第76話 クラスメイト達との話し合い
王城から学園に戻った私たちは、一緒に旅行したメンバーに今日の出来事を話すことにした。
「なるほどな。まさかフェリシアーノと再び戦うことになるとはな。相手は相当な腕だが、あの魔石の力を使えば勝てると、奴らは考えているのだな」
予想通りというか、渋面になったのはコルネリウス様だった。隣のハイリー様も悔しそうな顔をしている。
「あの魔石は、素材になった魔物の魔力が上乗せされる。魔物の魔力は多くないとはいえ、貴族にとって垂涎ものだろう。あれの輸入を増やして、ユーリヒ家の影響力を高めたいのかもな。だが、中毒症状を抑えられたという報告はきていない。弱い魔物を素材に使っても難しかったはずだ」
ギオマー様が言うと、メリッサ様も顎に手を当てた。
「そうなのよね。魔物の魔力を転用するだなんて、あのラルス・フランメですらも無理だったんじゃない? あれを作ったアレクシス・タルボットですらも中毒症状は抑えられなかったというし」
なんか歴史上の偉人の名がバンバン飛び出してくるんですけど。それだけ、あの魔石は危険ということなのか。聞いた感じだと、素材の魔物が強ければ強いほど、中毒症状がひどくなるというし。
「すみません。公開処刑は避けるべきだったのかもしれませんけど、私たちでは止められないかもしれませんね。王家ですらも、2大公爵が参推薦したら止められないみたいなこと言っていましたし」
「ロレーヌ家らしくない失態でしたね。ユーリヒ公爵に乗せられてしまうなんて。まあ相手が相手だから仕方のない気もしますが。ファビアン様はまだ学園に入学したてなのですからねえ」
メリッサ様が慰めるように言った。
あの後、エーレンフリート様たちは何か用があるとかで出て行ってしまった。叔父様たちは準備をするとか言って行ってしまった。クレメンテ殿下は慰めてくれたけど、私たちは善後策を話し合うために戻ってきたのだ。
「しかしノード伯爵がユーリヒ公爵に付いちゃうとはね。爵位が高い相手なのだから、彼の意向に従うのは避けられないことかもしれないけど。でも、どちらかというと自分から公爵に従っているようだったわ」
エリザベート様は悔しそうだ。当のヘルムート様は下を向いてこぶしを握り締めている。
「やはり、父上は戦うつもりなのだな。昔からフェリシアーノの奴は許せないと言っていた。それが実現できそうなら、ユーリヒ公爵にだって必死で縋り付くだろう」
正直、私とヘルムート様との関係はそれほど良いものではない。直接の文言はなかったものの、子爵家出身であることを揶揄されたことも一度ではないし、アーダ様の助言を無視された件もある。
でも、だからといって不幸になれとかそういうことは思わない。私から離れた場所でうまくやってほしいという気はするのだけど・・・。
「公開処刑が始まるまでは少し時間があると思うわ。最近は闘技場も使われていなかったし、公開処刑みたいな大規模な催しをいきなりやるとは思えない。多分、慣らしのようなイベントが行われた後だと思う。ユーリヒ公爵にとっても、絶対に失敗できないことだから。私も何か手がないか聞いてみます。みんなもできることがあったら報告してほしいわ。あんまり短慮なことはしないでね」
エリザベート様が言うと、みんなしょうがなしといった具合に頷いたのだった。
◆◆◆◆
「アメリー様」
困ったような顔をしたセブリアン様に話しかけられた。最近はセブリアン様やデメトリオ様とよく話すから違和感はない。でも、やけに真剣な顔をしているのが気になった。
「セブリアン様。どうしました?」
「いえ。その・・・。僕の故郷の件ですみません。まさか、あの水の巫女が来ているとは思いませんでした」
水の巫女って、連邦ではかなり特別な存在なのよね。信仰を集めているというか、心の支えというか・・・。連邦が私たちの国に調略を仕掛けていると思っていたけど、まさか水の巫女本人がこっちに来ているとは思わなかった。
「セブリアン様のせいではありませんわ。あまり、お気になさらぬよう」
「いえ、でも! ・・・。申し訳ありません。正直、巫女と巫女候補が一緒にいるとは思わなくて。あそこはそこまで仲が良い感じでもないという噂ですし」
そう言って、セブリアン様は怪訝な顔になった。
私の見立てでも、あの2人には少し壁があるような気がした。でも、私たちは連邦にとって共通の敵だから、彼女たちが結託するのも当然かもしれない。敵の敵は味方ともいうし。
頭を下げるセブリアン様だったがなかなか立ち去らない。他にも私に話したいことがあるのだろうか。
しばらくためらった様子のセブリアン様だが、意を決したように頭を上げた。
「あの! ・・・。えっと、アメリー様の姉上は前回の公開処刑で活躍されたんでしたよね? その時の状況を知りたくて」
そう言えばそのころはまだ、セブリアン様は王国に来ていなかったはずよね? 確か、幼少のころはこっちで過ごしたこともあるそうだけど、留学するまでは連邦で育っていたはず。
「そうですね。兄があの騒ぎで怪我をすることになって、その原因になったあの犯罪者を断罪するために陛下に願い出たそうです。そして――」
私は一昨年の騒動のことを何とか伝えた。まあ、私が学園に来る前のことだから多少の伝聞があって正確な情報ではないかもしれないけど。
お姉さまって、こういうの説明するの、結構苦手なのよね。だから、私の話はほとんどがラーレお姉さまからの伝聞になっている。その後の領地対抗戦なら、一応私も参加したから語れることは多いんだけど。
「そ、そうなんですね。私も耳にしたことがあります。前回のヤーコプはフェリシアーノに勝るとも劣らない豪傑だったはず。それを圧倒するなんて、さすがはビューロウですね」
「そのせいで、ある程度強ければ犯罪者は倒せるって思い込みが蔓延したようなところはあるんですけどね。今日も、その話はされていましたし」
私は冷や汗をかきながら答えた。他に何か聞きたそうにも感じたが、私は取り繕うので必死だった。
正直なところ、ビューロウでもお姉さまと同じことができる人間はいない。魔法を使ったとしても、お姉さまに勝てる人間は思い浮かばない。おじい様か、確率はかなり低くなるけどお兄さまくらいか。少なくとも、私には他に思い出せる人はいないのだ。
「あ、あの! ビューロウの戦士でも、お姉さまと同じようにヤーコプを圧倒できる人はいませんからね! グスタフならともかく、グレーテやシンザンだって、倒すのにはかなり時間がかかったはずですから!」
私はあわてて言い訳したが・・・。
「そうか。やはりあの領で強いのは俺が会った訓練生ではないということか。ダクマー・ビューロウとあのグスタフを除けば、お前の護衛と、今はアーダの護衛をしているあの男が、本当に強かったというわけだ」
会話に割り込んできたのはコルネリウス様だった。
「まあそうだよな。確かにビューロウの戦士たちは強そうだったが、俺でも測れるくらいの力量だった。やはりダクマー・ビューロウが抜きんでていて、その後にグスタフやお前たちの護衛が続くといった感じか」
どこか面白がるようにコルネリウス様は分析した。それに噛みついてきたのは、予想通りメリッサだった。
「やせ犬! お前! 巫女様を除外するなど!」
「知っているさ。おそらくビューロウで一番強いのはラーレ・ビューロウ様だろう。確かにあの方の魔法は他者と比肩できないくらい優れているが、ダクマー・ビューロウほどの近接の腕はない」
薄笑いを浮かべながら言うコルネウス様に、メリッサが悔しそうに口をつぐんだ。さすがのメリッサも、ラーレお姉様に近接の腕がないことはよく分かっているようだ。
「ラーレ・ビューロウ・・・。確か、北に行ったという炎の巫女ですね」
「ええ! 巫女様は闇魔に襲われるこの国を憂えて、北へ闇魔討伐へと向かわれたのです! 巫女様がゲッフル平原の戦いで素晴らしい戦果を上げられたのは周知の事実でしょう! ああ! なぜ私は巫女様よりも3年も年下なのでしょう! 同学年なら迷わずついていったのに!」
相変わらず、メリッサ様はすごくラーレお姉様を讃えている。予想通り、ラーレお姉様のことは相当美化しているようだった。
滔々と語りだすメリッサを置いて、セブリアンが声を落として話しかけてきた。
「あの・・・。アメリー様はいかが考えられていますか? その、ノード伯爵はフェリシアーノを打つことができるでしょうか」
言いにくいことを聞かれたなぁ。まあ、セブリアン様は武の三大貴族で、専門家の私から意見を聞きたいと思うのは自然なことなのだろうけど。
「・・・。フェリシアーノはヤーコプと同じくらいの強さがあると聞いています。ヤーコプはお姉さまと戦うまで、騎士団の有望株を何人も害している。ノード伯爵が彼らを圧倒するほど強かったとも聞きません。ということは・・・」
「ノード伯爵が騎士団より強いとは聞いていない。でもノード伯爵には自信がある様子。あの黒い魔石は、相当に貴族の強さを高めるということね。ということは、今あの魔石を取り上げたらノード伯爵の命を縮めてしまうかもしれない。なんてこと・・・」
会話に加わってきたのはエリザベート様だった。
「先代のノード伯爵は強さの面でも周囲に頼られていたそうよ。クルーゲやビューロウほどじゃないにしろ、周囲の貴族を何人も助けていた。そしてその後を継ぐはずだったノード伯爵の兄上もね」
私はちょっと困惑した。西の貴族とは言え、武で鳴らした貴族なら私の実家にも話が来ているはずだった。なのに、ノードの名は学園に来るまで知らなかった。ということはおそらく・・・。
「ええ。今のノード家は武力よりも領地経営で鳴らした家といえるでしょうね。その面では本当に頼りになる家なんだけど、まさかユーリヒ公爵に鞍替えしちゃうなんてね」
私は納得だったけど、ヘルムート様は意外そうな顔をした。
「うちの家は、ヴァッサーではそう評価されてんのか?」
「ええ。武力は普通だけど、領地経営にはかなり頼りになるって評価。領地経営で頼りになる家って、意外と少ないのよ? うちから支援の話もなかったでしょう? あれは、ノード家が問題なく領地を運営しているから必要ないだろうって話なのよ」
ヘルムート様は戸惑った様子だった。エリザベート様は溜息を吐いた。
「貴族家には結構多いのよね。貴族本人とその家族は裕福だけど、領民は飢えているって領地。貴族が遊んでばかりでそのつけを領民に払わせてるってね。でもノードはそうじゃない。きちんと民を満足に食べさせてるし、伯爵たちもまじめに仕事している。内政面ではかなり頼りにしていたのよ?」
ヘルムート様は茫然とした様子だった。
「そういえば、昔父上がこぼしていたな。ヴァッサー侯爵から、内政の相談ばかりされるって」
「現伯爵は相当努力したんでしょうね。交代したばかりのころはかなり経営が厳しかったようだけど、今は自力で黒字経営できるほど持ち直している。無理に武によらず、このまま内政に力を入れてくれればと思っていたんだけど・・・。ままならないものね」
2人の話を聞いてギオマーが何度もうなずいている。
「そうよな。魔物討伐は派手だが、貴族の一番大切な役割は民を飢えさせず領地を運営することだ。武力が必要なら他に頼ってもいいんだからな。南だと、フランメ家やブルノン家が有力かな。頼れば喜んで力を貸してくれるぞ。まあ、料金はかかるがな」
うちも近隣の領地まで魔物討伐に行ったりするけどね。グスタフなんか、しょっちゅう他領に行ってたりするし。
「とにかく、私のところでもあの魔石についてもっと調べてみるわ。危険な代物ってのは分かるけど、なにがどんなふうにまずいのか説明できるようにならないとね。あれが蔓延しちゃう自体は何としても避けないとだし」
「俺も・・・。兄貴やジョアンナ先生にもう一度相談してみる。多分公開処刑まではまだ時間がある。それまでに、対抗策を練らないとな」
そう言って西の彼女たちは去っていった。あの魔石が蔓延しないためにも、それぞれが家の力を借りて対策を練ることになったんだけど・・・。
「本当に、何事も起こらなければいいんですけどね。でも、たぶん難しい話なのよね。でも、お姉さまと約束したんだから、私が頑張らないと・・・」
つぶやいて、窓から見た空は忌々しいほど晴れ渡っていた。




