第72話 上機嫌のエリザベートとノード家の事情 ※ 後半 エリザベート視点
すみません。同じ話が投稿されていました。
最新話を登校し直します。
討伐任務の翌日のことだった。
「ふふふんふふん」
教室に入ると、鼻歌を歌っているエリザベート様を見かけた。いつもは冷静で無表情なのに、今日はすごく機嫌がいい。こんな彼女、初めて見るんですけど!
「あ、あの・・・。エリザベート様、おはようございます」
「おはよう! アメリー! 今日もいい天気ね!」
機嫌よく返されて、私は思わず絶句してしまう。いつもなら無表情に挨拶を返されるだけなのに、何かいいことでもあったのだろうか。
「あの、何かありました?」
「ん? 分かる? ちょっと今までの悩みが解消されたのよ!」
あ、それで鼻歌まで歌っているのね。私があいまいに微笑んでいると、隣にいたカトリンが説明してくれた。
「昨日の討伐任務があっただろう? あの時、僕たちは守備任務に就いたんだけど、魔物の群れに遭遇したんだ。その中に魔鉄の鎧を装備したオーガがいたんだけどね」
そうなのか。魔鉄の鎧ってかなり固いのよね。確か、前はエリザベート様でも傷一つ付けられなかったはず。足止めがせいぜいで、とどめはエーファやコルネリウス様に譲っていた。
「魔鉄で武装していたとはいえ、目まで鎧で覆われているわけではないわ。まあ、相当に狭いのは確かだけど。そこを私のシュランゲの魔法でね! 兜で覆われていない場所に当ててオーガを仕留めることができたってわけ!」
いつもよりもハイテンションな彼女に戸惑いながらも、私は何とか言葉を返した。
「シュランゲっていうと、例の水魔法ですよね? かなり高度な魔法と聞いていますが」
そうなのよね。シュランゲは水の上位魔法に属していて、水を鞭のようにしならせて相手を攻撃する魔法なのよね。ヴァッサー家の魔法使いは先端を蛇の口のように変化させて、当てると同時にかじりつくように使うみたいだけど。
「そうなの! 強いけど細かい狙いがつけられないのが欠点だったのよね! 勝手に動いちゃうというか、それが軌道を読みづらくしているんだけど。でも、魔力制御技術を身につけられたおかげで狙い通り、鎧のない箇所に当てられて感動だったわ!」
「あ! それでオーガを倒すことができたんですね!」
私は納得して笑いかけた。エリザベート様、なんだか悩んでいたようだけど、それが解消されたようで何よりだった。
「これでやっとお兄さまに近づけた! 正直、後継を譲られたとはいえ戦闘技術に関しては雲泥の差があったのよね! 今回、強い魔物を倒せてようやく少し追いつけたと思うわ!」
「ああ。そういえばルイ様って、今はこの王都に来てるんだよね? なんでもタウンハウスにいるらしいけど。どうしようかな。僕も、挨拶しておいたほうがいいのかな?」
そうか。エリザベート様の兄君、ヴァッサーの元後継であるルイ・ヴァッサーがこの地にいるのね。彼が王都に来ているという情報を仕入れていたのは、さすがはカトリンといったところか。
ちなみにエリザベート様の兄、ルイ・ヴァッサーは数年前まで時期ヴァッサー侯爵と見放されていたくらい優秀な人物だったらしい。けれど、数年前に何かトラブルがあったらしく、急遽妹のエリザベート様が後継といわれるようになったのよね。詳しいことは東の私にはわからないのだけれど。
「うーん。あのお兄さまだし、挨拶とかはいらないんじゃない? またすぐに出かけちゃうみたいなこと言ってたし、あんまり時間ないかも。あの事もあったみたいだしね。私からうまくいっておくわ」
そう言うと、エリザベート様は思い出したようにこちらを見た。
「そういえば、あなたのところにも話が行くようね。あなたの親戚のイーダ様たちやグスタフも、すぐに旅立つことになるようじゃない」
へ? 叔母様たちとグスタフが?
「ほら。あなたの姉のダクマー様がまた闇魔の四天王を倒したそうじゃない。出たらしいわよ。神鉄の武器が。あれは闇魔に狙われちゃうわけで、輸送は相当に信頼が高く、強い人しか任されない。だから、エーレンフリート様がまたやることになると思う。お兄様もだけど、確かビューロウ家の人たちがエーレンフリート様の護衛をしてたのよね?」
「ああ。そういうことですね。確かに叔母夫婦もグスタフも、エーレンフリート様の護衛をしてたって言ってました。そうか、叔母様たち、もう行っちゃうのか。せっかくおいしいお菓子を食べられたと思ったのに」
久しぶりに再会できたというのに残念なのよね。食後のデザートがおいしくなったと思ったのに。お姉さまの専属のカリーナも行っちゃったし、叔母様もすぐに出かけてしまうとは。私の使用人も頑張ってはくれているのだけど、カリーナや叔母様よりは少し味が落ちるのよね。
「ふふふ。確か、イーダ様ってお菓子作りでも有名なんだよね。ビューロウは親戚同士の仲が良いみたいだから、話があるなら今のうちかもよ」
カトリンが面白がるような声を上げた、その時だった。
「エリザベート。ちょっといいか?」
驚いて振り向くと、そこにはあのヘルムート様が、どこか緊張した面持ちでこちらを見ていた。エリザベート様はすっかりいつもの表情に戻ってヘルムート様に答えた。
「あなたも昨日戦っていたのよね? ご苦労様」
「いや、俺は・・・。まあ、大したことなかったけどよ」
ヘルムート様はちらりと私を見て、すぐにエリザベート様に向き直った。
「悪いが少し相談したいことがあるんだ。話させてもらってもいいか?」
「緊急事態ということね。分かったわ」
エリザベート様は溜息を吐いてこちらを見た。
「アメリー。ごめんなさいね。私はヴァッサーの人間なの。カトリンは、悪いけど護衛はお願いね」
「仰せのままに。お姫様」
カトリンは恭しく頭を下げると、去っていくエリザベート様に続いた。おそらく、談話室あたりで話をするのだろう。
立ち去っていく彼女たちを見送っていた私に、ハイリ―様とメリッサ様が近づいてきた。
「行っちゃいましたね」
「まあねえ。西の貴族で話があるみたいね。東やほかの地方を排斥しようというよりは、まずは西で相談するみたいだけど」
近づいてきた2人に、私は笑みをこぼした。
「ええ。ちょっと気にはなりますが、まあ仕方がないですよ。ヴァッサー家は西をまとめる大貴族なんですから。ああやって声を掛けられたら行かなきゃいけないものだと思います。大貴族の義務ですよね」
私はそう言って苦笑した。あんまりいい予感はしないのだけど、西のほうお問題だろうし、私にできることはないだろうな。
この時は、私はそんなことを思っていたのだった。
※ エリザベート視点
「それでヘルムート。なにかあったの? アメリーとの話を遮ってまで言うのだから、急遽対処しなければならないことがあるのよね?」
談話室に入るなり、私は髪をいじりながら尋ねた。
護衛のカトリンが面白がるような顔をしていたが、私は平静を装いながらヘルムートの言葉を待った。
ヘルムートは言いよどんでいた。沈黙が続いてしばらくして、言いにくそうに説明し始めた。
「実は、昨日の戦いから帰ったら、タウンハウスに呼び出されてな。何事かと思ったら、そこには兄貴と、親父が待っていたんだ」
「貴方の父上と、お兄さまが?」
ヘルムートは頷いた。
たしか、ヘルムートの兄・ヘンリックは去年この学園を卒業したはずだ。彼が父とともにこの王都に来ていたとは。ヘルムートの要件ということも察することができた。
「親父に合ったのは久しぶりだったんだ。何しろこの春は俺も王都で魔物討伐をやってたんだからな。まあ、兄貴のおかげであの道具を使わなくても戦果を上げられたんだけどよ」
ヘンリックはたしか、去年まで討伐任務に頻繁に参加していたのよね。ヘルムートと違って、周りからの評判は悪くないと聞いていた。下級貴族にも平民にも、かなり丁寧に接していたらしい。
「兄貴のことはいいんだけどよ。問題は父上だ。昨日会ったときは明らかに魔力の気配が違った。あれはたぶん、闇魔法の気配だった。俺が、あの魔石を使っていたころのようにな」
そうか。やはりそうなのか。
あの魔石はヘルムートだけが持っていたわけではなかったのだ。ノード伯爵の手にもあの魔石があって、それを彼も使っていたとしたら!
「そういう、ことね。あなたの魔石はジョアンナ先生に預けたと聞いている。あれは先生が処理したみたいだし、あなたにも後遺症がないと聞いていたけど。同じようなものをあなたの父上も使っていたのね」
「あ、ああ。そうらしいんだ。確かに、この春はうちの領で大規模な討伐があって、そこで父上が大活躍したらしいと聞いている。多分あの魔石の効果を試したんだな。父上は俺以上にあの魔石の力を引き出しているようなんだ」
私は天を仰いだ。
伯爵はおそらく、連邦から高性能な魔道具を購入したと思ったのだろう。あの魔石は一見しただけでは、魔物の魔力を引き出せる便利なものに思える。魔力量で悩む人は多い。外的にそれを補えるなら、飛びつく貴族は多いと思う。
でも、私が聞いていた通りなら、そこに大きな落とし穴がある。
「親父はすっかりあの魔石に魅せられているらしくてな。俺があの魔石をなくしたと言ったらすごい剣幕で叱られた。叱責されて閉じ込められんばかりだが・・・。兄貴がうまくやってくれて、それで学園に来ることができたんだ」
ヘンリックは聞いた感じだとかなり優秀な人のようね。ヘルムートを逃がして学園に来るように誘導するだなんて。おかげでうちも、あの魔石について対策が練れるんだけど。
「うちのお父様は・・・。参ったわね。まだ領地にいる。お母様も。こういう場合は、うちのお父様からノード伯爵に言ってもらって魔石を提出させるのが一番だけど・・・。あれって家宝みたいなものよね? 一介の学生が言ったところで回収できるとは思えないのよね」
私は爪を噛んだ。ヘルムートも悔しそうに下を向いている。
「学園長あたりからノード伯爵を説得してもらうわけにはいかないのかい? 確かバルバラ様って王妹だろう? あの人から言えばさすがのノード伯爵も耳を貸すんじゃないかな?」
「いやダメだ。俺も、ジョアンナ先生から聞いた魔石の危険性を話して説得したんだが、父上は全然聞く耳を持ってくれなかった。その時言ってたんだ。『学園は貴族に意見を言えないはずなのにそれを破るとは!』とな。学園長が言っても効果がない可能性が大きい。むしろ、ますます頑なになっちまうかもしれねえ」
確かに、教師になったら家を継ぐ後継からは外されるのがこの国のルールになっている。だからこそ、公正な立場で教育に携われるのだとされているけど・・・。抜け道がないわけではない。
最近では、前学園長のレオンハルト様がそうだった。王家の秘術を継承したあの人しかできないことをするために、学園を去って戦地へと向かったのだ。
他にも、教師として勤めていた者が大貴族を継いだ例もある。まあ、相当厳しい条件をクリアしないと後継にはなれないらしいので、ノード伯爵が教師に権力がないとみるのは仕方ないのかもしれない。
万事休す、か。まだ学生の私たちには、ここでノード伯爵を止めることはできないのかもしれない。中毒性が高いと言っても、魔力量を高められるあの魔石は魅力的だ。まだ学生の私たちが何と言おうと、手放してくれるとは思えない。
「今ならわかる。あの魔石の力は強大だがデメリットも大きい。一刻も早く、父上の魔石も取り上げなきゃなんねえのに・・・」
「うん。君の言うとおりだね。でも、君たち兄弟もだめ、学園長もだめとなると、正直手詰まりだよね。へリングやクルーゲにはそこまでのつてはないし・・・。可能性があるのは中央のお偉いさんか、学園に関係のない王族くらいじゃないかな」
ヘルムートの悔やむような声に、カトリンがお手上げといった風に両手を上げた。
「わかったわ。少し時間がかかるけど、お父様に相談してみます。さすがにヴァッサー家の当主が禁止すれば、おとなしくあの魔石を渡してくれるかもしれないし」
私がそう言ってヘルムートを慰めるが、彼は悔しそうな顔のまま首を振った。
「それじゃあ、間に合わねえかもしれねぇ。兄貴の予想だが、父上はあの魔石を使ってなんかやばいことに手を出そうとしてる。俺や兄貴があの魔石を奪えればいいんだけどな。悔しいことに、親父はあの魔石を肌身離さずに持ってるようなんだ」
私はヘルムートの目をそっと見つめた。
これはあくまでも勘だけど、彼の焦りもわかる。
確信はないけど、すぐにでもノード伯爵からあの魔石を取り上げないとまずい気がした。ノード伯爵はあれを使って何かしようとしている。それも私たち西の貴族が、恐れるような何かを。
焦る私たちを前に、カトリンがポンと手を叩いた。
「そういえば、うん。そうだ! うまくすれば、僕たちが国王陛下にご意見をお願いできるかもしれないよ!」
カトリンの言葉に、私たちは目を剥いた。彼女はいたずらっぽく私たちを見回し、含み笑いをしているかのような顔だった。
え? 国王陛下!? なんだか大ごとになっていない!? いえ、確かに止めなければならない事態だけど、まさかこの国のトップに直談判するだなんて!
「カ、カトリン? そ、その、国王陛下まで話があるなんて恐れ多くない? そもそも、学生の私たちがお会いできるわけなんてないでしょう? 陛下もお忙しいことだし」
「そ、そうだぜ! 何言ってやがる! さすがの俺でもそんなことは無理なのは分かんだからな!」
必死で食い下がる私たちを、カトリンはにやりと笑って手で制した。
「ふふん! 僕は知ってるんだよ。王城で闇魔に襲われた一件以降、クレメンテ殿下が、アメリーに興味津々だってね。王孫の殿下なら国王陛下に合わせてもらえるかもしれないだろ!? アメリーを通じてなら、陛下に直接ご報告できる可能性がある。陛下からの命令なら、ノード伯爵だっておとなしく魔石を引き渡すはずさ!」
自信満々に指さしてくるカトリンに、私たちは絶句した。
王城に現れた闇魔を討伐したのはアメリーだったわよね? かなり強力な個体だけど、アメリーは学級裁判にもなったあの技術を使って葬ってしまったらしい。
「確かに。アメリーは強いし、顔もかなりかわいらしい。クレメンテ殿下が興味を惹かれるのもわかる気がするわね。その話、信ぴょう性がありそうね。そもそも王族は、ビューロウに何かと甘いって話だし」
ヘルムートを見ると、目を見開きながらフリーズしていた。まさか子爵令嬢に過ぎないアメリーにそんなことできるとは思わなかったようだけど・・・。
「ヘルムート。あなたがアメリーと合わないのは分かっているつもりよ。でも、私たちは一刻も早くあなたのお父上からあの魔石を取り上げないといけない。そのために、使えるものは何でも使わないといけないのではなくて?」
私の言葉に、ヘルムートはごくりとつばを飲んだのだった。




