第79話 星持ちの怒り
叔母様たちを見送った次の日、教室に入るとなんだか騒がしかった。
「あ! アメリー! 聞いたかい!? 闘技場で決闘が行われることになったらしいんだよ! 戦うのは何と、このクラスの生徒同士らしいんだ! 僕としたことが情報をつかむのが遅れてしまった」
カトリンがいきなり報告してきた。
そういえば、公開処刑の前に闘技場が使われるかもって聞いていた。つまり、公開処刑の前哨戦として生徒同士の決闘が行われるということね。
「ふーん。うちのクラスの生徒同士、ねえ。まあドミニク当たりが張り切りそうなことだけど。誰と誰が戦うのかは当然掴んでいるんでしょうね。やっぱりアメリー? 星持ちなんて大したことないって言ってたけど、そのことを決闘で証明しようっての?」
その可能性は、あるのか。
そう言えばそうよね。私のこと、星持ちだと認めない人はこのクラスにもいる。爵位の低い私がこの国最高の魔法使いの証しである星持ちに選ばれるはずはないという考えだ。私の祖母はフランメ本家から嫁いできたというのに、そのことはスルーされているのが現状だ。
「私が闘技場で戦って星持ちであることを証明せよってことですか。まだ私のところには話が来ていないんですけどね。でもそれはこっちにメリットがあることですよね? 正直、ドミニク程度、倒すことは難しくないですから」
「違うんだよ、アメリー! そうじゃない! もう決定事項なんだ、決闘が行われるのは! だから君じゃないんだ!」
身振り手振りで訴えるカトリンに、思わずきょとんとしてしまう。
「決闘者に任命されてのは、アーダ君だ! ドミニクの奴、アーダ君を対戦相手に指名したんだよ!」
私は、思わず後ろのアーダ様を振り返った。アーダ様も驚いているようで、言葉もない様子だった。
「え・・・。あ・・・。わ、私は決闘をするだなんて、知らされていない」
そうよね。カトリンの言う通り、もう決まったことなら本人に話が言っていないわけはない。私たちは今日も3人で登校してきたけど、そんな話題は全然なかった。ということは、アーダ様の知らないところで決闘が決まったってこと?
「君、何も聞いていないのかい? 学校中に広まっているニュースのはずだけどなぁ」
カトリンも不思議に思っているようだ。
決闘が行われるのは決定事項なのに、当事者のアーダ様が知らないなんて。そんなこと、ありえるのだろうか。
「ああ。そうか。そういうことか。これは参ったね」
「カトリン。一人だけ納得していないで、ちゃんと説明して」
エーファに睨まれると、カトリンは言いづらそうに頬を掻いた。
気づいたら、クラス中の生徒がこちらを見ていた。エリザベート様もギオマー様も、メリッサ様もハイリー様たちも。登校している生徒は、みんなカトリンの言葉を待っているようだ。
カトリンはみんなを見回すと、あきらめたように息を吐いた。
「決闘が決まる条件ってのはいくつかある。まずは基本だけど、本人たちが要求したケースだ。確か一昨年、アメリー君のお姉さんがやったんじゃなかったかな? クルーゲの長男から挑まれて、見事に返り討ちにしたんだけどね。でも今回のケースはそれとは違う。多分、貴族家の当主が、認めたんだと思う」
それってつまり!
アーダ様の家の当主が、決闘に応じたってこと!?
「ヘッセン家ってさ。北ではかなり権勢を誇っているそうよ。金貸しとかカジノとかを営んでいて、あの家に逆らえない貴族も多いらしい。確か東よりだったかな? あのルックナー家と隣同士だったはずよね」
エーファが一人ごちにつぶやいたその時、教室の扉が開かれた。
ドミニクだ。ドミニク・ヘッセンがけだるそうに登校してきたのだ。
みんなの視線が集中しているのに気づくと、あいつは不愉快そうに周りを睨みまわし、私と目が合うと愉快そうに笑いだした。
「あなた! アーダ様と決闘なんて、何考えているのよ!」
「ああ!? 子爵無勢が偉そうに! てめえ! わかってんのか!? こっちは伯爵家だぞ! お前ごときが無礼働いていい相手じゃねえんだよ!」
ドミニクはひるまない。まるで犬でも追い払うかのように、私を邪険にしてきた。
「はっ! てめえは星持ちだのなんだの言われてるけど、所詮は子爵家出身なんだよ! ちょっと侯爵家に構われているからって調子に乗んじゃねえぞ!」
「なっ! ふざけたことを!」
私は激高するが、ドミニクは心底うれしそうに、でもいやらしく笑った。
「私が気に入らないのならそれでもいい! いつでも受けて立ちますよ! どうしてアーダ様を巻き込んだんです!」
「はっ! お前が言ったんだろう! ビューロウ隊の強さを見せつけてやるってな! だからこの俺が! 俺様がお前の副官の実力を試してやろうってんだよ!」
私はドミニクを睨みつけることしかできない。
まさか私の不注意な一言で、アーダ様を戦いに巻き込んでしまうなんて!
顔色をなくした私を、ドミニクが嘲笑った。
「お前に与する奴は全部的敵だ! わかってんだろ! お前のせいで、あの雑魚は巻き込まれたんだよ!」
私は荒い息をついて睨みつけた。ドミニクのニヤけた顔が本当に憎らしく思えた。
ドミニクは私の後ろにアーダ様を見つけるといやらしく笑った。
「俺は単にカーキ―家の要望に従っただけだぜ? アルバンの奴が言ってたんだ! その雑魚がこっちのクラスに来たのはありえねえってな! なあ、どんな手を使ったんだ? お前ごときが選ばれるわけねえ。何しろお前は、レベル3どころかレベル2の資質すらも持っていねえんだからよ! そんな奴が上位クラスに在籍しているなんてありえねえ。お前らも、そう思うだろう!」
「な、何を言っている!そんな、人の素質を大声で言うなど!」
他人の資質を明らかにするのは、この国では禁止されている。それなのに、こいつはアーダ様を大声で叫んだんだ!
焦って周りを見渡すと、何人かの生徒が驚いたような顔になっている。汚らわしいものを見るかのようにアーダ様を見ているクラスメイトもいれば、顔を青ざめさせている人もいた。
私がアーダをかばって何か言おうとしたとき、ドミニクのあざけるような声が聞こえてきた。
「お前だってそうさ。子爵無勢が星持ちなんて間違ってる! お前の祖母はフランメ家の出身らしいが、なぁ。ビューロウだって、どんな汚い手を使ったのか。大方、あの雑魚と同じ手でずるをしたに決まってるさ。そもそも子爵無勢が武の三大貴族ってのが間違ってんだよ! 王族に気に入られているからって調子に乗りやがって」
「なっ! 言うに事欠いて、ビューロウまで貶めようというのか!」
許さない! 私だけでなく、北で戦っているお姉さなたちも貶めようだなんて!
「口を閉じろ! ビューロウをけなしたこと、後悔させてやる!」
周りの机やいすが吹き飛ばされる音がした。
そんなの、関係がない! あいつを黙らせるためには、どんなことだってしてみせる!
ドミニクに飛び掛かろうとしたその時、ふいに背中から抱きしめられた。
「アメリー。落ち着きなさい。ロータル。談話室の準備を。この子が落ち着くまで、少し話し合いましょう」
「放して! 私はあいつを!」
有無を言わさず引きずられながら、私は教室から追い出されたのだった。
◆◆◆◆
談話室で、私はエリザベート様に水を手渡された。
「アメリー。落ち着いた?」
「はい・・・。すみません。怒りで我を忘れてしまいました」
私が答えると、エリザベート様はそっと溜息を吐いた。
「気持ちは分かるが、やりすぎだ。さすがに肝を冷やしたぞ。お前、エリザベートが止めなければドミニクを殺す気だっただろう」
コルネリウス様があきれたように溜息を吐いた。
談話室には私の友人たちが集まっていた。
アーダ様に、エーファに、カトリン。そしてニナ様とフォルカー様がいた。エリザベート様やハイリ―様、メリッサ様もいて、ギオマー様は腕を組んで顔をしかめている。コルネリウス様はいつものように、皮肉気な顔をしていた。
驚いたことにロータル様とナデナもいて、事態の推移を静かに見守っている。
「それにしても、ドミニクはいつになく強気だったわね? 爵位がどうとか言っていたけど、こちらには侯爵家のエリザベートやギオマー、メリッサだっているのに。伯爵家のくせに、侯爵家に逆らおうっての?」
「どうやらヤツのバックにはユーリヒ公爵がいるらしい。アメリーがファビアン様とうまくいっていないのは周知の事実だからな。ロレーヌ家に見放されたアメリーと、ユーリヒ家のバックアップがあるドミニク。しかもユーリヒ家は当主から直々に声を掛けられているときた。奴が調子に乗るのも自明の理というわけよ」
エーファの疑問に、コルネリウス様が答えた。
「私も聞いたことがあるわ。ユーリヒ公爵はロレーヌ家やビューロウ家が台頭するのを苦々しく思ってるってね。闇魔の四天王を滅ぼしたダクマー様を必死で貶めようとしているという話もある。闇魔との戦いが激化しているのに、愚かだと思うけど」
エリザベート様が溜息を吐いた。
「しかし、解せんよな。ユーリヒ家はともかく、何でヘッセン家のドミニクの奴はアメリーを目の敵にしているんだ? 奴のヘッセン領は北で、東のビューロウ領は隣り合っているわけではないよな? 接点なんてないと思うが」
「そうよね。あいつ、入学してからずっとアメリーのことを敵視していたのよね。何度焼こうと思ったかわからないもの」
ギオマー様とメリッサ様の疑問を口にした。それに答えたのは、ナデナだった。
「あいつさぁ。ヘッセン家の3男坊で、後継は長男なわけよ。そいつは嫌な奴なんだけど、優秀でね。ドミニクが後継に咲く目はない。長男に何かあっても次男も優秀だし、そいつが継ぐと思うからね。で、立身出世のために目をつけていたのが隣のルックナー家なんだけど」
ナデナ様の言葉に、みんなぴんと来ていないようだ。だけど、私はルックナー家と聞いてひらめくものがあった。メリッサ様もはっとしたように目を見開いている。
「ルックナー家の後継はブリギット様っていう、一年上の先輩なんだ。あそこは当主が闇魔に負けちゃったせいで、長女のブリギット様が継ぐことになった。そこに、あのドミニクの奴が婿入りしてあの土地を牛耳ろうと皮算用してたみたいなんだ。けどブリギット様、とっととお婿さんを自分で決めちゃってね」
そう言って、ナデナは改めて私を見た。
「まあ、ドミニクの奴は相当偉そうにブリギット様に接していたみたいだから、袖にされたのは当たり前なんだけど、ね。あいつ、そのお婿さんに相当の恨みがあるようで、それでアメリーにきつく当たってるんだよ」
エリザベート様が目を見開いた。
「そうか! たしか、ブリギットさんが射止めたのって!」
「そう! ビューロウ家のデニス様さ!」
そういうことか。ドミニクがいつも私にあたりが強かったのはそういう事情があったのね。ルックナー領は広いし、ブリギット様もきれいでいい人だったからうちは完全に歓迎モードだったけど、まさかそんなことがあるだなんて・・・。
「ああ! なんてこと! デニス先輩は巫女様の従弟でアメリーのお兄様よ! 子爵家としては良い話だし、ルックナー家も巫女様の親戚になるだなんてうらやましく思ってたのに、まさかヘッセン家に目を付けられるだなんて!」
メリッサ様が嘆くと、ギオマー様は渋面になった。ビューロウ家の話題になったことで案の定暴走したメリッサ様に頭を痛めているのだろう。
だけどすぐに気を取り直したのか、まじめな顔で言葉を続けた。
「なるほどな。アメリーがドミニクに目をつけられている理由は分かったが、しかしどうする? 相手は公爵家の後ろ盾がある。あいつを倒してしまうと公爵家に目を付けられかねんぞ。まあうちはベリアンの件もあるし、アーダに付くのは決まっているが」
「ギオマーだけにいい格好はさせられませんよ! うちもです! ラッセ家も、アーダを支援します! アメリーの相棒を手助けしないなんて、あるわけないじゃない! お金ならあるんです!」
2人は即座に言ってくれた。あの公爵家に目を付けられる可能性があるのに、迷いもなく決断してくれるなんて・・・。
「え? あ・・・」
アーダ様が絶句している。こんなに簡単に味方ができるとは思わなかったのだろう。
それに続いたのはエーファだった。
「南に先を越されたか。当然、東の私もアーダに付くわ。クラスメイトだし、一緒に登校している友人でしょ? 私たち。ヘッセン家やカーキー家が何を言っても、私とウォルキン家はアーダに付かせてもらうわ」
彼女はいつものように勝気に笑っていた。
「うちもです。デトキヴ家も支援しますよ。ビューロウ家に恩があるのはうちもですからね。うちはヘッセン家のビジネスにかかわりがない。両親からはむしろ、ヘッセン家には必要以上にかかわるなと釘を刺されていたくらいです」
「あー。ハイリーが支援するならうちもかな。ハイリーが言うなら間違いないだろうし」
「お前らは・・・。まあ、アーダは別に法律に違反しているわけではないからな。匂うのはむしろ、ヘッセン家とカーキー家だろう。さすがにユーリヒ家には手を出せんが、あの2家のしっぽをつかむために参加させてもらう」
北の3家も、アーダ様を支援してくれるようだった。アーダ様は信じられないものを見るかのように3人を見ていた。
「私もよ。私も、アーダを信じてる。お父様を説得するのは骨かもしれないけど、今ならお兄さまもいる。あいつらの好きになんてさせないから」
「エリザベートが言うなら俺もだな。エイス家は、常にヴァッサー家とともにある。エリザベートが言うんなら、俺もそれに続くのみさ」
エリザベート様とロータル様もうなずいてくれた。アーダ様は驚いて首を振っている。
「アーダ様。本当に申し訳ございません。私の不注意で、アーダ様をドミニクとの争いに巻き込んでしまった」
「い、いや・・・」
アーダ様がうつむいてしまった。
私のせいでアーダ様が決闘を受けることになってしまった。謝ることしかできないけど、悔やんでも悔やみきれない。
「多分・・・。きっと、アメリーのせいじゃない。昔からそうなんだ。私の家族は、いつも私を貶めようとしてきた。今回の件も、たぶんそうだ。両親は、資質のない私を蹴落とす機会をずっと待っていたと思う。上位クラスの私を差し置いて兄が継ぐにはどこかで私を下げないといけないから」
アーダ様がつぶやくと、みんな顔を曇らせた。
多分、みんなも家族から貶められたことはないのではないだろうか。私だってそうだ。両親はいつも私を見守ってくれたし、おじいさまも私用にいろいろな魔法を教えてくれたりした。お姉さまたちだって、ラーレお姉様たちだって、ずっと私の味方でいてくれたんだ。
でもアーダ様は、そんな家族から攻撃されているのだ。その苦しみは想像を絶するものだろう。
「ごめんなさい。私には、本当に素質がないんです。四属性すべてがレベル1だった。あいつらの言う通り、魔法使いとして欠陥品なんだ」
消え去りそうな声でアーダ様がつぶやいた。私は思わず、アーダ様を抱きしめてしまった。
「何を言っているんです! 私はすっとそばで見てきました! 素質なんかなくても、アーダ様は優秀な魔法使いです! だって、私たちでたくさん魔物を倒してきたじゃないですか! ゴブリンやリザードマンだけじゃなく、ビッグバイパーだって! それは決して嘘じゃない! 私たちは、ちゃんと戦えたんです!」
私が叫ぶと、アーダ様は泣き出した。
「そうですよ。ここにいる誰もが、アーダを劣っているとは思いません。ドミニクに負けるなんて、誰も思っていないんです。あなたは自信を持ってもいい。あなたは私たちの誇るべき友人です」
メリッサ様が宣言してくれた。彼女も、アーダ様の実力を信じているのだろう。
「そうね。多分、闘技場で無様をさらすのはドミニクでしょう。自分から挑んだんだから自業自得だろうけど」
エリザベート様が黒い笑みを浮かべた。彼女も、アーダ様の勝利を確信しているようだった。
アーダ様は泣きながら首を振った。
「でも・・・。私は資質のない魔法使いだし、相手は豪快な技を使う戦士だ。決闘は、魔法使いよりも近接者のほうが有利なんだ。私が勝てるとは限らない。ユーリヒ家に狙われるだけの結果になるかもしれない」
「いえ。それはないです」
私は断言した。もし、しがらみのない状態でアーダ様とドミニクが戦ったら、結果は見えている。ドミニクに勝ち目なんかあるはずがない。
だって、アーダ様は、この学園で一番の魔法使いなのだから。
「大丈夫です。アーダ様なら勝てます。ドミニクなんて目じゃない」
私は笑顔で語り掛けた。
「資質なんて大した問題じゃないと。大事なのは、その人に何ができるかだって。アーダ様の強さはここにいる全員が認めています。ドミニクなんて相手にならないって、私たちは知ってるんですから」
私たちの答えに、アーダ様は涙ながらに何度もうなずいたのだった。




