第73話 王城での話し合い
「というわけで、クレメンテ殿下と連絡が取れないかしら」
エリザベートが帰ってくるなりそう言ってきた。ヘルムート様とは微妙な感じになっていたけど、まさか向こうからこんな話をされるとは思わなかった。
「いえ、私が動くのは構わないんですが、本当にクレメンテ殿下にお願いができるとは限りませんよ? 殿下は社交辞令として王城のパーティーとかに誘われますが、お願いを聞いてくださるかと言われると・・・」
「え? マジで? パーティーとか誘われてんの? それ脈ありじゃない? だって、それに参加したら他の上位貴族とかに紹介されんでしょ? 既成事実とか作られんじゃない?」
ニナ様がそんな言葉を漏らした。私を助けるためと話し合いに参加してくれたのだけど、ヘルムート様たちに劣らないくらいの大声を上げていた。
「王族のクレメンテ殿下がそんなわけないじゃないですか。きっと、闇魔を倒した技に興味があるだけですよ。聞いてみるだけならやってみますが、あんまり期待しないでくださいね」
私が答えると、なぜかみんな絶句したような顔をしていた。
「そ、それはクレメンテ殿下がかわいそうな気が・・・。いえ! お願いできるかしら! クレメンテ殿下の言葉なら陛下を後押しできるかもしれない! 私たち学生の意見でも無視できないはずよ!」
「わかりました。ちょうど叔父様たちに話したいことがあったので、王城に同行するのを提案してみます」
私が頷くと、みんなほっとしたような顔になった。
叔母様たちが北に行くのなら一度話しておきたいと思ったのよね。お姉さまに言付けを行うチャンスでもあるし、ビヴァリーさんのことも気になる。何しろお姉さまの手紙は支離滅裂で、あんまり事情が分からないのよね。
「お願いするわ。事情を説明するために私とヘルムートも同行する。これでも侯爵家の出だから、私も力になれると思う」
「う~ん。じゃあ私も行こうかな? 子爵家のアメリーだけだったらぞんざいに扱われるかもしれないし。さすがにラッセ侯爵家は無視できないだろうから」
同行を提案してくれたのは、エリザベート様とメリッサ様だった。メリッサ様が来てくれるのを知って、ヘルムート様がぎょっとしたような顔になった。
「俺も行きたいが、あんまり大勢で押しかけるのも失礼か。メリッサ、頼んだぞ。同性のお前のほうができることが多いはずだから。あんまり王家に失礼な真似はするなよ」
「もう! ギオマーったら! これでも侯爵令嬢なんだから! 恥ずかしい真似なんかしないんだからね!」
◆◆◆◆
ビューロウ家のタウンハウスに連絡を取ると、いい機会だからと叔父様たちに同行して王城に向かうことになった。なんでも、叔父様たちは王城に出立の挨拶に行くらしいんだけど、事情を話すと私たちを同行させてくれることになったのだ。
「まさか、簡単に同行が許されるとは思いませんでした」
こんなにスムーズに王城に入れるなんてね。守衛の人に案内されて、係の人が来るのを待ちながら雑談しているんだけど、叔父様がなぜか安心したような顔で私のほうを見た。
「いや助かったぜ! 何しろ俺たちだけでここに来ることになるはずだったからよ。王族との話なんて、間が持たねえからよ。クラスメイトの皆さんも助かりました」
「アメリーちゃん。こっちこそごめんなさいね。でも、正直すごく助かる。私の実家はもう没落しちゃったし、ここにはあいつも来ているらしいからね。一緒にいてくれると落ち着けるのよ」
叔父様と叔母様はそんな様子だった。
確かに、叔父様は堅苦しい場所は苦手そうだし、叔母様の実家はもう没落したバル家だ。こっちに来るのは気まずいのかもしれない。
「任務はともかく、王城に来るのはなぁ。昔から、ここに来るのは苦手だったんだよ。俺は、ビューロウで魔物退治をしているのが性に合っているんだがよ」
「またあなたは! 確かにビューロウは居心地がいいけど、あなたも貴族なんだからそんなこと言わないの! これから任務でまた出かけることになるんだから!」
叔父様たちはそんなことを話しながら、気づいたようにエリザベート様に話しかけた。
「そういえば、ルイは元気にしてますか? しばらくこっちでのんびりしたいみたいなこと言ってましたが」
「え? ええ。使用人たちが競うように世話していますからね。兄は邪険にしながらもなんだか楽しそうです。皆様たちとの旅も、なんだかんだで楽しんでたようですし」
エリザベート様の言葉に叔父様は笑った。
仲良く話し出す私たちを、ヘルムート様は驚いた顔で見つめている。メリッサ様は会話に加わろうとうずうずしている様子だった。
そんな時だった。
「アメリーさん! 待っていましたよ! よくおいでくださいました! ささ、どうぞ! こちらにお越しください!」
待合室に入ってくるなり、クレメンテ殿下が声をかけてきた。まさかの大歓迎に私は戸惑っていたけど、他の面々は当然といった感じだった。叔父様なんか、面白がるような顔をしているし。
「いえ、今日は陛下にお伝えしたいことがあって、お話をさせていただきに来たんです」
「ええ。聞いております。なんでも出立の挨拶と陛下に話したいことがあるとか。後ほど、陛下がお会いしてくださるとのことです。まずはこちらへ」
あれ? 察し良すぎない? まあ、面会を予約するときに要件については伝えてあったんだけど・・・。
「えっと、頼んでおいてなんですけど、本当に大丈夫でしょうか。その、陛下はお忙しいでしょうし、急な申し出だったと思うんですけど」
私が言うと、クレメンテ殿下はあわてたように首を振った。
「いえいえ。イザーク様とイーダ様に陛下から直々に言葉をかけるのはもともと予定されていたことです。それが少し早まっただけなので、予定の調整はつけられるんです。ビューロウ家の人たちはすぐ通すように陛下に言われているんです。アメリーさんとも、一度話したいと言っておられましたので」
うう。国王陛下にそう言っていただけるのは恐縮するんですけど! 私はビューロウの後継と目されているとはいえ、うちは子爵家に過ぎないし。
あれこれ質問してくるクレメンテ殿下に何とか答えながら、王城の中を進んでいく。たどり着いたのは、応接室だった。ここで陛下の準備ができるまで待たされるのだろう。
応接室には先客があった。エーレンフリート様とファビアン様だ。2人を護衛するようにグスタフもいて、私たちに気づくと軽く手を上げた。
「これは殿下。ご機嫌麗しゅう。イザーク様達もすみません。しばらく休んでいただく予定でしたが、すぐに北とこちらを往復することになってしまいました」
「僕のほうこそお会いできて光栄です! 何せロレーヌ家の皆さんとまたお会いできたんですから!」
「こっちのほうこそ、お手数かけてすまないです。そもそも今回の事態はうちのダクマーがしてのけたことですので。彼女はうちの誇りです。褒めてやってください。まあ、本人は褒められたら調子に乗っちゃうところがありますけどね」
叔父様が、殿下に続いて茶化すように言った。叔母様もグスタフも含み笑いをしていた。
私もついつい微笑んでしまった。叔父様の言う通り、ダクマーお姉さまがこの場にいたらきっとうれしくて変な行動をしてしまっただろうから。
しばらく談笑する時間が続いた。
エーレンフリート様は叔父様たちと親しげに話しているし、クレメンテ殿下も楽しそうだ。それを、ファビアン様とクラスメイトたちがあっけにとられたように眺めていた。
話がひと段落すると、エーレンフリート様がエリザベートに話しかけてきた。
「そうだ。エリザベート様には言っておかないと。ルイは、今回本当に力を貸してくれたんですよ。王都に来るまでの道すがら、ずいぶんと助けてもらったものです。本人は王城には行きたくないと言って逃げちゃいましたけどね。私もビューロウの皆さんも引き留めたんですけど」
「ええ。兄とは久しぶりに会ったんですが、相変わらずで安心しました。でも旅は楽しかったって言っていましたよ。こっちは心配していたんですよ。北に行ってから手紙一つよこさないんだから」
エリザベート様が答えると、みんな楽しそうに笑った。
「ルイらしいと言えばらしいですよね。私も北で再会するまでは近況が全然わからなかったんですよ。土まみれで働いているのを見て驚いたものです」
「それは・・・。意外ですが、兄らしいという気もします。兄は、思い込んだら一直線みたいなところがありますから。きっと、夢を叶えるために頑張っていると思いますわ」
詳しい事情は分からないけど、ルイ・ヴァッサーが後継から外されたのはネガティブなことではないらしい。夢を叶えるために自分から後継を外すように願い出たらしいのだ。
みんなにほほえましい空気が流れた時だった。応接室の扉が叩かれ、入ってきた上級使用人らしき人が恭しく頭を下げた。
「皆様。お待たせいたしました。国王、カールマンが参りました」
恭しく一礼する使用人を見て、私たちは言葉を失ったのだった。




