第83話 アーダへの賭け金
陛下との謁見は何とか終わり、私たちは学園への帰路に就いた。馬車を降り、玄関へと向かう道すがら、私はアーダ様と会話していた。
「ちょっと緊張したけど何事も起こらなかったですね。途中から学園長と陛下が喧嘩しちゃってどうしようかと思いましたが」
「う、うん。でもなんだか申し訳ないな。陛下も学園長も、私なんかのことを気にかけてていただいたみたいだし」
私とアーダ様はほっと一息ついていた。
謁見の間で聞かれたのは、今回の経緯とその後についてだった。陛下も今回の件には頭を痛めているらしく、ご自身の力で中止させようかとご提案された。だけど、アーダ様はその提案を断り、自分の意志で決闘を行うことを宣言したのだ。
「よかったんですか? 陛下の前で自分が戦うと宣言しちゃうなんて」
私が問うと、アーダ様は優しく笑った。その表情はなんだか晴れやかで、私は思わず見とれてしまった。
「うん。いいんだ。学園長も陛下も、私のことをしっかり考えてくれたみたいだし。それに、な」
アーダ様はそっと空を見上げた。
「私は、今まで一人で頑張ってた。資質がないとか、才能がないとか言われてきたけど、それでも領地で積極的に討伐任務に加わったりして。最初は失敗することも怪我しちゃうこともあったけど、少しずつ結果を出せるようになって。でも、どんなに魔物を倒しても、誰も私のことなんて気にも止めなかった。討伐任務で怪我をしても、家族はスルーするばかりで、怪我をしてもお見舞いに来たり、看病されることもなかったんだ」
私ははっとさせられてしまう。
もしも、私が討伐で怪我なんかしようものなら、実家はきっと、騒がしくなるだろう。両親はすぐに看病してくれるだろうし、お兄様も毎日様子を見に来てくれるに違いない。お姉さまなんか、どんなに言っても私のそばを離れないだろうから。
でも、アーダ様にとってはそれは違うのだろう。家族なのに、顧みられない。それは、私が思う以上にさみしいことなのかもしれない。
「でも、でもね。学園に来てから。ううん。ビューロウ隊に入ってからそれは少しずつ変わっていったんだ。もちろん、私の行動が間違ってたこともあった。でも、基本的にみんな、私の言葉に耳を傾けてくれて。ニナ様もフォルカーもセブリアン様も、魔物を倒したらほめてくれたし、指示がうまくいったら喜んでくれた。何より、アメリーだ」
アーダ様はそっと私を見つめた。
「私、ですか。特別なことなんて何にもやっていないと思いますが」
「ううん。アメリーは私を信じて指揮を任せてくれただろう? 受業を見てたら分かる。アメリーは、きっと指揮だってうまくやる。私以上の腕を持っていること、みんなちゃんと分かってるんだ」
私はあわてて首を振るが、アーダ様は優しく微笑んだだけだった。
「星持ちっていうのは、本来そういうものなんだよな。才能の塊で、何でもできるからすべてを自分の手でやろうとしてしまう。でも、アメリーは違った。私を信じて、私に任せてくれた。そんなアメリーだから、私も自分の力を信じて戦い続けることができたんだ」
アーダ様は静かに自分の手を見つめた。
「私、やるよ。うん。どこまで通じるかわからないけど、決闘で力を尽くすよ。アメリーのために。そして、信じてくれたみんなのために。私は力のすべてを出し切ってみせる」
私は静かに頷いた。
ちょっとだけ、不安だったんだ。
もしかしたら、私のやっていることは独りよがりなんじゃないかって思ってたんだ。私はアーダ様を援護したつもりだけど、それが迷惑なんじゃないかと。
この決闘が決まった背景だってそうだ。私の不用意な一言がドミニクに利用されてしまい、アーダ様を決闘に巻き込んでしまった。でも彼女は、そんな事情にもかかわらず、戦い抜くことを約束してくれたんだ。
「ふふふふ。アーダが決意したのなら、勝負は決まったようなものね。ちょっと楽しみではある。だって、観戦する人のほとんどは、アーダが勝つだなんて思っていないでしょう? 色の薄い魔法使いが色の濃い魔法使いを凌駕するだなんて。それがひっくり返るだなんて、ちょっと痛快じゃない?」
エリザベート様がいたずらっぽく笑った。他のみんなも楽しそうに頷いている。
「でも大丈夫? 相手はドミニクだけじゃない。あいつの背後にはユーリヒ公爵と水の巫女がいる。半端な勝ち方だと無効とか言い出しちゃうかも」
「そうですね。厄介なのはヘッセン家もですよね。何しろ、相手はギャンブルで名を上げた北の貴族家です。うわさでは、貴下の貴族家を契約で縛っているとか。生半可な方法では権力で試合を止められてしまうかもしれません」
エーファの言葉にハイリ―様が同意した。
「大丈夫だ。あの手を使えば、文句なんて出るはずがない。うん。私は勝つよ。大丈夫。みんなが信じてくれた私なら、必ず勝てるから」
宣言したアーダ様に、何か安心したような空気が流れた。私たちは優しい雰囲気に包まれて、思わずほっこりしそうになった。
だけど、次の瞬間だった。
「ん? あれはなんだ? あんなもの、ここを出る前はなかったはずだが?」
コルネリウス様が怪訝な顔になっていた。その声につられて玄関の広間を見ると、靴箱のちょうど真ん中に大きな数字が2つ、浮かんでいた。その周りでは、生徒たちが興奮したように数字を見ていた。周りを走り回る生徒も多い。
「あれは! まさか、ヘッセン家の! あいつ! まさかあの秘術を使ったとでもいうの!?」
ハイリー様が叫び声を上げた。
というか、ヘッセン家の秘術って?
私は怪訝な顔をしていると、私たちに向かってナデナが近づいてきた。
「あ、みんなお帰りー。どうだった?」
「色々あったんですけど、こっちもなんかあったみたいですね。あの数字は何なんです? なんで、こんなのがここにあるんです?」
私が聞くと、ナデナが数字を見上げた。
「これ、ドミニクの奴が作った魔法なんだってさ。教室の黒板にも出たよ。派手だよねー。なんか知らないけど、1階に、王都で活躍するブックメーカーの人が来ているらしくてね。賭けをするらしいのよ。アーダとドミニク、どっちが勝つかってね」
私は驚いた。学園が騒がしいと思ったら、まさかそんなことになっているなんて!
「なんでも、ユーリヒ家の采配でそんな感じになっているらしいよ。まあ、今は闘技場も閉まっちゃっててギャンブルもお預けになっているからね。あの人たちの仕事を作るにもいい機会って話らしいからね。で、アーダとドミニクに賭けられた金額それぞれの合計がここに表示されるらしんだ」
なんだ、それ。
あの人たち! 神聖な決闘で、賭け事をしようっていうの!?
「これが、あいつん家の秘術だよ。ベール家の契約魔法を参考にしてるらしくてね。それぞれどっちが有利かを表して、しかもギャンブル以外にもペナルティをつけるってやつ。勝ったほうに賞金を、負けたほうにペナルティを強制的にし習わせる秘術なんだって。本当は私たち学生で賭け事をするなんてあんまりよくなんだけどさー」
私は改めて数字を見た。あいつ! 私たちが王城に言っている間にこんなことをしていたのか!
でも、どういうことだろう。多分、どちらかがドミニクで、どちらかがアーダ様を表しているんだろうけど、数字に桁違いの差がある。片方はどんどん増えていて、もう片方は少ないままだった。
「ずいぶんと差ができていますね。ドミニクの強さって王都に知れ渡るほどではなかったはずですが」
「それが、ね。あいつ、教室でちょっとあったじゃん? 自分が強いって周りに思わせたいみたいなのよ。あいつの魔法は真実の一端を明らかにすることもできるらしくてね。ドミニクは自分の資質明らかにした。あいつが、土のレベル3の資質の持ち主だってね。しかもその、ね」
ナデナは言いにくそうに私たちのほうを・・・アーダ様を見た。
「あいつさ、アーダが4属性の資質がレベル1しかないって公言しちゃったのよ。だからみんなドミニクのほうに賭けちゃってね。うちのクラスでもドミニクに賭けた奴がいるみたいよ」
言葉を聞くや否や、私は走り出した。
「ア、アメリー! 待って! 待ちなさい!」
止める声を背中越しに聞きながら、私は全力で教室に向かったのだった。
◆◆◆◆
息を切らして教室に入ると、誰かが言い争っていた。
「てめぇ! ふざけんな! 何考えていやがる!」
「はっ! お前だって同じ穴の狢だろう! 今更いい子ぶったって遅いんだよ! おとなしくこっちにこいよ! 歓迎するぜ!」
驚いて彼らを見ていると、カトリンが私に気づいた。
「アメリー、おかえり。王城はどうだった?」
「いろいろあったのですけど、この事態はなんなんです!? ドミニクの奴、神聖な決闘で本気で賭け事をやろうっていうのですか!」
カトリンは苦笑した。
「本気も何も、王都の有名なブックメーカーまで担ぎ出したからね。しかも、ヘッセン家の秘術まで使いだしてね。見なよ。後ろの黒板に、例の数字があるだろう? あれ、すべての教室にあって、2人の掛け金の合計を表してるってさ。資質の件も、学園の内外に広く知れ渡っちゃってるみたいなんだ。僕としたことが、ドミニクに先手を取られるとは悔しいんだけどね」
カトリンは相変わらずカトリンで、自分が情報発信できなかったことを悔しがっているようだ。
「この野郎! ふざけやがって! 資質のことは他人には言わない! たとえ、自分が見聞きした情報でもな! それが貴族間の常識だろう!」
「は! お前が常識なんて言うなんてな! 俺も心苦しいんだぜ? なにせ、俺まで自分の資質を明らかにする羽目になったんだからな! 俺の秘術は条件をイーブンにするために嘘はつけない。俺が土の資質がレベル3なのは本当だし、あいつの素質がレベル1だらけも本当だ! 闇の資質は、あるみたいだけどなぁ!」
ドミニクの奴! 他人の資質をばらして、しかも笑っているだなんて!
「まああれだ。俺は自分に大金を賭けたし、な。アーダが万が一、俺に勝ったらペナルティを払わなきゃなんねえんだぜ? 俺だってリスクを背負ってんだよ。まあ、俺が負けるなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ないんだがな」
高笑いし始めたドミニクを、私は歯を食いしばりながら睨んだ。
おそらく、大きい数字のほうがドミニクの賭け金を表し、小さいほうがアーダ様のを表しているのか。資質が明らかになったからそれはしょうがないかもしれない。みんな、色が濃いほうが強いと思っている。レベル1のアーダ様が、土のレベル3を持つドミニクに勝てないのは常識なのだ。
「そう。つまり、アーダの資質がレベル1というのは本当のことなのね。そしてそれが、公言されてしまったと。ありえない状況だけど、それが実現してしまったのね」
教室の後ろから静かな声が聞こえてきた。振り返ると、エリザベート様が呆然として佇んでいた。私を追ってきていたようだが、沈痛な顔をしているように見えた。
「ははっ! さすがのクラスの女王様もショックを隠せないようだな! そうだ! あいつはレベル1で、このクラスに入れたのが奇跡か、何かの間違いなんだよ!」
心底楽しそうに笑うドミニクに怒りがこみあげてくる。冷静にならなきゃいけないのは分かっているのに、私の頭は怒りに染まりそうだった。
「今なら、棄権できるかもしれない。これでは、賭けにならない。あなたがユーリヒ公爵に掛け合えば、少しは可能性があるんじゃなくて?」
「はっ! 何言ってやがる! そんなことするわけねえだろうが! 俺が、あいつのために何かやると、本気で思っているのか!」
ドミニクが笑い出すが、エリザベート様は真剣な顔を崩さない。
「私はあなたのために言っているのよ、ドミニク・ヘッセン。多分これが最後のチャンス。あなたが、生き延びるためのね」
エリザベートの真剣なまなざしに、ドミニクは目を見開いた。そして、つばを飲み込むと取り繕うようにあのふざけた笑いを続けたのだ。
「っ! はっ! 何言っていやがる! あいつはレベル1の魔法使いだぞ! 資質の面では平民でもあいつに勝るやつがいるくらいのな! まあ魔力量はあるみたいだけどよ。宝の持ち腐れだ。そんなのに、俺が負けるわけがないだろうがよ!」
「あなた、気づかないの? クラスメイトの多くが気づいているのに。アーダが本当にレベル1だとしたら、彼女は本物よ。天才を超えた天才。アーダは、あのダクマー様やラーレ様と同じ、この時代を代表するような魔発使いということよ」
エリザベート様の真剣なまなざしに、さすがのドミニクも鼻白んだ。
「彼女が本当にレベル1ということはよ。これは本当にとんでもないことなの」
「ああ! そう言ってんだろうが! しつこいんだよ! お前! クラスでちやほやされてるからって調子乗ってんじぇねえぞ!」
ドミニクは恫喝するが、エリザベート様の表情は変わらなかった。近づこうとするカトリンを手で制し、言葉を続けた。
「だって、彼女が本当にレベル1なのだとしたら、あの子はレベル1でも最高位の魔法を発現できる天才だということになる」
教室の空気が止まった。
沈痛な顔をしている人もいれば、彼女の言葉をかみしめている人もいた。多くの生徒が、エリザベート様の言葉に同意しているのだ。
「あ、ああ。そういう、ことになる。正直、頭の中が整理しきれていないのだが」
「ありえないでしょう! そんなの、常識外にもほどがある! でも、私は見たの! 見てしまったの! あの時は確かに! そんなの、そんなのありえないはずなのに!」
クラス内は阿鼻叫喚だった。
ほとんどのクラスメイトが気付いていたのだ。アーダ様のしてのけたことに。仮にドミニクの言う通りだとしたら、本当に信じられないことをしていたことに!
恐慌状態に陥った生徒たちを、ドミニクは焦ったようにきょろきょろしていた。
「あなた。まだ気づかないの? アーダは、あの難しいパヒューセ・ギフトを発現させているのよ。それも、初めて魔法陣を見たにもかかわらず、ね。色が濃くても難しい魔法なのに。あの子が、魔法陣を一つもミスしなかったの、あなたも見ていたでしょう?」
「え・・・。あ、ああ! い、いや、そんなはずはねえ! 何かずるをしたのに決まってる!」
焦りだすドミニクに、エリザベート様は溜息を吐いた。
「ずる、ねえ? それ、どんな? 可能性があるなら、あの授業の前にあの魔法のことを知ってたということかしら。でも、みっちり訓練したとしても、レベル1のあの子があれを発動できると思って? レベルが低くても高位魔法を撃てる方法があるなら、それはそれで表彰ものなんだけど? それとも魔道具? メリッサからそんなのあるって聞いたことがないし、仮にそんなものあるならさぞかし高級でしょうね。あまり裕福と言えないアーダに、それが手に入れられるとは思えない」
冷静に一つ一つの理由をつぶしていくエリザベート様に、ドミニクは焦りを強くした。
「この中にもいるでしょう! 属性によってはレベル1の素質しかなかった人が。ねえ、あなたたちはできて? 資質が低い属性で高位魔法を使うことが。私は自信ない。資質の低い属性で魔法陣を描いても、上位魔法はおろか、中位魔法だって発動できないでしょうね」
エリザベート様の言葉に、何人ものクラスメイトが顔色を青くしていた。
「魔道具にしろ技術にしろ他の手段にしろ、アーダがやったことはとんでもないことよ。あの子はおそらく、小さい資質でも高レベルの魔法を扱う技術を持っている。みんなも上位魔法を扱う難しさは知っているでしょう? 資質が高くても、できる人はほとんどいない。しかも、バヒューゼ・ギフトは上位魔法よりもなお難しい」
みんな静かに押し黙った。このクラスの全員が実感しているのだ。あの魔法が、ただ資質が高ければできるというものではないことを。
エリザベート様は静かにドミニクを見つめた。
「その力を見るには資質ではなくその者が何を成したかを見よ。私が尊敬すべき、バルトルド・ビューロウの言葉よ。考えなさい、ドミニク・ヘッセン。規格外のことを成し遂げたアーダに、このクラスのトップにも成れないあなたが、勝つことができると本気で思っているの?」
エリザベート様の問いかけに、ドミニクは言葉をなくしたようだった。
沈黙があたりを支配した。でも、その時だった。
「お、おい! あれを見ろ!」
一人の生徒が教室の後ろの数字を指さした。
ドミニクが作り出したそれの、少ないほうの数字がすごい速さで加算されている。アーダ様への賭け金が、見る見るうちに増えているのだ。
「なっ! ば、ばかな! なんでこんなに・・・。これの、こんな大きい金額の一部が俺のペナルティになるかもしれねえってか!?」
「ああ。遅かったわね。これ、途中で解除できたりするの? かなり強力な契約だからそれも難しいでしょうね」
アーダ様の掛け金はどんどん増えていき、あっという間にドミニクとアーダ様の数字が逆転していて、それでも止まらず増え続けている。さすがのドミニクも、あまりの変化に顔色を青くしていた。
「誰か知らないけど、その人も気づいたのね。ドミニクがアーダには決してかなわないことを。残念だけど、私には止められない。あなたが生き残るには、アーダに勝つしかないのよ」
ドミニクはきっとエリザベート様を睨んだ。
「ははっ! 何言ってやがる! あいつへの賭け金が上がれば上がるほど、俺が勝った時のもうけも上がるだろうがよ! これはチャンスなんだよ! これだけの金があれば、ヘッセン家はもっと上に上がれる!」
「でももし負けたら? 契約魔法の縛りは家にまで波及するものなの? まあどちらかは知らないけど、あなたもただでは済まないでしょうね」
エリザベート様が無表情に言った。
ふいに笑い声が聞こえた。カトリンだ。カトリンが、大口を開けて笑っているのだ。
「いやごめん。ごめんね。ぷくく。でもさあ、ちょっとおもしろくてね」
涙目になりながら笑うカトリンをドミニクが睨み返した。
「てめえ! 何がおかしいってんだ!」
「いやさあ。君、安全圏から攻撃しているつもりだったろう? 負ける可能性がほとんどなくて、万が一負けても自分は傷つかない予定だった」
ドミニクが言葉に詰まった。おそらくカトリンの言葉は図星だったのだろう。アーダ様への賭け金が少なければ、たとえ負けてもペナルティとして払う金額は少ない。
でも、アーダ様への賭け金が飛躍的に増えたことでドミニクのお尻に火が付いた。万が一、負けたらドミニクは破滅だ。こんな金額、個人で払えるはずがない。よくて奴隷落ちか、最悪は・・・。
「でも、この金額は払えないだろうね。ラッセ家とかそこら辺の大富豪でもない限り! あ、ヘッセン家なら行けるのかな? でも強欲と知られるヘッセン家の当主が、こんな大金払ってくれるのかなぁ」
カトリンは笑うのをやめ、のぞき込むような目でドミニクを見つめた。
「この結果を受けて賭けは一層盛り上がるだろうね。アーダ君への賭け金は上がり続けているし、これを見て彼女に賭ける人も増えるんじゃないかな。なんにせよ、彼女が勝てると確信している人が、こんなに大金を賭けているんだからね。いや面白くなった!」
「てめえ! 他人事だと思って」
恫喝してくるドミニクにもカトリンはひるまない。
「他人事だし、自業自得だと思うよ? 誰かがアーダ君に賭けなければ君は安全圏から非道なことをしようとしてたんだからね。君はもっと、人を陥れるということがどういうことかを考えたほうがよかった。自分が大損害を被るかもしれないと知って、やっとそれが分かったのかな? 人を呪わば穴二つってね」
言い続けるカトリンに、ドミニクは押し黙った。
「まあなんにせよ、楽しみにさせてもらうよ。魔力制御の天才たるアーダ君が、君をどうやって攻略するのか。うふふ。そして君が、どんな顔で落ちていくのかをね」
震えながら睨むドミニクを、かばう人は誰もいなかった。




