第9話 危機感の共有 ※ 後半 セブリアン視点
エリザベート様は学園の入り口そばにある部屋へと入った。この部屋は生徒同士が話し合いを行う際に使われている場所で、予約すれば誰でも使うことができる。
エリザベート様に続いて部屋に入ると、ちょっと面食らった。そこに、私のクラスメイトたちが何人も待っていたからだ。
西の貴族からエリザベート様に加えてロータル様、北の貴族からコルネリウス様とハイリー様。そして南からギオマー様とメリッサ様。私とアーダ様を加えると、うちのクラスの東西南北の貴族が勢ぞろいしているのだ。さらには中央の貴族を代表するかのように、セブリアン様とデメトリオ様が席についていた。
「さて。皆さんそろったようね。では、始めましょうか」
私とアーダ様が席に着いたのを見て、エリザベート様が発言したが、即座に反対する声が上がった。
「待てよ。いきなり呼び出されるとはご挨拶だな。確かに俺達には討伐経験がないが、それでもぞんざいな扱いをされるのは納得できんぞ」
エリザベート様をぎろりとにらんだのはギオマー様だった。侯爵令息らしく堂々としたたずまいで、腕を組んで座っている。周りを従わせるような威圧感があって、筋骨隆々とした姿もそれに拍車をかけている。討伐経験は少なくとも彼が南を代表する貴族なのも納得させられる。
エリザベート様は長い髪をかき上げると、落ち着いた表情でギオマー様を見つめていた。
「あなたの疑問はもっともだけど、まずは話を聞いてほしい。至急情報を共有しておかなければならない事態が起きたの。今日、私たちの部隊はコボルトを討伐に向かったのだけど、その場にライノセラスが現れたの。それも一度に3体もね」
部屋にどよめきが起こった。エリザベート様の部隊を、あの巨大なサイーーライノセラスが群れで襲ってきたというのだ。
「俺の部隊はブラッドボーンだった。まあ、3歩くらいでそれほど大きくはなかったが、オークの群れと聞いていたのにこの始末さ。まあ、なんとか撃退できたがよ」
ロータル様がエリザベート様に続いて報告してくれた。ブラッドボーンは大きな角を持った巨大な牛だけど、まさかこんなふうに出会うことになるなんて・・・。
エリザベート様もロータル様も、思わぬ巨大な魔物と戦うことになったようだ。
「私のところはビッグバイパーでしたね。20歩級の大物でした。引率のマヌエラ先生のおかげで何とか対処できましたが、それがなかったら厳しかったと思います」
私も彼らに続いて報告した。20歩級の魔物と聞いて、皆にさらなる動揺が走ったと思う。
「そんな大物、よく倒せたな! さすがは星持ちってところか。ん? てかなにか? 今日討伐に向かった3部隊は、すべて想定外の魔物と接敵したってことか!? この前だけじゃなく、今回も異常事態が起こったってか?」
ギオマー様が目を見開いた。討伐経験のない彼にも、異常事態が起こっていることを察せられたのだと思う。
「ええ。3部隊すべてが想定の最上の魔物が現れるなんて、はっきり言って異常よ。幸いなことに撃退できたけど、次も大丈夫かはわからない。経験が多い私たちでも苦戦したのだから、討伐経験の浅い部隊と接敵したら、怪我だけでは済まないかもしれない」
むううと、うなったのはコルネリウス様だった。彼は北出身でメレンドルフの槍を学んでいる。おそらく近接戦闘においてはこのクラスで一二を争う腕を持ち、とても頼りになるのだけど、さすがに彼をもってしても想定外の事態だったらしい。
「確かにな。俺はまだ経験が少ないが、それでも魔物討伐が一朝一夕に行かないことは感じている。想定された魔物と戦うだけでも苦労するのに、想定外の魔物とやりあうなんぞ、こちらは持たんかもしれんぞ」
エリザベート様はうなずくと、討伐経験の浅いメンバーの顔をゆっくりと見つめていった。
「想定外の出来事は起こる、という心構えが必要なのかもしれないわ。今は国難にあって、私たち上位クラスは討伐任務を避けることはできない。冒険者だけでは対処できないほどの魔物が現れているのだから。でも、想定外の魔物に出会う確率は大きい。学園は対処しているようだけど、私たちも構えておく必要があるでしょう」
沈黙が落ちた。
私たちですらも苦戦する相手だった。もし、経験の浅い部隊が想定以上の魔物たちと戦ったら、怪我だけでは済まないかもしれない。
みんなの顔に不安が過ったのを感じ、私はプラス要素について話すことにした。
「一つ、朗報もあります。引率の教師は私の想定よりはるかに強者でした。一見、戦闘力がなさそうなマヌエラ先生ですら、突進してくるビッグバイパーを簡単に仕留めて見せたのですから。不測の事態が現れたら、教師を頼るのも一計かもしれません」
コルネリウス様があざけるような顔になった。
「なるほど。星持ちのアメリー様は教師に首ったけのようだ。まあそうだろうさ。何しろ、手も足も出なかったビッグバイパーを、教師に助けてもらったようだからな。俺たちのクラスからの人員が少なかったとはいえ、な」
「い、いえ・・・・。すみません。確かに、私はビッグバイパーに怪我を負わされるところでした。さすがに、頭を吹き飛ばした後も向かってくるとは思いませんでしたので」
私が答えると、皆さんがぎょっとしたようにこちらを見た。
「ビッグバイパーは頭を失っても動くことがあるとは聞いていましたが、本当でしたのね」
「まじかよ! 首を取ったってどれくらいだ? いやいい。自分で見てくる! 今ならお前らと戦った死骸も見られるはずだからな」
驚くエリザベート様に、ロータル様が焦ったような声を上げた。
ロータル様、初めての討伐戦で醜態をさらして以降、すっかり真面目になったんですよね。あんな事態になったのに、討伐から逃げずに予習復習に余念がなくなっている。そんなところは、見習わねばと思うのだけど。
「ちっ! ちょっと自信なくすぜ。お前らのその貪欲さにはよ。てか、あれだな? 俺たちはピンチになったら迷わず教師を頼ればいいってことだな?」
「ええ。それでいいはずです。学園側も、皆さんがまだ経験が浅いのは分かっているはずですから、相当な強者を引率につけてくれるはずだと思います」
「私からも、護衛を厚くする必要があることは言っておくわ。決して無理はしないように」
そしてこまごまとした報告をしていたのだけど、その時急に部屋の扉があけられた。
「お前ら! 俺をのけ者にしてなにを内緒話してるんだ!」
荒い息を吐きながら叫んだのはヘルムート様だった。
「ヘルムート。あなたを呼んだ覚えはないわ。話の内容は、セブリアン様からあなたにもいく」
「ふざけるなよ! クラスの話し合いに何で俺が呼ばれないんだよ! 東の星持ちだけでなく、根暗までも参加してるのによ!」
激高するヘルムート様とは対照的に、エリザベート様は冷めた目をしている。
「ここにいるのは東西南北に中央の、それも影響力が強い生徒よ。西からは私とロータルの2人が参加している。それで十分でしょう? それとも、部隊の指揮を執るロータルよりもあなたのほうが影響力があると思っているの?」
「話を聞くなら近接の意見も必要だろう! ヴァッサー家はノード家をなめえてんのか!」
顔を赤くするヘルムート様にもエリザベート様の態度は変わらない。
「近接の意見が必要ならカトリンを参加させるわ。討伐に慣れている彼女のほうがあなたより貴重な意見が言えるでしょから。というか貴方、ここにいるメンバーを見ても、私の意図が読めないの? それなら、ますます参加してもらうわけにはいかないわね」
「ふざけんなよ! ヴァッサー家はノード家をなめてんのかよ! 親父に言ってもいいんだぞ! ヴァッサー家は、勇猛果敢なノード家を冷遇してるってな!」
ヘルムート様は家名まで持ち出したけど、エリザベート様の表情は変わらない。
「どうぞ、お好きに。でもそれをするというなら、ノード家がボートカンプ家を侮っているということになることを忘れないで。討伐経験が少ないあなたが、討伐経験豊富なカトリンをさしおいて参加したいといっていることになるんだからね」
全く動揺しないエリザベート様に、ヘルムート様は唇を震わせながら睨みつけた。
「があああああああああ!」
一吠えして扉を拳でたたきつけると、ヘルムート様は肩をいからせて立ち去っていく。帰り際に私のほうを人睨みしたのは気のせいだと思いたい。
「皆様。西の者が失礼しました。後できちんと言っておきますので」
頭を下げるエリザベート様に、ギオマー様は鷹揚にうなずいた。
「いや、迅速に情報共有してくれて助かったぜ。この手の情報は西で独占されるのかと思ったからよ。南は、この学年ではあんまり強いやつはいないからな。正直、入学したときは西に押されんのかと思ったぜ」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
「そうか・・・。討伐経験がないって、この手の情報が広がってないってことか。エリザベートが部屋を抑えてまで話し合う理由が分かったよ」
ロータル様のつぶやきに、ギオマー様は怪訝な顔になった。エリザベート様は真剣な顔でギオマー様に説明した。
「ギオマー様、この上位クラスに星持ちのアメリー様以外にも精強な生徒だと認識されていた人物がいたのをご存じですか? 南の、ロジーネ様です。今はもう北へ行ってしまいましたが、彼女の実力はとびぬけていた。入学時点で魔法家の貴族をも上回っていたのよ」
驚愕に目を見開くギオマー様に、ロータル様が言葉を続けた。
「盾を使った防御術も、短杖の使い方もすごかったよな。あいつが前衛を張れば絶対に攻撃が飛んでこないんだからよ。それに、テストのときなんか目を疑ったぜ。あいつ、鉛筆を転がして回答を決めてやがった。それなのに、成績は上位だ。確か、最後の試験でもメリッサを差し置いてトップをかっさらっていったんじぇなかったか?」
そういえば、ロジーネちゃんは選択式の問題があると楽だと言ってた気がする。選択式ならわからなくても正答率が8割くらいというよくわからないことを言ってたし。
「まずはそのあたりかな。討伐経験が少ないやつらは、討伐経験のあるやつらが認められている理由から調べるといいかもな。まずは、そこの星持ちに倒されたっていう蛇の死骸でも見に行けばいいと思う。多分、蛇の頭はすげえことになってるだろうからよ」
※ セブリアン視点
会議の後、私はロータルについていくことにした。ビッグバイパーの死骸を見に行くのだが、ギオマーとメリッサのほか、デメトリオも私に続いてくれた。
「さすが、上位クラスの人たちは研究熱心ね。異常事態があったとはいえ、こんなにすぐに魔物を見に来るなんて」
上品に微笑んだのは、無属性魔法のマヌエラ先生だった。どうやら彼女も魔物を確認しに来たらしく、私たちを案内してくれたのだ。
マヌエラ先生に続いて扉を開けると、そこには巨大な蛇の死骸が転がっていた。どうやら回収部隊が学園までこれを運んでくれたらしいが、その大きさに絶句してしまう。
「まじかよ・・・。頭、完全に吹き飛んでんじゃねえか! この状態から動いたってのか!?」
ロータル様の叫びで我に返った。確かに蛇の死骸には頭がなかった。蛇の強力な鱗を打ち破るなんて、そんなことありえるのか? 回収部隊が処分したんじゃないのか?
「アメリーさんが頭を見事に吹き飛ばしてくれたんだけど、この状態で動いたことに彼女も驚いていたみたいだわ。頭を失ったビッグバイパーが動き出すのは1割ほどだと言われてるから、運が悪かったのね」
マヌエラ先生の言葉に絶句してしまう。どうやらアメリーがこれをやったのは間違いのないことみたいだ。
「ビッグバイパーでも1割ほどはこの状態でも動くということですか? ならば、心臓を狙ったほうが確実というわけですね」
「そうね。心臓、というより肥大した核を壊すほうが確実でしょうね。魔力の供給源を断てば魔物の勢いは止まる。今回の件も、私は魔核をつぶすことでビッグバイパーのとどめを刺したわ」
「回収部隊としては魔核は壊してほしくはないんすけどね。これ、結構いい値がするんですよ。魔核の位置を特定して輪切りにしてもらえれば一番都合がいいかもっす」
ロータルがマヌエラ先生と回収に携わった冒険者と色々話している。私たちは、ビッグバイパーの死骸を呆然と見つめることしかできなかった。
「頭をつぶしたって、ここまでやったってことかよ。頭の残骸すらもねえじゃねえか・・・」
ギオマー様がうめくようにつぶやいた。
正直、同感だった。頭を攻撃したとは思っていたが、まさかこんなに完膚なきまでに破壊したとは思わなかった。
「セブリアン。これが、王国の星持ちの力だ。彼らにかかれば、このくらいは簡単なことらしい。連邦には、さすがにここまでの魔法使いはいないだろう?」
どこか誇らしげに言うデメトリオにうなずくことしかできない。何という火力、なんという正確さ。これをまだ学生のアメリー様が、戦闘中に成し遂げたというから信じられない思いがした。
「さすが、魔法使いの国とされるクローリー王国というわけか。僕の光の素質が問題にならないくらい、すさまじい魔法使いがいるんだな」
「まあな。光魔法の使い手ならうちのクラスにもいるし、上級生には聖女やへリングの星持ちまでいる。あの国みたいに疎まれることはないってわかったろ? むしろ、資質があることをうらやましがられるくらいなんだからな」
思わずデメトリオを見返すと、彼は安心させるように笑った。
「この国に問題がないわけじゃないが、少なくとも連邦よりお前は自由に過ごせるはずだ。まあ、今は大変なときで討伐にも駆り出されることが多いと思うが、そこは修行だと思うしかない。少なくとも、生徒から攻撃されることは少ないはずだからな」
そういうと、デメトリオは白い歯を見せながら笑ったのだった。