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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第4章 星持ち少女と決闘と
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第74話 ユーリヒ公爵

「おじい様!」


 クレメンテ殿下がうれしそうな声を上げた。視線の先にいるのは、国王陛下だ。


「おおお! クレメンテか。うむ。そちらはビューロウの者たちだな。うむ。今日はよく来てくれた」


 笑顔でそうおっしゃった陛下に、私たちは恐縮して頭を下げた。


「よいぞ。さすがにバルトルドの子らに礼儀までは求めぬよ。公式な場所でもないからの。あのダクマー・ビューロウのこともあるし、この場では無礼講でよい」


 鷹揚に言ってくださる国王陛下に恐縮してしまう。というか、お姉さまの名をおっしゃられるなんて、何をしてしまったのだろうか。


「やれやれ。相変わらずビューロウが関わると、ですな。まあ、かの家はそれにふさわしい実績をあげておりますが。彼女のおかげで、王家は面目を守れたということもありますしな」


 国王陛下の後ろに控えていた老紳士が、ため息交じりに語っていた。


 この場で国王陛下についているのは2人の貴族だった。先ほど話してくれた陛下と同年代の老紳士と、叔父様たちと同年代くらいの男性貴族だ。若いほうの側近を見て、叔父様が「げぇ」とうめいた。


「うむ。エーレンフリートとその弟も来ておるのだな。ヴァッサーのは・・・。相変わらず顔を出さんようだな。学園の生徒たちも、わざわざ来てくれてすまぬな」


 私たち恐縮して頭を下げたが、陛下はそんな私たちを見て笑いかけてくださった。


「陛下。聞いての通り、ビューロウの子が水のランドルフを撃破したとの報告がございました。予想通り、『神鉄の弓』を手にしたとの連絡がこちらにも入っております。私めどもは、予定通り北よりあの秘宝を運ぶ任につかせていただきます」

「うむ。帰ってくるなりすまぬな。あのヨルダンを撃破したとはいえ、炎渡りが使える闇魔がいないとは限らぬ。お主なら任せられる。アウグストとともに、至急北へと向かってくれ」


 エーレンフリート様は恭しく頭を下げた。やはり『もっとも優美な貴族』と言われるだけあってその態度は見ほれるほど見事なものだった。


「陛下。私共からも、ご報告したいことがあるのです」


 話が途切れたタイミングで、エリザベート様が声をかけた。


「お主は確か、ルイの奴の妹だったな。うむ。ビューロウ家のアメリーの同級と聞いておるぞ」


 さすが国王陛下。私のクラスメイトのことまでご存じのようだった。でも、私の同級生と認識されているなんて、ちょっと恐縮なんですけど!


「は、はい。恐れ多くもアメリー・ビューロウの同級として学園の上位クラスに属しております。本日、お時間を取っていただいたのは・・・」

「陛下。ユーリヒ公爵家のアダルハード様がお見えです」


 説明しようとするエリザベート様を、使用人が遮った。陛下は不機嫌そうに眉を顰めた。叔母様が一瞬顔をしかめたのが見えた。


「まったく。こちらはまだ話の途中だというのに・・・。アダルハードの奴には後で行くと伝えろ」

「そ、それがアダルハード様がこちらにいらしている模様で・・・」


 上級使用人が慌てて言い訳をしていた。


 というか、ユーリヒ公爵が来ているのか。タイミングが悪いわね。あそこは中央の大貴族だし、うちとは例の件があるから微妙な関係なんだけど。叔母様、すごい形相でそちらを睨んでるし。


「陛下!! おお!! こんなところにいらっしゃったのですな!」


 入出してきたのは、陛下と同年代くらいの老紳士だった。立派な体格に、やせた体。頬はこけて、目だけがぎょろりと輝いていた。不気味な印象があるが、おそらくこの人が、アダルハード・ユーリヒ公爵なのだろう。


「アダルハード。お主、城に来ていたのか。用があれば余が赴くものを」

「ふぉっふぉっふぉ。陛下にご足労いただくわけにはいきますまいて。幼馴染とはいえ、そこまでしていただくことはできませぬ。頼りになる護衛もできましたゆえ、少しばかり挨拶をしておこうと思いましてな」


 そう言って、後ろに続く護衛を振り返った。護衛に着いたのは3人。一礼した40歳くらいの男は、この国の貴族だろう。他の護衛より恰幅がよく、他の2人よりもちょっと目立っている。


「さすがというべきか、中央の大貴族には、王族でも気を使っているのね。後ろの2人は誰かしら?」


 そのまま語りだす2人を尻目に、メリッサ様がそっとささやいた。


 彼女の言う通り、ユーリヒ公爵のうしろに立つ女性2人も印象的だった。年のころは20代半ばくらいだろうか。大きな宝石の付いたネックレスと指輪はおそらく魔道具だろう。彼女の護衛も精強そうで、2人はおそらくかなり身分の高い人物ではないかと思う。


 青い魔道具というと、連邦を想定してしまう。あの国では、水の力を持つ魔道具がたくさん発掘されると聞いている。おそらく彼女たちは連邦でもかなり身分の高い人なのだろう。 


「ち、父上? な、なぜここに・・・」


 ヘルムート様の声に驚いた。彼は、40代くらいの護衛を見て呆然としている。まさか、あれがヘルムート様のお父上のノード伯爵? 伯爵が、ユーリヒ公爵の護衛をしているということなの?


 彼を見て呆然としていたのは、エリザベート様だった。


「ノード伯爵が、どうして? なぜあなたが、公爵を守っているの?」

「これはこれは、エリザベート様。ご機嫌麗しゅう。女性というのは少し見ないだけで本当におきれいになられるのですな。しばしの間、私がユーリヒ公爵をお守りすることになりましてな」


 ノード伯爵が一礼した。丁寧な動作だけど、どこか小ばかにするように見えたのは気のせいだろうか。


「ち、父上・・・。なんで・・・」

「ヘルムート? お前がなぜここに!? まあいい。公爵である閣下をお守りするのは王国貴族として当然のことよ。まして、公爵閣下は我ら西の貴族をいつも引き立ててくださっているのだからな」


 そう言って胸を張るノード伯爵。女性を守る護衛たちも、なんだかこちらを嘲笑っているようだった。


 ユーリヒ家は王国の公爵家で、わが国では確かに守られる立場にある。でも、ヘルムート様のノード伯爵家はヴァッサー家の旗下のはず。その当主が、ユーリヒ公爵を守るように立っているなんて!


「確かに、ユーリヒ公爵は我々西の貴族が交易で得た品を中央に卸してくださるという恩があります。ですが、あなたたちノード家はヴァッサー家の旗下にあるはず。それなのに、まるでユーリヒ家に従うような振る舞いをするとは。父は、このことをご存じなのですか?」

「ふっ。いえね。ヴァッサー侯爵は私の力に否定的なようでして。ヴァッサーに冷遇されている私を憐れんでくださって、護衛を賜る栄誉をくださったのですよ」


 ノード伯爵の言葉に、エリザベート様は絶句している。ヘルムート様もなんだかおろおろして2人を見回していた。


「ユーリヒ公爵は約束してくださった。私が、あのフェリシアーノと戦うための手助けをしてくれるとな。今一つ煮え切らぬヴァッサー侯爵と違い、必ず私とフェリシアーノを戦わせてくれると」

「ふぉっふぉっふぉ。陛下にも見ていただきたいのですよ。ノード伯爵の戦いぶりをね。連邦の魔道具というのも興味深いものです。あれを使えば、貴族の力を飛躍的に高められるという触れ込みですからな。これなら、醜き犯罪者ごとき、必ず討ち果たすことができよう」


 唐突に話に加わったユーリヒ公爵に、私たちは絶句してしまう。陛下が隣にいらっしゃるのにかなり失礼な態度に見えるけど、ユーリヒ公爵は陛下の幼馴染と聞いている。大貴族でもあるし、非公式なこの場なら、その態度も許されるのかもしれない。


「アダルハード! 今は北での戦いが激化しておる! アウグストの奴が、現場で指揮をとらねばならぬくらいな! 王国が一丸とならねばならぬときに、何を考えておる!」

「こんな時だからこそ、です! 今この時だから、王都を守る我らが、力を見せねばならぬのです! 前線で戦う同志たちに、貴族は強いのだと鼓舞せねば! ロレーヌ公も。そのことは分かるのではないですか!」


 ユーリヒ公爵は叫びながら、横目でエーレンフリート様を挑発的な目で見つめていた。隣の叔母様の形相がすさまじいことになっている。


「父上! あの石は危険なのです! あれを使って強くなっても、使用者が危険にさらされるなら!」

「何を馬鹿なことを! 学園の教師ごときの言うことを真に受けおって! 大方、あれの力を恐れるたわごとにすぎん。まったく、私の息子がなんてざまだ!」


 ヘルムート様が必死で止めるも、ノード伯爵は取り付く島もない。後ろのメリッサが顔を赤くして歯を食いしばっている。ファビアン様も、どうしていいかわからない様子だった。


 ユーリヒ公爵は、そんなファビアン様を見てにやりと笑った。


「小さき公爵爵令息にとっても、これはチャンスだと思いませぬか? 何しろ、絶好の機会なのです。犯罪者を自らの手で倒すことで、討伐任務以上に力を示すことができる! 自らの力を示せる場を欲する気持ちは、小さき公爵爵令息ならお分かりになるはずだ!」

「な、何を馬鹿なことを! ファビアン! 押さえろ!」


 エーレンフリート様が必死で制止するが、当のファビアン様は鋭い目でユーリヒ公爵を睨みつけていた。なんだかエーレンフリート様に反発しているような違和感を覚えた。


 ユーリヒ公爵はくつくつと笑っていた。私もエーレンフリート様もクラスメイトも。国王陛下ですらも、気味悪がって押し黙った。叔母様が、印を切るかのように手を動かしたのが印象的だった。


「エーレンフリート様はどうやら自信がおありではないようだ。まさか、あの犯罪者ごときに貴族が敗れると思っているとはね。ああ、やはりビューロウがいないと、ロレーヌは難しいのかな? 高々子爵に惑わされるとは情けない」

「アダルハード!」


 陛下が叱責するが、ユーリヒ公爵は止まらない。エーレンフリート様を見てにやりと笑った。


「これでも私は、あなたを評価していたのですよ。あなたには『もっとも優美な貴族』と言われるにふさわしい実力を備えている。それが、まさか、北の地で戦う妹君を助けるつもりもないとは。妹君のエレオノーラ様も、北で激戦を繰り広げているというのに! 皆を鼓舞する絶好の機会を、逃すというのですか!」

「アダルハード! やめよ!」


 陛下の言葉をここまで無視できるのは、ユーリヒ公爵の権威というべきだろうか。陛下が長男を失い、次男を戦場へと送った現在、ユーリヒ公爵は陛下すらも止められなくなっているのかもしれない。


「ビューロウ家を傘下に持ち、今も功績を上げ続けるロレーヌ家には義務がある! 味方を方を鼓舞できるチャンスがあるのなら、我々公爵家がそれを支援せずにどうするのです! あなたたち兄妹2人だけが名を上げればいいとでも思っているのですかな!?」

「くっ・・!」


 小さくうめき声を上げたのはファビアン様だった。


 彼の気持ちは少しは分かる。何しろユーリヒ公爵は、先ほどからエーレンフリート様とエレオノーラ様ばかりを讃えている。家族ばかりが褒められ、自分が話題にもならないいたたまれなさは、私にも少しは心当たりがあった。


「まるで、今までの私みたいね。お姉さまたちばかりがほめたたえられている時と同じよう・・・」


 私のつぶやきに、横から息をのむ声が聞こえた。


「やれやれ。あなたともあろう方が。他家が功績を上げられるチャンスをみすみす逃すとは・・・。そんなに、他者が手柄を上げるのがお嫌いか? それとも、王国の東を統べるといわれたロレーヌ家が、まさかたかだか犯罪者一人を恐れるというのかな?」


 ユーリヒ公爵は上目づかいでにやりと笑った。エーレンフリート様が反論しようとしたその時、横合いから幼い怒りが発せられた。


「ふざけるな! 我らロレーヌ家が、たかが犯罪者一人を恐れるわけがないだろう! フェリシアーノか何だか知らないが、そんなの僕らの敵じゃない! あいつらなんかすぐに蹴散らしてやるさ!」

「ファビアン!!」


 我慢の限界だったのだろう。ファビアン様が叫び声を上げた。エーレンフリート様が即座に止めたが、遅かった。


「おお! ロレーヌ家の次男坊は勇敢ですな。そうですとも! ファビアン殿の言うとおりだ! 犯罪者ごとき、我らが恐れる相手ではない! 公開処刑で見事、あのフェリシアーノを倒して見せようぞ!」


 ファビアン様がはっとしたようだった。エーレンフリート様はくやしそうに歯を食いしばっていた。


「まあ、小さきロレーヌは、本当に勇敢ですわね。でも、彼の言う通りですわ。わたくしたちも、王国貴族の精強さはいつも耳にしております。きっとこの度も、にっくきあのフェリシアーノを仕留めてくれるものと信じておりますわ」


 ユーリヒ公爵の後ろにいた女性が優美に微笑んだ。


「え・・・。あ・・・。い、いや、ちがっ!」

「ユーリヒ家とロレーヌ家、二つの大貴族が賛同したということだな。公開処刑ってやつを見せてもらえんだろ。まあ、うちら水の巫女としても、罪のねえ民を無慈悲に殺したフェリシアーノをただで殺すのは納得できねえからな」


 もう一人の女があっけらかんと笑った。彼女たちの護衛も、小ばかにしたように嗤っている。


「陛下。連邦の水の巫女として、王国貴族の強さを見せていただけると期待しておりますわ。まさか、王国が誇る2家もの公爵がおっしゃったこと、反故にしようとは思いませんわよね?」


 女性が言うと、陛下は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「お、お待ちください! フェリシアーノは危険です! フェリシアーノからの情報は残らず仕入れられるはず! それでいいではありませんか!」

「これはこれは。勇敢なビューロウとは思えないくらい弱気な言葉ですわね。王国の星持ちは、他の貴族をまるで信じていないようで。あなたの姉君がどれだけ功績を立てようと、他家が功績を上げる機会を奪っていいものではないのですよ」


 私の言葉を遮ったのは最初に発言した女性だった。


「そうではありません! 力を無用に乱用すべきではないと言っているのです! 王国貴族は強い! そのことは、学生の私たちが、あのコルネリウス・ポリツァイがフェリシアーノを捕らえたことで十分証明しているではありませんか! 力を見せる機会だからと言って、罪を軽視するようなこと、すべきではありません!」


 私が言うと、ユーリヒ公爵もノード伯爵も不愉快そうに顔をしかめた。


 不気味だったのが2人の女性で、口に手を当てて笑い出した。


「ふふふ。小さき星持ちは王国貴族を信頼していないようですね。でも、近くで見ればその意見も変わるのでは? 陛下。闘技場で証明してみては? ユーリヒ公爵なら、現場の近いところに席を用意することも不可能ではないはず」

「おお! それはいい! ただでさえ闇魔を倒せるのはビューロウだけという風潮がありますからな! ビューロウのお嬢様には王国貴族にも頼れるものがいること、きちんと教えてさしあげねばなりますまい!」


 ユーリヒ公爵は頬をゆがませると、嬉しそうに笑ったのだった。

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