うんです。でもそれには、私の技量が全然足りないんです」
学園に来て痛感したのだけど、私の魔力制御は2人の姉に遠く及ばない。炎に適性のある星持ちであっても、希代の魔法使いたる2人には全然かなわないのだ。
「アメリーがとても難しいことに挑戦しようというのは分かった。体の内部強化にはかなり詳細に魔力を操る必要があるようだしな。それを使ったうえで、武器だけに違う属性の魔力を使うのは難しいのかもしれん」
ギオマー様が溜息を吐きながら答えてくれた。だけど次の瞬間、にやりと笑いながらこちらを見た。
「アメリーは星持ちだ。火の扱いはこの上なくうまいと言っても過言ではあるまい。それでも制御しきれないというなら、魔道具を使うのも手ということさ」
私はきょとんとしながらギオマー様を見た。頷いてくれたのはメリッサ様だった。
「そうなのよね。魔道具の使用には属性魔力が不可欠なのよね。こと、発掘された魔道具や短杖以外を使うには赤の魔力が不可欠よ。白の剣姫は赤の資質がないから魔道具はほとんど使えないし、巫女様も赤の資質が素晴らしすぎて、杖などの魔道具は使えない。現状の魔道具ではあの赤の魔力に耐え切れないからね。まあ、巫女様は魔力展開をうまく利用して、直接手に触れる魔道具以外は使いこなしているようだけど」
かわるがわる言われれて呆然としてしまう。そんな私を見てギオマー様が笑顔を見せた。
「そうだ。あの2人と違い、魔道具をうまく使えるのがお前の特徴ということさ。だから、武器に魔力を込めるのに道具の力を借りればいい」
私は思わずギオマー様を見返した。
「で、でも、武器に魔力を込める近接用の魔道具なんて。そんなのあるんですか? 聞いたことがないですけど」
「ふっ。そうだな。恒常的に魔力をまとわらせる魔道具はまだ開発されていない。身体強化をオートで扱ってくれるあのアンダーウェアも出力不足という問題があるしな。だが、武器にのみ、しかも短時間だけ魔力をまとわらせる魔道具なら今の技術でも十分に作り出すことができるやもしれん。お前の『居合切り』という技のための道具ならばな」
ギオマー様は自信ありげに笑っていた。
「お前のための魔道具は、俺が作ろう。なに、料金はいらんさ。ビューロウとインゲニアーは古き友だ。お前がその魔道具を使って活躍してくれたら、これ以上の名誉はない」
「私も忘れないでくださいね。確かに今までのネックレスなら、赤の魔力で体を覆うたびに壊れちゃうかもしれません。でも、まだ改善の余地はありますし、ギオマーの道具と合わせれば、微細に流れる赤の魔力を吸収してくれる魔道具を作り出せるはずですから」
メリッサ様もたおやかに笑っていた。
嬉しそうに笑ったのはゲラルト先生だった。
「アメリー君は本当に友人に恵まれたな。今日だって休日なのに、みんな集まってくれたしな。私も学生時代を思い出したよ」
「俺は違いますよ! ちょっとビューロウの技に興味を覚えただけですから! 決して、彼女が心配できたわけではない!」
慌てたように言い訳したコルネリウス様に、私たちは思わず笑い声を上げたのだった。
◆◆◆◆
私たちは連れ立って教室に戻った。今日は休日だけど、補修などで学園に来ている生徒は少なくない。学園に来ているクラスメイトたちに挨拶しておこうということなったのだけど。
「えっと、ヘルムート様たちは教室にいるんでしたよね」
「そうね。今日は補習があるから教室にいると言っていたわ。カトリンとセブ・・リアン様、それからデメトリオもいるみたい」
頷いて、急ぎ足で教室に向かった。
討伐任務が入ると、どうしても授業は遅れてしまう。だから、休日に改めて補習が行われることも多いのだ。それに付き合う先生方は、本当に大変だと思う。
「まあ、先週はヘルムート様とデメトリオ様たちが頑張ってくれたようですしね。いつもは私たちが補修を受けることが多かったから、たまにはこんな日があってもいいと思います」
そんな話をしながら歩いていると、前方から奇妙なにおいが漂ってきた。決して不快なわけではないけど、なんだか気になるにおいだ。エリザベート様やニナ様も顔をしかめていた。
眉を顰めて前方を確認すると、学生たちの集団が近づいてくるのが見えた。あれは、ファビアン様たち下級生だ。
「あ、先輩・・・」
「叔母さんじゃないっすか! チーっす! 先週、というか一昨日ぶりっす!」
ファビアン様を遮るように言ったのはフォンゾ君だった。呼ばれたアーダ様は苦笑しながら手を上げて答えていた。
「フォンゾさ・・・。ああ。そうか。君も補習なんだな」
「くくく。叔母さん、またフォンゾ様って言いかけましたね。いつまでたっても慣れないんだから」
フォンゾ君が朗らかに笑うと、ファビアン様がバツの悪そうな顔で手を引っ込めた。
「ファビアン様も、今日は補習ですか? お疲れ様です」
「あ、ああ! うん。先週、僕らの隊も初めて討伐任務に参加してね。まあ任務は大したことはなかったのだけど、時間だけがかかっちゃって。それで補習ってことに」
ファビアン様とぎこちないながらも会話していた。でも、さらに話を続けようとしたとき、横合いから声が掛けられた。
「ファビアン様。オリヴィア先生が呼んでいます」
「そうよ。東の貴族だからって、ビューロウ家だからってあんまり話をしていると。いくら先輩とはいえ、ね。ふん! 学園の模範生とか言われて調子に乗ってんじゃないの!」
北の生徒だろうか。背の高い男子と、おそらく西の、近接らしい足運びをした女生徒が、私たちの会話に割って出た。においは、そうか。この男子から来ているのか。なにか、香水でもつけているのだろうか。
「サミュエル。テレサまで何言っていやがる! ちょっとくらいいいじゃねえか!」
「新しい身内に会えてうれしいのはわかりますが、今はオリヴィア先生に呼ばれているんです。お昼の時間も限られているし、急ぎましょう。学園で随一の優等生で、星持ちとは言え構っている時間はないでしょう」
困ったような顔をしたファビアン様を見て、私は思わず話しかけた。
「私たちのことは良いですから、どうぞ、オリヴィア先生に会いにいってください。ではまた」
私が一礼すると、ファビアン様は一瞬残念そうな顔をしたが、一礼して職員室へと向かった。フォンゾ君たちも慌ててその後を追っていく。ファビアン様が最後に名残惜しそうにこちらを振り返った。
「一年生か。初討伐は難なくこなしたと聞いているが、少し生意気だな。ナデナがここにいたら確実に一悶着あったぞ。あの男子生徒、北の奴だからな」
「同じ問題児の貴方が言うなら確かなのでしょうけどね。初めての討伐任務がうまくいったのかしらね。カトリン当たりならその辺の事情は知ってるかもだけど」
エーファがため息交じりに言うと、コルネリウス様がムッとしたように彼女を睨んだ。
「えっと、確か中位クラスだからって侮らないようにするために最初は中位クラスの上級生の指揮下に入るんでしたよね。私たちの時はお姉さまが率いてくださいましたっけ」
「そうか。ロジーネもビヴァリーも北に行っちゃったから、初討伐をした生徒で今残っているのは貴女とロータルだけなのね。貴女たちと違って、今回はうまくやったみたいだけど。初討伐で下級生が活躍できた場合、教師が指導するらしいけど、どうなることか。まあ、私たちが何かできるわけではないのだけど」
気づかわし気に下級生たちの背中を見て、エリザベート様は溜息を吐いた。
「あの様子だと、まだ意識は変わっていないみたいね。これから教師が言い聞かせるのかしら。まあ、魔物の数は多いようだからその機会はあると思うけど」
「ええ。魔物の被害は増える一方なんですよね。一説によると帝国の魔法使いが関わっているとか。元貴族の有名な冒険者たちが揃って姿を消したのも気になるところです。この分だと、私たちの討伐も増えそうなんですよね」
ハイリー様の言葉に、私たちの胸に不安が過ったのだった。
◆◆◆◆
教室の前に行くと、中から話し声が聞こえてきた。
「それじゃあ、今は闘技場にユーリヒ公爵の息子が詰めているってか。抜け目のないことだな」
「そうらしいよ。でも、この件に関してはユーリヒ公爵も反対していたみたいだから、あっちの計略かどうかは微妙なところだね。それより気になったのは、闘技場にはあのクレーフェ侯爵の」
今のは、ヘルムート様とカトリンの話声だ。私はちらりと後ろを振り返ると、思い切って扉を開けた。
「えっと、皆さんおはようございます」
「ああ。アメリー。休日なのにごめんね。ちょっと、みんなに僕の得た情報を伝えててさ」
カトリンが微笑みながら答えてくれた。ヘルムート様は相変わらずの顔で手を上げた。セブリアン様とデメトリオ様も、そっと頭を下げてくれた。ナデナとロータル様もいて、こちらに軽く挨拶していた。
「みんな揃っているみたいね。じゃあ、始めましょうか」
エリザベート様の言葉に従って、私たちは席に着いた。
ちらりと後ろの一席を見た。
ちょっと前まで、あそこにはドミニクがだらしなく座っていたのよね。あの騒動のせいで退学になってしまい、今はもういない。ヘッセン家事態にも相当な厳しい処置がとられたらしく、向こうは大変な騒ぎになっているそうだ。自業自得だけど、少しだけ責任を感じてしまう。
「今、ちょうどヘルムートたちに話をしていたんだけどね。ユーリヒ公爵の息子、3男のフロリアン様が闘技場を治める立場になったらしい。どうやら彼の独断らしいけど、あのユーリヒ家のことだから本当のところはわからない。闘技場を掌握するためにユーリヒ公爵が送り出したって線もあり得る」
ユーリヒ公爵の名を聞いて、私はちらりとヘルムート様の顔を盗み見た。
あの人の調略で、ヘルムート様のお父上は公開処刑に参加することになってしまった。この国の公開処刑は罪人にも生き残るチャンスがある。処刑人と罪人が直接戦うというものだから、処刑人が返り討ちになることだってあり得るのだ。事実、前回の公開処刑では8人もの若者が罪人の手にかかっている。
「父上は、正直息子の俺から見ても武に優れた人ではないんだ。魔力量だって貴族としては多いほうじゃない。あの魔石がないと、とてもじゃないがフェリシアーノとは渡り合えないだろう。だから、もし今あの魔石を取り上げでもしたら、父上はフェリシアーノに敵わないだろう」
「かといって、あの魔石は中毒性が高いっていうからねぇ。使い続けると抜け出せなくなるんじゃない? それに、魔力量が増えたからって勝てるとは限らないし」
カトリンの言葉にヘルムート様は溜息を吐いた。
「どうやら、父上にはあの魔石以外にも何か秘策があるらしいんだ。俺にも教えられなかったから相当な秘策なんだと思う。この件に関しても、ユーリヒ公爵が絡んでいるらしい」
魔道具、と聞いてギオマー様とメリッサ様をちらりと伺った。彼女らは腕を組んで大きなため息を吐いた。
「決闘で戦力差を覆すような魔道具には心当たりがないな。切れ味が良い武器や優れた防具ならあるが、な。連邦産と言えば身体強化を保護してくれる魔道具があったが」
「ええ。あれは貴族用というよりも魔力の練習機会が少ない平民用といった道具だと思います。身体強化の魔法にも及ばないし、まして詳細な魔力操作を行える貴族と比べると・・・。その、お姉さまたちのこともありますし」
ため息を吐いたのはメリッサ様だった。
「そうよね。魔道具は便利なものだけど、そこまでの戦力を覆せるものというと、ね。短杖があると言っても、あれは魔法の夏減を助けてくれるけど、魔力の少ない平民や訓練用だから。可能性があるのは新たに発掘された魔道具か、闇魔法の道具とかかな」
闇魔法と聞いて、思わず左手のブレスレットに目を向けた。
あのあと、叔母様からこのブレスレットの使い方を記した説明書が届いたのだけど、正直興奮した。だってこれ、王国の技術でも再現できないくらい貴重なものだったのだから。
「あ、気になってたけどそれってもしかして魔道具? それも、闇魔法関連のものよね? ということはバル家の! 巫女様の、お母様の!」
「ええ! そうなんです! これ、叔母様にもらったんですけど、説明書を読んだ感じ相当に貴重らしいんですよ!」
ハイテンションに話し合う私たちに、コルネリウス様やエリザベート様がぎょっとしたような顔になった。
「どうやら闇魔法の資質にすぐれた魔法使いが年単位で魔力を込めなきゃ作れないものらしく、だから現在の技術でも叔母様以外には作れないらしくて! しかも! 闇魔法に対する耐性があったり、使い手を瞬時に見分けたりしてくれるらしいんです!」
「なんと! 闇魔法の資質を自動で見分けるなど! そんなものこの国では見たことないし聞いたこともない! 連邦や旧帝国でもありえないのではないか!」
私のテンションに瞬時に付き合ってくれたのはギオマー様だった。メリッサ様もどうやら興奮しているらしく、顔を赤くしてブレスレットに見とれている。
「さすがは巫女様の、お母様のご実家! バル家って言うと闇魔法に対する体制を研究していた魔法家なのよね! 近衛騎士が装備する魔道具にもその技術が応用されていたらしいし! み、見せてください! お金ならあるんです!」
「え、お金はいらないですよ。どうぞ」
左手からブレスレットを渡してメリッサ様に渡すと、彼女はそれを大切そうに受け取って隅々まで点検し出した。ギオマー様もその様子を興味深そうに見ていた。
興奮する私たちとは違い、神妙な顔をしていたのはヘルムート様たちだった。
「俺は、どうすればいい? このまま座して見ていていいのか?」
「あなたもつらいことと思うけど、今は待つしかないわ。公開処刑をやるとしてももう少し先だから。陛下も反対の立場をとっているみたいだしね。あなたとしてもつらいところでしょうけど。私のほうでもいろいろ調べてみるから」
「僕も調べてみるさ。君は一応はヴァッサーに仕える仲間だからね。まあ、期待して待つといい」
エリザベート様が言うと、ヘルムート様は力なくうつむいた。揶揄したように言うカトリンにも逆らう様子はなかった。
「僕のほうも、ちょっとつてを調べてみます。おそらく、今回の件には離反したという水の巫女候補もかかわっている。旧帝国が関わっているという可能性もありますし、そちらの面から見ればわかることもあるはずです」
「あ、ああ。すまねえな。自分の国を、疑うような真似までさせちまって」
あのヘルムート様がそんなことを言うと、セブリアン様は驚いたような顔になった。でもすぐに笑顔になって首を振った。
私は溜息を吐いた。
王国最大の貴族であるユーリヒ公爵に、旧帝国の残党や連邦の水の巫女。事態は混乱するばかりだった。でも・・・。
「ここで私たちが踏ん張らないと。私たちは貴族なのだから。北で戦っている人たちのためにも、こちらが足を引っ張るわけにはいかない。私は星持ちだから、期待に応えないと。みんなの手本になる魔法使いにならないと」
硬く拳を握り締め、天井を睨むことしかできないのだった。




